第16話 異世界らしい依頼


 街に戻って早々、俺達はウォーカーギルドへと向かった。

 時刻は既に夕方に差し掛かり、人もまばらになって来た頃ではあったが、話だけでも先に聞いておいた方が良いだろう。

 そんな訳で、揃いも揃って支部長室に顔を出した訳なのだが。


 「納得できませんわ! 何故私だけ先行する事が認められませんの!? 遅れてくる連中なんて後から寄越せば良いではありませんか!」


 扉を開けた瞬間怒号が聞こえて来たので、とりあえず閉めた。

 どうやらお取込み中だったようだ。

 その際疲れ切った支部長の顔がこちらを向いた気がしたが、知らん。


 「帰るか、森に」


 「だな」


 「だね」


 「いやいやいや、違うでしょ」


 「せめて帰るなら宿にして下さい……」


 各々感想を述べた次の瞬間、目の前の扉が勢いよく開かれた。

 そして、目尻を吊り上げた金髪女子がこちらを睨んでいるのだが……何故だろうか。


 「遅い!」


 何かいきなり怒られたんだが、この子は一体。

 いや、ちょっと待て多分前に会っているぞ。

 どっかで見たことがある、このプラチナゴールドの髪の毛。

 そんで青い瞳。

 確かちょっとだけ会話をした様な……。


 「あっ、兜忘れた人」


 「その覚え方止めなさい!」


 扉の先から顔を見せたこの人物。

 確か一週間前にギルドの訓練所とやらで遭遇した、ツンデレさんだった気がする。


 ――――


 「随分と早かったな……近くに居たのか?」


 「まぁうん、そんなとこ」


 とにかく話をという事で、一旦支部長室の中に入った俺達は簡単な挨拶だけを交わして壁際に並んだ。

 室内に居るのは支部長と俺達を除けば8人。

 4人ずつに分かれて固まっている所から、それぞれの別のパーティなのだろう。

 如何せん人が多くて、広い支部長室でも窮屈に感じる。

 今回の案件はこんなに人手が要る様な内容なのか?

 さっきのツンデレさんだけならまだしも、もう一つのパーティは随分強そうに見えるんだが。


 「全員集まったなら、もう行ってよろしいですわね?」


 「待て待て、まだ彼らに依頼内容を伝えていない。 しかも帰って来たばかりの人間を遠征に向かわせる気か?」


 「だからルーキーなど必要ないと言っているのです! そもそも私だけでもこんな依頼――」


 支部長に対して思いっきり噛みついている金髪さん。

 こりゃ話が進みそうもないな……。

 未だにギャーギャーと騒いでいる二人を横目に、もう一つのパーティの方へと歩み寄った。


 「初めまして、“悪食”……っていうパーティの北山と申します。 もし依頼内容をご存じでしたら、教えて頂いてもよろしいですか?」


 多分この人がリーダーやろって雰囲気の大男に声を掛けてみた。

 更に言えばデカくて武骨で大雑把な剣を背負っている。

 きっとパーティ“狂戦士”とかいう名前なんだろう。

 そうに違いない。


 「驚いた、ウォーカー同士でこんな丁寧な挨拶されたのは久しぶりだ」


 彼はごっつい強面な割に、驚きの表情で眼を見開いていた。

 そんなに驚かれる事なのだろうか……やっぱりウォーカーは荒くれものの雰囲気を出さないと駄目か?

 おう、俺は北山ってんだ! よろしくな! みたいな?

 自分が言っている姿を想像するだけで寒気がするわ、小物臭が凄いわ。


「悪い悪い、俺みたいなのに普通に声掛けてくる奴も珍しくてな。 俺はカイルってんだ。一応パーティのリーダーをやっている。 パーティ名は……その、“戦風”……だ」


 どこか恥ずかしそうに呟いてそっぽを向く彼にシンパシー。

 もしかしなくても、これは同類なんじゃなかろうか。


 「ちなみに、パーティ名ってもしかして……勝手に決められました? ギルドに」


 コソッと小声で耳打ちすれば、彼は再び目を見開いた。

 それはもう「まさかっ!?」と言いそうな程、先程とは違う意味の驚きを浮かべている様子だった。


 「ウチはメンバーの奴と職員が悪乗りして、勝手にな。 まさかお前ん所も? 悪食」


「こっちは仮メンバーに入っているギルド職員が……。 まさかこんな所で同じ境遇の人に出会えるとは思えませんでした。 戦風」


 もはや完全に内緒話の態勢に入り、二人して部屋の隅に蹲っていた。

大の男が隅っこでヒソヒソしているのは非常におかしな光景だろうが、コレばかりは仕方がない。

 だって名乗るの恥ずかしいもん。

 ソレを共感できる人を見つけてしまったのだ、仲良くするしかあるまい。

 「「同士よ!」」と固い握手を結び、その後俺達のパーティメンバーと彼らを集める。


「今回の依頼についてだが、分かりやすく言えば救出任務だ。 しかも遠征と来てる、行きだけでも馬車で三日はかかる場所。 しかも救出対象は大物の貴族のご令嬢、本来こういうのは騎士やら衛兵の仕事だが……今回は急ぎの為、同時にウォーカーにも頼ったんだってよ。 国の勢力ってのは動かすのに時間が掛かるからな」


 ぶっきらぼうだが、要点を抑えて説明してくれるカイルさん。

 非常にありがたい、異世界初心者の俺達にも分かりやすい説明だ。

 未だに口論を続けているポンコツとツンデレとは大違いだよ。


 「襲われたその日に“鳥”を飛ばして、俺らと騎士様やらに依頼したらしいが……正直時間の問題だ。 そこの大貴族様とやらは魔法に長けた才能を持っていてな、代わるがわる障壁でも張って閉じこもってくれてりゃ、最長4日程度は持つだろう」


 「ちなみに何故四日と? 何か詳細情報があるんですか?」


 簡単な質問を口にしたが、カイルさんは苦い顔をして首を横に振った。


 「あくまで最良の場合、だ。 貴族共は保存食でも味の良い物を選ぶ、しかしそれは一週間かそこらしか持たない。 元々出た街から2日程度の場所、そして襲われてから今現状を考えるとそんな所って訳だ。 そもそも依頼内容が“お嬢様が攫われたから助けに行く、支援を”って内容だったらしい。 早い話荷物が全部無事、ソイツらがお嬢様とやらを無事に救出出来て、尚且つ立てこもっているという状態を考えて……4日だ。 正直全部手遅れになっていてもおかしくない」


 「あまりにも希望的観測な気がしますけど……そもそもお嬢様とやらが救出出来ていたのであれば、当人達だけで帰ってくるんじゃないですか?」


 疑問だが、助け出せる実力者が居るのならウォーカーの出番など無いのでは?

 と思ってしまう訳だが、それについても首を横に振って否定されてしまった。

 この人は随分とよく首を横に振るな。


 「それなら救助不要の伝達が再び“鳥”を通して入る筈なんだ。 もし鳥が死んじまった場合でも、いくらでも手段がある。 一人だけ馬に乗って連絡を寄越すとかな? だが今の所ソレもない、詰まる話“鳥”さえも飛ばせない状況か、もしくは未だに救助出来ていないか。 または全員死んじまっているか、だ。 その場合は遺品の回収が俺らの仕事になる」


 こちら側の常識というか、そういうのが未だに把握しきれていないので何とも言えないが……やはり随分と不便なようだ。

 さっきの話でも、例えば救出は成功していても馬と鳥が死んでしまった場合は?

 逆にその他は無事でも、お嬢様とやらが犠牲になっていた場合は?

 むしろ人間は全員無事で、徒歩でこちらに向かっている可能性は?

 そんな様々な妄想が膨らむが、どれも確かめる術は無い。

 こちらには便利なスマホやら何やらは無いのだから、それも当然の事だろう。

 とはいえやはり気になるのが、攫った相手の事。

 そもそも攫ったって何だよ、山賊か何かか?

 魔獣の類に攫われたなら、仲間が上手い事やらない限り今頃骨も残っていないだろうし。


 「内容は分かりました。 それで、今回の相手は何なんですか? それによって随分対処が変わってくるのですが」


 そう呟けば、仲間達も深刻な顔で頷いている。

 それに対して、カイルさんが呟いたその名前は。


 「ゴブリンだ」


 「ゴブリンっすか……」


 なんだか、こっちに来てから初めて“異世界らしいクエスト”受けた気がする。


 ――――


 結果的にその日の内に出発する流れとなり、俺達はギルドから貸してもらった馬車へと乗り込んだ。

 御者はアイリさんが出来るという事でお願いし、俺らは荷台へと乗り込み出発する流れとなった訳だが。


 「尻がいてぇ……」


 「毛皮敷こうぜ毛皮、このままじゃ尻が割れる……」


 「ソレが良いかもね……何枚か重ねようか」


 「準備しますね。 アイリ様もお使いになられますか?」


 「ありがと、助かるわ」


 御者をするアイリさんにも声を掛けた後、次々と取り出される毛皮たち。

 コレで少しはマシになるか……なんて考えた矢先、馬車が停止した。

 何かあったのか!? とばかりに全員外に飛び出してみれば。


 「今日はココで野営しましょう。 もう暗くなります」


 同じく馬車を降りて、カイルに説明している金髪ツインテールが。

 その髪型も可愛いね、とか思っている場合じゃないわな。

 まさかこんな明るい内から野営の準備に入るつもりか?

 空は茜色に染まっているが、まだまだ動ける時間だろうに。

 こんなんじゃ到着するまでどれ程の時間が掛かるか分かったもんじゃないぞ。


 「オイ、まさかこんな時間から足を止めるのか? 川沿いの道を進むだけだろ?」


 そう声を掛けながら近づいてみれば、思いっきり顔を顰めて舌打ちする金髪娘。

 この野郎、いつかエロ同人みたいに泣かせてやりたい。


 「これだから素人は……コレだけの人数の野営なのです。 早い内から場所を確保し、日が登っている時間に移動距離を増やすべきでしょうが」


 「いや、そうは言っても早すぎだろ。 野営は各パーティ事にテントを張るんだろ? だったら普段と手間は変わらないだろうが。 今から野営準備とか、日の出前に出る勢いじゃないと10時間くらい滞在することになんぞ」


 「何を当たり前の事を言っているんですか? 野営の基本も知らないなんて、本当にルーキーなんですね。 何故支部長はこんなのを救助隊に加えたのか……」


 「……は? え? マジで10時間くらい休むって事?」


 信じられないとばかりに声を上げれば、戦風のカイルに肩を叩かれた。

 そして、いつもの通りに首を横に振る。

 出会ってから数時間しか立っていないのに、いつもの動作に見えてしまうのは何故だろう。


 「お嬢ちゃんの言う野営ってのは貴族交じりなんだよ。 だからこそ休憩時間も長い。 だが馬やメンツの事も考えれば休憩時間は確かに大事だ。 不味い携帯食料だけじゃ、ちゃんと休んでおかないと体がもたないからな」


 あぁ、忘れていた。

 この世界では、旅というのは基本的に携帯食料を齧る物。

 せめて材料が痛まない内は普通の食材を用意しろよと言いたい所だが、それも季節によるのだろう。

 マジックバッグを持っている事が普通ではないのだ。

 俺達が色々とズルをしているからこそ、こんな風に思ってしまうのだろう。


 「……分かった、方針に従おう」


 「最初からそう言っていれば良いのですよ、ルーキー」


 いつもなら可愛い子がキーキー言っているだけの戯言くらいで受け流せた筈のその言葉が、今だけは随分と癪に障った。

 今この瞬間だって、助けを待っている相手は怯えているのかもしれない。

 もしかしたら、生死の境目に立っているかもしれないのに。

 そんな風に思うと、腹の中でグツグツと煮えたぎるモノがあった。


 「こうちゃん、落ち着けって。 多分“向こう側”でも、レスキューの人とか同じだったと思うぜ?」


 「僕達だけならもっと早く進めるかもしれない。 でも、僕らだけじゃ救い出せるかも分からない。 だから、“こっち側”のルールに従おうよ」


 「……おう、わりぃ」


 それだけ言って、俺達は野営の準備を始めた。

 納得はしていないが飲み込んだ事情だ。

 せめて、今日は腹いっぱい食ってから眠ろうと思う。


 ――――


 “戦姫”と“悪食”のパーティとの合同依頼。

 最初はどうなるかと思ったが、悪食の方が中々順応するのが早いらしく、今の所問題は起きていない。

 戦姫に関しては噂通り、というか見た目通りというか。

 まさに貴族の娘さんって態度で威張り散らしている。

 多々イラッと来ることはあったが、相手は貴族。

 ここで食って掛かっても後々面倒になるだろうと思って言葉を飲み込んでいたが、悪食のリーダーが随分熱い男だという事だけは分かった。

 今すぐにでも助けに行きたい、そんな感情が滲み出ている表情で戦姫のパーティを睨んでいる。

 どうにかメンバーに抑えられ、今では普通に野営の準備を続けているが……。


 「カイル、どう思う?」


 メンバーの一人、エルフの弓兵が俺に声を掛けて来た。

 彼はリィリ。

 種族柄と、そして称号も合わせて目と耳が良い。

 もしかしたら悪食の連中の会話さえ聞こえているのかもしれない。


 「青い、すんげぇ青い。 でも嫌いじゃねぇぜ、あぁいうのは」


 「ははっ、出たよウチの大将独特の直感が」


 そう言いながら、集めて来た薪に火をつける小柄な女。

 斥候を務めるポアル。

 ニヤニヤと笑いながらも、まだ幼い彼女は再び薪を拾いに元気よく走り出した。


 「悪くはない、悪くはないが……あまりにも綺麗過ぎる。 見た所実力が有りそうな者共だが、余りにも汚れていない。 不思議だ」


 「やっぱアンタにもそう見えるか、ザズ」


 魔導士のザズ。

 彼もエルフ族であるからにして、様々な人間を見て来たのであろう。

 その彼が、疑念を抱く様な人族。

 ソレがあいつら“悪食”のメンバー。


 野営や周囲の警戒に随分“慣れている”。

 俺らだって彼らの様に手際よく野営の準備は出来ないだろう。

 そして、常に周囲を警戒している。

 その気配がビンビンと伝わってくるのだ。

 一体どんな環境で生活していたらあんな風になるのか、誰も彼もが楽しそうに喋りながらも、周りをちゃんと見てやがる。

 まるで四六時中何かに襲われる事を警戒しているみたいに。

 なんなんだアイツら。

 悪い奴らじゃねぇとは思うが……。

 そんな事を思いながら俺達が干し肉を齧り始めたその時、とんでもない事が起きた。


 「おい……アイツら料理してないか?」


 「いやいや流石に緊張感薄れすぎだろうに。 何かあった時は他を頼れば良いってか?」


 「いや、彼等は警戒を解いてはおらん。 あの状態でも、すぐに武器を構えられるのであろう」


 言われて見れば確かに、常にエモノを近くに置いている。

 だとしても、流石にアレで警戒しているってことは無いだろ……。

 そんな疑惑を胸に、手近な所にあった石を彼らの近くに投げてみた。

 すると。


 「っ!」


 投げた瞬間、男連中と目があった。

 そして石が近くに落ちた瞬間、今度は奴隷の少女と目が合ってしまった。

 「何か用か?」と、そう言いたげな彼らの視線にかなり肝を冷やす結果になってしまう。


 「だから言っただろう。 安い挑発は身を滅ぼすぞ?」


 ザズは静かにそう言い放ち、不味いお茶を啜って顔を顰める。

 遠征先では、本当にろくなものを食えない上に呑めもしない。

 だからこそ、こんな仕事さっさと終わらせるに限ると思っていたのだが……。


 「アイツら……何なんだろうな」


 「狩人、それ以外に言葉が見つからんな」


 そこから会話は途切れ、俺達はひたすら不味い干し肉とパンを齧るのであった。

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