第27話 新しい装備


 トールから宿屋に手紙が届いた。

 “出来たぞ”。

 ただそれだけ、たったソレだけだが。

 手紙が俺達の元に届いた瞬間、俺達の意識は覚醒した。


 「いくぞテメェらぁぁぁ! 装備のアップグレードだぁぁぁ!」


 「「うおおぉぉぉぉ!」」


 「ハッ! な、何が起きましたかっ!」


 朝が弱い南だけはベッドからガバッと起き上がったが、俺達は有頂天だ。

 ありったけの金をかき集め(元々バッグに入っているが)、意気揚々と宿屋を後にした。

 未だ眠気の抜けない南を背負いながら、俺達はトールの店へと赴く。

 そして。


 「たのもぉぉぉ!」


 「まっとったぞぉぉぉ!」


 朝からご近所迷惑な声を上げながら扉を蹴破ってみれば、中からは更に大音量な声が帰って来た。

 どうやら徹夜明けらしい。

 眼を真っ赤にしたトール達が、爛々と輝く瞳をこちらに向けながら、おかしなテンションで迎えてくれた。

 そして彼らの横に並んでいる鎧は……。


 「カッケェェェェ!」


 「すげえぇぇぇぇ!」


 「ウォォォォ!」


 三人そろって、バカデカい声を上げてしまった。

 そんな事をすれば当然背中の南も起きる訳で、慌てた様子でキョロキョロと周りを見渡している。

 やがてその視線は俺達の物となるであろう鎧にたどり着き。


 「……マジですか?」


 どういう心境なのか分からない感想を溢した。

 とはいえそんな事は知らんとばかりに鎧の説明を始めるトールとその他。

 声に合わせて視線を向ければ、そこには武器の類が幾つも並んでいた。

 やべぇ、アレを俺らが使うのか。


 「つぅわけで、お前らに合ってる装備を拵えてみた。 アズマ以外はフルプレートの意味がないと思ってな、キタヤマは全身鎧だが鉄と皮と鎖帷子の合わせ。 ニシダに関しては急所以外は全部皮鎧だ。 コイツで文句があったら遠慮なく言ってくれ、欲しい装備はなんだって作ってやる。 嬢ちゃんは相変わらず皮鎧だけだが、面白いモンを作ってみた。 感想を聞かせてくれ」


 自信満々に語るドワーフたちを前に、俺らはテンションが上がりっぱなしだ。

 今までは見事に“向こうにもありそうな鎧”を着まわしていた訳だが、コイツは違う。

 マジでファンタジーだ。

 RPGの主人公たちが着ている様な、カッチョイイ鎧だ。

 今日から俺らは、こんなのを着て街を歩くのか。

 期待と尊敬の眼差しを向けられてしまったら、どう答えてやろうか。


 「最高だぜ! なんコレ! 滅茶苦茶格好良いじゃねぇか!」


 「俺は軽装だけど、見た目は劣ってねぇな。 やべぇ、もう着替えて良いか!?」


 「僕の装備は何か色々付いてるんだけど……でも格好いいから良いか!」


 各々感想を溢しながら、南を下ろして試着を始める。

 早く南も着てみれば良いのにとは思うが、やはりソコは女の子。

 着替えを見られるのが恥ずかしいのか、完全に停止している。


 「……マジですか」


 再度そんな言葉を溢しているが、何か思う所があるのだろうか?


 ――――


 「いらっしゃいま――」


 私はキーリ。

 15の時にギルドの仕事を貰い、もう5年も働いている。

 だからこそ、ウォーカーの変わり者の相手も慣れた。

 おかしな事を言って来たり、変な格好をしている人達にもだいぶ耐性があると思っていた。

 しかし、コレはダメだった。

 威圧感が半端じゃない。


 「えっと、あの……」


 「あ、支部長って今居ます? あとアイリ。 散々装備見せろって言われてたから、せっかくなら見せてやんないとって思って」


 やけに気安い感じで喋り出す先頭の男。

 言葉の軽さと見た目が、見事にマッチしていない。

 黒い、とにかく黒いのだ。

 全身真っ黒。


 「あ、あの……犯罪者とかでは……ないんですよね?」


 「はい?」


 「ヒィ! すみませんすみません!」


 思わず謝ってしまった。

 眼の前に居るのは黒い鎧を纏った4人組。

 1人、小さな女の子だけは申し訳なさそうに視線を逸らしているが、残る三人は生き生きとした様子で胸を張っている。

 この国……というか他所でもそうだと思ったが、黒い鎧は犯罪者の証。

 犯罪奴隷が、無理矢理戦争や戦闘に参加させられる場合着る物なのだ。

 要は見るからに危険人物。

 黒い鎧を着た人間が居たら通報しろと教えられる程、常識的な危険色。

 普通は一般的な兵士が来ている様な鎧を、無理矢理黒で塗りつぶした様な形相をしているが……彼らの場合は些か異なるようだ。


 確かに真っ黒い鎧。

 夜の帳を連想する程の深い黒、そして各所に彩られた血の様な真っ赤な模様。

 その装飾は見事で、思わず覗き込みたくなる程細やかだった。

 かなりの値打ちもの、相当な金額を払って購入したのだろう。

 犯罪奴隷であれば、まずこんなモノは与えられない。

 もっと雑で、汚くて、臭い様な代物ばかりだ。

 そんな不潔感は彼らから感じられない、まさに新品の鎧。

 だからこそ、犯罪者ではなく確かにウォーカーなのだろう。

 非常に猛々しく、非常に威圧的。

 鎧としては間違っていない、間違っていないのだが……その、色が。


 「なぜ……黒なのでしょう……」


 「「「恰好良いから!」」」


 「そ、そうですか……」


 「はぁ……」


 奴隷の首輪を嵌めた黒い皮鎧の女の子のため息が、非常に癒しに感じられた。


 ――――


 「っせい!」


 「っフン!」


 「任せて!」


 様々な声が響く穏やかな日常。

 俺達は今、いつもの森の中へとやって来ていた。


 「やべぇな、マジで動きやすい。 ていうか動きを阻害しないって言ったら良いのか?」


 そう言いながら各所を動かしてみるが、やはり今までの様な“動きづらさ”がない。

 鎧もそうだが、武器もヤバイ。

 スッと入るのだ、あの大猪に対してさえ。

 奴らの毛皮は固い。

 だからこそ逆撫でする様にして、刃を無理矢理押し込んでいたのだが……同じ行動にしても、切れ味が段違いなのだ。

 欲しい一撃が確実に入るこの感覚。

 ゲームで例えるなら、クリティカルが100%出ている様な感触だ。


 「今までの鎧がどんだけ動きづらかったかって話になってくるなこりゃ……。 初めて鎧を着たから、こんなもんかって事で諦めてたけど。 コイツは段違いだ、軽すぎる」


 そう言いながら、野生動物よりも早く動き回っていた西田が戻って来た。

 西田の言う通り、とにかく“軽い”のだ。

 そして行動を邪魔しない。

 コレがどれ程重要な事かと言えば、今の結果を見てもらえば分かると思う。

 西田は足が速かった、しかしやはり野生動物相手では当然遅れをとる。

 だが今はどうだ。

 正直皮鎧で前線というのは不安があったのだが、それが杞憂だったと証明されてしまった。

 『当たらなければどうという事は無い!』とばかりに、魔獣の攻撃が当たらないのだ。

 もはや掠りもしないと言った方が正しいだろう。

 それくらいに速い。

 フルプレートでガチャガチャ音を立てて走っていた昔の西田が嘘のようだ。

 速い、音がしない、気付いたら相手の首が飛んでいる。

 なんだこれ、忍者かよ。


 「コレは……凄いね。 それしか言えないよ。 大猪を片手で受け止められそう」


 流石にソレは言い過ぎだと思うが、東がそんな感想を洩らす。

 俺らの中では一番の重装備。

 ちょっと太っちょに見えてしまう程の装備だが、なんでも衝撃の吸収率がヤバイらしい。

 更には足に着いた獣の様な鉤爪。

 踏ん張る際にコイツを突き刺せば、今まで以上に“抑える”事に対して強くなる。

 スパイクシューズみたいなもんかと納得したが、如何せん見た目がアレなのだ。

 恰好良すぎるのだ。

 そしてデカい鎧という事もあり、肩や肘もすんごい。

 やけにデカかったり、尖っていたり。

 ゲームのボスキャラとして登場してもおかしくない見た目をしている。

 何より兜だ、兜がヤバイ。

 フルフェイスに付いているバイザーを下ろすタイプな訳だが、カシャン! と音を立てて下がるその顔面は、どう見てもボスキャラ。

 見た目からして強い。


 最後に南。

 俺らの中でも一番この鎧に乗り気じゃなかった彼女だったが、狩り場に来てから一変した。


 「凄い、コレ凄いですよご主人様!」


 今回彼女はサポーターからウォーカーへと昇進した。

 何故かって、攻撃手段が手に入ったからである。

 南は全身真っ黒な皮鎧、しかし左腕に装備された代物は訳が違った。

 クロスボウ。

 そうとしか言えない代物が、彼女の左腕にくっ付いているのだ。

 しかも連射式。

 ズガガガガッ! と打ち放たれる矢、というかダーツより少し大きいくらいの何かが、小さな魔獣を一掃していく。

 兎、モグラ、狼。

 時には鹿までも、彼女の矢の餌食となった。

 完全なるトリガーハッピーである、乱射魔の爆誕であった。


 「この濃いメンツの中で、俺だけ“標準”なんだよなぁ……」


 鉄鎧と皮鎧の合わせ、そして全身装備。

 悪くはない、むしろ良いのだ。

 動きやすいし、見た目だって格好良い。

 だが他のメンツは“特徴”に合わせて鎧や武装が作られた。

 しかし俺だけは、今までの延長線上なのだ。

 “お前は幅広く動くタイプみたいだからな、コレで様子を見ろ”とかトールにも言われちゃうくらいだし。

 不味い、非常に不味い事態だ。

 俺も特徴が欲しい。

 “向こう側”でも散々目立った特徴が無いと言われてきたし、自身もそう感じていた事だ。

 だからこそ、皆が苦手としている項目に注力しよう。

 そんな事を考え始めたのは、いつの頃だっただろうか?

 西田と東だけは、“向こう”でも「そんな事はない」と言ってくれていたが……。


 「北君、終わったよー」


 「こうちゃん、見てくれよ! 今日は新記録だぜ!」


 「ご主人様、こちらも終わりました。 良いですね、この装備。 癖になりそうです」


 そう言って各々戦果を報告してくる。

 大丈夫だ、俺はまだ皆に頼ってもらえる。

 正直に言えば、今日の俺は一番成果を上げていない。

 東が抑えた猪を狩っただけ、本当にそれだけなのだ。

 頼られる人間が、こんな事でどうする。

 どこかそんな焦燥感を覚えながらも、俺は満面の笑みで返した。


 「こんだけあれば今日は豪華だぞ! 皆何が食いたい!?」


 まあ、小難しい事を考えても仕方がない。

 表で役に立てなかったのなら、裏方で役に立てばいい。

 いじけた所で強くなるわけでもなし、足りないと思うなら、これから伸ばせる所を伸ばして行けば良いだけだ。

 なんて、どこか問題を先送りにする気持ちで調理器具を準備し始めるのであった。

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