第7話 マンガ肉改と山菜&兎肉のコンソメスープ


 「なぁ、流石にまだちょっと早くねぇか?」


 「うっせぇ、いい加減この世界の“常識”に慣れろ。 子供ですら仕事をしてるんだ、買ったからには使わないと、なんていうつもりはねぇが。 俺達だって余裕がある訳じゃないんだ」


 「こうちゃんの鬼! 悪魔! 童貞!」


 「え? 何? 西田君は死にたいのかな? 猪みたいに捌いてあげようか? 誰が童貞じゃいコラ」


 「でも、僕もやっぱり抵抗あるなぁ……」


 早朝、男三人衆は食堂に集まっていた。

 先日購入した奴隷の子、そのあり方について。

 西田はもっと健康にしてからパーティに加えるべきだと主張し、東は小さい女の子を狩りに連れ出すのは気が引けると主張する。

 だが俺としては、この街に一人だけ残して行く方がよっぽど危険だと考えていた。

 実際に被害にあった訳では無いないが、スリはもちろん宿屋の鍵を開け盗みにはいる輩も平然と居る世界……らしい。


 そんな状態なら全財産をマジックバッグに放り込み、彼女の事も近くで守った方が得策ではないかというのが俺の主張だ。

 たしかに昨日買った奴隷の少女は病的なまでに細い、そして戦えるとは思えない。

 だからこそ心配になるのも分かるが……置いていく方が俺としては心配。

 そして何より昨日の食事。

 大して高くもない肉を、涙を溢して食ってたんだぞ?

 だったらサバイバル生活になろうとも、俺らと一緒に飯を食った方が良いのではないか?

 正直昨日食った肉に関しては、タレさえ手に入れば俺らの野営肉の方が旨いと言える。

 いっぱい食わせるなら、置いていくより連れていくべきだ。

 そんな主張がぶつかり合っていた。


 「こうちゃんが言っている事も分かるよ。 でも、あんな子にサバイバル生活は無理だって。 俺らだって、何で生き残れたのか分からないレベルだったのに」


 「確かに、西君の言う通りだよ。 でもまぁ北君の言う事も分かるんだよねぇ、ココが日本なら宿屋で待っていてもらった方が安心できるのは確かなんだけど……」


 「ばっかやろう。 そもそも何のために“解体”が出来る子を選んだと思ってんだ。 残して行くのに不安があるのなら、連れて行って役立ってもらった方が本人としても気が楽だろうが。 あと絶対連れて行った方が肉いっぱい食える。 金だけ渡して街で一人で留守番って、かなり気が滅入るとは思わんのかお前らは」


 「「う~~む」」


 見事に意見が割れてしまった。

 だが誰しも主張は間違っていない気がする。

 眼に見えて命の危険がある狩り場に連れていきたくないってのも分かるし、連れていくのも残して行くのも不安ってのも確かだ。

 だが俺としては、仲間になった次の日に「お前弱いから留守番」って言われた方が心に来る気がするのだが。

 とはいえ命の危険がある以上、俺が折れるしかないか……?

 なんて思っていたが。


 「あ、あのご主人様方」


 「「「はい! ご主人様です!」」」


 変態達は、皆同時に返事を返した。

 その先には、昨日焼き肉屋で寝落ちした奴隷ちゃんが。

 改めて見ると普通に可愛いなこの子。

 眼はパッチリとして大きめ、頭の上にはピコピコと動く黒い猫耳。

 幼いながらもくっきりとした顔立ちは、化粧なんかしなくても随分と整っている。

 長い髪の毛は今までの生活の影響か、ちょっとゴワゴワしていそうだが。

 それも風呂に入って、良い物を食べていればすぐにでも艶を取り戻しそうだ。

 体はやはりガリガリと言って良い程に細くはあるが、昨日の夜よりも血色は良い気がする。

 腹いっぱい食ったからなのだろう、やはり飯は偉大である。


 「私の事なら大丈夫ですから、是非狩りに同行させてください。 それくらいしか、役に立てませんので……」


 起きて来た彼女自身の意見により、問題は解決された。

 彼女の仕事は解体であり、俺らの様に体を張って魔獣と対峙する訳では無い。

 だからこそ野営で風邪をひくとか、そういう最低限の事だけ気を付ければ何とかなるんじゃないかと思ったんだが……どうやら二人は未だ不安が拭いきれないご様子で。


 「今回の仕事は、危険だと判断したらすぐに戻るからな!」


 「寝床……どうしよう。 北君、布団も買おう!? せめてこの子の分だけでも!」


 まぁ、何とかなるのか?

 そんな感想を抱きながら、俺達は異世界において二つ目のお仕事を受ける事になった。

 受けるのは前回と同じく、期限の無い常駐のモノ。

 今回は猪狩りだ。

 前にも狩った相手だが、“ビッグボア”という猪討伐任務。

 別名“王猪”というらしい。

 余裕、とは言わないが前回の経験もある為、幾分かは気が楽だ。

 そして何より、以前よりずっと“こちら側に”馴染んだこともあり、レベルだって上がっていたのだ。

 だからこそ俺達は買い物を済ませた後、軽い足取りで街の外へと歩んでいったのであった。


 そして装備を新調していない事を思い出し、慌てて戻ってきた。


 ――――


 私を買ったご主人達は異常です。

 買われた次の日に浮かべた感想が、コレである。

 こんな事を口にすれば、普通殴り飛ばされるかすぐさま売り払われる所だろうが……どうしても言いたくなる。

 この人達は異常だ、と。


 だってそもそも、装備を買い忘れて街の外に出かけるウォーカーが居るだろうか?

 慌てて戻った私達は、紹介状があるという店へと駆け込んだ。

 私達の見た目もあり、店主は嫌な顔をしながら安い防具など見繕っていた。

 結局用意されたのは使い古した中古の鎧一式。

 フルプレートなのは変わらないが、以前より武骨な形になり、より山賊っぽさが増した気がする。

 その後随分多くの武器を要求する主たちに、店主は再び顔を顰め……。


 「ホラ、コレの中から好きなだけ持って行って良いぞ。 金貨一枚だ」


 ガラクタの在庫処分? なんて思ってしまう状態の悪い武器の山。

 いくらでも持って行って良いなんて言っているが、私達が馬車も何も持っていない事を知っていて吹っかけて来ているのだろう。

 全員が両手に抱えても、大した数は持ち出せないだろう? と。

 流石にコレはご主人様達も怒り出すんじゃ……なんて思っていたのに。


 「んじゃ全部貰ってくわ。 はいよ、金貨一枚」


 唖然とする私と店主を他所に、ご主人様達は武器の山をまとめてマジックバッグに放り込んだ。

 まさか本当に全部貰って来てしまうとは……顎が外れたのではないかと思う程口を開けた店主の顔が未だに忘れられない。

 その後やっとの思いで再び出発する運びとなった訳だが……数時間程歩いて、山に入ってからが更に問題だった。


 「東ぁぁぁ!!」


 「了解っ! 援護よろしくぅぅ!」


 「うおらぁぁぁぁ!」


 フルプレートに身を包んだ皆様が、ビッグボアに突っ込んでいく。

 待ってほしい、是非待っていただきたい。

 本来この時点であり得ないのだ。

 この巨大猪は、罠を張るか囮を使って横から攻める。

 それが定石、こんな戦法じゃ自殺行為も良い所だ。

 だというのに。


 「ふんぬぅぅぅ!」


 「どらぁぁぁぁ!」


 「しねぇぇぇぇ!」


 この人達は真正面から受け止め、そしてタコ殴りにするという野蛮な戦法。

 むしろ耐えられる東様が異様だ。

 全身の鎧をベコベコに凹ませながらも、魔獣を一身に受け止めている。

 普通無理。

 あの突進にどれ程の力があると思っているのか。

 そして西田様。


 「ちょ、マジか。 こうちゃん兎多数、寄って来てる!」


 一番非力に見えるが、しっかりと周りを見ている。

 今でも集まって来た“ホーンラビット”にいち早く気づき、注意を促している。

 それどころか、足の速いホーンラビットを一匹も逃がさぬように軽快に走って追い込みを掛けてるし。

 人間って、あんなに速く走れたんだ……。


 「っしゃぁ! 今日は猪だけじゃなく兎も食えるぞ! 気合入れろ! 西田は可能なら兎狩り! 無理ならこっちに寄せ付けるな! 猪は俺がヤル!」


 そしてこの人、北山様。

 リーダーとして君臨しているのは間違いないが、あまり特徴がない。

 しかしながら、正確に獣たちの急所に剣を差し込んでいるのは見事と言うほかないだろう。

 非常に地味、しかし的確。

 そんな風にして、狩りは順調に進んでいく。

 私は後ろで見ているだけに過ぎないが、この人達は非常に野生的だ。

 街に居る時より、山に入ってからの方がイキイキしている気がする。

 そして何より、奴隷である私に無茶な命令を出さない。

 戦闘奴隷以外の場合、こういう場面では囮になれとか餌になれと言われる事も珍しくない。

 この貧相な体では余り想像していなかったが、夜の相手をしろと言われる事も覚悟していた。

 だというのに私は、街では主人と同じ食事を与えられ、戦場では隠れて居ろと命じられるだけ。

 暇だったら狩った魔獣の死体集めて? なんて言って、マジックバッグまで預けられてしまう程。

 普通こんな貴重なモノを奴隷に預けたりはしない。

 何なんだろう、この人達は。

 見た目的には、山賊にしか見えない“狩り”を繰り返しているのだが。


 「おっけい! 猪終わり! 東、もう放していいぞ!」


 「ぶっは、今回のはきつかった! この鎧あんまり良くないヤツだ、皆も気を付けて!」


 「お前ら! 兎手伝え! あぁもう、逃げる! 逃げちゃうって!」


 わちゃわちゃと慌ただしく動き回りながら、この日の成果はビッグボア2匹とホーンラビット7匹。

 一流のウォーカーや騎士達なら大した事のない数字だと笑うかもしれないが、それでも普通はもっと大人数でかかる魔獣だ。

 魔法も使わないで戦い、更にはたったの三人でこの数字となれば流石に異常。

 今日遭遇したビッグボアが特別小さかったとか弱かったとか、そんな事は決してないというのに。


 「南ー、解体するぞー!」


 「あ、はい!」


 これも変化の一つ。

 私には元々名前が無かった。

 名前も付けられず売る為だけに育てられてきた私は、今まで“名無し”とか“お前”とか呼ばれてきた。

 でも、今日名前を貰った。

 今まで何度か買われ、そして売られた経験はあっても、名前をくれた人なんて一人もいなかった。

 私の名前は“ミナミ”。

 なんでも北山様、西田様、東様に続いて、ミナミというのは非常に重要な名前なんだとか。

 そんな訳で、今日から私は“南”になった。


 「えっと、血抜きからしないといけないんですけど……ここまでおっきいと」


 「吊るせばいい? それじゃ僕がやるよ、どうすれば効率が良いか教えて?」


 「す、すみません東様」


 「んじゃ俺は周りの警戒とかまど作りって事で。 西田は野草探し」


 「あいよぉ、香辛料とかねぇもんかねぇ? あ、そうだ。 街の人に聞いたんだけど、この辺ニンニクがあるらしいぜ?」


 「探せぇ! 野郎ども! ニンニクをさがせぇ!」


 そんな会話をしながら、狩ったばかりの獣を処理していく。

 私に渡された解体用ナイフは、皆さまの装備よりもずっと高い値段の物。

 最初は断ったが、絶対に必要になるという事で購入した。

 この人達は、魔獣の皮や魔石などを売って生活しているのだろうか?

 だとすれば、ここまで解体作業の丁寧さに拘るのも分かる。

 しかし奴隷の私が一番高い刃物を持ち、マジックバッグを腰に下げている事態は、ちょっと胃が痛くなってくるが。


 「王猪は、毛皮と角、そして魔石や骨が主な買い取り部位になります。 ですので、他の部位は焼いてしまいますね?」


 「そうだね、おいしいもんね」


 「……はい?」


 今、何か信じられない言葉が聞こえた気がする。


 「南、骨とかはどうでも良いから、肉はなるべく食べやすいようにな? でも野営だからでっかいままで頼む。 いくつかのブロックになる様に切り分けておいてくれ」


 「あの、えっと」


 「今日も猪肉かぁ……旨いから良いけどさ。 あ、そういやマスタード買ったよな!? アレ付けてみようぜ!」


 各々が楽しそうに喋っているが、この人達は何を言っているのだろう?

 この王猪は魔獣だ、魔獣なのだ。

 だから、その、あの。

 あれ? 私がおかしいのか?

 そういえば戦闘中も似たような事を叫んでいた様な……。

 え? まさかホーンラビットの方も?


 「ん? どうした? 疲れたんなら交代するぞ? 東、南をテントに連れて行ってやってくれ、後は俺がやる。 毛皮を剥いだ後なら俺でも何とかなるからな」


 「了解。 南ちゃん、ご飯が出来るまで休んでよっか? お疲れ様」


 体の大きな東様に抱き抱えられ、呆けている内にテントの中へと放り込まれる。

 い、いや待って欲しい。

 それどころじゃない筈だ。


 「あ、あの! 魔獣を食べるのですか!?」


 思わず大声を出してしまえば、三人とも不思議そうな顔で振り返って来た。

 そして。


 「食うよ? 旨いし」


 「最初は匂いがキツいかもしれないけど、慣れれば悪くないよ? っていうか普通の肉より味が濃いんだぜ?」


 「調理は僕らでするから、南ちゃんは休んでて?」


 あぁ神様。

 呪われた魔獣の肉を、私はこれから食さねばいけないらしいです。

 コレが私の買われた理由ですか。

 人体実験ですか、私を使って魔人に変わるかどうか試すつもりですか。

 この身が御身の元へ向かった時は、どうか……どうか。

 そんな祈りを捧げていると、なんだかとても良い香りが漂ってきた。

 昨日食べた焼肉よりも、更に美味しそうな匂い。


 「フフフ、今までの俺とは違うのだよ……調味料、香辛料、そしてこの焼き加減! 西田! スープはどうじゃ!?」


 「ククク、こうちゃん、ばっちりだぜ。 今日はキノコと山人参、兎肉のコンソメスープじゃ」


 「その良く分からないテンションは置いておいて、凄く良い匂いだね。 ニンニクと醤油を使ったの? スープも凄く良い香り」


 「「こっちでは“ショーユ”と言うらしいぞ!」」


 「あ、うん。 そうだったね、滅茶苦茶どうでもいいけど」


 テントから顔を出してみれば、でっかい肉をクルクルしながらタレを塗る北山様とスープを混ぜる西田様。

 そして食器を用意する東様が、呆れた様に笑っていた。

 あれ、魔獣の肉なんだよね?

 おかしいな、凄く美味しそうに見えるんだけど。

 その匂いと光景に、思わずお腹の虫が鳴り響くのであった。


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