第18話 殺す為に殺すという感覚
遠征三日目。
こういうのって、お話として読んでいる限りでは“馬車で数日……”みたいに略されるから、あまり意識した事がなかった。
でも実際に数日間も移動だけに徹していると、かなり疲れるモノがある。
やっと現場に到着し、それぞれ馬車から降りてくるが……皆酷い顔だった。
俺らのパーティは飯が充実していた分だけ、他よりはマシなのだろうが。
「他のパーティ、かなり疲れてんな」
「まぁ移動だけでも結構疲れるからねぇ……仕方ないとは思うけど」
そんな事を言いながら西田と東が馬車を降りてきた。
その表情は他よりはマシだとは思うが、流石に疲れているようだった。
実際俺も似た様な状態。
イライラする事もあったし、ずっと座っているだけってのも疲れるもの。
移動中なんて、下手すりゃ馬車の中で筋トレしていたくらいだ。
「言いたい事は分かるが、これから仕事だからな? あとアイリさんに頭下げる様に。 アイリさん、お疲れ様でしたぁぁ!」
「「でしたぁぁぁ!」」
「いえいえ~、多分馬車の中でひたすら待っているより気分的に楽ですから」
御者を務めてくれたアイリさんに三人そろって頭を下げた後、依頼にあった救助対象が攫われたであろう洞窟を睨んだ。
もうね、見るからにソレっぽい。
遠目で見ても大きな口を開いた洞窟は、「早く来い」と言わんばかりに魔物の巣窟感を出していた。
あの中に、依頼人が居る。
そう考えると、ゾワリと背筋に何かが走り抜けた。
今すぐ飛び込みたい様な、警戒すべきだと警告しているような不思議な感覚。
だからこそ、大きく深呼吸して一度気持ちを落ち着ける。
「準備は整いましたか? ルーキーである貴方達に期待はしておりませんが、邪魔だけはしないで下さいね?」
気持ちが落ち着いた所で余計な事を言い放ってくる金髪娘。
こいつは本当にもう……どうしてこう余計な事しか出来ないのだろうか。
いつかエロ同人みたいな事になるぞ、絶対なるからな!
むしろなれ! は、流石に言い過ぎか。
「あぁ、問題ない。 さっさと助け出してやろう」
「……フンッ! 意気込みだけは一丁前の様ですね」
そう言って彼女は自らのパーティの元へ去っていく。
もしかして、俺らを心配して見に来たのだろうか?
いや、流石に考え過ぎか。
なんたって高飛車で傲慢な上、我儘お嬢様だしな。
「“悪食”の方は問題ないか? だったら行こうぜ。 戦姫、俺ら、お前らの順で洞窟に入るらしい。 準備はいいか?」
「おう、ばっちりだぜ」
「頼りにしてるぜ?」
そんな会話を繰り広げながら、俺達は洞窟に向かって歩きはじめた。
ここからが俺たちの本当の異世界生活。
“食べる”為の狩りではなく、“殺す”為の仕事。
似たような行動をするだけだが、目的が明らかに違う。
「いくぞお前ら、覚悟を決めろ。 俺らは……狩人じゃなくてウォーカーになる」
「初陣ってとこだな……任せとけ」
「うん。 大丈夫、ちゃんと動けるよ」
「皆は初の“魔物”討伐だもんね、いざとなったら私が守るから安心して!」
「今回は食べる為ではありませんが、火の粉を振り払う為です。 覚悟は出来ています」
頼もしい言葉を耳に入れてから、俺達は洞窟へと足を踏み入れた。
待ち受けるのはゴブリン、そして要救助者たち。
初めての“人型”モンスターに対して、俺らは期待と不安を織り交ぜながらも、二つのパーティの後に続くのであった。
……あと、お嬢のパーティが“戦姫”って名前だった事を始めて知ったのであった。
――――
ジメジメしてる。
まず最初に思い浮かぶ感想がそれだった。
「松明でしっかりと照らしなさい、相手が見えなくては剣が振るえません」
「は、はっ!」
先の方から、そんな偉そうな声が響いてくる。
大変だなぁ、アイツのパーティ。
そんな事を思いながらも、俺達は先行する“戦風”の松明の明かりを頼りに足を運ぶ。
「なぁ、お前らは松明使わないのか?」
“戦風”の最後尾、リィリと言っただろうか?
弓を担ぐ彼がこちらを振り返って、不思議そうに首を傾げた。
「マジで見えなくなったら使うよ。 今はこの明かりでも十分だ、夜目は効く面子が揃ってるんでな。 あんまり明るくし過ぎると逆に先が見えなくなる」
「おぉ、マジか。 魔獣食ったり夜目が効いたり、本当に野生的だなアンタら」
なんて、冗談めかしに笑って見せる弓兵。
カイルの時も思ったが、“戦風”のメンバーはかなり馴染みやすい。
話しやすいっていうか、遠すぎる訳でもなく近すぎない距離感を保ってくれる。
俺達としては非常にありがたいメンバーだと思う。
特に今回の遠征に至っては、もう一つのパーティが“アレ”だからな。
「なんだったらご馳走してやるよ。 というかさ、良いのか? こんなガンガン進んじまって。 普通こう言うもんなのか? マップでもあんのか?」
「魔獣肉は勘弁。 んで、何か不安要素でもあった? 一本道だし、別に問題なくないか?」
「え?」
「え?」
今、彼は何と言った?
一本道って言っただろうか?
「カイル!」
「おいおい、こんな洞窟内で叫ぶんじゃねぇよ……どうした?」
慌てて戦風のリーダーに声を掛けると、彼は呆れた様子でこちらに歩みより……そして表情が凍り付いた。
「嘘だろ……お前も今気づいたのか? バッチリフラグ回収済みじゃねぇか……」
俺も彼の視線を追って振り返って見れば、そこには道が二つ。
しかもコレが初めてじゃないのだ。
少なくとも、ココ以外に2か所は確認している。
皆キョロキョロしながら歩いていたから、気づいているモノだとばかり思っていたのだが。
確かに今通っている道と比べれば小さな“穴”でしかないが、成人男性が屈めば通れるくらいの横穴が空いているのだ。
「なぁ悪食……“ココ”は何度目の分岐だ?」
「……3つ目だ」
「っ!」
マジか。
こちとらゴブリン絶対殺すマンのアニメとか、死にゲーと呼ばれる鬼畜難易度のゲームを散々経験済みだからこそ、割とあっさりと気づいたが。
まさかコイツら全く気付かず突き進んで来たのか?
あからさまな程視線を誘導する物が落ちていたり、飾って有ったりとかなり分かりやすかった筈なのだが……。
その時も皆周囲を警戒している雰囲気があったから、気づいているモノだとばかり思っていた。
やべぇ、コレは完全にウチのミスだ。
少なくとも俺、西田、東、そして南は間違いなく気づいている。
無駄と分かっていても、声を掛けるべきだった。
ズンズン進んでいくから、一番奥から殲滅していくのかとばかり思っていたが……これはゲームじゃない。
要救助者を救い出せば終わる仕事なのだ。
ここに来て、俺の常識の無さが露見してしまった。
「貴方達さっきから何してますの!? 置いていきますわよ!? ……っ! 全員警戒!」
先頭に居た金髪娘が鋭い声を上げたと同時に、俺達が通って来た道とは違う方向から、小さな影が幾つも現れた。
少しだけ緑っぽい肌、でもどちらかと言えば人間に近い。
鼻や耳は尖っていて、背丈は俺の腰くらいまでしかない。
間違いなく、ゴブリン。
クソが、アニメ何かで見るよりずっと人間っぽいじゃねぇか!
顔以外は。
「金髪娘! 相手の数と種類を報告しろ! こっちはゴブリンっぽいのが6体!」
大声で叫べば、先頭集団からも声が帰って来た。
しかし。
「なっ、私の事を言っていますの!? というか嘘を言ってサボろうとしても無駄ですわよ! 一本道なのに後ろから来る訳がないでしょう!」
ダメだ、話にならん。
俺達と戦風の連中だけでどうにかしよう。
「カイル、すまん。 一人借りて良いか? 俺達には魔物討伐の経験がない」
「誰が欲しい」
「足の速い奴」
「ポアル! こっち来い!」
カイルが叫べば、戦風のメンバーの中で一番幼い少女が駆け寄って来た。
南とそう変わり無さそうに見える女の子。
そんな彼女は、怯えた様子などなく両手にナイフを構えている。
「スマン、ちょっと手を貸してくれ。 何が出来る?」
「んと、走るのとナイフ投げは得意です」
「上等だっ! カイル、前を任せていいか? 後ろは俺らで対処する!」
「あいよ、死ぬなよ? “悪食”」
「死ぬかバカ。 食えねえ相手に殺されるつもりはねぇよ」
「ハッ! 頼もしい限りだ。 行くぞお前ら!」
それだけ言って、カイルを含む三人が先頭集団の方へと走り去っていく。
よし、こっちはこっちで集中しねぇと。
「東! 南とこの子……ポアルちゃんだっけ? この二人を死守しろ!」
「了解だよ!」
襲ってきたゴブリンを殴り飛ばしてから、東がこちらに戻ってくる。
「西田! 俺と一緒に暴れるぞ! 後衛にナイフ投げが得意な子が来てくれた、射線を開ける事を意識しろ!」
「あいよぉ! 任せとけ!」
西田もまたゴブリンを威嚇しながら、コチラに近づかない様に奮闘していた。
何とも頼りになる。
予想よりもずっと人間っぽい見た目の魔物に対して、俺の判断が出る前に言わずとも戦ってくれていたらしい。
「南はとにかく“味方”を見ろ、武器が必要になった際はすぐにマジックバッグから取り出せ。 一秒の遅れが命取りになる、下手すりゃ投げて渡せと指示するかもしれん。 準備しておけ」
「はい、ご主人様」
力強く頷いた南は、マジックバッグに手を当てすぐに取り出せるように手をかざす。
まるで抜刀する前の剣士みたいだ。
「アイリは相手が抜けて来た場合の対処。 基本的に東が防いでくれるが、東には防御に集中してもらう。 だから倒すのはお前だ、いいな?」
「やっとパーティメンバーっぽく呼んでくれましたね、了解です」
そう言ってウインクしながら、彼女は両手のガントレットを打ち鳴らす。
あ、素で呼び捨てにしちゃった。
まあいいか、指示出す時には呼び易いし。
「あの……それで私は……」
不安そうな表情を浮かべるポアルちゃんが、肩身を狭そうにしながら声を上げる。
そんな彼女の頭に手を置いて、ニコリと微笑む。
「君は基本的に東の後ろからナイフ投げ、標的は後ろの敵から。 いざという時には声を掛けるから、その時は前線に参加。 役割が終わったらすぐにこっちに戻る事。 足、速いんだよね?」
「リーダー以上に人使いが荒い人だ……」
各々に指示を出し終えてから、俺はゴブリンを威嚇している西田と並んだ。
さて、始めようか。
ゴブリン退治の時間だ。
食べる為ではない、“殺す為に殺す”時が来たのだ。
今までの常識、倫理観。
様々な覚悟が問われそうな場面だが、意外と心の中は静かなモノだった。
“殺さなきゃ殺される”。
それが分かっているからこそ、割と平然としていられる。
むやみやたらに突っ込んでくる獣の方が、焦るくらいなもんだ。
「全部一撃で仕留めようとするな。 足さえ奪っちまえば、後でいくらでも処理出来る」
「あいよ。 なんだか久々だな、ゴブリン退治」
「そりゃゲームの話だろうが、いくぞ。 油断すんな」
そう言いながら、ゆっくりと“魔物”達に近づいていく。
そして。
「ポアル! 奥に居る奴から狙えよ!? 西田! 左右から順に片付けるぞ! のろしを上げろぉぉ!」
言った意味が伝わったらしく、東の後ろから赤ハーブの粉末が詰まった袋が敵陣の真ん中に投げつけられた。
それに合わせ、一瞬だけ視界をそちらに向けるゴブリン達。
ナイス南。
“狩り”においては、十分すぎる隙だ。
「まずは一匹」
「そんで二匹」
「わ、私も一匹! 残り三匹です!」
南が“のろし”を上げてから、声を上げる事もなく俺達は動いた。
左右で俺と西田が一匹ずつ、そしてポアルが一番奥の奴を一匹。
計三匹が、声を上げる事もなく沈んだ。
「っしゃぁ! 次っ!」
こうして俺達は、異世界に来て初めて“魔物”の討伐を経験した。
異世界転生系の物語では、平然と戦っている主人公たち。
そんな主人公の様には、多分俺達はなれないのだろう。
経験した事は無いが、まるで人を刺したかのような嫌な感触。
刃がその身に沈み込んだ時に上がる悲鳴。
命に大小など無いとは言うが、コレは獣を相手にしていた方がずっとマシだった。
実に嫌な感触、嫌な気分。
それでも、殺すしかないのだ。
誰とも知らぬ依頼人を助ける為に。
だからこそあえて声を上げる。
心が参ってしまわない様に、デカい声を出して奮い立たせる。
「……スマンな」
だとしても、組み敷いたゴブリンの喉元に剣を突き刺す瞬間。
そんな声が漏れてしまった。
彼らに同情している訳では無い、慈悲の心を持ち合わせている訳でも無い。
それでも、“殺すだけ”というのは……何とも性に合わなかったのであった。
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