第25話 鈍感系リア充は滅すべし


 「んで、こうちゃんはそんな依頼を受けて来ちゃった訳だ」


 「いや、まだ受けた訳じゃ……」


 「でも聞く限り、ほぼ受けた様なモノだよね?」


 「ぐぬぬ……」


 宿屋の4人部屋。

 狭くもないし広くもない空間の中、俺だけが床に正座していた。

 非常に気まずい。

 勝手に依頼を受けた?様な状態で、来週の野営の予定を全てキャンセルしてしまったのだから。

 一応雨期の事なども含めて全て話したが、今の所可否の判断はメンバーから上がっていない。

 す、すまねぇ……。


 「私は、依頼を受けて正解だったと思います」


 そんな中、我らがホープの南が声を上げた。

 良かった、ココに来てやっと賛成の声が……。


 「魔法も剣も才能が有って、名を上げて、成り上がって。 片腕を失ったからって仕事を辞めて落ちぶれているんですよね? そんな奴殴ってやれば良いのです、もしなら囮役にでもしてやれば良いのです。 才能の塊で、まだまだ復帰できるチャンスがあるのに、自らの行いで人生を棒に振っている愚か者、ソレを叩き直すだけで白金貨1枚なんて美味し過ぎます。 そういう類は、死地に放り込んでやれば勝手に這い上がってきますから」


 「あ、あの……南さん?」


 なんか予想とは違う方向に、南がヒートアップしている気がする。

 無表情のまま淡々と言葉を紡ぐ彼女が、妙に怖いんだが。


 「そもそも片腕が無くなったからなんですか、もう一本あるじゃないですか。 私だったら、足りない分は足でも口でも使って応用します。 そうでないと生きていけない程度の獣人ですから。 その人は魔法の才能まで有るのに、何をいじけて居るんでしょうね。 腹立たしいです。 奴隷だったら、そんな贅沢は言っている暇もありませんよ」


 ある意味、この依頼に一番の適任者が見つかったのかもしれない。

 俺は“昔の仲間”を想う支部長に同情した。

 しかし問題の彼とやらには、片腕を失ったんだからそりゃ大変だろう、くらいにしか考えていなかった。

 だか、それさえも甘かったのだとありありと感じさせられる。

 この世界において、命を懸ける戦いが転がっているのは当たり前。

 更には自らその地に訪れる者は、その覚悟があって当たり前なのだ。

 分かっていてもちゃんと理解していなかった事例を、今目の前に突き出された気分だった。


 確かに彼女の言う通りだろう。

 この世界は“それくらい当たり前”なんだ。

 むしろ命を落とさなかっただけ、儲けものだと考えなければいけないのだ。

 俺達のパーティでそういう事態に陥って居なかったからこそ見逃していた、非常に原点であり“当たり前”の事。

 眼から鱗が落ちるというのは、今みたいな状況を指しているのだろう。

 何故、そんな奴を励ましてやらなきゃいけないのだろうか。

 叩き直せば良いだけじゃないか。


 「ま、雨の中の野営ってのも、いきなりじゃ困る事も多いだろうしな」


 「だね。 様子見も含めて、その依頼受けてみよっか」


 西田と東も、やれやれと言った雰囲気で頷いてくれた。

 なんとかメンバーの了承も取れ、俺達はそのボンクラをぶん殴るクエストを受ける事になった。

 初めての“内側”の依頼。

 どうなるかは分からないが、コレもまた異世界生活の醍醐味だと思いたい……というか、思う事にしたのであった。


 ――――


 翌日は、支部長の言った通り雨模様だった。

 しかも結構な雨量。

 カッパ代わりの外套を纏いながら、俺達はギルドに向かい依頼を受ける旨を伝えた。

 そして忘れていたが、引き渡されるアイリ。

 本人はせっかく受付から解放されたのに、何故こんな依頼なのかとブツクサ文句を垂れていたが。


 「ごめんくださーい」


 俺達は今、一軒の民家まで来ていた。

 依頼主の御宅、まあ依頼を出したのは奥さんの方だが。

 しばらくすると扉が開き、中からは疲れた顔の女性が顔を出した。

 瞼の下には濃いクマ、そして体調の悪そうな表情。

 金髪に青い瞳。

 全体的に美人に見えるのに、とにかく不健康そうな様子が非常に残念だ。


 「依頼を受けたウォーカー、“悪食”のパーティです。 お話を伺ってもよろしいですか?」


 俺が声を掛ければ、奥さんは驚いた表情を浮かべながら扉を更に開いた。

 若干不用心だと思えなくもない行動だったが、それを気にした様子もない。

 というか、そこまで気を回せる余裕もない、といった所だろうか。


 「お待ちしておりました。 まさかパーティで来て下さるとは……どうぞ、中へ。 散らかっておりますが」


 「……失礼します」


 短い会話を終えて、俺達は彼女のお宅へとお邪魔した。

 普通の民家。

 だというのに、普通の“散らかり方”ではない家の中。

 花瓶やらグラスやら、放置したら危なそうなモノまでその辺りに欠片が転がっている。

 これは、ちょっと予想以上に悪い状況かもしれない。


 「それでは依頼の確認と、今の状況を教えていただきたいのですが」


 「はい……」


 ――――


説明された内容、それはもうなんとも言えん程微妙なモノだった。

 彼女の名前はソフィー・アイラムさんと言うらしい。

 なんでも下級貴族の末っ子で、旦那を婿に向かえたとの事。

 しかし旦那の失業により、今の民家暮らしなのだとか。

 そして懸念していたDVの様な事例が発生している訳では無く、旦那は一人で酒を飲んでいる時に物に当たる事が多い。

 そして普段はウォーカーや騎士の時代に稼いだ金で、ほとんど飲み屋に通っている様な状態。

 奥さんと会う時は基本的に優しいが、どこか悲しそうな笑みを浮かべているとの事。

 今の所金銭的に困っている訳では無いが、どうにか前の様に生き生きした姿に戻って欲しい……と。


 「下らない依頼ですね」


 「南、よせ」


 「失礼いたしました」


 今回ばかりは思う所が有るのか、いつになく棘がある南。

 そんな彼女を宥めながら、話が続いていく。


 「彼女の言う通り、本当に下らない依頼です。 申し訳ありません……ですが、私たちにとっては重要な事なんです。 どうか、どうかお願い出来ませんでしょうか? 夫をもう一度……」


 「出来る限りは致します。 ですが、一つだけ聞いておきたい事が有るんですが、よろしいですか?」


 「なんでしょう?」


 「もしも旦那さんが、魔獣の肉を喰らう様な蛮族にまで堕ちたとしたら……貴女は彼を愛せますか?」


 「っ!?」


 一瞬だけ、彼女は声を詰まらせた。

 やはり“こちら側”の人間にとって、魔獣の肉とはそれだけタブーな存在なのだろう。


 「例え話です、でも本気で、正直に答えてください。 例え立ち直っても、そんな事をする旦那と一緒に居られますか? それとも貴女は、以前の様な“騎士様”以外は受け入れられませんか?」


 この返答次第では、俺達は依頼を断らなければならない。

 別にこの人の旦那に魔獣肉を食わせようとは思っていないが、以前の職業に就いていた頃の“外聞の良い旦那”を求められても困るのだ。

 そこまでソイツの人生を整えてやる義理はないし、依頼は彼を立ち直らせる事。

 だがその“立ち直らせる”というのが、騎士を再び目指す、もしくは騎士に戻すという意味合いだった場合、俺達には解決できる見込みがない。

 全ては、目の前のこの人次第。

 その後は何も言わずジッと彼女を見据えてみれば……。


 「正直な事を言えば、怖いです。 そんな事をすれば、魔人になってしまうかもしれない」


 だろうな。

 もう少し落ちぶれたという表現方法が有れば良かったのだが、俺達が知って居る限りコレ以上の脅し文句が無かったのだ。


 「でも、例え魔人になったとしても。 私は愛し続けるでしょう、彼が彼である限り」


 そうだよな、魔人なんて意味の分からないモノになっちまったら、不安しか……うん待て、今何て言った。


 「私は彼の事が好きです。 片腕を失って、職を失って、例え周りから何と言われようと。 私は、彼を愛しています。 だから、どんな事になっても彼と共に居る覚悟が有ります。 種族が変わろうとも、姿が変わろうとも、彼である限り。 あ、でも出来れば騎士には戻って欲しく無いです……数か月も帰って来てくれないのは、やっぱり寂しいですから」


 そう言ってから、彼女は寂しそうに笑った。

 その笑顔は、とてもじゃないが落ちぶれた亭主の嫁さんには見えない。

 実年齢は知らないが、未だに恋する乙女の様に輝いている様に見えた。


 「西田、東。 分かってるな」


 「おう、殴る」


 「だね、殴ろう」


 そう言ってから、俺達は立ち上がった。

 唖然とする奥さんとアイリ、南は呆れ顔な上ジト目をこちらに向けているが。


 「はぁ……ご主人様、この依頼を受けるという事でよろしいのですね?」


 「あったりめぇだ! こんなにも愛されてんのに気づけない男に価値はねぇ、ぶっ殺してやる!」


 「ご主人様、殺したら依頼失敗ですからね……」


 「大丈夫だ南ちゃん、半殺しを俺達三人で割れば九割殺しでギリギリ死なないから」


 「西田様、それは全殺しを三人で割った場合では」


 「まぁアレだよね、リア充は爆発しろっていうしね」


 「東様は一体何を仰っているのですか?」


 こうして俺達は討伐依頼を請け負った。

 旦那が普段居ると思われる酒場を奥さんから聞き出し、片っ端から虱潰しにする戦法。

 幸いな事に、今日は雨だ。

 いくら血を流そうと、野外なら早々証拠なんぞ残らないだろう。


 「いやぁ、やっぱ“悪食”楽しいわぁ……私も旦那さんぶっ飛ばすね!」


 「アイリ様……貴女まで加わったら九割殺しが成立しません」


 そんな訳で、俺達は旦那狩りに出発した。

 名前はギル・アイラム。

 黒髪の長髪で、赤い目の男だという情報。

 よし殺そう、今すぐ殺そう。

 リア充は爆発だが、リア充なのに気づけない男は磨り潰すべきだ。

 今の彼の状況ならなおさら。

 そんな訳で俺達は雨の中、町中を練り歩く事となった。

 フルプレートを完全に装備し、更には外套を被る俺達は住民から見てさぞ不穏に映った事だろうと予想しながら。

 だがしかし関係ない。

 鈍感系リア充は、皆殺しだ。


 ――――


 「マスター、もう一杯」


 「止めとけ、ギル。 帰れなくなるぞ」


 「良いんだよ別に、俺なんかが帰ったって……」


 「はぁ……もう一杯だけだぞ?」


 呆れた顔の店主が、新しいグラスに酒を用意して目の前に置いた。

 こんな生活を始めて、もうどれくらいの時が流れただろうか?

 片腕を失ったから、騎士を辞めた。

 それは当たり前の事、名誉の負傷とまで言われた事柄だった。

 だというのに、やはり他の仕事を探そうにも中々見つからない。

 俺は成り上がりだ、元は平民どころか貧民だ。

 剣と魔法だけで名を上げ、騎士になるまでに上り詰めた。

 その偉業とも呼べる行いは、下町の仕事では何の役にも立たなかった。

 それに加え、やる気も起きない。


 「なぁ、俺は何をすれば良いんだろうな……」


 「その質問するのもう何回目だ? いい加減家に帰れよギル」


 「こんな情けない姿、ソフィーに見せられるかよ……」


 「だったら仕事を……いや、悪い。 中々難しいよな」


 気まずそうに視線を逸らした店主が、ソッとツマミを用意してくれた。

 サービスという事なのだろう。

 俺はこの店でも、同情されている。

 同情するなとは言わない、人間誰しも落ちぶれた人間を見れば同情するものだ。

 でもいざその矛先が自分に向いたとなると……非常に悲しくなるのだ。

 相手に反発なんかしない、彼だって俺の事を思ってくれているんだから。

 でもそんな風に考えると、非常にイライラする。

 しかし彼に当たる訳にもいかず、物に当たる訳にもいかない。

 なんて風に我慢していると、家に帰ってから一人になった時暴れてしまうのだが……。


 「あぁ、クソヤロウだな。 俺は……」


 そう呟いて、グラスに注がれた酒を一気に煽った。

 そんな時だった。

 チリィンと、店の扉が開く音が響く。

 とは言え来客に興味が無い俺は振り返る事なんかしない。

 だったはずなのだが。


 「いらっしゃ……な、なんだアンタら!?」


 急に慌てた声を上げる店主の反応に、思わず振り返ってしまった。

 そこに居たのは、三体のフルプレート。

 薄汚れては居るが、仕立ての良さそうな鎧に身を包んだソイツらは、鎧の上から外套を被り、静かに入り口に立っていた。

 異常事態。

 騎士だった頃の勘が、そう告げていた。


 「店主、下がれ!」


 強盗の類か?

 思わず声を上げながら、腰に差した長剣を引き抜く。

 真正面に構えるが、左腕が無いから安定性など皆無。

 彼らが武器を抜いたら、左右に小突かれるだけでもブレてしまうだろう。

 そんな情けない構え。

 それが非常に、悔しかった。


 「ギル・アイラムだな?」


 先頭の男が低い声を上げた。

 怒気の含んだその声は、間違いなくこちらに敵意を向けている。


 「あぁそうだ、俺がギルだ。 俺に用事ってんなら、店には迷惑を掛けないでくれよ? しっかりと話は聞くし、俺を殺したいのなら表へ出よう」


 「ギル! お前さん何を言って――」


 「逃げろ! ……ありがとよ、マスター。 これまで俺の愚痴を聞いてくれて」


 最後に世話になった酒場の店主に礼を伝えてから、腰を落として剣を構えた。

 あぁは言ったが、わざわざ退路のある外になんざ連れ出してくれる事はないだろう。

 だったらせめて、店主が逃げる時間だけでも……。


 「スマン、ソフィー……駄目な夫だったな。 俺を許してくれ……」


 愛する妻に謝罪の言葉紡いでから、全力で地を蹴った。

 せめて、一人だけでも――。


 「謝るくらいなら仕事しろやボケェェ!」


 一撃を入れるどころか、カウンターパンチを貰ってしまった。

 偉く鋭い一撃。

 鍛えていない一般市民などでは、下手したら首の骨ごと持って行かれそうな衝撃が、顔面から後頭部に突き抜けた。


 「がっ……は……」


 みっともなく鼻血をまき散らし、そして膝を折る。

 そんな俺を隣の大男が担ぎ上げ、抵抗すら出来ないまま連行されていく。


 「お、おい! アンタら一体!?」


 馴染みの店の店主が慌てた声を上げながら、雨の降る店外まで追いかけてくるが。


 「ウォーカー、“悪食”ってパーティだ。 コイツの奥さんの依頼で連れて行く。 誘拐じゃねぇから安心しろ、んじゃな」


 その声を聞いている途中で、意識が途切れた。

 なんで俺の人生、こうなっちまったんだ。

 そんな事を考えつつ、雨の冷たさを感じながら俺は意識を闇の中に落していった。

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