第5話 レベルアップ
「うぉぉぉ! すげぇ、なんでそんなにスパッと行けるんだ!?」
「兄ちゃん達、コレはな? ミスリルっていう特殊な金属を使ってるナイフなんだよ。 しかもそれだけじゃないぜ? 解体用として、形も刃の厚さも計算されて作られてんのよ。 それに何種類もある」
「マジかよすっげぇ! 超欲しいぃ!」
「あんなナイフがあればあの固い猪だってすんなり解剖できそうだね!」
本当に何なんだろうあの人たち。
彼らの要望通り、回収した魔物の解体場に連れてきてみたが、御覧の通りテンションが上がりっぱなしだ。
一般的にウォーカー自身は解体を行わない者が多い。
素材が欲しい場合ならその部分だけを回収し、他は証拠品になる物を切り取ってくる程度。
防具や武器の為に魔獣の素材が大量に欲しい、何ていう場合は解体出来る者を雇う場合もあるが……かなり少ない事例だろう。
なんたって、その解体人を守りながら戦わなければいけないのだから。
そして希少な素材になる魔獣を狩るレベルのウォーカーとなれば、大抵はマジックバッグを持っている事がほとんど。
なので死体をそのままバッグに放り込んで、この“解体場”で必要なパーツの解体作業を依頼する。
それがウォーカーにとっては当たり前の事。
一般レベルのウォーカーなら、証拠部位と魔石を回収する程度なのだ。
だというのに、彼らは何故か解体職人の手解きを受けながら物凄く興奮していた。
なんで?
「それで、アイツらは何なんだ? さっきの件は絡んで来た馬鹿共が悪いという事が分かったが……アレは一体なんだ?」
「あの……私にも分かりません」
一応彼らの登録内容と、先程の事件の経緯は支部長に説明してある。
周りで見ていたウォーカー達も説明してくれて、あっさりと先程の事件は幕を下ろした訳だが……こっちはなんと説明すれば良いのだろう。
むしろ私が説明して欲しいくらいだ。
「でもコレだと、めっちゃ切れ味の良い刃物を持ってる事が大前提な気が……」
「そうでもないぜ? よく見てろよ、こっちは一般的なナイフだ。 コイツだってしっかりと使ってやれば……ほっ!」
「うっそだろ!? なんでそんなに綺麗に刃が通るんだよ!?」
「凄い凄い! 何かコツがあるんですか!?」
「はっはっは! 解体職人希望の奴でもこんなに興味津々な奴らはいねぇぞ。 いいねぇ兄ちゃん達。 気に入った、俺の秘伝の技をおしえてやらぁ!」
「「「是非!」」」
なんだろう、凄く盛り上がっている。
多分アレ数時間じゃ終わらないよね。
なんて事を考えながら、恐る恐る支部長の顔色を伺ってみれば。
「……楽しそうだなぁ」
なんかウズウズしてらっしゃる。
この人も元ウォーカーだっけ、でもアレに興味を持つって……若干向こう寄りの思考回路なんだろうか。
ちょっと理解出来ない。
「あれ? その肉どうするんですか? バケツなんかに詰めて」
「へ? コレ魔獣の肉だぞ? もちろん捨てるんだが?」
「「「そんな勿体ない! 美味しいんですよ!?」」」
……え?
彼らは今何と言った?
そもそも疑問だった。
一日分しか入っていない携帯食料だけを持ち、何故一週間も生き延びる事が出来たのか。
野生動物を狩り、そして食すことで生きながらえるウォーカーも確かにいる。
だがかなり少数だ。
だってそんな事をするくらいなら、仕事を終わらせて街で食事するか保存食を持って行った方が圧倒的に楽なのだから。
やるとするなら、帰る手段を失った者が飢えを凌ぐ為に動物を狩るくらいなものだろう。
食料確保の為の狩りとは、専門の人間がやるべき仕事であって、ウォーカーの仕事ではない。
そして何より、先程の彼らの発言はまるで“魔獣”を食べたかのような物言いだった。
だとすれば、非常に不味いんじゃないか?
「アイリ、すぐに彼らを鑑定するぞ」
「は、はい!」
この世界においての常識。
魔獣の肉は食べてはならない。
魔獣とは邪悪な瘴気によって、変化した動物。
その血肉は穢れており、口にした者すら穢れると言われている。
獣は魔獣へ、人は魔人へ。
そんな古くからの言い伝えではあるが、あまりにも常識として浸透している為、魔獣を食すものはいない。
はずだったのに。
「皆さん! 一度こちらへ、全員改めて“鑑定”を受けて頂きます!」
そう声を掛ければ三人はすぐさま私の元に集まり、そして視線を逸らした。
やはり、この人達は魔獣の肉を食べたのだろう。
だからこそ、自身が魔人に変わっている事を恐れて……。
「でも、お高いんでしょう?」
「……はい?」
「俺らあんまり金使えない状況にありまして、これから武具も新調しなきゃいけないし……だからあんまり出費は」
「レベルの確認が出来るのは正直嬉しいんですけどね……でも僕達、次の仕事に向けて道具が色々入用で……」
口々に呟き、三人は完全にお通夜ムード。
あれ、おかしいな。
私が心配している所と、だいぶ方向性がズレている気がするんだけど……。
「今回の鑑定には、金銭の類は発生しない……こちらが知りたい事があるのでな、むしろ協力してくれれば、多少の相談には乗ってやろう」
支部長の一言で、物凄い笑顔になる三人。
なんだろう、多分私より年上だと思うのだが……非常に反応が可愛らしい。
なんて、男の人に言ったら失礼か。
でも何と言うか、普段見ているウォーカー達よりずっと素直なのだ。
さっきの酔っ払いみたいなのはゴメンだが、こういう人達ならちょっとくらい仲良くしても良いかなって思ってしまう様な、そんな雰囲気を持ち合わせている。
まあ、それもこの後の鑑定結果次第ではあるのだが。
「では……私の部屋へ行こう。 そこで鑑定を行う」
険しい顔をした支部長の後に、ウキウキの三人が続く。
なんというか、本当に調子が狂うなぁ……。
兎にも角にも、悪い結果にならなければ良いが。
――――
「すげぇぇぇ! レベルが一気に30だよ! 一週間で30! 受付さん、30レベルってどれくらいの立ち位置ですか!?」
「えっと……中堅一歩手前くらいでしょうか? そこからはレベルが伸びづらくなると言われてまして、40から50でベテラン。 60に到達すると達人。 70や80代に入れば英雄クラスですね。 そこまで行くと、この国で探しても数人しかいらっしゃらないかと」
数字が明確になるのはいいね。
どれくらい進歩したのか目に見えて分かる。
俺以外にも、西田と東。
揃ってレベル30に上がっていたので、思わず全員でガッツポーズ。
それ以外の項目は一切変わっていなかったが、兎に角強くなったという認識でよさそうだ。
たしかに強面のウォーカー達と戦った時、随分と楽に倒せた気がする。
日本でチンピラ相手に喧嘩をした場合、あんな風にスマートには行かなかっただろう。
むしろこっちが袋叩きにされて終わりだった。
「最近やけに足が軽いと思ったのはこのせいか! 今なら50m走で新記録が出せそうだぜ!」
西田は元々足が速い、皆より背は低いがとにかくすばしっこい。
こいつは良い事を聞いた、今度から彼は狩りにおいて一番獣と競い合う役になるかもしれない。
「僕も、最初よりずっと簡単に獣を受け止められると思っていたけど……レベルの問題だったんだね。 これならもっと大胆に行っても大丈夫そうだよ!」
東の怪力はこの眼で見て来たが、如何せん見ている方が怖い事例でもある。
せめて全身の鎧を買い替えてからじゃないと、安心してタンクを任せられない。
まず買うのは東の鎧だな。
武器なんぞ後回しだ、最悪ナイフで木を削って杭でも作ればいい。
というか……俺も筋肉質になったかなぁ、とは思っていたけど。
二人みたいにコレといって凄く強くなったぜ! という部分が無いのだが……これは一体どういうことなのだろう。
まあいいか、今は深く考えるのは止めよう。
悲しくなるだけだ。
「一週間でこれ程レベルが上がるとは……しかも魔獣の肉を食らって何の影響もない。 レベルアップ自体が魔獣の肉の影響なのか、それとも彼らが特別なのか……」
何やらブツブツと小声で呟いている支部長さんが、難しい顔をしながら俺らのカードを覗き込んでいた。
何度も見返す程重要な情報なんて乗っていないだろうに、何が気になるのやら。
まあいい。
この後は支部長さんに紹介された武具店に向かわなければ。
もしかしたら紹介もあって、安く売ってくれるかもしれない。
なんてウキウキしながら「そんじゃ俺らはコレで」とか言いながら立ち去ろうとしたが。
「いや、待ってくれ。 一人、君たちのパーティに加えて欲しい」
そんな事を、支部長が言い始めた。
はて。
仲間が増えるのはとても嬉しい事だが……なんで?
俺らと組んでもメリットなんか無さそうなのに。
「少しだけ試したい事が出来た。 もう一人を連れて、君たちと同じ食生活、同じ状況に立たせ、また一週間後に私の元に帰ってきて欲しい。 勿論その時の鑑定の費用はこちらが持つ上に、何かしらの報酬を出そう」
なんか、良く分からない条件が付けられてしまった。
とはいえこちらにしか得が無い様に思えるが。
何がしたいんだろう、この人。
「ちなみに、その仲間とは?」
気の合わない仲間を入れても友好関係に亀裂が入る原因になる。
とはいえ、俺達の様な新人に優秀な仲間が加わるとは到底思えないのだが……。
「君たちが選びたまえ。 金はこちらで用意する」
「はい?」
支部長が差し出してきた名刺? には、紛れもなく“奴隷商”という文字が書かれていた。
――――
三人が出て行った後、部屋に残された私は大きなため息を溢した。
「良いんですか? 支部長。 魔獣の肉を食らった者達ですよ? それに今度は奴隷だなんて……」
「調べるには絶好の人材だとは思わないか? 魔獣肉を食らったから強くなったのか、それとも“彼らだからこそ”魔獣を食っても問題なかったのか。 連れて行った奴隷の状態を見れば、一目瞭然だ。 ウォーカーの誰かを付けては、不味い事態になった時色々と手間がかかるが……奴隷一人なら、まぁ何とかなる」
「私は、あんまり好かないです。 こういうやり方は」
支部長がやろうとしている事は、正直に言えば人体実験。
奴隷を一人付かせ、その容体によって結果を観察するというもの。
だからこそ、一週間後に見せに来いと条件を出したのだ。
でもそれは、奴隷だからとはいえ余りにも酷だ。
「私だって好き好んでこの様な手段を取っている訳では無い。 しかし、実験の為に今この場で魔獣の肉が食えるかね?」
「……」
「だったら、しばらく静かにしている事だ。 彼らにはまた仕事を与えた。 今度は王猪だ、そう簡単に終わる心配もない。 そして一週間もあれば……いくら携帯食料を買い込んでも、足りることは無いだろう。 馬車でも引いて行かない限りはな。 そうすれば間違いなく彼らは魔獣の肉を食らう」
ここで一つ、支部長の間違いに気付いてしまった。
というか、報告し忘れがあった事に気付いた。
「あの支部長……すみません。 彼等、王猪は既に討伐しております。 絡んで来たウォーカーを無力化した際に、投げつけておりましたので」
「……はい?」
王猪。
それは近隣の森の中にも生息する、新人キラーとも言える魔獣。
ベテランでも油断していれば命を落とすほどの突進力、鋭い角。
その毛皮は、下手な刃物ではほとんど刃が通らないとも言われている。
このギルドでも流通する毛皮は、それなりの額で取引されていた。
彼らがその価値に気付いているのかどうかは不明だが、売り払わなかった所を見ると、先程の様に戦闘に使用しているのだろう。
いや、彼らの場合“狩り”か。
「それは……確かな情報か?」
やや頬を引きつらせながらこちらを見つめる支部長に対して、私は苦笑いを返す他無かった。
正直、コレ以外にどうしろと。
「彼らが言っていた“猪がいっぱい居た”というのが、多分王猪だったのではないかと。 実際毛皮も確認しましたし、雑に扱っていました」
「具体的には……」
「相手に被せて、その後袋叩きにしていましたね」
「あぁ……もう」
支部長も実際の所悪い人ではない。
民間人の被害を最小限に、そしてウォーカーには適切な仕事を。
そんな事ばかり考えているからこそ、今回の相手を見誤り、奴隷を使った人体実験など提案してしまったのだろう。
彼等三人があまりにも危険で危うい存在に見えたからこそ。
奴隷を使うという判断は確かに間違ってはいない、いないのだが。
あの三人組は随分と人情に重きを置いている様に見える。
そんな彼ら性格を考えれば、奴隷という立場の相手にだって酷い扱いはしないだろう。
だからこそ、この実験の事を知ったりすれば。
「王猪が余裕で数匹狩れるウォーカーに袋叩きにされるの……今度は支部長かもしれませんね」
「ホントに……マジで勘弁してくれ。 俺のレベルはそこまで高くないぞ……」
そう言って、支部長は頭を抱えてテーブルに蹲ってしまった。
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