第11話 お酒と装備と朝帰り
休日、それは人生のオアシス。
今までと言えば山にこもって猪を狩ったり、狼を狩ったり。
夜だって見張りを立てて、3時間交代で起きたりと随分と気ままな生活を送って来た。
なんて快適な生活だろう。
毎日計6時間も寝られるのだ。
ちなみに南に関しては、『子供は寝るのも仕事の内です』と言い聞かせ、無理矢理8~9時間睡眠を取らせていた。
俺ら全員半ブラック企業に勤めていた影響もあって、睡眠時間を削る事だけは得意中の得意。
しかし子供には良くないだろう。
見た所12歳くらいの小学生にしか見えないし、未だに線が細い。
もっと健康的に、さらに大人になったら考えても良いが、今は食べる事と寝る事が大事だ。
まあそれはさておき、“こちら側”に来てから随分と体の調子が良い。
レベルが上がってからアクロバティックな動きだって平然と出来るようになったし、1時間くらいなら全力で動き続けても割と平気。
おっさんなのに。
それくらいに、“健康的な体”を手にしてしまったのだ。
だったらもう動かすしかない。
そんな思いで1週間ぶっ続けでジャングルを駆け巡っていた俺達だったが……。
「なぁ、休日って何するんだっけ?」
「こうちゃん止めろ、こっちに来てまでそんな事言うな」
「とりあえず遠征先の食料の確保と、武具の新調……後は、後は……あ、鳥でも探しに行かない? 結局唐揚げ食べてないし、ソレが良いよ。 どこかの屋根とかに停まってないかなぁ」
「あの……ご主人様方。 せっかく街で過ごされる休日なのです、何か美味しいモノでも召し上がっては如何でしょう? 遠征先では、なかなか食べられないモノとか……えっと、高級なモノは駄目だから……えっと……お酒とか?」
「「それだ!」」
「あの二人共、防具とか先に揃えてからね?」
南の一言により、とりあえず酒を飲もうと決まりかけたが。
残念なことに東の言う通り装備を揃えなければ。
前回行った鍛冶屋はダメだ、あそこで買った武器は壊れやす過ぎる。
安物だからって言ってしまえばそれまでかもしれないが、鳥を貫通して木に刺さっただけでヒビの入る槍って何だよ。
後は猪をぶん殴っただけで壊れる盾とか、話にならん。
前回姫様に貰ったお古の兵士装備の方が倍以上マシだった。
とは言え、今回ばかりは鎧までベコベコのグシャグシャなので、いい加減全部買い換えないと。
「んだよっ! 金払うって言ってんだろ!?」
「黙れ小童が! オシメが取れてから出直してこい!」
そんな怒号が、目の前で響き渡った。
追い出されるウォーカーと思われる方々、その後から金槌を振り回しながら追い払うちっちゃいおじさん。
ちっちゃいおじさんと言っても、都市伝説なんかにある手のひらサイズじゃない。
南と同じくらいの身長で、ムキムキマッチョメン。
そして長い髭面。
これは、これはまさか。
「「「ドワーフだぁぁぁ!」」」
「えと、ドワーフですね」
思わず三人で叫んでしまったが、思いっきり失礼だっただろう。
正直反省。
「なんじゃ小僧共、ドワーフを見るのは初めてか?」
当たり前だが相手にも気づかれ、思いっきり睨まれてしまった。
しかしやはりドワーフ、まごう事なきドワーフ。
コレで興奮しない男はいない。
なんたって武器と言えばドワーフ、防具といえばドワーフ。
そして酒といえばドワーフなのだから。
「俺らと一緒に酒飲んでください!」
「握手してください!」
「やっぱり武具を作るのが得意なんですか!? それともアクセサリーとか!?」
「ご主人様方……落ち着いてください、相手がドン引きしています。 どうしたのですか?」
「えっと……なんだぁ? お前ら」
困惑顔のドワーフさんと、俺達はエンカウントした。
この縁を逃しちゃならねぇとばかりに酒屋に誘う。
そりゃもうバリバリ誘う。
今回の毛皮とか討伐報酬でちょっとお財布が温かい事もあって、めちゃくちゃお願いした。
だってドワーフだもん。
一緒に飲みたいじゃん。
「まぁ、なんだ。 飲んでやらんことも無いが……なんじゃお前ら」
物凄く不審そうな顔をしていたが、兎に角言質は取った。
後は酒場じゃ、酒場を用意せよ!
なんて叫んでみれば、ため息交じりにドワーフのお気に入りのお店に連れて行ってもらえる事になってしまった。
やったぜ。
フンフンと三人して鼻歌交じりについて行くが。
「どうなってもしりませんよ……? ドワーフの勧める酒場なんて……」
南だけは、凄く嫌そうな顔をしていた気がした。
――――
そして結局、問題は起きた。
考えが甘かったのだ。
ドワーフは酒飲み、その認識は間違っていなかった。
しかし、こちらにも酒飲みが居た事を忘れていた。
「だぁから! このウィスキーはそんなにガブガブ飲んじゃ駄目だって言ってんだよ!」
「あぁ!? 小僧の分際でドワーフに酒の飲み方をウダウダ抜かすか!」
酔っぱらった西田が、先程のドワーフに思いっきり絡んでいた。
名前はトールさんと言うらしい。
なんでも結構有名な鍛冶師であり、気に入った客にしか武具を作らないとか。
しかもやはり横の繋がりはあるらしく、彼は鎧などが専門。
他のドワーフで武器各種などを取り扱っているらしく、詰まる話ココで険悪になると全てが終わるという事だ。
あぁ、俺らこの街でのウォーカー活動、終了かな?
なんて思っていると。
「いいかぁ? この酒はまず口に少しだけ含んで、香りを楽しむんだよ。 何のためのストレートだと思ってんだ。 そんな喉の奥に押し込むだけの飲み方は、酒に対しての冒涜だ! 新卒の新社会人に無理矢理飲ませてんじゃねぇんだぞ!?」
「全く訳の分からん事ばかり言いおって! 酒とは酒気が全てじゃろうが! 強い酒は旨い! そんな事すら分からんか!」
「はぁぁぁ……だったらライターオイルでも飲んでろよ、ダメだこりゃ。 まるでわかっちゃいねぇ。 あ~ぁ、ドワーフなんてこんなもんか。 つまんねぇ奴ら、そりゃ偏屈にもなるわな」
「あぁ!? もういっぺん言って見ろ小僧!」
これは、非常に良くない。
西田は酔うのは早い、だがその状態が随分と続くタイプだ。
詰まる話、一番お酒を楽しめるタイプ。
しかも二日酔いにほとんどならないと来た。
その為酒のこだわりは強く、俺らの中で誰よりも飲める。
そして詳しい。
だからこそ、なのか……。
西田は酒飲みドワーフに食って掛かってしまった。
「北君、止めなくて良いの? このままじゃ、ちょっとヤバくない?」
「東、既に手遅れだ。 南、いざとなったら金だけ置いて逃げるぞ? 準備しておけ」
「あぃ~、わかりましゅたぁ……」
「……おい、何を飲んだ?」
「わたし、もう成人してましゅからぁ、お酒のめますよぉ?」
「だめぇ! この世界の成人が何歳か知らないけど、南はまだ飲んじゃダメぇ!」
南は一体何歳なのだろう。
そしてこの世界の成人とは? なんて考えている内に、西田とドワーフが立ち上がった。
「この分からず屋がぁ! いっぺん試しに言う通り飲んでみろや! マスター! 新しいウィスキー……いや、ワインだ! 飲み方を教えてやるにはワインが一番良い! お上品な味でドワーフの舌の常識を覆してやるわ!」
「はっ! ワインなんぞ水よ水! 浴びる程飲んでも酔ったりせんわい!」
「分かってねぇ、分かってねぇよ。 酔うだけが酒の全てじゃねぇんだよ。 消毒用のアルコールでも買って来てやろうか? あん?」
ダメだ、もう俺達には手が出せん。
こうなってしまっては、俺達は西田にそれとなく注意を促す事しか出来ないだろう。
酔っ払いに対して、どれほど効果があるのかは知らないが。
「西田……あまりムダ金は使わないようにな」
「安心しろリーダー、数本だけで酒の良さってのを理解させて見せる。 ココの会計は、大して高くならねぇよ」
「だと良いんだけどねぇ……西君が久しぶりにマジだ」
「ごしゅじんさま、おかわり良いですか?」
「ダメです」
なんやかんやありながら、夜は更けていく。
隣で騒がしい2人を意識の外へ放り出し、東と二人で男飲み。
間に挟んでいた筈の南は、いつの間にか俺達の膝の上を独占しながら横たわっていた。
何ともアクロバティックな寝相だ。
なんだろう、この飲み会。
新入社員歓迎会でも、こんな事態にはならない気がする。
怖い、怖いよ異世界。
結局それから1時間程飲みかわし、俺と東、そして背中に担がれた南は予約した宿へ向かう事となった。
だがしかし。
「リーダー! この樽野郎に旨い酒の飲み方教えてから帰るわ!」
「はっ! 潰れても道端に放っておくからな! ホラ次に行くぞい!」
何だかんだ意気投合したのか、残る二人は夜の街へと消えていった。
お会計もそれなりだったし、一応セーフ?
西田には金貨一枚持たせたけど、流石に一晩で使い切る事はしないだろう。
多分。
「大丈夫かなぁ……」
「東、そっとしておいてやれ。 多分アレは、アイツなりのストレス発散なんだよ」
「だといいけど……帰ってこられるかなぁ?」
「……しらん」
結局俺達はほろ酔い状態のまま宿に戻った。
奴隷だけでは部屋が取れないという事で、4人部屋。
ちなみに前回は三人部屋だったが、一泊だったので俺がソファーで寝た。
室内に女子が居るというのは些かドギマギするが、流石に十代半ばと思わる南に汚い感情を押し付ける事など出来る筈もなく。
酒の影響もあって、ぐっすりと眠りにつけそうだ。
本来酒が入っていると眠りが浅くなると言われるが……野営に比べればずっと安心して眠れる環境だ。
それにこの二週間で、俺ら以外の生物が近づいて来た時には自然と目が覚める習慣が身についているから多分問題ない。
なので、普段よりずっとぐっすりと眠れる筈だろう。
なんて事を思っている内に、すぐさま瞼が重くなっていく。
あぁ、風呂は明日だな……。
そんな思考を最後に、俺達は完全に夢の世界へと落ちていったのであった。
――――
翌日、西田が帰って来た。
朝帰りですよコイツ、あぁいやらしい。
なんてからかってみたら。
「ちげぇよ、そういう店に行ってた訳じゃねぇ! トールん所に泊ったよ! 最終的に何故か飾ってあった鎧の中で目が覚めたよ!」
コイツは何を言っているんだろう。
鎧の中って……いや待て。
ドワーフと仲良くなったのは良いが、お前鎧をどこに置いて来た。
あんなにベコベコグシャグシャだとしても、俺らの世界の薄っぺらいジャージで帰ってくる奴があるか。
そんなもん兎の毛皮より頼りないんだぞ。
「あぁ~……その事なんだけどさ」
何やら困った様に視線を彷徨わせながら、西田がボリボリと頭を掻いた。
なんだろう、凄く嫌な予感がする。
まさか賭け事でもやって身ぐるみ剥がれた挙句、借金でも拵えて来た訳じゃあるまいな。
「二人に相談しなかったのは正直悪かったと思ってるんだ。 んで更にスマン、昨日の金貨全部溶かしちまった」
これはアレだろうか。
予感的中ってヤツなのだろうか。
思わず俺と東は天を仰いだ。
神よ、今すぐこのクソ酔っ払い男に天誅を。
一週間に一回、女の子から「うわっ、キモっ」とか全力で言われる呪いでもかけてやってください。
「西田……お前って奴は……」
「西君、お酒は飲んでも飲まれちゃ駄目だよ……それで? 借金はどれくらいになっちゃったの?」
完全に脱力した俺達は、宿屋の食堂の天井を眺めながら必死で涙を堪えていた。
あぁ、俺達の異世界生活……ここに終わる。
「へ? あ、ちげぇよ! 借金とか作ってないって! あ、いやこれから借金になるかもしんねぇけど……」
「西田様……ここはもうすっぱりと本題に入られた方がいいかと。 いつまで引き延ばしても、借金は借金ですから……」
「南ちゃんまで!?」
あぁ、こんな事なら昨日の内に武具を揃えておくんだった。
そうすれば今からでも森に入って飯が食えるし、少なからず稼げる。
しかし、今となってはそうも言っていられない。
今日の宿はキャンセルして、食材と調味料の買い出しも論外。
そして武器無しで、森暮らしのオヤジッティか……。
あぁやっぱり、異世界って世知辛いぜ。
「だから違うって! トールだよトール! アイツが知り合いと一緒に俺らの武具一揃え作ってくれるってさ! 武器をいくつもぶっ壊しながら狩りするくらいなら、良い物を一本持っておいた方が長生きできるぞって」
「「……ん?」」
半分くらい聞いてなかった気がしたが、今ドワーフが俺らに武器作ってくれるって言いました?
俺らより先輩っぽいウォーカーを追い払っていた、あのドワーフが?
「だから、今日全員で店に来いって言われたんだよ。 んで、防具の損傷具合からどんな戦い方してるから見るから置いていけって、身ぐるみ剥がされた」
なるほど、だから君はボロボロのジャージ一つで帰還したんだね。
でもお願い、街中とは言え異世界だから。
武器も持たずにジャージで帰ってくんなクソボケ。
まあ、とはいえ。
「マジで終わったかと思ったわ……心臓に悪ぃよ西田。 武器無しとかキツイぜ……」
「ホント……今日からずっと山暮らしになるのかとヒヤヒヤしたよ」
「それでも山で生きていける前提で話しているお二人もどうか思いますけど。 とはいえ、これで私も売られずに済みそうですね……」
全員が全員、完全に脱力してテーブルに突っ伏した。
こえぇよ、マジで金銭的に身ぐるみ剥がれたのかと思ったわ。
「まぁ、何はともあれ新しい武具作ってれるってんなら大歓迎だ。 やるじゃん西田」
「しかもドワーフ特製とか、凄いね。 僕らが扱っていいのかな」
「いやぁ、そう言ってもらえるのはありがたいんだけどさ……」
「まだ何かあるのですか?」
ここに来て、またちょっと不穏な空気になって来た。
「ドワーフが作る装備一式って、結構なお値段らしい。 だからその……借金になるかも。 なんていうか、その、ゴメン。 頭金だけでも用意して置けって言われちった」
オウフ……。
そりゃタダで作ってくれる筈も無いしね。
致し方ないのかもしれないけど……一体いくらかかる事やら。
再び宿屋の食堂に、盛大なため息が響き渡るのであった。
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