第29話 ダッシュバード
「特に変化なし、か」
「残念な事にな。 レベルも上がりゃしねぇ」
全員分のカードを提示しながら、支部長室のソファーに背を預ける。
もうこんな風に二人で話すのは何度目だろうか。
野郎2人で密室に居ても、何にも嬉しい事はないが。
「来週はどうする? またいつもの所か?」
カードをこちらに寄越しながら、支部長様が首を傾げた。
こんな簡単な調査だけで、本当に月々金貰って良いのかねぇなんて思ってしまう訳だが。
まあ貰えるものは貰っておこう。
「来週こそは場所を変えてみようかと思ってる。 それにアイリは来週コッチだろ? 前は殆ど街での活動だったってすげぇ愚痴ってたぞ」
「まぁ……そうだな。 来週は外に出してやらんと……」
「そんな獣みたいに言わんでも……」
雨期があり、ギルの一件もあった為、前回のアイリが同行した野営は随分慎ましい結果となってしまった。
そして先週。
彼女は再びギルドに戻され、俺達は装備のチェックも含めていつもの森へと潜っていた訳なのだが。
「というか、良い装備なのは分かるが……もう少し色がどうにかならなかったのか?」
「ダメか? 夜に行動する時とかすげぇ便利なんだけど」
そう言いながら、トール達に作ってもらった漆黒の鎧を叩く。
コイツは非常に良い。
軽い癖に随分と固いし、多少歪んでも時間を置けば元に戻る。
お値段も凄い事になったが、それ以上の価値がある様に思えた。
そして今でも他の武器やら道具やらを作ってもらっているのだ。
お金が掛かる事この上ない、というかいくらあっても足りない。
装備が整ったら、しばらく節約しないとなぁ……。
「まぁ、今更か。 とにかく来週の予定は了解した、無事を祈る。 行き先が決まったら教えろ、地図と生息する魔獣の資料をやろう。 私が出来るのは、“街を出てから”の事しかないからな」
「……おい、何かやけに引っかかる言い方をするな」
「じきに分かる。 というか、タイミングが悪ければ今日にでも分かる」
「てめぇ……」
そんな会話を終え、俺は支部長室を後にした。
結局答えは教えてくれず、ニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべていた支部長。
アレは絶対面倒くさいヤツだ、そんな案件を隠してやがる。
間違いない。
なんて事を考えながら階段を降り、皆が待っている食堂へと向かってみれば。
「あっ! やっと来ましたわ! お待ちしておりましたキタヤマ様!」
「やっと来やがったか! てめぇキタヤマ! 何て物を人の腕にくっ付けやがる!」
困り果てたパーティメンバーと共に、やけに騒がしい二人が待っていたのであった。
――――
「あぁー、確か前回の依頼のお嬢さん。 名前は……」
「イリス・ディーア・フォルティアですわ!」
「イリス・ディー……えっと」
「イリスで結構です」
「あ、はい」
何やら凄く前傾姿勢で詰め寄ってくる小っちゃいお嬢様。
その名をイリスと言うらしい。
前回も自己紹介された気がするが、完全に忘れていた。
以前のゴブリン退治で救出したご令嬢。
その後何度も俺達を訪ねて来たとは聞いていたが……まさか接敵してしまうとは。
「それで、今回は野営ですか!? 野営ですよね! 是非私も一緒に――」
「お断り申し上げる上に、寝言は寝てから仰って下さいましお嬢様」
「んなぁっ!?」
バッサリと切り捨ててから、もう一人に目を向ける。
大丈夫、こっちは覚えている。
数週間前に依頼を受けて、山に放り込んで立ち直らせたヘタレ野郎だ。
通称ギル、その名をヘタレ・何とか。
今では全身鎧に身を包み、いっちょ前にウォーカーって雰囲気を醸し出しているが。
「おい、キタヤマ。 『義手は俺に任せろ』って言ってたよな?」
「あぁ言ったな。 トールから、すげぇのが出来たって報告も受けている」
「ふざけんな! コレを見ろコレを! コレのどこが義手だ、完全に武器じゃねぇか!」
「格好良いじゃねぇか! 何が文句あんだコラァ!?」
彼の腕は肘から下十数センチ、という所から無くなってしまっている。
だがしかし、肘が残っていたのは幸いだった。
しかも何と、彼はウォーカーに復帰すると言うではないか。
なので思い切った義手を提案してみた結果、見事採用。
あら不思議、何故か隠す様に布を巻いていたその腕を晒してみれば、現れるのは凶悪な見た目のゴツイ爪。
魔力の調整で、手首もしっかりと動くらしい。
詰まる話、彼の左腕は完全に武器と化した訳だ。
そして俺達の鎧と同じく、見事に真っ黒。
「この手で私生活を送れってか!? 余りにも不便が多すぎるだろうが!」
「あぁ!? 義手で武器を振るより、義手そのものを武器にした方が楽な上に強ぇって粋な計らいだろうが! それとも何か? その手じゃ奥さんを優しく包み込めねぇってか? 西田、東! ココにリア充がいるぞ!」
「「よし、殺そう」」
「皆様落ち着いてください……」
何やら場が荒れ始めた頃、パンパンと手を叩く乾いた音が周囲に響いた。
そちらに視線を向けてみれば、呆れ顔のアイリが立っている。
「はーい、それ以上騒ぐなら場所を移しましょうねぇ? ギルさーん? その腕のお陰で、随分と討伐系の依頼は楽に済んでますよねぇ? 順調な復帰が出来たのに、文句を言う筋合いはないんじゃないですかぁ?」
「ぐっ!」
苦虫を噛み潰したような顔で、ギルが黙る。
ホラ見た事か、やっぱり有能なんじゃないか、その義手。
「キタヤマさーん? 義手ってのはその人の生活を左右するものです、調子に乗って趣味に走ると、いつか誰かを不幸にしますよー? 今回はメリットもあったから、まだ良しとしますけど」
「うっ!」
俺まで怒られてしまった。
でも役に立ったなら良いじゃないか! なんて声を上げようとしたが、アイリの目が笑ってない。
顔は笑っているのに。
ヤバイやつだ、ココで口を挟んだら確実に狩られる。
「まぁそれでも納得がいかない場合は、もう少し静かに二人で話し合ってください。 また“今度”」
そう言いながら、アイリは一枚の用紙を差し出してくる。
今はこっちだと言わんばかりに圧を高めながら。
「えぇっと、なんだこれ。 依頼書?」
・採取依頼
ダッシュバードの卵を3つ以上確保する事。
それ以上の数や質の良い物の場合、追加報酬有り。
・報酬
金貨5枚
・期限
今月末の夜会に使用する為、それまでに。
なるべく余裕をもって運んでくれると助かります。
「ダッシュバードってなんだ?」
「大きくて足が速い鳥ですね。 卵も凄い大きさなので、マジックバッグがないと運搬が大変なんですよ。 しかも魔獣ですから、襲ってきます。 追われながらも卵を持ち出せるか、討伐する実力があるウォーカーじゃないと無理なお仕事です。 そして巣を見つける捜索能力も必要になります」
アイリの話を聞いた限り、ダチョウか何かだろうか?
見た事が無いので、狩れるかと聞かれても何とも言えないんだが。
ていうかどこに居るんだよ、ダチョウ。
こっちに来てから見た事ないぞ。
「今週は行き先を変えるって言ってたでしょ? だからついでに依頼も達成して稼ぎを増やしては如何かと思って。 しかもダッシュバードとなれば一筋縄じゃ行かないでしょうから、しばらく街に帰る事はない……と。 うん、この際2週間くらい野営しません? そうしましょ? ね?」
最後のが本音か。
どんだけ受付の仕事が嫌なんだよお前は。
そんな事を思いながら呆れたため息を溢せば、他のメンツも依頼書を覗き込んでくる。
何故か、ギルの野郎まで。
「ダチョウかぁ、旨いのかな?」
「ダチョウの卵は食べられるって聞いた事あるけど、そのモノを食べるって話は聞かないねぇ」
やはりそうなるよな。
西田も東も首を傾げながら、依頼書に目を通していく。
ダチョウなぁ、運動量は多いだろうから筋肉は引き締まってそうだけど……旨いのかな?
一応鳥だし、それなりサッパリと食えるもんなのかね?
「ご主人様! 鳥、鳥ですよ! 食べてみたいです!」
「相変わらず南は鶏肉好きだな……でもダチョウは旨いかどうか分からんぞ?」
「食べたら分かりますよ! それに今の私達には飛び道具もちゃんとありますし!」
「まぁ、そりゃそうだが」
唐揚げを食べたあの日から、この子は変わってしまった。
好物は鶏肉。
唐揚げ、親子丼、焼き鳥、チキン南蛮などなど。
とにかく鶏肉大好きっ子になってしまった。
そしてクロスボウを手に入れた事により、鶏肉確保が非常に楽になってしまったのも、原因の一つだろう。
ま、好き嫌いしないならいっぱい食べるが良いさ。
育ち盛りだもんね。
「お前ら……本当に魔獣肉食うんだな。 ソフィーに最初何か言っただろお前。 アレから『そろそろ魔獣食べました? どうでした? 美味しかったですか?』ってすげぇ聞いてくるんだが」
「あぁ~それは正直スマンかった。 ちょっと試すつもりで聞いただけなんだが……今でも疑われてんのか?」
彼の奥さん、ソフィーに「旦那が魔人になっても愛せるか?」なんて質問をしてしまったのが良くなかったか。
更には前回の一件で“悪食”は魔獣喰らいだと知れ渡ってしまったのも要因の一部なのだろう。
そんな俺達に関わった旦那が、知らない所でそんなモノを食べてしまったら……なんて心配しているのも分かる。
「もう帰る度に笑顔で聞いて来るぜ。 『夫婦とは一蓮托生、貴方が食べたのなら私も食べます。 だから早く持ち帰って下さい、味が気になります』ってよ……。 いつも食ってないと説明してるんだが――」
「おい待て、なんかソフィーさんノリ気じゃねぇか? むしろソレ食ってみたいだけじゃねぇか?」
「お前らの宿の前を通った時に、夫婦共々魔獣料理を見ちまってな……止めるのに苦労してる」
ソフィーさん、意外とアグレッシブな方だったようだ。
まあこのヘタレを数年間も支えて来た訳だもんな、強くない訳がないか。
そして詰まる話、魔獣肉に興味が出ちゃったから旦那は毎度催促されていると。
ソレは知らんよ、夫婦間でどうにかしなさいよ。
「ま、支部長が今色々調べてるみたいだし。 結果が出てからでも良いんじゃね? 皆揃って魔人になりましたーって言ったら笑えないぜ」
「他人事みたいに言うなぁ……」
実際、今更どうしようもないからね。
仕方ないね。
卵だの山菜だのはセーフって扱いなら、多分問題はないと思うのだが。
それでも俺らが責任を持てない以上、あんまり被験者とやらを増やしたくないのも事実だ。
「あ、あの……」
さっきまで大人しくしていたイリス嬢が、静かに手を上げて来た。
また野営に参加したいとかいう申し出だろうか? 絶対却下するが。
「私も依頼を出して良いですか? その、ダッシュバードの卵。 私も食べてみたいです」
以外にも普通の用件だった。
「別に良いぜ? とはいえまだ受けると決まった訳じゃないし、卵がどれだけ見つかるかも分からないから、後回しにはなるが」
「それで構いません! 報酬は白金貨を――」
「それは多すぎるわ」
金貨数枚でも十分に多いのに、また白金貨なんて貰ったら金銭感覚がぶっ壊れそうだ。
とはいえ食費、武具の消耗、人件費などなど。
その辺をひっくるめると、実際数十万の依頼ってのも高くはないのか?
なんせ命賭けてやっている訳だし。
未だに相場と言うモノが良く分からん。
今の俺達の装備なんか、平気で白金貨吹っ飛んでいくし。
まあ4人分だから仕方ないといえば仕方ないのだろうが。
他の奴等の装備もコレくらいの価格帯なら、多分報酬が少ないくらいだろうな。
武器は潰れ、鎧は曲がり。
ソレを毎回修理に出して、金貨数枚の報酬で全ての元が取れるとは到底思えない。
“向こう側”で言うなら、鎧一式が数百万とか普通だったと思う。
でもそれはあくまで“観賞用”としての現代の価格。
実際に戦争とかがあって、鎧や剣、そして槍なんかを振り回していた頃は、どんな価格だったのだろうか?
流石にちょっと想像がつかない。
「ご主人様? どうかなさいましたか?」
う~む、と唸っていた俺を不信に思ったのか、南がすぐ隣で見上げて来ていた。
ピコピコと動く黒い猫耳が非常にキュート。
思わず頭の上に手を乗せて、ワシャワシャと撫でてやる。
「いや、未だに仕事に対して報酬が高いのか安いのかわかんねぇなって思っただけだ。 まだまだ勉強不足だな、俺も」
「コレは貴族からの依頼ですし、指名でもないのに金貨を払ってくれるというのは結構おいしい依頼だと思いますが……まぁダッシュバードに対策出来ればの話ですね。 ご主人様方なら絶対問題ありません」
「だと良いんだがなぁ……ん?」
「今度はどうしました?」
南の頭をワシャワシャしていた指を、毛先へと滑らせていく。
ふむ、ふむふむ。
美容とか毛質云々とか、そう言ったモノに詳しい訳では無いが……コレくらいは分かる。
「あ、あの……」
不安そうな目を向ける南にニカッと微笑みを返してから、アイリの方へと向き直った。
「とりあえず皆平気そうだから、依頼は受けるわ。 んでさ、出発の準備はしておくから、また南を任せて良いか?」
「ほぉ、それはどんな意味合いで?」
言いたい事は分かっているだろうに、アイリはニヤニヤとした笑みを浮かべながら俺の答えを待っていた。
やっと気づいたか、とか後で言われてしまいそうだ。
「美容室……床屋? こっちでは何て言うか知らんが、髪を整えてやってくれ。 随分長くなったし、昔の痛んでいた部分……まぁ毛先が目立つようになって来たからな。 折角なら綺麗にしてから街を出よう」
「え、いや、あの! 私は大丈夫ですから! 後でナイフとかで――」
「ダメよ、ミナミちゃん。 リーダーの命令には従わないと」
「あぅ……」
そんな訳で、アイリの腕に収まった南は再びドナドナされていったのであった。
さて、そんじゃ俺達も準備しますかね。
「今度行くところは、新しい薬草とか山菜とかあんのかなぁ……俺受付でそっちの資料貰ってくるわ」
「ダチョウ……美味しいのかなぁ、どんな味がするんだろう。 あ、そうだ北君。 燻製させる道具買おうよ、ジャーキー食べたいって前に言ってたじゃん?」
各々好き勝手言いながら、それぞれが行動し始める。
この調子だと、俺は調味料なんかの調達かな?
まあ、いつもの事だから別に構わないが。
「お前ら、本当に気ままだなぁ……」
「今度一緒に来てみるか?」
「おう、機会があったら同行させてもらうわ」
呆れ顔のギルだったが、そんな台詞を吐いてギルドを後にした。
さて、それじゃ俺も行きますか。
なんて思って、腰を上げた時だった。
「キタヤマ様! 依頼を出してきました、こちらの内容でお願いしますわ!」
忘れていたイリス嬢から、新しい依頼書を渡されてしまったのであった。
報酬金貨5枚……。
ねぇコレ、後でイリスパパから怒られたりしない?
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