第14話 和食ご飯と乳しぼり


 「ふんふんふん♪ フフフ、フン♪」


 「どこかの車のCMで聞いた様な曲だね」


 東から突っ込みを受けるが、今はそんな事どうでも良い。

 先日アイリさんが仲間になった。

 それだけで言うなら、嬉し恥ずかしモンモンしたりと言いようのない苦しみが待ち受けていた。

 だが、結論から言おう。

 彼女がパーティに入ってくれて本当によかった。


 「便利だねぇ~、魔導コンロ」


 「だよな、もういちいち飯のたびに簡易かまど作る必要ないって考えただけでもうね」


 今目の前に有るのは魔導コンロ。

 お近づきの印にと、なんとアイリさんが買ってくれた。

 というかこんな物があった事自体驚きだが、野外でも普通にコンロが使えるのだ。

 見た目は黒い板、しかし鍋だのフライパンだのを置くとたちまちIHヒーターの様に加熱し始める。

 温度調節も可能、置いた調理器具の分だけ加熱部分が増える。

 非常に便利だ。

 直火で炙るような料理以外は、コレで全て解決と言えよう。


 「それに今回は何と言ってもお米があるのが嬉しいね。 何作るの?」


 「今回は試しだからな、ちゃんと炊けていればおにぎり。 水っぽくなっちゃったら鰹節とかでダシをとって雑炊。 逆に固かったらピラフモドキにする」


 更に今回、主食が増えました。

 市場で南が情報収集した結果見つけたという、“コメ”を取り扱っている店に突撃。

 見せて貰った所ちゃんと精米されているし、聞いた限りでは普段俺達が食っていた米と変わりない様だ。

 何故流行らんとも思ったが、なんでもお貴族様の仕入れが激しく、庶民にはあまり回らないご様子。

 市場に回した所で庶民からしたらなんじゃこれ? ってなもんで、あんまり浸透していないらしい。

 知って居る人は知って居るが、調理法まで知って居る人は少ないとの事。

 ならばとばかりに買い込めば、商人から「是非とも次からもウチで」と握手を交わしたほどだ。

 しかもお値段がさほど高くない。

 10キロ五千円くらいで買えるのだ、つまり半銀貨一枚。

 まさに万々歳。

 先日までかまどを作り、火を起こし、その数に合わせて調理していた原始人だった俺達が……今では4口コンロで調理している。

 やべぇ、楽しい。


 「こうちゃん山菜取って来たぜぇ」


 「お待たせしました。 今日は朝から大量です」


 「薬草だけじゃなくて、こんなに食べられる山菜が……報告書が厚くなるわね……」


 各々口にしながら、西田と南、そしてアイリさんが帰って来た。

 ちなみに俺達の新しい鎧は凄く軽い。

 本当に失敗作なの? と疑うレベルに凄い。

 そして南とアイリさんは皮鎧。

 非常に動きやすそうではあるが、一方は皮鎧から溢れてしまいそうなモノを押し込めている為、非常に窮屈そうだ。

 そんな事を言ったらセクハラになる上、南から白い眼を向けられそうなので言葉にはしないが。


 「おっかえり~。 こっちももうちょっとだ。 ちゃんと水とブルーハーブで手を洗ってきなさいな」


 「「はぁい」」


 「ブルーハーブ?」


 アイリさんは、終始俺達の会話に疑問を抱いているご様子だったが……まあ、その内慣れるだろう。


 ――――


 「はい、という訳でいただきます」


 「「「いただきます」」」


 「えと、いただきます?」


 皆で手を合わせて朝食を頂く。

 朝早くから出発したため、街で買ったモノでも良いのではないかと思ったが、せっかくなので作ってみた。

 というか魔導コンロ……もうコンロでいいか。

 ソイツを使ってみたくて朝食から作った。


 「米、米だぁ……うめぇよぉ」


 西田が涙を流しながら頬張っている塩むすび。

 水加減を間違えなくて良かった。

 一口食べてみれば、少しだけ振り過ぎたか? なんて思う塩加減の懐かしい味。

 しかしお米自体は何の問題もない。

 むしろ炊飯ジャーではなく土鍋で炊いた為か、いつもより旨く感じる。

 米を研いだ後、水の量は米の表面に手を置いて手首が浸かるか浸からない程度。

 なんて、死んだ婆ちゃんから聞いた事があった。

 コレばかりは個人差があるだろうと思っていたのだが、あながち間違ってはいなかったらしい。

 最初からちゃんとご飯が炊けたのは非常にありがたい、婆ちゃんに感謝だ。


 「味噌汁……旨い。 ホッとするよ。 調味料が豊富なのが、すんごい助かるよね」


 東が仏の様な顔をして啜っている味噌汁。

 コイツの材料も市場で仕入れた。

 この世界、醤油だけに留まらず様々な調味料が普通に売っているのだ。

 みりん、料理酒、砂糖、塩。

 カレー粉やマヨネーズ、味噌だって当然の様に売られていた。

 助かる、非常に助かる。

 街に居る時に料理がおいしいと感じる理由はこれかと、思わず納得してしまった。

 日本人とは舌が肥えている上に、世界中で見ても最もお腹の弱い人種と言って良いだろう。

 そんな俺達が異世界に来ても普通に食べて居られるのは、多分この多彩な調味料のおかげだ。

 最初の一週間で言えば、各種ハーブのおかげだが。


 「このスープ、非常に深い味がしますね……とっても美味しいです」


 「お、分かるか南。 今日は鰹節でダシを取ってみた。 今度はまた違うモノでやってみるから、楽しみにしておけよ?」


 「はい!」


 本日の味噌汁は鰹節でダシを取り、大根と葱、そして前回討伐した人食い魚の肉を少量入れてみた。

 溶いた味噌は市場で買って来たものだが、味見をした感じでは“合わせ味噌”っていうか。

 俺は普段『ダシ入り! 合わせ味噌!』みたいな銘柄を使っていたのだが、それと非常によく似た味わいだったのでコレを即買いした。

 なのであまり失敗するとは考えていなかったが、予想以上に人食い魚の身が良い味を出している。

 人によってはくどいと感じてしまう味かもしれないが、今度はもっとあっさりな味噌汁を作って感想を聞いてみよう。


 「なんでこんな料理が野外で……コレ、卵焼きよね? それに魚の塩焼きに、何かの生姜焼き。 更には……なにこれ? ねばねばしてるのと、酸っぱい匂い」


 「あ、卵焼きは青い鶏っぽい奴の卵で、魚は人食いの……えーっと」


 「ピラークです」


 「そうそうピラーク、さんきゅ南。 そんで肉は猪ですね、一番余ってますから。 あとは市場で仕入れた納豆と漬物。 最後の二つは米を仕入れた人から買ったんですけど、馴染みないですか?」


 以前唐揚げにしたが横やりが入った青い鳥。

 奴らは見た目が鶏なだけあって、非常に良質な卵を毎日産む。

 コレはアレ以降の探索で分かった事だが、あの青い鶏はお肉も卵も一級品なのだ。

 そんな事もあって、青い鳥とトリュフを捜してくれる豚に関しては、余り狩っていない。

 余り、だが。

 むしろ彼等を助ける様に立ち回り、鶏からは卵を、豚からはキノコを頂いている。

 彼等からしたら迷惑な話だろうが、守る代わりに食材を頂いているのである。


 「食べたことが無いですね……という訳でまずは卵から……」


 「どうぞどうぞ」


 軽くお勧めしてみるが、絶句するがいいさ。

 なんたって青鶏の卵はヤバイ位に旨い。

 海外の映画俳優が卵をジョッキに入れて飲み込んでいる様なシーン、アレを見て「いやぁ、ちょっとなぁ……」と思っていた俺でさえ、普通に飲めてしまう程だ。

 それくらいに旨い。

 臭みは少なく、味が濃い。

 そして何と言っても色鮮やか。

 そんな卵を溶いて焼いた上に、市場で購入したチーズを乗せた。

 更にそいつらを包み、クルクルと閉じたモノが朝食に並んでいる。

 旨くない筈がない、今度はシソとか入れて見たい。


 「っ! ……は? はっ!?」


 「どっすか?」


 「駄目、コレ以外の卵焼き食べられなくなりそう……」


 大収穫だ。

 貴族育ちのアイリさんの舌を満足させられたという事は、トール達にも十分通用するという事だろう。

 だったら、自信をもってフルコース作ってやろうではないか。

 その後もピラークの塩焼きや、王猪の生姜焼きを食べてフルフルと震えつつ、最後には納豆と漬物も食べて「まだ違和感があるけど……でも悪くない!」という感想を頂けた。

 うむ、上々ではなかろうか。

 残るメンバーは、もはやいう事なかれ。

 西田から「納豆の時はどんぶり飯で……」という要望が出たくらいなもので、各々満足した表情を浮かべていた。


 「さて、皆の衆。 腹ごなしついでに一仕事じゃ」


 「お、今週も行くかい?」


 「いいね、やっぱり“アレ”がないと」


 声を上げれば、西田と東はすぐに立ち上がる。

 もはや何がしたいのか分かっているらしい。


 「えっと、もしかして手懐けるアレですか? 了解しました、容器を準備しておきます」


 「え? 何、何か怖いんだけど。 アレって何アレって」


 南が続いて立ち上がり、アイリさんが困惑しながらも釣られて腰を上げた。

 今はまだ朝と言って良い時間、日が登り始めてそこまでは経ってはいない。

 ならば、“ヤツら”も活動し始めた頃だろうさ。


 「では行こうか! 乳しぼりへ!」


 「「「おぉー!」」」


 「……はい?」


 そんな訳で、今日も俺らは歩き出した。

 好き放題に自由気ままなサバイバル生活を楽しむ為に。

 本来なら生きていく為にという所なんだろうが、俺達にそこまでの悲壮感はない。

 だとすれば“楽しく生きる為に”というのが、一番正しい言葉選びなのだろう。

 俺達はかなり順応してきた、この世界に。

 狩って、食って、生きる。

 そんな生物的本能のみを前面に押し出した生活。

 “向こう側”では絶対に出来なかった生活に、俺達は染まって来ていた。

 だからこそ、俺達は今日も殺す。

 食べる為に殺し、生きる為に足を動かす。

 それが、この世界における掟なのだから。


 ――――


 「どぉっせぇい!」


 良く分からない掛け声と共に、リーダーのキタヤマさんが槍を一突き。

 たったそれだけ、その一撃で勝負が決まった。

 目の前にはホーンバイソンの群れ。

 牛の変異種で、場所によってはキャゥとかビィフとか言われている魔獣。

 こちらの地域では通称“モーモー”と呼ばれる。

 白黒まだらで、バイソンと言うよりかは普通の牛に近いが、体がとにかく大きく雄は角が長い。


 そんなモーモーの群れに遭遇した時は、正直“終わった”と諦めかけた。

 一斉に突進されれば、私達などミンチになるまで轢かれ続けるだろう。

 そう思っていたのに。


 「モォォォォォ!」


 見つけて早々リーダーが良く分からない鳴き声を上げれば、何故かこちらに歩み寄ってくるのは一匹だけ。

 しかも一番強そうな個体が、蹄を鳴らしながら鼻息荒く迫ってくるではないか。

 そして。


 「てめぇがボスか……勝負だ」


 そんな台詞と共に始まる一騎打ち。

 モーモーが物凄い勢いで突進してきたかと思えば、彼はギリギリ角の当たらない位置まで避けてから全力で槍を放った。

 もはや見事という他ない。

 通り過ぎた牛は膝を折り、立ち上がる事さえできずその命を落としたのだ。

 しかし“狩り”であれば全員で掛かれば良い筈、何故こんな真似を……なんて思ったのもつかの間、答えは目の前に広がっていた。


 「な、何これ……」


 「えと、私もこの前知ったのですが。 モーモーは一対一で群れの長に勝ったものを認める習性があるらしく……詰まる話は今北山様がこの群れのボスになっている状況です。 群れを置いて離れればすぐ次の長を決めて行動を始めるみたいですが、まぁ何がしたかったかというと……」


 目の前には一列に並ぶ十数匹のモーモー。

 どれも角が短い気がする。

 これって……。


 「乳しぼりじゃー!」


 ミルクタンクを担いだアズマさんとニシダさんが、目の前の牛に向かって走り、ひたすらに乳を搾り始める。

 あぁ、なるほど。

 目の前に有る行列は、長に対して乳牛が乳を献上しているのか。

 なるほどじゃないよ、なんだこれ。

 そして背後では先程キタヤマさんが倒した雄牛を、ミナミちゃんがマジックバックで回収してるし。


 「えっと、流石に彼らの目の前で解体すると逃げるので、あとで捌きます。 美味しいですよ?」


 彼女もまた、色々染まっていた。

 魔獣の乳を搾る二人に、魔獣の死体を食べる為に回収する奴隷。

 そして並ぶモーモーの前で、偉そうに座っているリーダー。


 「あ、サボってる訳じゃないですよ? こうしてないと、牛の統率が取れなくって」


 だ、そうだ。

 王者は君臨せしめるって所なのだろうか。

 とにかく、一時的にウチのリーダーは魔獣を従えている訳だ。

 コレも報告書に書いておかないと……魔獣の習性と、周囲の山菜、それから食べた物と。

 なんだろう、受付をやっていた時より忙しい気がする。

 新しい発見が多い事は喜ばしいが、その全てを私が報告しないといけないが辛い。

 せめてもう2~3人欲しい。

 そんな事を考えながら眼の前の光景を眺めていると。


 「アイリ様、サボってないで溜まったミルクタンクを仕舞うの手伝ってください」


 「あ、うん。 はい、手伝います」


 なんか、奴隷少女に怒られてしまった。

 問題の三人は当然の物として、この奴隷少女でさえ森に入ってからの方がイキイキしている気がするのは……果たして私の気のせいなのだろうか?

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