第6話 奴隷少女とお店焼肉
奴隷。
この世界では普通に、というか当然の様にある“システム”。
生きる為のお金が無くなった、借金を返せなくなった。
そんな理由で、人は“売られる”。
中でも親が子供を売るのが普通だというのは、正直驚きだった。
受付嬢さんから聞く話によると、子供と言うのは貴族の場合は家を継がせる為。
庶民にとっては一般的な“子供”の認識か、いざという時に売る為に育てるというのが常識らしい。
改めてココは“異世界”なんだと認識させられる事例だった。
普通に育てられた子は住民として育ち、一方売られた子供は“道具”として使われる。
非常に怖い話だ。
「と、いう訳でやってきました奴隷商!」
「西田……お前、よく平然とそんな事言えるね」
「可哀そうって、やっぱり思っちゃうよね。 偽善なんだろうけど」
それぞれテンションの異なる中、俺達は奴隷を扱うという建物の前にやって来ていた。
実際奴隷を扱う店舗は多いらしく、そのへんのアパートみたいに見える建物は結構な数で奴隷商だとか。
すごいね、めちゃくちゃ人売ってますねこの世界。
まぁ需要が有るんでしょうけど。
奴隷と一口に言っても様々だ。
戦闘を行う者、専門職を担う者、家事を行う者。
そして、あんな事やこんな事をチョメチョメする者など様々だ。
だからこそ、この世界では様々な場面で“奴隷”が使われている。
必要に応じて奴隷を仕入れ、無用になれば再び売る。
それがこちらの当たり前、らしい。
「と、いう訳で。 こうちゃんヨロシク!」
「……おい」
「我らがリーダー! 頼りにしてます!」
さっきまで意気揚々と歩いて来た西田が、俺の背後に回りズイズイと押してくる。
なんでこうなった。
というか、この人身売買を俺が取り仕切るのか?
そんな事を思うと、思わず大きなため息が零れる。
あぁ、日本って色々面倒くさいけど……恵まれてたんだなぁ。
なんて感想を溢しながら、俺達は建物内に侵入するのであった。
その手に、ギルド支部長の紹介状を持って。
――――
「その調子じゃアンタ、もうすぐ死ぬんでしょ? だったらご飯もいらないよね?」
そう言ってから、ニヤニヤした笑みを浮かべる狐の獣人の少女が私に与えられた食事を持ち去って行く。
律義にパンだけはその場に残して。
もう、いつもの事だ。
ココは奴隷を扱うお店。
そして奴隷にも、やはりカーストが存在する。
その店において値が高いか、そうでないか。
金額によって、明確に奴隷の上下が分かれる。
私は価値が低い。
痩せっぽッちだから、皆より育たないから、獣人だから。
“猫人族”であり、愛玩動物としてしか役に立たないと思われているからこそ、他の獣人からも蔑まされる。
だからこそ、同列に出される食事ですら奪われてしまう。
同じ檻に入っている皆からも、蔑んだ目で見られる事なんていつもの事だ。
そして当然、私達より価値の高い奴隷は幾人も存在する。
それらはこんな檻には捕らわれず、個室を与えられるという話だ。
詰まる話、どんぐりの背比べ。
この檻の中に捕らわれている数十人の中で、誰が一番偉いか。
そんな些細な価値観で、私は虐げられていた。
本当に下らない、この世界は……本当に腐っている。
そう、毎日の様に考えていた。
「安い奴隷ですとこちらの部屋になりますが……あまりお勧めはしませんよ? 役に立たなかったり、すぐ死んでしまったりと色々です」
「いやぁ、なんというか。 高い方の子達は見てるだけで眩暈がしそうで。 ははっ……」
商人が室内に入って来た。
多分お金をあまり持っていない人が奴隷を買いに来たのだろう。
こんな地下牢獄に足を踏み入れるなんて、それくらいしか考えられない。
きっと雑務でこき使われるか、戦闘の囮役として使われるくらいだろう。
だというのに、周りの奴隷達は必死に媚を売り始めた。
「私は“刺繍”に長けた称号を持っております! どうか!」
「私は大した称号は持っておりませんが、他の奴隷に比べて発育が良いです!」
誰しもそんな声を上げながら、買い手に対してアピールしていく。
例え酷い使われ方をしても、こんな牢獄で暮らすよりずっとマシだと皆分かっているのだろう。
もしかしたら買われたその日に死んでしまうかもしれない。
でもずっと地下牢で過ごすより、まだマシ……なのかもしれない。
室内に入って来たのは三人組の山賊みたいな男達。
彼らに対し皆口々にアピールしたり、者によってはボロ布と言っていい様な服を捲り上げて、下着を見せたりしている。
よくもまぁ、あそこまで出来るモノだと感心しながら床に落ちたパンを齧る。
例え床に落ちて汚れようと、他の者の手によって汚されようと。
コレは私にとって必要な栄養なのだ。
コレを食べなければ、私は生きていけない。
奴隷として売られた身ではあるが、こんな牢獄で罵られながら死ぬつもりなんて毛頭ない。
だからこそ、生きなければ……。
そんな想いでパンを齧っていると。
「あの端っこに居る女の子。 あの子は?」
「アレは……その、本当にお勧めいたしませんよ? 今までの食事代などもあり、金貨2枚となりますが、動物の解体が出来る程度で……他には何も」
「あ、マジっすか。 んじゃあの子でお願いします」
「……よろしいのですか?」
何やら変な会話が聞こえ、思わず視線をそちらに向ければ。
見ていた、はっきりとこちらを。
私は獣人であり、痩せ細っている。
だからこそ価値としてはかなり低い。
獣人と言えば身体能力が人族より長けている事から、荷運びなどに使われる事が殆どだが……彼らはどう見てもウォーカー。
もしくは山賊。
だというのに、何故私何かを見ているのだろう。
「俺達に必要な能力を持っている様ですし、値段も払える金額ですから。 何か問題あります? あ、でも金は支部長さんが持ってくれるんだっけ……」
「こうちゃん、俺らの金でどうにかしようぜ。 もしかしたら後で取り上げられるかもしれん。 フラグは立たない内から折っておこう」
「ちょっと痛い出費ではあるけど……確かに、悪くないかもね。 後で何か言われるのも癪に障るし。 あとフラグは立たないと折れないんじゃないかな」
「……では、その様に。 今この場で現金払いでよろしいですね?」
「うっす」
そう呟いた奴隷商が、檻の鍵を開けて私に近づいてくる。
え? は?
なんて頭の中で疑問符を浮かべている内に、私は腕を掴まれ檻の外へと連れ出された。
またいつか出てやるんだと意気込んでいた檻の外に、こんなにも呆気なく。
そして“内側”からは、嫉妬の混じった視線をいくつも受ける。
正直、いい気味だと思った。
今まで散々虐めてくれたお前らではなく、私が選ばれた。
ざまあみろ、そんな風に思わなくもない。
でも、目の前の男達を近くで見た瞬間。
浮ついた感想は一瞬で引っ込んだ。
「では、この奴隷でよろしいんですね? 数日で死亡したからといって、返金などは致しませんよ?」
「えぇ、問題ありません」
言葉自体は丁寧だが、見た目がヤバイ。
落ちない程こびり付いた血の色が残る鎧を纏う三人組。
匂い自体は何日も風呂に入っていない“賊”のように酷くはないが、見た目が酷い。
完全に“死”というモノが日常生活の一部になって居そうな、凶悪な外見。
鎧が少し血に汚れている、くらいならまだいい。
フルプレートだというのに、全身に血がこびり付いているのだ。
元々は銀色だったのだろう、しかしその鎧も薄暗い色に染まってしまっている。
それくらいに、血を浴びながら生きている人達なのだろう。
「い、いや……」
恐怖のあまり、そんな言葉が零れた。
奴隷ならばあり得ない言葉、絶対に言ってはいけない台詞。
ソレを聞き逃さなかった奴隷商は、額に青筋を立てて片手を振り上げた。
「貴様! 奴隷の分際で今なんと言った!?」
グッと目を瞑り、頬に感じるであろう痛みに備える。
でも、その衝撃はいつまで経っても襲って来なかった。
「女の子に対して、暴力はちょっと」
やけに威圧感の有るフルプレートが、奴隷商の手首を掴んでいた。
この人達は、一体何なのだろう。
残る二人も殺気立った様子で奴隷商を睨んでいる。
それは奴隷の私なんかを庇うような行動。
こんな人達、今まで居なかった。
「では、彼女を頂いていきますね? 手続きなどはありますか?」
そう言って、先頭に立つ彼の腕の中に私は収められてしまった。
赤黒く染まった籠手に収められれば、恐怖の一つでも湧きそうなモノだが。
不思議と、守られている様な安堵する気持ちが湧いた。
本当に、なんなんだろう。
「で、ではこちらの書類にサインを。 そして彼女の首輪に貴方の血を垂らして頂ければ、奴隷契約完了でございます」
「えっと、俺で良いのかな? それともお前らがやる?」
「「どうぞどうぞ、リーダー」」
「誰がいつからリーダーになったんじゃい」
そうして、着々と進んでいく奴隷契約。
私は、一体何のために買われたのだろう?
そんな疑問が残る中、私は彼らに手を引かれるまま“地獄”を後にした。
もしかしたら一生をココで終えるかもしれない、そんな風に思っていた“地獄”を。
私は奴隷、ご主人様のご命令に絶対服従する下等な生き物。
だからこそ、希望を抱いてはいけない。
そう言い聞かせながら、常に希望を抱かぬように努めた。
はずだったのに……奴隷商を出た後すぐ。
「うし、まずは飯だ。 さっき不味そうにパン齧ってたからな。 旨い物食わねぇと」
「嫌いな食べ物とかある? 好きな物とかあったら遠慮なく言ってくれよ?」
「お、焼肉だって。 行ってみようよ。 君もいっぱい食べて元気になるんだよ?」
良く分からないまま手を引かれてお店に入れば、目の前に置かれたのは山盛りの食べ物。
リーダーっぽい人がとにかく焼いて、皆ガツガツと食べながらも、私の前に置かれた皿にも次々と盛り付けてくる。
これは、食べても良いのだろうか?
「えっと……」
戸惑いの声を上げると同時に、ぐぅぅと情けないお腹の音が鳴った。
「食いねぇ食いねぇ。 そんなに痩せっぽッちじゃ野営は耐えられんぞ? あ、スープとかで胃袋馴染ませた方が良いか? すみませーん! ポタージュ一つ!」
「食え食え、いっぱい食え。 あんな所じゃ腹いっぱいになる事なんぞ無かっただろ。 ホレホレ、俺の食おうと思っていたカルビもお前にくれてやる。 焼いたのはこうちゃんだけど」
「あ、スープ来たよ。 ほらお腹いっぱい食べて良いからねぇ」
そんな言葉を掛けられながら、どんどんと目の前に集まって来る食料。
本当に、食べていいのだろうか?
私はまだ何も役に立てていないというのに。
「あ、あの……」
「飯を食う前はな、“いただきます”って言って手を合わせるのが俺らの習慣なんだ。 こうやって……」
「「いただきます!」」
「あんな感じだ」
そう言ってから二人は再び食事を始め、肉を焼く彼も途中途中で肉を口に運んでいる。
食べて……良いんだよね?
「い、いただきます……」
教わった通りに手を合わせ、目の前のスープを少しだけ口に含んだ瞬間。
両目からは、何故か涙が零れた。
美味しい、ただただ美味しい。
檻の中で食べていた物とは全然違う。
ちゃんと味がして、しっかりと食欲を満たしてくれる。
食事というのはこんなにも美味しいモノだったのかと、改めて思いだした様な感覚。
「ホラ、肉を食え肉を。 育ち盛りなんだ、遠慮なんかすんな」
そう言って差し出された取り皿。
既に皿には大量のお肉が乗っており、その内の一枚をフォークで刺して口の中に放り込んだ。
何度でも言うが私は奴隷だ。
お肉なんて、スープにひとかけら入っていれば良い方。
だというのに、口をいっぱいに広げなきゃ食べられない程のお肉なんて、食べていいのだろうか?
そんな想いは、口の中に入ったお肉の味に掻き消された。
こんな美味しい物があるのかと言う程、様々な思考が交差する。
コレがお肉の味、ピリッとする味のソースも交じり合って、ただただ幸せな気分。
そして何より。
「あったかい……」
冷えてない、私が今食べているご飯はとても暖かかった。
奴隷の私に与えられる食事は、いつだって冷めて、硬くなっているモノばかり。
だというのに、今食べている物は……暖かくて、柔らかくて。
「うっ、うぅぅ……グスッ」
「おらおら、泣いてる暇はねぇぞ。 いっぱい食え、そうじゃねぇとコイツらに全部取られちまうからな」
「は、はいっ!」
この日、私は初めて誰かと競う様にして食事を取った。
お肉も、野菜も、スープも。
彼らが与えてくれる食事は何でもおいしい。
もう食べられないなんて思う程お腹がパンパンになったのなんて、初めての経験だった。
いつの間にか涙は枯れ、私は夢中になって食事を続けていた。
お腹がいっぱいになって、皆笑っていて。
地下に居た頃では絶対に想像出来なかった光景。
その景色の一部として、私は“その中”に存在している。
夢見心地というのは、多分こういう事を言うのだろう。
あぁ、私はこの人達に買われたんだ。
これから、この人達と一緒に居られるんだ。
そんな風に思うと自然と気が緩み、随分と重くなった瞼が、自然と下がってゆくのを感じたのであった。
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