第13話 仮メンバーとお嬢様


 ひと悶着あった後、支部長は南に対して頭を下げた。

 当の本人は困り果てた様に首を横に振っていたが、まあ良しとしよう。

 そんな南に対して。


「もう俺らと同じ食事は止めるか? というか、俺らと行動すること自体強制じゃない。 辛かったら自由に生きても良いんだぞ?」


 なんて、気の利いたセリフを言ってみたつもりだったのだが。

 まるで人生に絶望しましたと言わんばかりの表情を浮かべた彼女は。


 「私は……もう必要ありませんか? いらなければ捨てて頂いて結構です、所詮は奴隷ですから。 でも、でも……」


 秒で折れました。

 瞳いっぱいに涙を溜めた南に対して、全力で土下座しましたとも。

 そんな訳で、南は今後も俺らと行動する事が決まった。


 そして何より驚いたのが「もう結婚諦める年齢です」みたいな事を言っていたアイリさんが23歳だったという事。

 もっと若いと思っていた、と言ったら失礼なのかもしれないが。

 でも見た目的に23には見えないのだ。

 そしてアイリさんも支部長も、何でも貴族様なんだとか。

 兄弟も姉妹も居るから結構自由にさせてもらっているらしいが、貴族の中では23は既にオバサン認定されるのだという。

 舐めてんのか貴族、ロリコンホイホイか?

 などと顔を顰めていると、15歳で成人なのだと教えられてしまった。

 貴族の場合はもっと早い段階から婚約し、成人したと同時結婚するのも珍しくないとか。

 敢えて言おう、モゲろと。

 あれ? ていうか南も成人しているとか言ってたよな。

 見た目的に幼いが、南も15歳超えてんのか?


 「アイリさんが言ってた二つ名って称号とは違うんですよね? 皆がそう呼び始めた、みたいな? でも如何せんその二つ名はアイリさんに合ってない気がするけど……」


 「あぁはい、そうですね。 私の場合、昔身体強化の魔法で接近戦ばかりやっていたので、そんな風に呼ばれてました。 あはは、女の魅力の欠片もないですよねぇ」


 「そんなこと無いですよ。 魔法自体僕達に使えないんで物凄く興味あります、しかも接近戦で強いとか物凄く魅力的じゃないですか! 一緒に最前線とか、夢と希望とロマンの塊じゃないですか!」


 「もう、お二人共。 実際私の接近戦を視たら多分引きますよ? やはり女は男の帰りを待つ方が一般的には美しいとされていますし」


 西田と東、そしてアイリさんがそんな雑談を交わしながらお茶を飲んでいる。

 いいな、俺もあっちに混ざりたい。

 そんな事を考えながら視線を前に向ければ、険しい顔の支部長がこちらを睨む様にして座っている。

 こっちはおっさんズトークの真っ最中という訳だ。

 隣に南が居るから、多少は男臭さが紛れてはいるが。


 「この件に関して、改めて謝罪しよう。 そしてこれからも協力して頂きたい。 もちろん礼金は出す」


 「いや、俺らは金が欲しい訳じゃ――」


 「ご主人様、武具の支払いが」


 「支部長の謝罪を受け入れよう、それで礼金とはどれくらいの金額かね」


 掌をコロコロするどころかドリルの様に回転させながら、支部長のお話を聞いていく。

 なんでも俺らが普段食べている魔獣肉というのは、やはり一般的に問題があるらしく。

 例え無害だと思われても「食べられますよー!」ってすぐに出せるモノではないらしい。

 やはり長年の調査が必要な上、問題ないと民間人に知らしめる必要がある。

 その調査、もとい人体実験に協力してくれって話だ。

 数年間、下手すれば数十年間食べ続け、俺達が魔人に変わらなかったという証明。

 そして南の様な獣人や、トールの様なドワーフでも問題ないという“調査結果”が必要なのだという。

 トールの場合は食わせる前にもう一度話をしよう。

 後でこじれても困る。


 会話を続けた結果、街に戻る度に“鑑定”。

 その結果を国に報告する事の了承と、俺達の食べた魔獣のリスト。

 それらを条件にして、多ければ月間金貨数十枚を手に入れられる事になった。

もちろん報告の質と鑑定の回数も加味され、数か月に一度しか帰ってこないとかになれば、支払は随分と少なくなるとも脅された。

それでも支払ってくれるのだ、どれだけ貴重な情報源になってしまったのだろう俺達。


そして提案された鑑定期間は一週間前後、もちろん山籠もりして戻ってくるのがベストだとか。

ある程度の期間普通に(俺ら流で)生活し、身体への影響とレベルに関しても観測したいとの事。

 まあ本来は毎日データが欲しいが、それでは行動範囲が随分と狭くなるという意味合いも含めているらしい。

 詰まる話色んな所に行って、色んなモノ食ってこいってこった。

いやはや面倒なモノだ。


因みに報告は魔獣を研究している国の機関に送られ、そちらから報酬が支払われる。

まあなんにせよ俺達は今まで通り生活し、そして鑑定は無料で受けられる。

更には多すぎるお小遣いを国から支給される訳だ。

すんげぇ、異世界物語の主人公になった気分。


 「いきなり食べた魔獣のレポートを作れと言われても、流石に困るだろう。 なのでアイリを付ける。 彼女なら君達の邪魔にはならんだろう、それに……もう君達と同種と言っても良いだろうしな」


 「……マジで?」


 「何か問題があるだろうか?」


 問題があるかないかで言われれば、大ありだろう。

 こんな事を言ったら南は怒るかもしれないが、俺達は南だからこそ“色々”我慢できたのだ。

 相手は守るべき対象、そして子供。

 だからこそ、間違いなど犯してはならぬ。

 だというのに、そこにダイナマイトボディを投下して見ろ。

 毎日が辛いわ、血の涙を流しながら寝る羽目になるわ。


 「えっと、何か……問題があるだろうか……?」


 もう一度問いかけてくる支部長。

 てめぇコラ、枯れてんのか。

 なんて言いたくもなるが、隣に南が居るので何も言えない。


 「いや、何も……何も、問題ない……」


 「お、おう……だったらそんな殺気立った目で見ないでくれ……」


 「ご主人様……」


 何故か呆れたため息を溢されてしまった気がするが、今は気のせいだという事にしておこう。

 こうなりゃ体力の限界まで狩りをして、色欲に負けないくらいに疲れてしまえばいい。

 そうすりゃムラムラする暇もなく、一日が終われるはずだ。

 よし、そうしよう。

 アイツらもこの作戦で行くといえば、きっと間違いを犯す馬鹿は居ない筈だ。


 「では、魔獣のレポートは彼女に任せるとして……君たちのパーティはこれまで通りの生活をしてくれ。 他のウォーカーから何か言われた場合は、職員の現地調査だとでも答えてくれれば問題ない」


 なんか支部長がくっちゃべっているが、半分以上頭に入ってこない。

 くそ、くそくそ!

 こんな事なら、街に帰ってくるたびに“そっち系のお店”に行くべきか?

 しかしその場合南はどうする。

 「俺らちょっとエッチな事してくれるお店に行くから留守番よろしく」とか?

 馬鹿か、死ね。

 教育上悪すぎる上に、絶対次の日から目を合わせてくれなくなるだろうが。

 どうすりゃいいんだコレ!


 「お話を聞いている限り、私もパーティに参加する事になったみたいですね? よろしくお願いいたします、リーダー」


 そう言って、ソファーの後ろからアイリさんが俺の両肩に手を置いた。

 やめて、勘違いしちゃうから止めて。


 「こうちゃん! 今からアイリさんが身体強化見せてくれるってさ! 一緒に見に行こうぜ!」


 「もしかしたら僕達にも魔力があれば出来るかもしれないんだって! やってみようよ!」


 西田と東が、ウキウキしながら声を掛けてくる。

 いいなぁお前ら、楽しそうで。

 もしも俺達に魔力があるのなら、まず最初に性欲低下とか覚えるべきだと思うんだ……。

 そんな魔法、有るのかどうかも知らんけど。


 ――――


 なんやかんや受付嬢のアイリさんがパーティに加わってしまい、彼女の実力見る為に俺達はギルドの訓練場とやらに足を運んだ。

 なんでもまっ平で広くて何にもない場所だとか。

 学校の校庭とかをイメージしたが、あんな所で訓練して何になるんだろう。

 街中で襲われた場合の対人戦とかならまだしも、森の中では全く役に立たない気がするんだが。

 などという無粋な感想を持ちながら足を運べば、そこには先客がいた。


 「あら、今度のモンフェスの練習中かしら」


 「モンフェス?」


 聞き返してみれば、アイリさんはウィンクしながら振り返って来た。

 なんだか、最初のころより随分雰囲気が軽くなって来たなぁ。

 馴染んで来たって事なんだろうけど。


 「モンスターフェスティバル。 ただのお祭りなんですけどね? 名の有る騎士やウォーカーなんかが、闘技場で捕えて来たモンスターと戦うんですよ。 市民にとっては刺激のある娯楽、騎士やウォーカーにとってはどれだけ優雅に魔獣を倒せるかっていう見世物です」


 「あぁ、なるほど。 だからあんなに転げまわってるんですね、納得です」


 「ん?」


 訓練場で戦っているのは4人組のパーティ。

 一人が近接、残り三人は補佐? という凄い組み合わせだが。

 そして対するは我らが隣人王猪であった。


 「せあぁっ!」


 声からして、接近戦担当は女の子らしい。

 後ろの三人はローブっぽいモノを着ているが……あれ獣の突進とか防げるのか?

 普通の布っぽく見えるが。

 いやまぁソコはファンタジー素材で鎧より硬いとか、そういうとんでも装備なのだろう。


 「う~~ん、“魅せる”ってのも大変だねぇ。 やっぱ苦戦して、何とか勝った。 みたいにしなきゃいけないんでしょう? 視てるだけでもハラハラしますわ。 え? なんでソコで行かないの!? みたいな」


 「んんっ?」


 「僕は皆とはちょっと動きが違うから何ともいえないけど。 アレくらいなら捕まえちゃった方が早そうだよねぇ。 魔獣相手に演技も必要って……凄い仕事ですね」


 「んんんっ? 貴方達はさっきから何をいって――」


 「アイリ様、ご主人様達にその様な疑問を抱いていては疲れますよ? 普段はアレよりもっと大きな猪を短時間で片付けますから」


 「うん、ちょっと待ちましょうか。 貴方達魔法使えないんですよね? てっきり罠とかでどうにかしているのかと思ったんですけど、普段どうしてるんですか? さっきから感想が色々おかしい気がするんですが」


 なにやらアイリさんが困惑し始めたが、どの辺りがおかしいのだろうか。

 確かに罠を使ったりもする事はあるが、全て原始的なモノだ。

 手先が器用な訳では無いので、とんでもなく凶悪な罠とかは作れないし、そんな頭も無い。

 ならば体を張るしかない、というのは当たり前だと思うのだが。

 なんて事をしながら、訓練場の手前でくっちゃべっていると。


 「そこの人達! さっきから煩いですわよ!」


 プリプリと怒った先程の近接役が、こちらに歩み寄って来た。

 やべっ、騒がしくし過ぎたか。

 気まずくなってポリポリと頬を掻いてみるものの、彼女の怒りは相当なご様子。

 ちなみに猪は後ろの魔術師? によって、透明な鎖でがんじがらめにされていた。

 魔法ってすげぇ。


 「何ですかさっきから! 私はコレでもCランクのウォーカーであり、騎士見習いの身です! ブツブツブツブツと遠くから好き勝手言ってくれましたが、貴方達には単独で王猪を狩る技術があるとでも!?」


 「え? 単独? 後ろの魔法使ってる方々は?」


 「攻撃魔法を使えない者は魔術師を名乗れません、支援魔法のみの場合は単独討伐という記録になります。 アレらはただのサポーターという扱い。 そんな事もしらないのですか?」


 小馬鹿にしたような口調の少女は、フフンッと鼻で笑う。

 うっそん、マジか。

 詰まる話、攻撃魔法が使えない限り彼らは脇役。

 バフやデバフを山ほど掛けても、結局は魔獣の首を取った人の手柄になるのか?

 南もウォーカーではなくサポーターとして登録されたが、そういう扱いなのか。

 うん、そら身近にウォーカーの魔法使いが居ない訳だわ。

 魔術師とやらを名乗れる人は、やっぱり優遇とかされているのだろう。

 ……とはいえ協力者がいるなら、その時点で単独討伐とは言わない気がするんだけど。

 まあ突っ込むだけ野暮か。


 「何か言ったらどうなんですか? 本人を目の前にしたら何も口に出来ない小物ですか?」


 ブチ切れ状態の彼女は、こちらの態度が気に入らなかったのか兜を外して地面に叩きつけた。

 そして中から現れたのは。


 「うぉ、すげぇ美人」


 「おぉ、こんな子が猪と戦うのか。 すげぇ世界だな」


 「金髪っていうか、プラチナゴールドっていうの? 凄く綺麗だね」


 ふぁさ~と広がった金色の長い髪は、多分腰位まである。

 兜の中でまとめてあったのだろうか? 女の子はやはり大変だ。

 そして宝石みたいに輝いている青い瞳は、偉く目尻を吊り上げながらこちらを睨みつけていた。

 あれだ、ツインテールとかにしたらツンデレキャラになりそうな見た目。


 「そ、そういう事を聞いているのではありません! さっきから何なんですか貴方達は!」


 「ま、まぁまぁまぁ。 すみませんエレオノーラ様、彼等は若干普通と戦い方が違うようでして。 なので普通の戦闘というのが物珍しかっただけだと思いますから。 どうかご容赦を」


 「なによ人の事を普通普通って、どう見てもただの初心者ウォーカーじゃない……」


 間に入ってくれたアイリさんが説得を始め、ブツブツと文句を言いながらも徐々に怒りの炎が沈静化されて行っているご様子。

 エレオノーラさんというのか、この子。

 さっき騎士がどうとか言っていたし、名前もそれっぽいからこの子も貴族なのかな?

 あんまり名前が長いと覚えられる気がしないのが厄介だ、この世界。


 「フンッ、精々口の利き方には気を付ける事ね! 三下ルーキー達!」


 アイリさんの交渉によりどうにか矛を収めた彼女は、そんな捨て台詞を吐いてから元の場所へと歩みを進め始める。


 「あの~」


 「何よ!」


 「兜忘れてますよ?」


 足元に転がっていた兜を拾い上げ、彼女に向かって差し出してみれば。

 真っ赤な顔をしてズンズンとこちらに戻ってきた後、ひったくる様に俺の手から兜を受け取った。


 「ありがと! もうさっさと行きなさいよ!」


 やっぱりこの子ツンデレかもしれん。


 ――――


 なんやかんやトラブルがあった為、結局アイリさんに身体強化とやらを見せて貰う事が出来なかった。

 ならば現場で見せて貰えば良いという結論に落ち着き、俺達はその日を買い出しに使う事になった。

 アイリさんはアイリさんで出発の準備を進めるらしく、明日の朝門の前に集合。

それと同時に出発という約束を交わし別れようとしたのだが……。


 「ミナミちゃんを今日借りても良いですか? 見た所服と皮鎧は変わっていますけど、それ以外の備品が足りてないように思えて」


 何ともありがたいお言葉であった。

 俺達三人では、この世界の女の子がどんなモノを必要としているのか全く想像が出来ない。

 まあ向こうの世界でも女の子が常備しているモノとか全然分からんが。

 どうぞどうぞと南を引き渡したが、当の本人は不満そうな顔をしながらアイリさんにドナドナされていく。

 その姿を見送ってから、俺達も野営の買い出しを始めた。

 主に必要なのはパンや少なくなった調味料の買い足し、あとは新しい調理器具なんかが有れば欲しい。

 ただでさえ肉料理が多いからな、バリエーションをそろそろ増やしたいのだ。


 「やー今週も楽しみだな。 お前ら何が食いたい?」


 「そろそろ挽肉系も食いたいよなぁ。 なんて言うんだっけ、肉の塊を挽肉にするやつ。 アレとか売ってないかねぇ」


 「あとはメンバーも増えたし食器も増やさないとね、あと寝床だけど……テントもう一つ増やす? 流石に狭いし、色々辛いでしょ」


 そんな会話をしながら、俺達は市場を練り歩く。

 今回は鎧や武器の心配をしなくて良いのがありがたい。

 全部トールが用意してくれたのだが、結局は借り物なのでぶっ壊す訳にはいかない。

 今まで以上に丁寧に使う事を意識しないと。


 なんやかんやありながらも、こちらに来てからもう半月。

 随分と慣れて来たんじゃないだろうか?

 とはいえ気を抜いたら獣の餌になってしまいそうだが。

 何はともあれ、明日からもまた野営が続くのだ。

 しっかりと準備しておこう。

 今一度気を引き締め直し、俺達は買い物を続けるのであった。


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