第15話 奇妙な隣人と緊急依頼
「……フッ!」
短い掛け声と共に、アイリさんが狼に拳を叩き込んでいる。
異常なほど軽いフットワークで走り回り、見た目と一致しない重い一撃で自分と同じような大きさの獣を吹き飛ばしていた。
「何度見てもすげぇよなぁ……身体強化」
「あのガントレットも恰好良いよな。 でもすげぇ高そう」
「あれだけ動き回れたら楽しそうだよねぇ」
説明を受けた所、アイリさんが使っている“身体強化”は魔法。
基本的に適正と魔力が有れば、誰でも使えるようになるらしい。
両方ともあれば、だが。
とはいえ魔力があるかどうかを調べる為には、ギルドの鑑定では行えないらしく、専門の部署? 場所? へ行かないと調べてくれないそうだ。
今度街に戻ったら行ってみよう、魔法とか使ってみたいし。
まあそんな事を考えながら、アイリさんも加わった事によりだいぶ楽に狩りを進めていた。
ちょっと調子に乗り過ぎて、解体が追い付かなくなる事もしばしば。
マジックバッグがあるので腐りはしないが、如何せんコレはよろしくない。
帰るまでに解体が終わらなければ、ギルドの解体場にお願いしよう。
肉を無駄にする訳にはいかない。
「やぁ~久しぶりに暴れた暴れた。 最近肩こり酷かったから、たまには全力で動かないとねぇ」
肩をぐりんぐりんと回しながら、討伐を終えたアイリさんが帰ってくる。
肩こりは多分違う要因です、とかは口が裂けても言えない。
「お疲れ様でしたアイリさん。 良い動きでしたね」
声を掛けながら水筒を差し出せば、腰に手を当てて豪快に飲み干していく。
お風呂上がりの牛乳でも飲んでいるかの様な良い飲みっぷり。
うん、見ていて気持ちが良いね。
彼女がパーティに加わってから、もう三日が過ぎた。
本人も山暮らしに慣れ始めたのか、それとも俺達に慣れ始めたのか、随分と距離が縮まった気がする。
最初の頃は受付の時と同じ雰囲気や喋り方だったが、もう今ではたいぶフランクな話し方に変わっていた。
元ウォーカーだと言っていたが、昔の彼女はこうだったのかもしれない。
「あ、キタヤマさん。 今私の事女っぽくないって思いました?」
アイリさんを観察していた事がバレ、しかも変な方向に勘違いさせてしまったらしい。
少しだけ頬を赤らめながら、やや頬を膨らませている。
あらやだ可愛い。
「そんな事思ってませんよ。 良い飲みっぷりだと思っただけです、アレだけ動けば喉も乾きますからね」
「ソレはソレで何か……というか、いい加減ソレ止めません?」
「それ、と言いますと?」
はて? と首を傾げてみれば、アイリさんは「はぁ」と短いため息を溢しながらズビシッと人差指を向けて来た。
「敬語ですよ敬語。 今は受付とウォーカーって関係でも無いんですから、私だけ敬語で話されると距離を感じちゃいます」
「あぁ~なるほど、確かにパーティ内で堅苦しいのもアレですもんねぇ」
俺達の話を聞いていたのか、鍋の様子を見ていた西田が同意してくる。
とはいえ、アイリさんも未だに敬語な訳だが……良いんだろうか?
なんて思っていたらどうやら顔に出たらしい、俺が何かを言う前にアイリさんが再び口を開いた。
「私はもう癖と言いますか、これでも受付仕事が長かったですから。 でも、結構崩して喋ってるんですよ? 普段ならもうちょっとキチッと喋ってます」
ドヤッと言いたげな様子で大きな胸を張っている。
俺の感覚の中では同じ職場の女の子と喋っている気分だったので、あまり気にしていなかったが。
言われて見れば確かに。
他のメンバーにはかなり砕けた言葉で喋っているのに対し、アイリさんだけは他人行儀過ぎたのかもしれない。
別に拘りがある訳では無いので、普通にと言われれば普通に喋ろうか。
「分かった、でも荒っぽい言葉が不快に感じたらいつでも言ってくれ。 喋る分にはどっちでも平気な人だから俺達」
「だな、そんじゃ改めてよろしく」
「よろしくねーアイリさん」
各々改めで挨拶してみれば、彼女は「ふ~む」と可愛い声を上げながら首を傾げた。
やはり何か思う所でもあったのだろうか?
「別に呼び捨てでも良いんですよ?」
「「「それはちょっとハードルが高い」」」
「意外とウブなんですねぇ」
なんて事を話していると、倒した魔獣の回収を終えた南が帰ってきたらしく、不思議そうに首を傾げていた。
いかん、話に夢中になって南一人にやらせてしまった。
すまん、と謝ってみれば「私の仕事ですから」と良い笑顔で返されてしまう始末。
こっちの世界の子は働き者過ぎていかんな。
もうちょっと遊びを教えてやらにゃ。
まあそれはともかくとして。
「ちなみに南も敬語とか使わなくて良いんだぞ? あと“様”も付けなくて良いし」
「私は奴隷で皆さんはご主人様なので、お断り申し上げます」
そっけなくお断りされてしまった。
――――
それからしばらく平和な生活が続いた。
急いで食料を調達する必要もないので、大抵薬草や山菜の採取。
のんびりとスローライフってのは、きっとこういう事を言うのだろう。
そして今日も、新種に出会った。
「ピギャアアアァァァ!」
「ぅわ、うっさ……」
珍しい草が生えていたのでとりあえず引っこ抜いてみると、その先から変な生物が出て来た。
真っ白い大ぶりの大根に見えるが、手足の様に大根が枝分かれしており、更には目と口と思われる穴。
そしてこの絶叫。
なんだろうコイツは? 大根お化け?
「こうちゃん今の悲鳴――って、うわっ何ソイツ!? キモ!」
「北君無事!? ……キッショ!」
駆けつけた友人達に暴言を吐かれた。
大丈夫、俺に言った訳じゃない。
ソレが分かっているのに、面と向かって言われると些か心に来るモノがあるが。
「ご主人様、またおかしなものを捕まえて……」
「また珍しい物を。 もしかしてコレも食べるんですか?」
遅れてやってきた二人も妙な反応をしていたが、アイリさんだけはコイツの正体を知って居るらしい。
頭の葉を掴んで持ち上げている動く大根。
手足の様な身というか、根っこを腕に絡めてきてキモいんだが。
非常に元気にウネウネされておられる。
「アイリさん、コレ知ってんの?」
「えぇ、マンドレイクっていう魔獣ですね。 かなり珍しいんですよ? 何でもその身は万能薬の元になると言われていて、そこら中に野菜を植えて回る不思議な魔獣です」
「あ、山で採れる野菜ってコイツが原因なのか」
そこら中に生えている山野菜の原因見つけたり。
というかマンドレイクっていうのか、俺らの知って居るマンドラゴラってヤツと一緒だよな?
だとしたら引っこ抜いた時の悲鳴を聞いて死んじゃったりするのだろうか?
いや現に俺生きてるし、多分大丈夫なのだろう。
「で、食べるんですか?」
なかなか狩人色に染まって来たアイリさんが、ワクワクした様子でマンドレイクを突いている。
その指にも根っこを絡めている訳だが、気持ち悪くないのだろうか。
まあそれは良いとして、確かにちょっと食べてみたい。
そして万能薬の元になるのなら、多分売ったら良い値がつくのだろう。
だがしかし。
「コイツって珍しいって言ったよな……よし、解放」
「えぇっ、そんな!?」
そんなに食べたかったのか、大根。
そう思わないことも無いが、今後の事も考えると興味本位で食べるべきではない気がする。
「コイツが居なくなった事で、山野菜が取れなくなると困るからな。 ホラ行け大根丸、それとも埋めた方が良いのか?」
ペイッと地面に投げてみれば大根はシュタッっと綺麗に着地し、二本足? を器用に使って全力疾走を始めた大根丸。
速い事速い事、俺や東じゃ多分追い付かないだろう。
西田でギリ、身体強化を使ったアイリさんでも何とかって所か?
それくらいに速い。
あと追ってもいないのにチョロチョロと動き回って、かく乱しようとしてやがる。
小癪な奴め。
「あぁ、勿体ない……食べないとしても高く売れるのに」
「今後山野菜食えなくなっても良いのか? 珍しいって言うくらいなら何匹もいる訳じゃないんだろ?」
「うぅぅ……確かにそうですけど」
どうやら俺の意見も間違っていないらしく、アイリさんは悔しそうに唇を尖らせながら諦めてくれた。
環境破壊云々とか、そういう御大層な事を思っている訳じゃないが、単純に今後野菜が取れなくなるのは困る。
むしろ適当に野菜植えまくっているアイツの方が環境破壊しているのかもしれないが、そこら辺は知らん。
実際俺らは助かっている訳だし。
さらば大根丸、達者でな。
「さて、そんじゃ今日の探索はこの辺りで切り上げるか。 そろそろ昼飯に――」
仕切り直そうとしたその時。
一匹の鳥が、こちらに向かって急降下してくる姿が視界の端に映り込んだ。
突撃してくる勢いで接近してきた為、思わず掴みとってしまった。
非常に小さい、鳩より小さな白い鳥。
また新種か? なんて思って覗き込んでみると。
鳥の足首には何やら折りたたんだ紙が括りつけられている。
「あぁっ! キタヤマさん、ソレ食べちゃダメですからね!」
何か凄い勢いでアイリさんにひったくられてしまった。
俺を一体何だと思っているのか……なんでもかんでも食べる訳じゃないよ。
小さいし肉無さそうだし、食べるならもっと育ててから食べるよ。
「ご主人様、アレは手紙を届ける為に教育された鳥です。 確か正式名称は“ディアバード”と言ったはず。 伝書鳩と違って、建物ではなく個人に向けて手紙を出せるほど優秀です。 多分アイリ様専用の鳥なのではないかと」
「便利なモンだなぁ」
南の説明に「ほほぉー」と感心しながら、俺達はアイリさんからの反応を待つ。
見た所やはり何かしらの連絡が届いたらしく、手紙を開いて難しい顔をしている。
まさかこの状態で「彼氏からの連絡ですか?」とか茶化せそうな空気も無し。
もうしばらく待つかぁ、と皆して腰を下ろした瞬間。
「キタヤマ様、ただいまギルドからの指示書が届きました。 とある緊急事態の対処として、当ギルドは貴方達“悪食”のパーティを推薦する事に決定致しました。 もちろん内容と報酬の確認を行ってから判断して頂いて構いません。 ですが何分急ぎの依頼の為、いち早く帰還して欲しい、との事です」
なんだか久しぶりに聞いたアイリさんの受付嬢モードの口調。
今の恰好も相まって、違和感がヤバイ。
失礼なのは分かっているんだが、若干鳥肌が経ったくらいだ。
「あの、流石にそこまで露骨に引かれると傷付くのですが……」
「であれば、いつものアイリさんに戻って……」
はぁ、とため息を一つ溢してから、彼女はいつも通りの笑顔に戻った。
「それでは改めまして、ウチのポンコツ支部長じゃ手に負えない件が発生したので手伝ってくれません? 報酬に関しては、私の方からも口添えしてぶん取りますから。 如何でしょう?」
という事で、俺達は一旦全員の顔を見回した。
明らかに面倒くさそうな案件、そして緊急というからには色々大変な事が待っているのだろう。
今の様なスローライフ的な生活ではなく、もっと血生臭い事案かもしれない。
「一つ聞くけどさ、ソレを拒否した場合アイリさんは困るんかい?」
「まぁ……そうですね。 これでも一応ギルド職員ですので」
なら決まりだ。
仲間達も全員が頷いてくれた訳だし。
「OK、そんじゃ撤収だお前ら! 40秒で支度しな!」
「「既に準備完了だぜ!」」
「全てマジックバックに入っております、すぐ戻れます」
どうやら40秒もいらなかったらしい。
なんとも頼もしい限りだ。
「それでさ、アイリさんや」
「なんでしょう?」
「パーティ名“悪食”ってのは……一体なんじゃい」
「ぴったりでしょう? あはははは……すみません。 登録されてなかったんで、仮名として私が勝手につけちゃいました」
それから数秒後、俺達は街に戻る為に全力で走った。
山を駆け、川を飛び越え、崖を降りる。
とにかく最短距離で目的地を目指しながら、俺達は走った。
結果、数日掛けて歩いて来た道のりを大幅に短縮し、その日の内に街に到着する事が出来たのであった。
今度から行きもこのルートを使おう。
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