2章
第23話 日常
若い男女の二人が、ギルドのカウンターで仕事の報告を行っていた。
その内容は付近の村に現れた魔獣の退治。
とはいえソレは村のお手伝いの様なお仕事で、報酬もお小遣い程度。
生活するには余りにも少ない金額、村人からも「まぁ頑張った方だな! 今年は少し楽だったよ」なんて言われる程度で、全く達成感もない。
内容はウサギとモグラの魔獣退治。
村人総出で駆除するから、それを手伝って欲しいというもの。
実際の所、こういう依頼は結構多いのだ。
そして報酬が少ないのも良くある事。
しかし新人はこういったクエストを受ける。
実入りは悪いが、自分達だけではないという命の保証と、依頼を達成したという成果を残す為に。
だがやはりウォーカーになったからにはと、高望みする欲望は消えないもので。
「だからあの村、全然食料分けてくれないんですよ! 三日も村に滞在する事になったのに、全部実費ですよ実費! 報酬より食費と宿代の方が嵩んだ位で!」
「まぁ~食事や宿を提供するとは書いていませんでしたし、期間も数日間とちゃんと書いてあった訳ですから」
やけに噛みついてくる男の子を宥めながら、苦笑いを浮かべる。
こういうクレームに満たないクレームというのは、結構あるのだ。
特に、新人は。
「とは言っても、村を守る為に派遣されたウォーカーに対して……この対応は些か。 こんなんじゃお金溜まらないじゃないですか」
「村を守るというのは確かですが、大猪や闇狼の類から襲撃されていた訳ではありませんので……今回は、本当に村の“お手伝い”という依頼だったので。 あはは……」
男の子程じゃないが、ブスッとした表情のままブツブツと文句を垂れる少女。
こういうタイプもまた、多いのだ。
今回彼らは討伐したのは小物中の小物。
しかも、追い払っただけ。
その内数体を討伐しただけ。
それでもやはり、村から依頼を通して助けを求められ、自分達はそれを達成した。
だからこそ村を救ったのだと考える若者も多い。
だが実際の所、そういう欲求を満たしたいのであれば、ウォーカーより兵士にでもなった方がよっぽど効率的だろう。
こういう仕事は“有名”にでもならない限り、ドブさらいでも平然とこなせる人間でないと務まらないのだ。
「「だとしても納得出来ませんよ!」」
「あ、あははは……すみません。 私どもとしては、今後はしっかりと依頼内容を確認してから納得のいく仕事を、としか……」
なんともまぁ、難儀なものだ。
有名になりたいとか、一攫千金を狙うとか、人によって理由は様々だ。
者によっては、ウォーカー以外仕事がないなんていう人も居る。
最後の理由だったらまだ素直なんだが……前者の場合は、こういった手合いが多い。
要は自分達の確認不足、出費と報酬の計算間違い。
その責任を、ギルド側に押し付けてくるのだ。
「でも、それだったらギルド側でウォーカーがしっかり稼げる仕事を斡旋する事だって!」
「その辺にしときな若造達」
未だ食って掛かる男の子に対して、近くの席に座っていたスキンヘッドのウォーカーが声を掛けて来た。
彼はこの街に長く滞在しており、特に若者や新人の世話を焼きたがるお人よし。
見た目のせいで、パーティメンバー以外からあまり慕われている姿は見ないが。
「そもそも納得がいかないのなら仕事を受けなきゃ良かっただけだ。 マイナスになる恐れがある仕事を受けている時点で半人前、それどころか自分はひよっこですって言っているようなモンだ。 それを大声で受付の嬢ちゃんに当たり散らすもんじゃねぇぞ?」
ごもっとも。
まさにぐうの音も出ないとはこの事なのだろう。
少年は悔しそうに歯を食いしばりながらも、それでも彼に食いついた。
「だ、だとしても! そもそもマイナスになる仕事をギルドが掲載してる方がおかしいじゃないか!」
「ソレ、ホントにマイナスになる仕事だったのか?」
「え?」
彼の言葉が理解出来なかったのか、少年は疑問の声を上げて首を傾げてしまった。
そう、彼の言う通りなのだ。
やり方次第では、この仕事でもちゃんとお金は入る。
彼らの様に、報酬が入ってもマイナスになってしまうクエストというのは、実際の所少ないのだ。
要はやり方、無駄遣いをどれだけ抑えられるかという計算が出来るか否か。
基本的にどれだけ報酬が安かろうが、無駄遣いをしなければ少なからず儲かるのが“クエスト”。
それでもマイナスになるモノなど、ギルドで請け負う筈がない。
「村に居る間、税金やら滞在料金を取られた訳じゃないんだろ? だったら村の中でテントでも張れば良かったじゃねぇか。 村の中なら野営よりずっと安全だし、何より宿代がかからねぇ」
「近くに宿泊する所があんのに、わざわざテントなんか張れるかよ恥ずかしい! 金がないって思われちまうじゃねぇか!」
「実際無いからこうしてゴネてんじゃねぇのか?」
「そ、そうだけど……」
そう、一番の問題はそこだ。
依頼側で宿の提供をしてくれる事も確かに少なくない。
だが、全てでは無いのだ。
そう言った場合、お金が有れば宿、無ければ簡易テントを張る場所を借りるといった選択肢に別れる。
そこも交渉次第となる訳だが、彼らは迷わず宿を借りてしまったらしい。
「次に討伐した魔獣の素材だ。 お前らが討伐した魔獣の角やら魔石やら、報告分と同じ数だけ持ち込んでいるよな? そりゃお前らが狩った分を、村が寄越せと言わなかった証だ」
「そりゃそうだろ! 俺らが討伐したんだ!」
「そういう場合もあるって言ってんだ。 それに討伐した分寄越してくれるなら、もっと狩れば良かったじゃねぇか。 プラスになるくらい、もっと大量に」
「そ、それは……」
見事にギルド側ではアドバイスしづらい内容を、ズバズバと言ってくれる。
宿なんかの件はやんわりと伝えられるが、魔獣の討伐数に関しては「お前の頑張りが足りないんだよ」とは流石に言いづらい。
実際彼らは依頼を達成している訳だし、余分に狩って稼ごうという意識が余りなかったのだろう。
「そんで最後に飯だ。 お前ら村で買い食いしたろ? 携帯食料だけで食いつなげば、かなり安くなったはずだ」
「んな!? 三日も四日も、三食あんなクソ不味いモン食えってのか!?」
「安くしたいならそうするしかねぇって話だ、飽きた頃に買い食いするなとは言わねぇよ。 それでも嫌なら、自分で作るこったな。 “悪食”みてぇに」
「なんだよ、その“悪食”って……」
そんな会話の途中、ズバンッ! とギルドの入り口が勢い良く開かれた。
扉の向こうから現れたのは、いつか見た貴族のお嬢様。
そんな彼女が周囲のウォーカーなどお構いなしに、ズンズンと私の方へ向かってくる。
目の前の少年少女のパーティさえ押しのけて。
そして。
「アイリさんっ! “悪食”の皆様はまだ帰って来てませんの!?」
「いやぁ……そう毎日来られても、まだ5日目ですから。 大体彼ら、一週間以上野営しますので」
「前回の報酬の更なる上乗せと食事のお誘いだと伝えても、帰って来てくれませんの!?」
「あぁ~……その件でしたら、“面倒くさそうだから遠慮します”って手紙が……」
「そんなっ! 貴女も“悪食”のメンバーでしょ!? なんとかなりませんか!?」
「そう言われましても……、あくまで私は“仮”のメンバーですから」
前回ゴブリンに攫われて、無事に傷一つなく帰って来た少女。
彼女は街に帰って来てからと言うもの、ひたすらに彼らと繋がりを持とうと奮闘していた。
だというのに彼らは新しい武具が揃った途端、とっとと森に引きこもってしまったが。
ちなみに今回もトールさん達の弟子が作った失敗作である。
まだ専用装備は出来ないらしい。
「いつ頃戻ってくるかとか、そういうのは分かりませんか!?」
「彼らはかなり不規則に動き回りますからねぇ。 緊急の依頼とかじゃない限り、ギルドも呼び戻す訳にいかなくて……すみません」
嘘です、本当はディアバードのやり取りで明後日彼らが帰ってくる事は知って居ます。
ですが本人たちが拒否しているのと、ウォーカー個人の情報をホイホイ漏らす訳にもいかず黙っているだけです。
「ぐ、ぬぬぬ……わかりました。 今日の所はこれで」
「はい、またのお越しをお待ちしております」
作り笑顔を浮かべながら、お貴族様を送り出す。
私も一応貴族に分類されるが、彼女とは天と地程も身分の差が有るので、あまり適当な扱いは出来ないのだ。
そして、そんな気苦労もしらないウォーカー達は。
「なぁ、“悪食”ってマジで何なんだ? さっきのって貴族だよな? そんなのから追い回されるって……有名人? もしくは犯罪者?」
先程の少年少女が、興味深そうに去っていくお嬢様に視線を投げている。
さっきまでお小遣い程度の報酬でクレームを入れていた事など、綺麗さっぱり忘れているようだ。
「まぁ、会えば分かるさ。 最近有名になって来たパーティだよ。 常駐の魔獣討伐依頼だけでも、平然と生きていけるようなおかしな連中だ」
「はぁ!? あんなの割に合わない仕事の代表例じゃねぇか!」
あぁ、キタヤマさん。
貴方のパーティ、着々とおかしな噂が広がってますよ。
ゴブリンの巣の壊滅、貴族令嬢を傷一つ付けず奪還。
実力が確かな“戦風”も認め、そして彼らと共にした“戦姫”はパーティの解散。
様々な話題の中心に居た“悪食”は、今やギルド内で時の人となっていた。
とはいえ、良い噂ばかりではなく悪い噂も様々だが。
まあ、私としてはどうでも良い。
どうでも良いから……。
「あぁぁぁ……私も“あっち”に戻りたい……野営したい……」
「アイリ、ウォーカー達が見てるよ?」
隣に座っていた受付嬢に注意され、ため息を吐きながら顔を上げる。
支部長から一旦“こちら”に戻る様に指示を出されてから、はや一週間。
こんなにも長い一週間があっただろうかというほど、受付の仕事は退屈で息が詰まる。
そして更にはストレスが溜まる。
今まで私良く我慢して来たな、なんて感想が出てしまう程に。
先週までは良かった。
皆と一緒に思いっきり動いて、お腹いっぱい食べて、騒いで笑って。
ウォーカーを引退してギルド職員になった訳だが、もう一度ウォーカーに戻ろうと決意する程に楽しかった。
もはや魔獣肉がどうとかどうでも良い、彼らと一緒に冒険したい。
「はあぁぁ……今頃皆楽しんでるんだろうなぁ」
「アイリ、仕事仕事」
「はぁーい……」
拝啓、悪食の皆様お元気ですか? 私は元気が有りません。
支部長が退職届を受理してくれないのですが、今度一緒に支部長討伐しませんか?
報酬は私という事で。
あ、いりませんか? やっぱり行き遅れの貧乏貴族の娘とか要りませんか?
出来れば貰ってくれると嬉しいです。
せめてパーティメンバーに再度加えてください、お願いします。
今後とも、皆さまのご活躍をお祈りしております。 敬具。
――――
「ご主人様、アイリさんからまた手紙が……その、苦労なさっているご様子です」
今日も今日とて俺達の元には伝書鳩がやってきた。
手紙を南が受け取って内容を確認した結果、再びため息を溢す。
苦労しているとは言うが、こうも毎日手紙を送ってくるとか……暇なのか?
「うん、まぁ……土産をいっぱい狩っていってやろう」
「受付の仕事飽きたって言ってたもんな……昔デスクワークだったからすげぇ気持ちわかるわ」
「僕は無理だなぁ……書類にまみれるとか、想像するだけでゾッとするよ」
各々感想を洩らしながら、作業を進めていく。
今週は日ごとに作業割り振りを変更してみた。
今日の担当は俺が山菜や薬草の選別、西田が調理、東が解体、南が焚火と寝床づくり。
誰しも出来る事が増えた方が良いだろうという名目だが、実際の所は飽き防止の意味合いが大きい。
「なぁ西田、このキノコっていつも食ってる奴? あとコッチの薬草は傷薬になるヤツであってる?」
「残念こうちゃん、両方ハズレ。 特にキノコは毒あるヤツだから気をつけてな、傘の下に違う色の筋が何本かあるだろ? それが見分け方。 んでソッチは薬草じゃなくて雑草。 傷薬になる薬草の方は葉の根本がギザギザしてるから、覚えると結構分かりやすい」
「よく覚えられるなぁ……」
資料を見たり、ギルドの職員に聞いたりして覚えたらしいが。
こういうのを一番覚えているのが西田だ。
他の山菜でさえ猛毒のモノを普通にあるらしく、コイツが居なければ怖くて食えたもんじゃなかっただろう。
そして当の本人と言えば。
「スープは得意なんだけどなぁ……どうも他の物作るのは……」
「慣れだ慣れ、スープ作れんなら他の物も余裕だって。 もうちょっと塩足しても良いと思うぞ?」
「スープはいつでも何度でも味見出来るから取っかかりやすかったんだよ。 ……てかマジだ、塩入れたら一気に味が引き締まった。 このまま強火で良いの?」
「一回蓋して中火、んで最後に蓋とって強火。 最後のは軽く焼き色付けんのと、余分な水分を飛ばす為な」
「あーい」
二人並んで慣れない作業をしている訳だが、教え合いながらという事で苦には感じない。
そんでもって、残る二人はと言えば。
「南ちゃん、血抜き終わったよ。 このままお腹裂けば良いの?」
「その通りなんですが、毛皮を綺麗に剥ぐためにもお腹にある傷口から裂いて行きましょう。 余計に傷を増やす事はありませんので。 一度傷を広げて頂いて、ソコから刃をグッっと……」
あっちもあっちで、中々手こずっている様だ。
俺達はローテーションで解体を教わっているものの、やはり南の様に綺麗には解体出来ない。
ソレが終われば今度は南が教えてもらう番。
コンロが手に入ったので、飯のたびに簡易かまどを作る必要などは無くなったが……それでもやはり焚火を使う事は多い。
夜には絶対に使うし、炙り系の料理を作る時には必要になる。
そしてテントの張り方。
こっちは比較的設置が簡単なテントを持っている訳だが、杭をしっかりと打ち込まないと綺麗に設置できない。
更にはテントを張る場所を探したり、作ったりと色々だ。
「かまどを作るときは、もう少し石を敷き詰めた方が良いね。 大丈夫? 重かったら無理しない様に」
「はい、大丈夫です。 私もこの数週間で随分筋肉が付きましたので」
「なら良かった。 ついでに薪なんだけど、もう少し乾いたモノを選ぼうか。 こんな感じでパキンッて割れるくらいの」
「あ、確かに私が拾ってきたのは少し水分が多いですね」
なんてやり取りをしながら進めていく。
こっちに来てから随分慣れては来たが、“俺達だから”という意味合いが強い。
これで急に一人にでもなってみろ。
多分一日だって森の中で満足に生きられないだろう。
というか、一人だったら魔獣との戦闘で間違いなく死ぬ。
そうでなくも誰か一人でも抜けた際、今の俺達ではバランスが崩れる。
今の所誰も“悪食”を抜けるつもりなどないが、この先やりたい事が出来るかもしれない。
他のメンバーと冒険したくなるかもしれない。
そして俺自身、ソレを止めるつもりは無いのだ。
やりたい事、試してみたい事、一緒に居たい人。
そういったモノが出来た場合、出来るだけ否定はしてやりたくない。
ソレが“向こう側”で一切無い生活を送って来た俺達なんだ、“こっち側”では自由でありたいと願うし、仲間達にもそうさせてやりたい。
コレは南だって同じことが言えるだろう。
だからもしその時が来たら、俺達はソイツを笑って送り出すだろう。
なので。
「勉強する事がいっぱいだわな」
「だなぁ、やっぱ楽じゃねぇわ」
「それもまぁ楽しいんだけどね」
そんな事を笑い合いながら、今日もまたサバイバル生活が続いていく。
明日には帰路につくつもりなのだ、出来る事は出来る時にやっておきたい。
「ご主人様、またアイリさんから手紙が……」
「暇だなオイ」
早い所戻ってやらないと、俺らがどうこうよりもう一人のメンバーがフラストレーションでぶっ倒れそうな勢いだった。
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