第22話 報告書


 「はぁぁぁ……」


 部屋の中に、大きな大きなため息が響き渡る。

 本当に、何故こうも事態が様々な方向へ急に動くのか。

 悪い変化ではない、むしろ良い変化だと言えるだろう。

 だがしかし、あまりにも急過ぎるのだ。


 「戦姫も、依頼人も、アイリですら……皆勝手を言いおって」


 書類は増え、仕事も増え、様々な思考が飛び交って胃が痛くなる。

 ダメだ、コレ以上仕事が増えたら白髪が増えそうだ。


 まず“戦姫”のパーティ。

 あの我儘娘はすっかりと鳴りを潜め、随分と落ちついた雰囲気で報告をしてきた。

 そこまでは良かったのだが、何と今回の報酬の受け取りを拒否すると言い出した。

 その他のパーティに自分の分を支払ってくれ、との事。

 更には今までサポーターとして扱っていた“戦姫”のパーティメンバーを、全員しっかりとウォーカーとして登録。

 そして最後に“戦姫”のパーティを解散する旨を告げてきた。

 どうしてこうなった。


 メンバー達には急に職が無くなったりしない様、彼女の方で支援するから問題ないと言っていたが……私としてはそっちじゃないんだ。

 性格はアレだが、“戦姫”は貴族の間ではそれなりに有名なパーティだった。

 そして女性という事もあり、貴族女性の護衛依頼などが多かった。

 本人もそれなりの地位にある貴族であった為、護衛対象ともつつがなく仕事をこなしてくれていたのだが……。

 だというのに、ソコに穴が開いてしまう形になる訳だ。

 彼女自身がウォーカーを辞めるという訳では無いそうなので、ひとまずは安心したが……パーティでない以上、そういった護衛任務に就かせる訳にいかないのだ。

 どうしても人手が足りない上に、彼女一人ではランクCという立場も危うい。

 あくまで支援の魔法ありきで戦い、パーティとしての活躍でランクを上げて来た彼女。


 「ランクを下げてもらって構いませんわ。 むしろ最初から始めるくらいの気持ちで居ますので。 どうか解散手続きの程、よろしくお願いいたします」


 それだけ言って、彼女達は去って行った。

 本当に何があったのだろうか? 詳細は後日と言われたが……。


 そして次に、今回の依頼人だ。

 救助されたご令嬢の父親、彼が娘から話を聞いて慌てた様子でギルドへと駆け込んで来たのだ。

 ゴブリンに攫われたとなれば、“綺麗な状態”で帰ってくる事の方が少ない。

 魔物の子を宿してしまって居たり、心が壊れてしまっていたり。

 更には飢餓状態で帰って来たり、遺体となって言葉ない帰宅となる事も少なくない。

 まさかご令嬢がそのどれかに当たる状態で、クレームでも入れに来たのかと覚悟したのだが。


 「本当に助かりました……ありがとうございます。 娘の貞操は守られましたし、護衛達も全員無事。 ボロボロになって帰ってくると思っていたのに、むしろ普段より元気な様子で“悪食”の事を語られてしまいまして」


 「そ、それはまた……お元気そうで何よりです」


 「それで、その“悪食”というパーティ。 魔獣肉を喰らうそうですね?」


 「ま、まさか奴らっ! ご令嬢に魔獣肉を!?」


 コレが本題かと、心底背筋が冷えた。

 成果は十分に上げたのに、魔獣肉を食わせたとなればむしろ賠償する必要性が出てくるだろう。

 ダラダラと嫌な汗を流しながら相手の言葉を待っていると。


 「いえいえ、娘や仲間達には山菜などを使ったご馳走を作って頂いたそうで。 どれも美味しかったと何度も聞かされましたよ。 はっはっは」


 「そ、そうですか……それは良かった……」


 ドッと全身から力が抜けた。

 良かった、流石に彼らもそれくらいは認識していたか。

 はぁ……と安堵のため息を溢したのもつかの間。


 「それでですね、支部長としては魔獣肉の話はどうお考えですか? 魔人になる、というアレです」


 「あ、はい。 そちらは現在調査中でして、彼らも食べ始めてからまだ一か月程度なのです。 今の所“人族”から変化はないので、このまま行けば魔獣肉は食べられるモノとして発表出来るかもしれませんね。 早くとも半年、一年後になるでしょうが」


 「そんなに先ですか……」


 「えぇっと? どうかなさいましたか?」


 「それが……」


 なんでも今回救出されたご令嬢。

 “悪食”のメンバーをいたく気に入ってしまったらしく、何としてでも彼らに依頼を出したがっているらしい。

 しかも、野営を含む形で。

 更には。


 「彼らが作るモノなのですから、魔獣肉だって絶対に美味しいはずです! 食べてみたいのです!」


 そう言って聞かないそうだ。

 おかしいな、救助されて街に帰って来たばかりのご令嬢だった筈。

 普通なら疲れ果てて、数日は寝込んでしまいそうな状況だったであろうに。

 何故そこまで元気なのだろうか。


 「このままだと私の知らない所で勝手に依頼を出し、魔獣肉を要求してしまいそうな勢いでして。 なので、魔獣肉の影響報告をこちらにも回してほしいのです。 もちろん報酬は出します。 出来るだけ早く安全だと確信出来れば、あの子に食べさせてあげられますから……そうしないと、ウチのコックの胃に穴が開きそうな勢いでして……」


 「そ、そんなにご所望なのですか……」


 何でこうなってしまったのだろう。

 “悪食”の事だけでも、私としては十二分に重い案件だというのに。

 何故こうも様々な仕事が舞い込んでくるのだろう。


 「では、そういう事で“くれぐれも”よろしくお願いします」


 やけに強調しながら、彼は報酬金額の倍以上も置いてギルドを去って行った。

 娘が無事に、更には元気いっぱいで帰ってきて嬉しいのは分かるが、これは金額が多すぎだ。

 まるで賄賂の様に感じられてしまうが、報酬金は手数料を除き全てウォーカーに支払われる。

 詰まる話“悪食”と“戦風”二つのパーティにとんでもない金額が支払われるという事だ。

 報酬追加の書類も作らないといけないのか……どんな理由で支払われたのか、それは正当なモノなのか? など色々書かなければいけないのだ。

 あぁ、仕事が増えていく。


 「支部長ー、ただいま戻りましたぁー」


 頭を抱えていると、以前よりも更に軽い雰囲気のアイリが入室してきた。

 もはや完全ウォーカーに戻っている様な状態で、受付嬢らしさは欠片もない。


 「戻ったか、アイリ……」


 「随分お疲れですねぇ。 あ、これまでの報告書でーす。 それじゃ私はコレで」


 「おい」


 そのまま帰ろうとするアイリを呼び止め、詳細を聞き出そうとするが……。


 「詳細説明は後日皆と一緒で良いじゃないですかー、今日は打ち上げなんで早く戻りたいんですけど」


 「あのな、アイリ。 お前はギルド職員であって、今は仮で“悪食”に参加しているだけなんだからな?」


 「ギルド辞めて“悪食”に入ろうかなぁ……」


 「マジで勘弁してくれ……」


 ギルドも人手不足だというのに、恐ろしい事を言い始めるアイリ。

 そして彼女は職員としてかなり優秀な部類に入る。

 その彼女が退職などしてみろ、主に受付方面の人間が大激怒するだろう。


 「とにかく報告は後でも良い……ただし来週は受付に戻る事。 仕事が溜まっている」


 「えぇー! 私も被検体の一人なんですから、彼らと一緒に居なきゃ意味ないじゃないですか!」


 「……久々のウォーカーは楽しかった様だな」


 「そりゃもう。 楽しいし美味しかったです」


 「……そうか。 しかし来週はギルドで仕事だ」


 「退職届書いておきますね」


 「マジで止めろ」


 そんなやり取りの後、彼女もまた軽い足取りで去っていく。

 残されたのはアイリが作った報告書。

 何とも分厚いが、コレも読まなきゃいけないし、他の仕事もしなければいけない。

 あぁもう、何故こうも……いや、愚痴っていても仕方がない。

 早い所報告書を読んで、さっさと次の仕事に移ろう。

 頭を切り替えて、彼女の報告書を開き始める。

 そこに書かれていたのは。


 同行初日、シャドウウルフやビックボア、ホーンラビットなど様々な種類の魔獣と遭遇。

 一日にコレだけの魔獣と遭遇する時点で異常だとは思うが、彼らが特殊な薬草を使用し、呼び寄せて端から狩っているので仕方がない。

 彼らの戦闘方法はかなり単純なものだったがレベル以上の“何か”が感じられる。

恐らく近い内に何らかの“称号”を手に入れるだろう。

そして――。


 読めば読むほど分からなくなる。

 単純に彼らが強いというだけなのか、それともやはり魔獣肉の影響なのか。

 しかし魔人には変化しない上、奴隷の娘もコレと言って不具合は起こっていないらしい。

 強いて言えばどんどん健康になっている様に見えると書かれていたくらいか。


 「ん?」


 報告書の最初は彼らの戦闘や性格、どんな活動をしているのかという報告が書かれていた。

 だというのに、途中からはガラリと雰囲気が変わる。


 今日のご飯、ウルフ肉の照り焼きバーガー。

 醤油やみりん、料理酒などを上手い割合で組み合わせ、表面がパリッとするくらいに焼く。

 更にはレタスや火を通した玉ねぎなども合わさり、かなりの絶品。

 最初は狼の肉を喰らうのに抵抗があったが、しっかりと引き締まったお肉は噛めば噛むほど旨味が広がる。

 おかわりを要求すると、嫌な顔一つせずリーダーのキタヤマさんが作ってくれる。

 ヤバイ、ホレるかもしれない。

 更に二つ目はチーズまで入れてくれた、とても美味しい。

 どうやら時間停止機能付きのマジックバックを持っているらしく、挟んでいるバンズも焼き立ての様にフワフワだ。

 これはヤバイ、もう受付の仕事とか戻れないかもしれない。

 美味しいし楽しい、しかもこのパーティ凄く居心地が良い。

 どんな時でも適切で無理のない仕事が与えられ、全員が全員をフォローしている。

 こんなにも仲の良いパーティは中々見ない。


 「おい、なんの報告書だコレは」


 本日のご飯、ホーンバイソンのステーキ。

 何でもこのステーキ、表面をフォークで軽く突き、バターをしみこませてあるらしい。

 更には下処理の段階で塩胡椒、そしてハーブの類も仕込んでいるとの事。

 この時点で既に分かる、コイツは美味しいヤツだと。

 主食はパンとお米どちらが良いかと聞かれたので、皆と同じモノでと答えた。

 そしてついに鉄板の上に並べらる肉厚のステーキ達。

 ジュウジュウと食欲を誘う音が立ち込める中、隣ではスープが煮込まれていく。

 もはやこの時点で駄目だ、グゥグゥとお腹が情けなく鳴ってしまう。

 女として恥ずかしい事ばかりだが、それでもメンバーは誰一人として気にしない。

 行き遅れとはいえ女を捨てるつもりはないが、この時ばかりは“コレで良い”のだと思わせてくれる雰囲気が非常に心地よい。

 そして更に進む調理――。


 「うん、本当に何を見せられているんだ俺は……とにかく続きを……」


 何でも油を敷いた後すぐに、薄切りにしたニンニクを入れ、焦がさない程度に熱しておくのが大事だと教わった。

 更に追いバター、ジュワァッ! と良い音を立てながら投入される。

 醤油で味を付けながらも、キタヤマさんは一分程度でステーキを裏返してしまう。

 当然まだ生焼けなのだが、それで良いらしい。

 たまに鉄板の上から取り出し、余熱で火を通したりとなかなか手が込んでいた。

 その後もそんな事を続け、最終的に目の前に並んだのは……。


 「ゴクッ……飯の前に何てモノを読ませやがる……」


 ガーリックバター醤油の厚切りステーキと、付け合わせには人参とジャガイモとブロッコリー。

 野菜にはお好みでマヨネーズか、ステーキにも使ったソースを選んでかけてくれと言われた。

 どっちにするか悩んでいると、おかわりもあるから両方食べれば良いと言ってくれた。

 ヤバイ、このパーティ好き。

 そして更には大盛りの真っ白ご飯と、オニオンスープ。

 お肉が脂っこいから、スープはさっぱりに仕上げたのだとか。

 皆で食前の挨拶をしてから、ステーキにナイフを入れたその瞬間。

 切っただけで分かった、コレが本物のステーキというモノなのだと。

 ミディアム程度の焼き加減にも関わらず、とにかく柔らかいのだ。

 スッとナイフが入っていく感触、そして切った場所から漂う牛肉とソースの濃厚な香り。

 一切れ口に入れてみれば、肉の旨味とガツンと来るソースの猛攻だった。

 バターを沁み込ませた事で、こってりとしながら肉油と合わせて染み出してくる旨味の凝縮された肉汁。

 更には噛めば噛むほど満足感の得られるお肉は、多分これまで食べた中でも一番のモノだった。

 キタヤマさんのいう事には、もっと霜降りな部位もあるらしい。

 そっちを食べた時には、一体どうなってしまうのか。

 コレだけでも十分に美味しいステーキだというのに。


 そしてまた味付けがご飯と抜群に合う。

 お肉、ご飯、お肉、ご飯とずっと続けてしまいそうな勢いだった。

 流石にそれだけでは口の中がどうしても脂っこくなって来て、合間に啜るスープがまた絶品。

 さっぱりとした風味だが、どこか奥深い味わい。

 なんでも玉ねぎの他に、ハーブや他の魔獣の肉の切れ端、その他旨味が出る山菜などが使われているらしい。

 とてもスッキリする。

 スープだけでもずっと飲んでいられそうだが、今はお肉だとばかりにリセットされた口に再びお肉を放り込めば――。


 「うあぁぁぁぁ! やってられるかあぁぁぁ!」


 思わず、報告書をぶん投げた。

 ダメだ、これは読まなきゃいけないものだが、読んだらいけないものだ。

 もう口の中の唾液が恐ろしい事になっている。

 アイリの奴……飯の事ばかりこんなに詳しく書きやがって。

 読んでいるだけで腹が減る。

 まだギルドの食堂は開いていた筈だ、まずは腹を満たしてから続きを読もう。


 「……夜食も買って来てから、続きを読むか」


 そんな事を呟きながら、支部長は席を立ったのであった。

 何の心配もなく食べられるなら、彼らの打ち上げに今からでも参加したい気持ちでいっぱいになってしまった。


 ウォーカーギルド、支部長の苦難は続く。

 アイリを彼らに同行させる以上、こんな飯テロがずっと続くのだから。

 あぁ、もう俺も魔獣肉食っちまおうかな……なんて心が折れそうになるくらい。

 アイリの報告書は、兎に角旨そうなモノばかりが書かれているのであった。

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