第21話 男飯


 「おぉぉぉ……」


 誰かの口からそんな言葉が零れた。

 “悪食”のメンバー達が拵えてくれた食事、それは野営では絶対に考えられない程豪華なモノだった。

 皿が人数分なかったとかで、大きな葉っぱに乗せられた食い物たち。

 米が茶色かったのでピラフか何かの類かと思ったのだが、旦那の話では“炊き込みご飯”というらしい。

 数々の山菜や肉も一緒に炊かれ、味が染みるんだとか。

 その他も凄かった。

 味噌を使ったスープにも山菜や芋がゴロゴロと入っていて腹に溜まりそうだし、そして“天ぷら”という食い物はフォークに刺した瞬間にサクッと良い音が響いた。

 なんでも街で見かけるフライとは違い、もっと軽く食えるんだとか。

 良く分からないが、食ってみれば違いも分かるだろう……だが。


 「本当に魔獣肉は使ってないんだよな? 旦那」


 「作ってる所見てただろうに、使ってねぇよ。 卵はセーフなんだろ? だったら見ての通り野菜尽くしだ。 干し肉はお前ん所から貰った奴だし」


 「どうでも良いから早く食おうぜ!」


 「そーだそーだ!」


 ポアルとリィリの二人が、涎を垂らしながら抗議してくる。

 お前らはもう少し警戒心を持て。

 見たこともない料理が並んでるんだ、少しくらい観察しろよと言いたくなるが。


 「お嬢様、彼らに食事を作っていただきました。 立てますか?」


 「ご飯……食べます」


 横になっていた救助対象がフラフラしながら、俺らの輪に入ってくる。

 ダウンしていた残る二人も、彼女と同じようフラついているが食欲はありそうだ。


 「本当に何から何まで……申し訳ございません、このご恩は――」


 「そういうの良いから、早く食おうぜ。 天ぷらは冷めるとあんまり旨くねぇぞ」


 「あ、はい」


 お貴族様の礼というか、挨拶ぶった切る旦那はマジで何者なんだと言いたくなる。

 もう一人のお嬢にも、平然と悪態ついてたし。

 街に帰ってから悪い事にならなきゃ良いが……。


 「んじゃ食うか! いただきます!」


 「「いただきますっ!」」


 “悪食”のメンバーが手を合わせてから、皆声を上げる。

 あれが彼らの流儀なのだろう、であれば。


 「んじゃ俺らもご相伴にあずかろうか。 えーっと、いただきます。 で良いのか?」


 「「いただきまーす!」」


 「では儂も……いただきます」


 彼らの真似をして手を合わせてから、各々手にした食事を口に運ぶ。

 確か天ぷらは冷えると旨くないと言っていたから、熱い内に喰ってしまおう。

まずはコイツから。


 ――サクッ。


 フォークを刺した時にも聞いた、この良い音が再び響いた。

 そして口の中に広がるのは軽い衣の触感と、野菜の甘さ。

 フライより軽いってのは、こういう事だったのか。

 確かに街中で食う揚げ物よりもずっとさっぱりしている。

 だからと言って味が薄いのかと聞かれれば、断じてそんな事は無かった。

 簡単に塩だけの味付けだと言っていたが、むしろ塩だけで正解なのだろう。

 まず衣が旨い、触感が楽しい。

 更には普段あまり野菜を好まない俺でも、天ぷらだったら無限に食えるんじゃないかって程、味がしっかりと感じられる。

 なるほど、普段食っている鉄板に乗った付け合わせの野菜なんかは、そもそも中途半端だったのか。

 適当に火を通して鉄板に転がすだけで、後は肉に掛かったソースの味しかしなかった気がする。

 だがコイツは全くの別物だ。

 コレが野菜の味だと言わんばかりに旨味が広がり、この軽い衣のお陰で飽きさせることなくいつまでも食える。

 かき揚げ、大葉、カボチャなどなど。

 色々と名前やら説明やら聞いた気がしたが、もはや思いだせない。

 全部旨い。

 なんて事を考えながら夢中で食っていれば当然。


 「て、天ぷらだけ無くなっちまった……」


 しまった、無心になって自分の分の天ぷらを全て食い尽くしてしまった。

 くそ、少しは残しておいて最後にも食えば良かった。

 ぐぬぬっと悔しみを噛みしめながら周りの様子を伺ってみれば。


 「うめぇ、うめぇよ……もう保存食なんて食えねぇよ……」


 「あぁもう、私“悪食”に入ろうかな……」


 「……」


 ポアルとリィリのアホコンビは、涙を流しながら凄い勢いで飯を掻っ込んでいてた。

 そしてザズ。

 鬼の様な形相を浮かべながら、二人よりも早い動きでガンガン飯を減らしてく。

 よほど気に入った様だ。

 そらそうだよな、野営でこんなモノを食えるとは思っていなかったのだ。

 しかも下手な店より旨いと来たもんだ。

 仲間達が夢中になるのも分かる。

特にエルフやドワーフなどの長寿連中は、食い物に目がないからなぁ……。


 「凄いですね……外でこんなに美味しいものが食べられるなんて」


 “戦姫”のお嬢は、驚きの表情を浮かべながら一つ一つ味わって食っているようだ。

 その他のメンバーは俺らと一緒でガッついているが。


 「お、お嬢様。 もう少し落ち着いて食べた方が……」


 「駄目です、無理です。 止まりません」


 最後に救助されたお嬢さんの方へと視線を移すが、意外な事にこっちのお嬢様は俺達寄りだった。

 よほどひもじい想いをしたのか、食べ方は綺麗だがその細身のどこに入るのかという勢いで食べている。

 いやはや何とも、最初はどうなるかと思われた遠征だというのに、最後には全員で飯を食う程になるとは。

 これもアイツらのお陰ってなもんだ。

 そんな感想を胸に、“悪食”の奴らを見てみれば。


 「足りねぇ……やはり肉を……」


 「コレだけの大人数だともう一回ご飯炊くにしても在庫が……あと帰りにも三日。 お米が足りない……」


 「あのご主人様方、落ち着て下さい……」


 「そういうミナミちゃんも、物足りなそうな顔してるわよ?」


 一か所だけ、物凄くテンションが低かった。

 腹いっぱいになるって程じゃなくても、結構な量があったよな?

 男連中はまだ分かるが、女面子まで足りないのか。

 奴隷の子なんてウチのポアルとそう変わらなそうなのに、普段どれだけ食ってんだコイツラ。

 なんて、呆れた視線を向けていると。


 「足りねぇから天ぷらまた揚げんぞー。 もっと食いたいヤツは手を上げろー」


 悪食のリーダーの一言に、その場にいた全員が一斉に手を頭上に掲げた。

 もちろん、俺も。

 こりゃ……街に帰ったら食費多めに払ってやんねぇとな。


 ――――


 あれから三日。

 俺達はやっとの思いで街まで帰って来た。

 行きは気分的に悪いモノだったが、帰りはまだマシ……なんて思っていた頃が、俺にもありました。


 「ご主人様方、本当にお疲れさまでした」


 「おう……」


 「まさか三食とも全員分作る事になるとは……」


 「やぁ……流石に疲れたね。 食材も空っぽだ」


 「魔獣肉以外は、だけどねぇ。 三人ともお疲れ様」


 帰りはとにかく忙しかった。

 俺らが5人、戦風が4人、戦姫が4人。

 そして救助した連中が6人だ。

 計19名ですよ、多いよ。

 給食を作るおばちゃんか、定食屋の店主にでもなった気分だった。

 しかも皆食うわ食うわ。

 救助したお嬢さんでさえ、他のメンツに負けず劣らずいっぱい食べた。

 しかも炊き込みご飯が随分と気に入ったらしく、何度もせがまれてしまった。

 本来なら鶏肉の方が旨い、しかも他にも色々ある。 なんて言ってしまったのが運の尽き。


 「私は魔獣肉でも構いません! なので是非鶏肉を使った“炊き込みご飯”を!」


 「いけませんお嬢様!」


 などというやり取りが、一日一回くらいはあった気がする。

 流石に無理、貴族のお嬢様にそんなもん食わせたら俺が社会的に殺される。

 雑炊とか、チャーハンとか、そんなモノばかり作って誤魔化し。

 最後には携帯食料のパンなんかも手を加えて食べる羽目になった訳だ。

 あれ、そういやアイリも貴族なんだっけか?

 魔獣肉食わせちゃったけどいいのかな? 後で聞いてみよう。


 「何かあった時には指名依頼を出させていただきますから、今後ともよろしくお願いいたします。 特に“悪食”の皆さまには、我が家でまたお食事を作って頂きたいくらいなのですが……」


 「それは勘弁してくれ……」


 流石に家で出てくる飯の方が旨いだろうに、貴族なんだから。

 何度もブンブンと手を振りながら、お嬢さんは馬車に乗せられ自宅に送還されていった。

 やっと終わった、そんな風に思うと思わずため息が零れた。


 「お疲れさん、楽しかったぜ“悪食”」


 「「またご飯作ってください!」」


 「儂からも是非頼みたい。 儂は老い先短いのでな、今度は魔獣肉も……」


 「ザズ……」


 それぞれ別れの言葉を交わしながら、“戦風”のメンバー達が去っていく。

 あいつ等とは今後も仲良くできそうだし、街中であった時は声でもかけてみよう。


 「さて、それじゃ俺らも行くか」


 「「おうよ」」


 そう言ってから先程来た道を戻ろうとしたら、アイリと南に止められてしまった。


 「どこへ行かれようとしてますか? ご主人様方」


 「どこってそりゃ……森へ」


 「野菜使い切っちゃったし」


 「ハーブも心もとないからなぁ、補充して置かねぇと」


 俺達の返事に、二人は大きなため息を溢した。

 何故だ、解せぬ。


 「ご主人様、本日は宿で休みましょう。 それにドワーフの皆さまの所へ行かなくてよろしいのですか?」


 「あ」


 「ギルドに報告もねぇ。 とりあえず結果報告だけして、詳細は後日って事になると思うけど。 なので暫くサバイバル禁止でーす」


 「げ」


 色々と忘れていた。

 やる事が多い……俺らはまったりサバイバルしている方が性に合っているんだが。

 なんて珍妙な事を考えていると、今度は金髪お嬢が声を掛けてくる。


 「簡単な報告は私の方で済ませておきます。 なので“悪食”の方々はこのまま宿でお休み下さい。 依頼人からの確認はすぐ済むでしょうから、詳細報告、報酬などは明日以降になりますわね。 なので今日は、ゆっくりしてくださいな」


 「……誰」


 「なっ!? 散々一緒に行動したじゃないですか! 何を今更!」


 分かっている、分かってるんだけどさ。

 誰だよこの子、あんなにキンキン叫んでいた金髪お嬢はどこ行ったよ。

 棘が無いよ。

 俺らの事を散々ルーキールーキーと馬鹿にしていたあの子は、一体何処へ行ってしまったの。


 「わ、私だってちゃんと反省しています。 皆さまには本当にご迷惑を……」


 「あ、うん。 はい、まぁいいけど」


 お嬢の棘が無くなっただけでは無く、彼女のパーティメンバーさえも毒が抜けたような顔をしてやがる。

 今までは従者みたいな雰囲気があったのに、今ではちゃんと仲間としての意識が芽生えているようだ。

 何だお前ら、青春ドラマの登場人物かよ。

 良く分からない感想を洩らしている内に、彼女達は清々しい顔のままギルドの方角へと歩き去って行った。


 「変われば変わるもんだなぁ」


 「「ねー」」


 「変えた本人が何言ってるの」


 呆れた顔を浮かべたアイリに、ベシッと背中を叩かれた。

 まあ、何でもいいか。

 とにかく仕事は無事に終わったんだ。

しばらく街に居ろというのは若干の不満はあるが、買い出しを先にすれば良い。


 「んじゃ、俺らも宿取るか。 そんで祝杯でも上げようぜ」


 「お、いいね。 野営中は流石に飲めないからな」


 「だねぇ、ドワーフの皆も誘う? せっかくなら新しい装備の具合も聞きたいし」


 「であれば庭を貸してくれる宿を探しましょう。 魔獣肉を振る舞う約束ですし」


 「あ、話に出てた魔獣肉食べたがってるドワーフ? であれば支部長に報告しないとだから、一度私もしっかりお話ししたいかな」


 随分と賑やかになった俺らのパーティは、祝杯を挙げる為に街の中へと歩んでいく。

 “こちら側”に来てから、随分と長い時間を過ごして来た様な気になるが、まだ一か月くらいなんだよな。

 仲間も増えて、他のパーティとも仲良くなって、いっちょ前に専用装備を作ってもらう程だ。

 なかなかどうして、順調じゃないか。

 最初はあんなにも不安だらけだったのに、今では毎日楽しく過ごしている訳だし。

 これからもこんな日々が続くのだろう、思わず微笑みを浮かべながら空を見上げる。


 「いつか、姫様には礼をしないとな」


 彼女の助けが無ければ、この生活だって存在しなかったのだ。

 随分遠くに見えるお城を眺めて、今は心の中だけで礼を伝える。

 まだまだ始まったばかりなのだ、焦る事は無い。

 でもいつか、ちゃんと感謝を伝えよう。


 「こうちゃーん、どしたー?」


 「北君おいてっちゃうよー?」


 最初から苦楽を共にした、頼もしい仲間達。


 「ご主人様、参りましょう」


 「キタヤマさーん? 早く飲み行きましょー?」


 そして新しい仲間にも囲まれて、俺はこの世界を生きている。

 悪くない、むしろ昔よりしっかりと“生きている”と感じている。


 「おう! 今行く!」


 だから今日も、俺は仲間達と共に居る。

 きっと明日も明後日も、このメンバーで馬鹿みたいに笑って。

 今度はどこへ行ってみようか、何を食ってみようか。

 そんな事ばかりを考え、“今”を楽しみながら。

 俺達は、“こっち側”で生きていくのだ。


 さて、今日もこれから飲み会の準備だ。

 トール達も居るから、いっぱい作ってやんねぇとな。

 んな訳で、俺達は今日も“男飯”を拵える。

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