第28話 西
今日もまた、馴染みのある森の中で野営する。
もうこの森も随分と慣れた感じがあるから、そろそろ他へ移っても良いのではないかとは思うが……リーダーの判断だ、俺はソレを否定するつもりはない。
確かに新しい装備を試すなら同じ環境で試すべきだし、以前の物と十分な程違いも知る事が出来た。
今回の鎧と武器はすげぇ。
改めてそう実感できるのは、確実着実に物事を進めるこうちゃんのお陰だろう。
俺だったら新しい装備が手に入った瞬間、次の未開拓領域に足を突っ込んでいたかもしれない。
未だゲーム感覚が抜けていない、それは重々承知している。
だが、仲間達の存在が“コレは現実なんだ”と教えてくれる。
だからこそ、着実に行くべきなのだ。
安全マージンは取り過ぎて悪いという事はない。
「おっ、良いモン見っけ。 後で何か作ってもらお」
そんな事を言いながら腰にぶら下げた袋に山菜を摘んでいく。
“こっち側”に来てからはいつも通りの日常。
人によっては飽きてしまうのではないかと思われる、いつも通りの日常。
だが俺にとっては、十二分に満喫できる異世界生活であった。
そう、もう昔みたいな生活には戻らなくて良いんだ……。
――――
「あのさぁ、無能君にしてもこんな事まで出来ないと流石にアレじゃない? 全部言わなきゃ分かんないの?」
「大変申し訳ありませんでした」
「いや、謝れば良いって訳じゃないから」
俺の一日は、大体そんな台詞から始まる。
勤めていたのはギリギリ大手と言っても良い会社の営業部署。
但し、一日中意味が有るかも分からない書類を作ったり、営業先に行って頭を下げたりする仕事。
大変申し訳ありませんでした、すみませんでした、失礼いたしました。
そんな言葉が、癖の様に口から零れ落ちる毎日。
正直、参っていた。
成果を上げても上司に取られ、不具合が出れば押し付けられる。
それが当たり前の日常。
いつまで経っても給料は増えないし、仕事は増えていく一方。
自殺しようかなんて、何度考えたか分からない。
現代社会人としては当たり前、生きる為には必要な事なんだと必死に奥歯を噛みしめながら耐えて来た。
だというのに、今日も成果を上司が掻っ攫っていった。
そして周囲からは侮蔑の視線。
あの人の下で働いているのに何でアイツは、やっぱりあの程度の奴じゃ成果を上げられないのか。
そんな嫌味が、俺の耳にまで平然と届いた。
既に記録には残らない残業時間を合わせれば、今月は400時間くらい働いている。
ここまでしても、俺はこの会社にとって“不要”として扱われるのか?
そう思い知ってからは、もう駄目だった。
もはや全てに対してやる気を無くし、いつの間にかビルの屋上へと向かっていた。
フェンスの向こう側、一歩踏み出せば楽になれるその場所で、俺は立ちすくんだまま何も考えず空を見上げた。
暗い、真っ黒な夜空。
「もう、何でも良いや」
一言だけ呟いて、その“一歩”を踏み出そうとした瞬間。
プルルルルルと、間抜けな音を立ててスマホが振動する。
こんな時に一体誰だ? どうせ取引先とかだろうから、電源を切っておけば良かった。
なんて事を考えながらスマホをタップし、耳に当てる。
もはや職業病だと言えよう。
今くらいは、無視したっていいのに。
そんな事を考えながら、聞こえて来たその声は。
『お、出た出た。 西田? 元気かぁ? 今さ、東と飲もうって話しててさ。 良かったら来ないか? 久々に話そうぜ、お前んとこ忙しそうだし……無理にとは言わんが』
その声を聞いた瞬間、踏み込もうとしていた足が引っ込んだ。
何でだろう。
この声を聞いた後は、絶対に死にたくないと思ってしまったんだ。
「……行く、行くよ。 何処に向かえばいい? 俺も一緒に飲みたい」
『あん? お前泣いてんのか? どうしたよ、ってそりゃ会って聞き出せば良いか。 どうしたー? 大丈夫かー? 大丈夫だぁ、おめぇはがんばってんぞぉ~』
「なんだよそれ」
思わず笑い声が漏れた。
ここ数か月、笑った記憶など無かったのに。
『西田は人当たりが良いからなぁ。 でも自分に対しちゃ鈍感だからなぁ~オラァ心配だぁ~。 今日はのんべぇ、いっぱい飲んできゃっきゃウフフ笑って、明日はサボってネトゲすんべぇ』
「だからどこの方言なんだよ。 相変わらず意味わかんないな、“こうちゃん”は」
北山公太。
小学校時代、やけにプライドが高かった俺に対し最初に絡んで来た変なヤツ。
でもそんな彼が居たからこそ、俺は馴染めた。
彼が居たからこそ、東ともその後すぐに仲良くなったし。
小中高と三人で居たからこそ、“楽しかった”と言える学生生活を送る事が出来た。
時にはヤンキーと喧嘩して、ボコボコにされた。
時には皆で落ちていたエロ本を掲げ、将来はこんな嫁さんをゲットするんだと語り合った。
時には助け助けられ、やっぱり二人に感謝した。
俺は、あの二人の隣に居る時間が人生で一番楽しかったのだ。
馬鹿みたいな事を馬鹿みたいに全力でやって、そしてやっぱり馬鹿みたいに何にも考えず笑う。
その生活が、いつから過去になってしまったのだろう。
「あの、さ。 変な事言っても良いかな?」
『んだぁ? なんでも言ってみろぉ?』
未だおかしいイントネーションで喋る彼に対して、少なからず笑いを溢しながら俺は本音を吐き出した。
「実は今、自殺しようかと思ってた所でさ。 ウチの会社のビルの屋上に居るんだ。 そんな俺でも、こうちゃんと東の所に行っても良いのかな?」
こんな話、絶対引かれる。
信じてもらえないか、冗談かと笑われるかどっちかだ。
そんな風に思っていた。
『……そこを動くんじゃねぇぞ? 死んだら俺らが追い打ち駆けるからな? おい東! 殴り込みだ! 西田ん所のビルの屋上!』
『は? え? どうしたの北君? 西君に何かあった?』
『うっせぇ! 全員薙ぎ払ってでも西田ん所に行くんだよぉう!』
電話越しに、そんな会話が聞こえてくる。
あぁ、友達に恵まれるってこういう事を言うのか。
そんな風に感じたんだ。
とはいえ。
「いや、えっと。 大丈夫だから、俺もそっちに――」
『うっせぇ! 今行くから待っとけ! 実はもう近くに……うらぁ! 邪魔じゃボケェ!』
『あぁもう! 知らないからね!』
彼らのそんな声と共に、ウチの会社の防災ベルが鳴り響いた。
あぁ何という事だろう。
俺のせいで彼らに迷惑をかける上、会社にも色々と面倒な手続きが……。
そんな事をモンモンと思っている内に、屋上の扉がズドンッ! と音を立てて開かれた。
そして現れたのは。
警備員を身にまといながら、引きずるようにして参上する友人二人。
「っ! 東! フェンスをぶっ壊すんだ!」
「いや流石に無理! 警備員全部こっちで貰うから、北君お願い!」
「あいよぉぉぉ!」
昔から体がデカい上に力の強い東が、こうちゃんに付いていた警備員をまとめて腕に抱えて引き剥がす。
そしてフリーになったこうちゃんは、勢いを乗せたまま屋上のフェンスを飛び越え、俺の隣に着地した。
この姿を見ると、あぁ……本当に昔から変わらないガキ大将だ。 なんて思える程、野蛮で野生的な感覚を覚える。
とてもじゃないが、俺と同じ社会人には見ない。
でも、非常に懐かしいと感じる自分が居る。
「西田、この会社辞めねぇか? お前を使い潰す会社なんて、ろくなもんじゃねぇよ。 俺と東も一緒に探すからよ、な? ココ、辞めようぜ?」
そう言って右手を差し出すどころか、落ちない様にとガシッとつかみ取られる。
コレが彼だ、北山公太という人物だ。
後先考えず、誰かのピンチには絶対助けに来るヒーロー。
そんな彼に憧れて、学生時代俺はずっと隣にくっ付いていた。
いつか自分も彼みたいになれるんじゃないかと期待して、妄想して。
「俺……隣に居て良いのかな……? 仕事で何も出来ないし、喧嘩も弱いし。 何もない俺が、皆と一緒に居て良いのかな?」
もう、世間体とかどうでもよかった。
ひたすらに涙を溢しながら、彼に掴まれた手に縋りついた。
情けない、非常に情けない。
それが、“今の俺”だった。
でも。
「馬鹿野郎が! 仕事ってのは出来る事を全力でこなす事だ! 出来ねぇ事押し付ける事は仕事じゃねぇ! それにお前は弱くなんかねぇぞ、いつだって俺の喧嘩に付き合ってくれたじゃねぇか! お前は強ぇよ、俺なんかよりずっと強ぇ! だから死ぬな、俺の隣に居ろ! 東西北って揃ってんだ、後は南を揃えれば俺らは最強だ! 勝手に西を減らすんじゃねぇよ!」
余りにも身勝手で、意味の分からない言い分。
だとしても、この時の俺には十分に効いた。
俺は“必要とされているんだ”と実感できる一言。
その時の俺には、それだけで充分だったのだ。
「やっぱり馬鹿だなぁ……こうちゃんは。 ……うん。 明日、この会社辞めるって言ってくるわ」
「うっせぇ馬鹿野郎! 今日言え! 今すぐ電話しろ! てめぇの下で働けるかって怒鳴り散らしてやれ!」
「相変わらず、こうちゃんは滅茶苦茶だな……」
「大人になっても変わらないモノがあるって素敵だろ? それが俺だ、北山公太という人間だ。 精神年齢が低いともいうが……まぁいい。 そんな俺を敬った上で今すぐ電話を掛けろ。 上司、てめぇの髪の毛むしってやるってな」
「ははっ、確かに。 相変わらず馬鹿だわ。 あとウチの上司既に髪の毛無いから」
「であれば髭だ、ソレも無ければ全身脱毛と服を剥いでやると脅しとけ」
馬鹿みたいに真っすぐで、気に入らない事には食って掛かる性格。
だからこそ、なのだろう。
俺達は彼の事をリーダーと素直に認めて来た。
例え、“未知の世界”に踏み込んだ時でさえ。
彼を頼り、共に行動する。
そうすれば必ず、彼は俺に“役目”をくれる。
必要だと言ってくれる。
そんな些細な事が、どこまでも嬉しいと感じたのだ。
そして俺は、今日まで生き残って来た。
この異世界で。
普通に考えたら、こんな順調にいく訳が無いんだ。
でも、“俺達”が揃っていたからこそ生き残れた。
今でもそう思える。
だからこそ、この生活に不満はないし“向こう側”に戻れる手段があっても俺は多分残る。
きっと彼らも“こっち側”に残る事を選ぶだろうと、易々と予想できるから。
それくらいに“こっち側”での俺達の生活は充実していた。
なんて改めて昔を思い出してしまったのは、この前昔の俺に似たどっかのヘタレを見てしまったからだろうか。
偉そうな事を言っちゃったけど、他人の事言えないんだよなぁ俺も。
ギル・アイラムだっけ。
関わっちまった以上、上手くやってくれてりゃいいけど。
ま、何でも良いか。
「さて、今日の晩飯は何かな?」
上機嫌のまま俺は新しく見つけた山菜達を腰袋に放り込み、仲間の元へと走り出したのであった。
――――
やべぇ、やべぇぞ。
本日西田が収穫して来た代物、コイツが大問題だ。
「ま、ま……まつ……まままつた……」
「嘘だよね……僕“向こう”でも食べた事ないよ……」
「やっぱり“ソレ”なんかな? 形がそれっぽかったから調べてみたら、食えるって書いてあったからさ」
キノコだ、キノコなのだ。
しかし、非常に良い香りがする……気がする。
正直良く分からんが、形的にはどこからどう見ても“松茸様”であった。
「クソッ! こんな時にスマホが有れば旨い飯の作り方を調べられるのに! 松茸を調理した事なんかねぇよぉぉぉ!」
「うぉぉぉ検索ツールよこの手にぃぃぃぃ!」
「あーまぁなんだ、一回お吸い物でも作ってみる? 味も匂いもまだ良く分かんねぇし」
「「ソレだ!」」
「良く分かりませんが、美味しいモノなんですか?」
状況を理解してない南だけが不思議そうに首を傾げ、松茸を興味深そうに観察している。
フッフッフ、驚き慄くがいいさ。
高級食材と謳われた松茸の味と香りに!
とはいえ皆松茸料理なんて初めてなので、美味しく出来るかは分からないが。
まあいいさ、松茸を食っているという満足感が味わえればソレで充分だ。
“向こう側”で貧乏暇なしだった俺らは、基本安いモノばかり食べていたのだから。
高級食材なんて手を出すのも恐れ多い。
そんな代物が、今目の前にある。
そして原価0円なのだ。
もはや、食うしかあるまい。
「いよぉし! お前ら、飯にすんぞ!」
「「おぉー!」」
「はい! ご主人様!」
こうして、俺らは今日も飯に有りつく。
本日はちょっとヘルシーになりそうだが、それでも皆のやる気は十二分に漲っていたのであった。
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