第19話 虱潰し


 「よぉ、お疲れさん。 こっちも終わったぜ」


 グリングリンと肩を回しながら、“戦風”の面々が戻って来た。

 後方のゴブリン討伐も終了。

 あの後更に“おかわり”が発生したが、問題なく対処する事が出来た。


 「お疲れ、こっちも問題なく。 ポアルが居てくれて助かった、優秀なメンバーだな」


 「役に立ったようで何よりだ」


 「リーダー……この人達ヤバイ、人の使い方がヤバイ……」


 隙間を縫う様にナイフを投げる事を指示したり、サポートの為に何度か前線に呼んだのが相当疲れたのか。

 ポアルは虚無と言わんばかりの疲れ切った表情をしていた。

 すまん、でもすごく助かった。


 「そんで、こっからどうするんだ? 金髪娘は何て言ってるよ」


 「あぁ……それが、だなぁ」


 何とも気まずそうな顔をして、カイルは視線を逸らした。

 思わずため息が零れる。

 先頭では何かが起きた様だ……もはや確認するのも面倒くさいが。


 「一旦、休憩にするか。 話を聞いた方が良さそうだ」


 「おう、そうしてもらうと助かる。 向こうさんはちょっと……俺の手には負えん」


 そんな嫌な予感しかしない台詞を吐きながら、俺達は先頭集団と合流するために洞窟内を進んでいった。

 大した距離じゃない、すぐに合流できる。

 だからこそ何の心配もない……そんな風に考えた数秒前の俺を、早くも殴りたくなって来た。


 ――――


 「説明してもらって良いだろうか」


 「あー、その、な。 まぁ良くある事って言えば良くある事なんだが……」


 「……グスッ。 見るなぁ……ルーキーの癖にぃ」


 これは酷い、としか言いようのない光景が広がっていた。

 仲間であるはずの“戦姫”のパーティメンバーは、皆軽蔑するような眼差しでリーダーを見つめ、彼女自身は膝を抱えて壁際で小さくなっていた。

 薄暗い中でも分かるほど、股座をびっしょりと濡らして。

 いや、うん。

 何があったよ、何で漏らしてんの君。


 「相手の中にデカい奴が居てな、多分変異種の類だ」


 「ホブってヤツか?」


 「いや、そこまでじゃない」


 何でも前から襲い掛かって来たのは5体のゴブリン。

 その中の一体が“変異種”だったらしい。

 その時点で後衛の魔術師達には動揺が走り、パーティ行動はハチャメチャ。

 バフが殆ど飛んで来ない事にブチ切れたお嬢様が「支援しか出来ない無能共の癖に、その支援さえ出来ないの!?」とかなんとか。

 そんな事を叫んでしまったらしい。

 そら嫌われるわ、こんな環境では特に。

 誰しも心に余裕がなくなるよね、こんな閉鎖空間じゃ。


 「んで、その結果がコレか?」


 「あぁ、まぁ……“変異種”に組み敷かれていた所を俺らが助けたんだが……な?」


 な? じゃないよ。

 まあ最悪の事態にはならなかったみたいだけどさ。

 やっぱりこの世界のゴブリンも、女の子攫って色々するのかな。

 まあそうじゃなきゃ組み敷かれた時点で殺されてるか。


 「何普通に喋ってるのよ……レディが困っているのに手を差し伸べないとか、本当にコレだからルーキーは――」


 「お前さ、もう帰れよ。 邪魔」


 「……は?」


 何を言われているのか分からないという表情で、こちらを見上げてくる金髪娘。

 だって、仕方なくないか?


 「カイル、一度こいつ等まとめて入り口まで送る。 時間を取るのは癪だが、このままじゃ役に立たん。 むしろ邪魔だ、という訳で一回帰還。 お前らは入り口付近で野営でもしてろ」


 「ちょ、ちょっと待ちなさいルーキー! 私を戦力外通告したいとでも!? 一体誰の許可を取って――」


 「黙れクソガキ。 お貴族様の威厳とやらがどれ程かは知らんが、こんな洞窟の奥まで影響すんのか? こっちは人を助ける為に仕事に来たんだ。 付き添いのお嬢ちゃんのオシメを変えている余裕はない」


 「なぁっ!?」


 俺の言葉がよほど気に入らなかったのか、顔を真っ赤にして立ち上がる金髪娘。

 どうやらまだ立ち上がるだけの気迫は残っているらしい。

 この分なら歩けるな。 よし、一度外に追い出すか。


 「カイル、俺は実戦経験が浅い。 違和感を覚えたらすぐに教えて欲しい、指示出しはそっちに任せて良いか?」


 「お前の実戦経験が薄いって時点で訳わかんねぇが、とにかく了解だ。 だけど全体指示はお前が出せよ、俺より統率を取るの上手そうだからな。 不味そうだったらちゃんと意見すっから」


 「良いのかソレで……まぁ良いか。 んじゃパーティ毎じゃなくて、個人の配置を変えるぞ、まずは――」


 「ちょっとお待ちなさい!」


 もはや空気と化していたお漏らしお嬢が、憤怒の表情を浮かべながら俺に向かって接近してきた。

 あの、アンモニア臭がするのでそれ以上は……。


 「さっきから聞いて入れば何なんですか!? 私は一切役に立たないみたいな言い方をして! これでも貴方達より上のランクのウォーカーなんですよ!?」


 「いや実際役に立たないし」


 「うぐっ!」


 率直な感想を申し上げれば、今の状況を鑑みて否定しきれないのか。

 彼女は言葉を詰まらせた。

 そして後ろにいる彼女のパーティメンバーがクスクスと笑い声を上げているが……。


 「お前らもだよ、役に立たんから帰れ。 補佐役だってのに、役割りを放り出して逃げ回る事しか出来ないのか? はっきり言って論外だ。 邪魔にしかならん」


 「なっ!? 我々は無理やり!」


 「権力でってか? だとしても他のメンツも巻き込んでるんだ、しっかり仕事だけはしろよ。 この我儘お嬢に嫌気さしたってのは分かるが、それは失敗の言い訳にはならねぇぞ?」


 睨みつけてみれば、黙りこくるフードメン達。

 マジか、この程度の奴らを引き連れていたのか?

 最悪攻撃魔法の一つでも飛んでくるかと予想していたのだが。

 そんなことも無く、皆俯いている。


 「なっさけねぇなぁ……魔法使いでも魔法が行使できない状況が有るってのは理解出来る。 ネトゲじゃ当たり前な状況だからな、だがお前らの場合は状況も環境も違うだろ。 こんなガキんちょ一人守れねぇで何が大人だよ。 ガキが漏らしてまで一番前に立ってんのに、お前らは後ろで震えてるだけか? なら邪魔だ、帰れ」


 「ネ、ネトゲ? しかし我々は……正当な評価がされないからこそ、こんな所まで……」


 「正当な評価ってなんだよ? ガキ一人残して逃げ回る大人に、何の価値がある。 俺の観点からすりゃお前らは全員失格だ、根性鍛える事からやり直せ。 魔法が駄目なら拳を使え、それが出来ないならお前らは“漢”としても失格なんだよ」


 「……」


 続く反論は、帰って来なかった。

 完全にこちらの意見を押し付けた結果になってしまったが、とりあえず場は収められたらしい。

 よし、結果オーライ。

 んじゃ早速、お嬢達を外に放り出して、後は戦風と俺達だけで探索を――。


 「何をすれば……許してくださいますか?」


 「は?」


 さっきから大人しくなっていた金髪お嬢が、急に訳の分からない事を言い始めた。

 許す許さないじゃないんだよ、お前らはさっさと入り口まで戻るんだよ。


 「私は何をすればっ! 同行を許してもらえますか!?」


 「いや、無理。 さっさと帰ろうね? 身内だったら容赦なくお尻ペンペンしてる事態だからね?」


 なんか暴走し始めたお嬢様を抑える為に、適当に言葉を繋いでみたが、ソレがいけなかったらしい。

 何と彼女はスカートと装備を一緒くたに捲り上げ、こちらに尻を差し出してきたのだ。

 眼前に広がるお尻とパンツ。

 なんだ、何が起きた?

 意外にも可愛いピンク色のパンティーを眺めながら、何処までも困惑した。


 「どうぞ! 好きなだけ叩いて下さい! ですから私に同行の許可を!」


 うん、頭大丈夫かお前。

 そこまでして何故付いて来ようとする。

 別にギルドには途中退場させたとか報告しないから、早くお尻を仕舞って頂きたい。


 「リーダー、ココは私にお任せを」


 対応に困っていると、アイリがすぐさま近寄って来た。

 よし、やはりこういう問題は女性同士に任せよう。

 俺が引っ叩いたら、色々と問題になるし。

 そんな事を考えながら場所を譲れば。


 「フフフ、こういう高飛車な貴族様を一度思いっきり蹴ってみたかったんですよね……」


 「おい、待て。 黒い、黒いぞ? それから今蹴るって言ったか?」


 「大丈夫です、“身体強化”は使いません……からっ!」


 彼女の言葉と共に、随分と腰の入った蹴りが炸裂した。

 そりゃもうズバンッ! と音がするくらいに。

 形の良い綺麗なお尻に、アイリのブーツが容赦なく叩きつけられる。

 あ、接近戦用という事もあって、確か金属板が仕込まれているヤツじゃなかったっけ……。


 「ふぎゃぁぁっ!」


 止めるのが遅かった。

 お嬢様は何とも酷い悲鳴を上げ、その場にへたり込む。

 相当痛かったのだろう、全身がピクピクと痙攣しているご様子だ。

 尻が四つに割れて無ければ良いが。


 「こ、これで……同行させてもらえますわよね?」


 思いっ切り涙目になりながら、金髪少女はお尻を抑えながらこちらを見上げて来た。

 うん、なんというか……ごめんね?


 「……俺の指示に従うなら、まぁ」


 「や、約束しますわ」


 なんやかんやあったが、お嬢のパーティが指揮下に入った。

 やったぜ! なんて軽く言えれば良かったのだが……どうすっかなコレ。

 全然嬉しくねぇ。


 ――――


 結局の所、一番奥まで行ってからの虱潰し作戦を行う事になった。

 俺の指示によりパーティ同士は見事にバラバラ。

 三つのパーティが入り乱れ、統率を取るのも難しいかと思えたのだが。


 「ゴブリン、3。 魔術師隊、デバフ!」


 「「「はいっ!」」」


 意外と連携が良かった。

 “戦姫”の面々は指示を出される事に慣れているのか、指示さえ出せば随分と素直に動いてくれる。

 まあ、守られているという安心感から冷静に動けるだけなのかもしれないが。

 ともかく、指示を出せば余裕をもって支援してくれる訳だ。

 こいつ等、状況さえ整えてやればかなり優秀な部類なんじゃ?


 「俺、西田、カイルで一匹ずつだ! 行くぞ!」


 「ちょっと! 私は!?」


 「待機! パンツでも履き替えておけ!」


 「なっ!? ック……了解」


 実に順当な狩り、むしろ理想形と言って良いのかもしれない。

 戦力を温存しながら、接敵した瞬間に全てを潰す。

 そして余裕を持ったまま、洞窟の最奥に到達してしまった。

 であれば戻りながら別れ道を探索するだけ。

 素晴らしい程に順調だったはずなのだが。


 「しかし妙だな……」


 「何が?」


 ゴブリンの死体から離れるカイルが、忌々し気に魔物を睨む。


 「本来コレだけ“装備”しているゴブリンは滅多にいない。 であれば“それだけの戦力”を蓄えていると思ったんだが……以外にも数が少ない」


 「そういうモンか」


 随分と様になる動きで、ブンッ! と大剣から血ノリを払い背中に担ぎ直すカイル。

 勇者云々がなければ、間違いなくお前が主人公だよ。


 「ちなみにゴブリンって普通はどんな感じなんだ? 今みたいに鎧を着ていたり、刃物を持っている個体は異常?」


 「異常も異常。 ゴブリンってのは略奪民族だ、詰まる話“誰かから奪った装備”で戦闘に備えているって訳だな。 コイツらが着ているのは間違いなくウォーカーの装備。 ココの通路がハズレだとすれば、浅い層でさえこんな装備を整えられる程数が居るって事だ。 脇道に行かないと救助者は見つからないが……ちょっと不味いかもしれねぇな。 下手したらまた変異種か“上位種”がいるかもしれん」


 チッと忌々しそうに舌打ちするカイル。

 それはアレだろうか、ゴブリンナイトとか、ゴブリンキングみたいな。

 そういうレアモンスターの事をさしているのだろうか。

 正直命が掛かった状態ともなれば、踏み込みたくはない。

 でも人命が掛かっている。

 そして、仕事である事には変わりない。

 せめて確認の必要だけはあるのだろう、そうでないと報告すらままならない。


 「なら、“戦風”は戻ってもいいぜ? 送迎はする」


 だからこそ、はっぱを掛けてみる訳だが。


 「冗談。 ここで逃げ出したとなれば、俺達の信用は地の果てまで堕ちるってモンだ」


 「そうかい、頼もしいね」


 どうやら、逃げ出さないレベルの仕事ではあるらしい。

 正直、この辺の判断が一番困るんだよ。

 ネトゲであれば攻略サイト見れば良いだけだし、獣であれば割と順当な動きをしてくれた。

 だとしても、“魔物”は別だろう。

 何でもゴブリンだって、子供くらいの知性を持って襲い掛かって来るらしい。

 体型も筋力も本当に子供と同じくらい、但し数が多い。

 それって滅茶苦茶怖くないか?

 人間の子供と同じ知性を持ち、そして肉体能力も人に劣らない。

 だがしかし、“魔物”としての本能はしっかりと持っている。


 “人を殺せ”と、目の前の者から奪えという本能は確定している訳だ。

 更に言うなら、アレくらいの背丈の子供と言えば小学生高学年くらいか?

 理解力は増してくるが、それでもまだまだ好奇心旺盛なお年頃。

 俺の知って居る限り、それくらいの年齢の子供はどこまでも“残酷”になれるのだ。

 ただの面白半分、興味本位で他の者を虐げる。

 場合によっては、他者を平気で死に追い込んでしまう。

 そんな事が平然と出来るくらいの子供の年齢ってのが、アレくらいだと思う。

 ニュースで見たり、聞いた話だから現実感自体は薄いが……それでもやはり、何処までも危険な生物だと感じさせられた。


 「まぁココからはガチの虱潰しだ、但し後ろからの襲撃はねぇ。 陣形を変えるぞ」


 「あいよ、リーダー」


 「カイルまで俺をリーダー呼びするんじゃねぇよ……」


 「ハッハッハ、だが頼もしいのは確かだぜ?」


 「煽り文句として受け取っておくよ」


 「素直じゃないねぇ」


 そんな無駄口を叩きながら、俺達は人の並びを入れ替えた。

 こっからはマジの総力戦だ。

 脇道の一つ一つ、可能な限り迅速に潰して廻る。


 「俺、西田、カイル、お嬢が先頭。 中間は東、ポアル、アイリ。 あくまで突破された時の保険だ、もしかしたらサポートに回ってもらう可能性もある。 後衛は魔導士組、そんでその先頭をリィリ、全体を弓でカバーしろ。 そんでザズ……? のおっちゃんは魔法で攻撃支援と後ろの警戒を、後は他の魔導士がビビった場合に渇を入れてくれ」


 「ご主人様、私は」


 すぐ近くから南の声が聞こえる。

 視線を下ろせば、フンスッ! とばかりにやる気に満ちた我らの可愛らしいサポーターが。


 「南は一番大変な仕事になるかもしれん。 基本的には俺か西田の近くで次の武器の用意、東の盾がヤバそうなら、そっちにも走ってもらう事になる。 常に走り回る事になるかもしれないが……出来るか?」


 「お任せください。 私は、ご主人様達の奴隷ですから」


 「なら命令だ。 “死ぬな”、ヤバイと思ったら仕事より命を優先。 死なない為に逃げる、隠れる、生き残る。 いいな?」


 「はい、ご主人様がそう望まれるのであれば」


 「よろしい、であれば俺の傍を離れるなよ?」


 「はいっ!」


 各々の役割が決まった所で、今しがた来た道を引き返していく。

 目指すのは最後の分岐点、まずはそこからだ。


 「野郎ども! 準備は良いか! 一気に押しかけて全部掻っ攫うぞ!」


 「おうよ! 全部駆逐してやらぁ!」


 「西君、助け出すのが目的だからね……ソコは忘れない様に」


 「言葉選びが既に盗賊のソレなのですが……まぁ今更ですね、お供致します。 ご主人様方」


 「ほんと、飽きないねこのパーティは」


 各々好き勝手な台詞を吐きつつ、俺達は最初の分岐点に走り込んだ。

 この先に要救助者が居る事を望むが……居なかった場合は本格的に虱潰しになるだろうな。

 正直体力的にその事態は避けたいが、指示を出す側になってしまった以上、情けない姿は見せられない。

 せめて、体力が持つ内に依頼人が見つかれば良いのだ……。

 そんな事を考えながら、俺達は脇道へと走り込んだ。


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