第24話 慣れない仕事


 とある宿屋の中庭。

 ウォーカー達がよく利用するこの宿では、中庭が使われる事はあまり無い。

 あったとしても稽古の為か、匂いの強い薬草か何かを調合する奴が使う程度。

 だったはずなのだ、少し前までは。


 「ふんふんふ~ん」


 一人の男が、機嫌良さげに中庭で飯を作っていた。

 もはやこの宿に住んでいる人間で、アイツの事を知らない奴は居ない。

 “悪食”のリーダー。

 周囲には旨そうな匂いが立ち込めているが、彼らが食べているモノを知って居る為近づく者はいない。

 だがしかしこの匂い、宿屋に泊まっている人間どころか周囲を歩いている者達だって腹が減ってくる。

 そんな風に空腹を覚えた連中がこぞって食堂に訪れるのだ。

 多分魔獣肉を喰らう彼らの事を、宿屋の店主が追い出さないのはコレが原因なのだろう。

 今では宿より飯屋としての売り上げの方が良いと、この所上機嫌だと聞いた。


 しかしながら、今日は随分と量が多い気がするのだが……まるで宴でも始めるかのような勢いだ。

 一体何人前作るのか、そんな呆れた視線を窓から投げるウォーカー達だったが。


 「キタヤマさーん! 来ましたよぉー!」


 パーティの中で一番デカい男とちっこい奴隷、その横で手を振っている女性。

 彼女の声が聞こえた瞬間、誰もが窓から身を乗り出した。

 あり得ない、あり得る筈がない。


 「おぉー、アイリ。 もう大体出来てんぞー、東と南も報告お疲れー」


 “悪食”のリーダーが気安い感じ声を掛けているのは、間違いなくギルドの受付嬢。

 更に言えば、彼女は誰が食事誘おうが首を縦に振った事がないと有名なアイリだった。

 そんな彼女が何で“悪食”の所なんかに……というかアイツ、今は普通に呼び捨てで呼んだぞ。

 ヒソヒソと誰しも声を上げながら、彼らの動向を伺っている。


 「支部長が明日は鑑定に来いってさ」


 「魔獣素材と魔石も渡してきました、買い取り金も明日渡して下さるそうです」


 何やら話しながらも、受付嬢のアイリも気安い感じで輪に加わっていく。

 まさか、アイリが“悪食”に入ったって噂ってマジなのか?

 だとしたら彼女も魔獣肉を?

 もはやヒソヒソどころじゃない音量の話声が漏れているが、彼らは特に気にした様子など無く雑談している。

 すると今度は。


 「こうちゃーん、トール達連れて来たぜぇ」


 「やっと帰って来おったかお前ら、全くいつまで待たせる気じゃい。 料金を踏み倒すつもりなのかとヒヤヒヤしたぞ」


 “悪食”の中で一番背が低い男が、四人のドワーフを連れて戻って来た。

 あれって街の中でも客選びが激しい事で有名な四人じゃ……もはや訳が分からない。

 どいつもこいつもポカンと口を開けたまま“悪食”を眺めつつも、声を掛けようとするウォーカーは誰一人としていなかった。


 「そんじゃ早速、いただきます!」


 「「「いただきます!」」」


 こぞって声を上げた後、彼らの宴会は幕を開けた。

 旨そうな肉を豪快に喰らい、酒を飲む。

 その他にも大鍋で煮込まれたスープ、パスタやコメ、そして具の挟まったパンなど。

 本当に何でもありな状態。

 アレが魔獣肉じゃなければ……誰しもがそんな事を思い、涎を垂らしながら彼らの宴を見つめるのであった。


 ――――


 「ふむ、前回のゴブリン退治からレベルは上がらず38か。 称号や人種に変化はなし、状態も問題なさそうだな」


 難しい顔をしながら、支部長が俺達のステータスを眺めている。

 ちなみに鑑定が終わった後、他のメンバーはさっさと買い出しに行ってしまった。

 残っているのはアイツらのカードと俺だけ、悲しい。


 そして俺らのレベルは前回の依頼後38になったが、今回の野営ではレベルアップしなかった様だ。

 ちなみに南はレベル20にアップ。

 戦闘にはサポートとして加わっているが、十分な成長材料になっているらしい。

 そういえば魔法の適正とやらを調べに行ってないな……忙しくて忘れていた。

 というか他の事で金が必要で、それどころじゃなかったというのもあるが。


 「何はともあれ、前回に引き続きご苦労だったな。 今回の素材と魔石の買い取り、それから前回のゴブリン退治の追加報酬だ。 今回の検査の報酬は次回までに用意しよう」


 そう言って差し出された袋の中には、金貨が5枚と白っぽい硬貨が一枚、それから小銭が多数。

 一瞬銀貨かと思ったが、銀貨とは見た目が違う。

 これってまさか。


 「白金貨か? コレ。 え、多くね?」


 日本円にすれば、二週間で150万以上も稼いだ事になる。

 なにこれ、いつから俺らこんなに高給取りになったんだよ。

 逆に怖いんだが。


 「ゴブリン退治と救出報酬、そして前回の検査の報酬が主にはなるが。 一番多いのは追加報酬だ。 大きな傷も病気もなく助け出してくれた感謝の気持ち……という建前と共に、“悪食”と関りを持っておきたいのだろう。 自分達から仕事を受ければコレくらいは支払うぞ、という意思表示だな」


 「う、うわぁ……なんか受け取りづらくなった」


 「貰っておけ、返されても困る」


 そんな事を言われ、無理矢理報酬を渡されてしまった。

 前回コレだけ払ったんだから次も受けてくれますよね? チラッチラッ、みたいな事にならないよな?

 だとしたら非常に面倒くさいんだが、貴族相手とか未だに良く分かんないし。


 「それより、装備を新調するとか言っていなかったか? あまり前と変わらない気がするんだが」


 報酬の話はコレで御終い、とばかりに支部長は話を変えて来た。

 くそう、受け取るしかないか。

 実際金が増えるのは嬉しい事だし、いつか白金貨三枚とマジックバッグは姫様に返したいし。


 「まだ出来ないんだってよ。 何でも力作だから、たんまり用意しておけとさ。 んで、繋ぎの装備を借りてる状況って訳」


 「なるほどな、私も元ウォーカーだ。 やはりそういうモノは気になってな」


 そうかい、と適当に返事を返しながら今度は此方が話題を変える事にした。


 「そういやアイリは結局どうするんだ? またパーティに入れるのか? それとも来週も受付? それによっては行き先を変えるんだが」


 「来週は外に出してやらんと、ギルド内で暴れそうな勢いでな……来週はそちらに任せたい。 それで、どこか行きたい場所でもあるのか?」


 どうやらアイリは来週こっちに来るらしい。

 とするとどうしようか。

 レベルとか色々教えてもらって、一度メンバー全員で会議でもするか……。


 「いや、コレって決まってる訳じゃないんだが。 最近いつもの所じゃレベルが上がらなくなって来たからな、他の森に行くことも検討しようかなって」


 「結局森なのか……いや、何も言うまい。 しかし、だ。 来週は控える事を勧めるぞ?」


 「え、何で?」


 また何だかんだ言って面倒事を押し付けようとしてる訳じゃないだろうな?

 なんて警戒してジトッと睨んでみれば、支部長は苦笑いを浮かべながら椅子に深く座り直した。


 「雨期だ」


 「……マジで?」


 大問題じゃねぇか、いや雨の中の野営にも慣れておくべきか?

 ただしいつも以上に準備しておかないと、確実に痛い目にあうだろう。


 「そう怖い顔をするな。 雨期と言っても期間は短い、ここら一帯の天候は短い間にガラリと変わるんだ。 お前達がウォーカーになってからずっと晴れだっただろう? その逆が起こるだけ、とはいえ今回の雨期は比較的短い。 半月も有れば終わるだろうよ、予想だがな」


 なんじゃそら、と言いたくなる気持ちはあるが。

 とはいえ、日本みたいに一月も続く訳じゃないというのはありがたい。

 だとすれば確かに来週は休みにして、こちらの雨がどれ程のモノなのか確かめてから、再来週を野営にするか?

 いきなり雨の中の行動になるより、幾分かマシだろう。

 なんて、頭の中で予定を組み立てていた俺に、支部長は一枚の用紙を差し出してきた。


 「雨の中、宿に籠っているというのはお前達の性に合わないだろう? どうだ、街の中で出来る依頼でもこなしてみないか?」


 何か凄く嫌な予感がするが……一週間何もしないというのと、実入りがないのは確かにキツイ。

 とりあえず用紙を受け取って内容を確認してみれば。


・依頼内容

 夫に前を向かせてあげて下さい。

・詳細

 以前騎士として勤めを果たしていた私の夫ですが、片腕を失ってから職を辞し、毎日お酒に溺れる様になってしまいました。

 以前の様に戻して欲しいとは申しません。

 ただ少しでも前を向いて生きていける位に、自信を取り戻すお手伝いをしてほしいのです。

 騎士の前はウォーカーをしていました、なのでウォーカーの皆様と接すれば何かしら感じるモノが有るのではないかと愚考し、依頼させていただきました。

・成功条件

 夫がまた前向きに生きる。

 正確には仕事を探し始めるか、普通に生活し始めてくれる事。

 曖昧な条件で申し訳ありません。

・報酬

 金貨3枚。

 成果に応じて、報酬を最大金貨5枚まで上乗せさせて頂きます。


 「…………パス」


 「そこをどうにか」


 「ぜってぇパス」


 「金貨3枚だぞ」


 「最大5枚まで払えるって事は、そんなに金に困ってねぇだろこの家庭」


 そもそも何だよ夫に前を向かせるって、曖昧過ぎだろ。

 夫婦グルになって依頼を失敗にすれば、結局支払わなくて済むじゃねぇかこんなの。

 そもそもウォーカーから騎士になり上がって、腕が無くなった上に失業して、ショックで酒に溺れるって。

 思いっ切り面倒事じゃねぇか。

 俺らは野営好きなウォーカーであって、カウンセラーじゃねぇんだぞ。

 そんなもんウォーカーじゃなくて医者に頼れよ。


 「思っている事は大体分かるがな、相手が問題なんだ」


 「んだよ、また貴族か? だったら余計お断りだぞ」


 「違う、平民だよ。 だからこそ注目を集める人物だ」


 言い方が遠回りだな、要点を言え要点を。

 イライラしてきた様子を隠しもせず、机を爪でコツコツと叩いてみれば支部長は慌てて口を開いた。


 「彼は平民、というか貧民に近い状態だった。 だというのに、魔法と剣の腕で成り上がった、所謂“平民”の憧れの様な存在だったんだよ」


 「そうかい、だったら市民全員で励ましてやりゃ良いさ。 俺らには関係ない」


 「まぁ待て。 彼は炎の魔法に大きな適正があり、剣の腕も確か。 だからこそやり直し、再びウォーカーとなってくれるなら、ギルドにとって大きな利益に繋がる」


 「だーかーらー」


 「分かってる! 最後まで聞いてくれ。 だからこそ、我々は幾人かのウォーカーに依頼を頼んだが、全員が失敗した、まるで抜け殻だと言ってな。 そこで、“普通”とは違うお前達に依頼してみたいんだ」


 面と向かって普通とは違うって滅茶苦茶失礼だなオイ。

 というかそんな何人も失敗した依頼を、俺達に受けさせるのかよ。

 ダメな未来しか見えないじゃないか。


 「結局はまた実験か? 俺らに何が出来ると思っていやがる。 ソイツを狩れば良いって話じゃねぇんだぞ。 俺らの専門は獣だ、狩りだ。 他人様の人生相談に乗れるほど立派な人生を生きて来た訳じゃねぇぞ」


 「だからこそ、だよ。 私から言わせれば、お前達は他の者に比べて実に活力に溢れている。 そんなお前達を見ればあるいは、と思ったのだ」


 「夢物語だ、少年漫画じゃねぇんだぞ」


 実際問題“こちら側”に生きる人々の悩みなんて、俺達はそこまで詳しくない。

 というか、森に潜ってばかりの俺達には向かない仕事だと言えよう。

 何に絶望し、どこまでやり直せるのかも想像できない世界なのだ。

 そんな俺達に、頑張って騎士とやらにまで上り詰めた奴の気持ちなんて分かるはずもない。


 「仮に、だ。 お前たちのパーティメンバーの誰かが腕を失って、“悪食”を抜けたいと言ってきた時。 お前ならどうする?」


 「片腕でも出来る仕事を与える。 本当に辞めたいってんなら、他の仕事を探す手伝いをする」


 「そう答えられる君達だから、任せてみたいんだよ」


 「てめぇ……」


 “向こう側”で生きて来た俺達と、元から“こっち側”に居る人間では立場も考え方も違う。

 そんな事説明していないから、考慮されないのは当然だが。

 だとしても、コイツは俺達の事を“過大評価”し過ぎている気がする。

 言い方は悪いが、俺達は俺達しか頼れる人が“居なかった”のだ。

 だからこそ運命共同体の様に感じているし、何か悩みがあっても平然と打ち明けられる。

 “全て”の常識を共有できるからこそ、気兼ねなく話す事が出来る。

 しかし、“こっち側”は違う。

 俺達の常識が通用しない事だって多くあるし、どんなにソレらしい言葉を紡ごうと、どこまでも“薄っぺらい”言葉に成り下がるだろう。


 「雨期の間試しに受けてみる、程度で構わん。 必ず成功させろとも言わない、他に受けたい依頼があったのなら其方を優先してくれて構わない。 それでも、ダメか? 今の“彼”は周りから見ていても辛いと思える程だ。 何でも良い、声を掛けてやってくれないか?」


 随分としつこく、更には必死に懇願し、頭まで下げてくる支部長。

 俺達に何を期待している?


 「何でそこまでする。 アンタが頭を下げる程の理由はなんだ?」


 不機嫌なままそう問いかけてみれば、彼は普段とは違うどこか気の抜けた笑みを浮かべて、言葉を紡いだ。


 「昔、パーティを組んでいた事があったんだ。 とても優秀で、私は足元にも及ばなかったが。 そんな彼が落ちぶれて、私の言葉も届かなくなって。 あのまま放っておくのが辛い、私の我儘だよ」


 多くは語らずに、肝心な情報だけを提示してきた支部長。

 あぁ、クソ。

 だからさっき俺のパーティが、なんて話をしやがったのか。

 ちくしょうめ、こんな話聞くんじゃなかった。


 「約束はしない、受けるかどうかもアイツらと話し合って決める。 ただし、成功した場合は……もっと寄越せ」


 「何が欲しい」


 「金だ、今の俺達に必要なのは今の所それくらいしかねぇ。 だからお前自身も元パーティメンバーに対して同じ依頼を出せ。 依頼達成した時は、金貨10枚貰うからな!」


 「……感謝する」


 「うっせぇ! 金の用意しておけ!」


 叫ぶ様にしながら、俺は早足で支部長室を後にした。

 馬鹿野郎が、支部長の癖に情けねぇ顔しやがって。

 更に俺も馬鹿野郎だ。

 もしも同じ状況になった場合、俺だって同じ行動を取ってしまうかもしれない。

 そんな風に考えて、同情してしまった。

 さっき自分で考えたじゃないか、“こっち側”の悩みは俺達に完全に理解することは出来ない。

 だというのに……。


 「あぁくそ、何て報告すっかな……」


 曇が広がる空の下、俺は悪態を付きながら帰路に着いたのであった。

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