第4話 ビールと酔っ払いの毛皮包み

 

 彼らが仕事の為街を出てから、一週間が経った。

 当然見ず知らずの人間の事など覚えている人は皆無。

 ギルドの受付で彼らを対応した本人でさえ、彼らの存在を忘れ去っていたくらいだ。

 正直ウォーカーにはよくある事。

 最初の仕事で命を落とし、帰ってこない。

 そんな事が日常茶飯事の為、彼女もまた初見の相手を一々記憶していたりはしない。

 なのだが。


 「いらっしゃいま……」


 思わず言葉が詰まった。

 目の前に居る三人組が、あまりにも異様な姿をしていた為に。


 「えっと……身分証を拝見しても?」


 「あ、はい」


 リーダーだろう先頭の男が、三人分のカードを提出してくる。

 確認してみれば、一週間前に登録したばかりの新人という事が分かった。

 分かったのだが……本当にそうなのだろうか?

 彼らの鎧はこの国の兵士が使っている様な、定番中の定番とも呼べるフルプレート……だったモノ。

 薄汚れ、血ノリはこびり付き、変色していて錆も酷い。

 今では一見山賊に見えないことも無い程、ボロボロになっていた。

 不思議な事にそんな姿になりつつも、鼻をつく様な嫌な臭いはしなかったが。


 「えっと、一週間前に闇狼三匹の討伐クエストを受けておられますが……」


 「あ、はい。 それと他のモノを倒したんですけど……証拠が有れば報奨金を貰えるっていってましたよね? 毛皮とかでも大丈夫ですか?」


 見た目のわりに、随分と丁寧な口調で話す男。

 あまりにも歪で不穏な存在に、思わず警戒してしまうのは仕方のない事だろう。


 「はい、魔物であれば証拠部位を持参して頂ければ支払われます。 一部をギルドに収めて頂く形にはなりますが、魔石などは通常価格で買い取りとさせていただきます。 その他素材も状況次第では買い取り、お持ち帰りを選べますので」


 「であればお願いします。 いやぁ……狼がなかなか捕まらなくて。 猪とか鹿とか兎ばっかり狩る羽目になっちゃいまして」


 そう言いながら腰のポーチをひっくり返した男は、随分と軽い雰囲気を放っていたのだが……。


 「あ、あの……」


 「はい?」


 出てくるわ出てくるわ。

 様々な毛皮や角、そして何かの肉。

 そして新人が一週間で狩れるとは思えない魔石の数。

 見た所そこまで強い魔獣という訳では無いが、少なくともこんな新人は居ない。


 「解体所の方でも良いですか? ココだとその……いっぱい出されても困りますので」


 「あ、そうですよね。 すみません」


 男はペコペコしながら、今出した物品を片付け始める。

 後ろに居た二人も慌てた様子でバッグに生臭い毛皮なんかを放り込む。

 なんだろうこの人達。

 期待の新人と言っても良いのかもしれないが、如何せん常識逸している気がする。

 そんな想いを胸に、私は彼らを解体場へと案内するのであった。


 ――――


 「買い取り金額、あんまり高くならなかったなぁ……」


 「仕方ないよ、毛皮を剥ぐのだって素人だし。 何より数はあっても状態が良くないから」


 「刺したり叩いたりして狩ってたもんなぁ……そして解体するのも下手くそだったし、俺ら。 でも魔石は売れた、それなりじゃね?」


 三者三様に感想を洩らしつつ、無事帰還した宴とばかりにギルドでビールを頼んでみた。

 おつまみはポテト、というか皮つきの揚げ芋、以上。

 でも一週間森で暮らしていた身としては、とてつもないご馳走に感じる。

 油や調味料が身に染み渡っていく様だ。

 そして一週間ぶりのアルコール。

 キンッキンに冷えてやがる! とまではいかないものの、こちらも十分に体に染み渡る。

 あぁ、加工された飲食物ってこんなに旨かったんだなぁ……。

 今度外に出るときは調味料と調理器具、あと酒も買ってから出よう。

 森の中でも揚げ物とか食べたいし。


 あれから俺達はひたすらに“シャドウウルフ”とやらを捜しまわった。

 しかし一向に見つからない。

 そして見つかったとしても、すぐに逃げてしまう。

 終わる兆しが見えないので、俺達は戦術を変えることにしたのだ。

 偉い人は言いました、走って追い付けないのであれば罠を張ればいい。

 多分、言っていました。


 とはいえこちとらズブの素人。

 本格的な罠など即興で作れるはずもなく、色々試した結果俺たち自身が罠の一部になる事になった。

 設置は簡単、獣の皮を被った一名が赤ハーブを塗り込んだ魔獣肉と一緒にひたすら動かず待つ。

 するとあら不思議、警戒はするものの狼が姿を見せたのだ。

 たまに猪やら鹿も出て来たが。

 そしてしばらく毛皮を被ったメンバーを警戒するようにウロウロするが、最終的に死んでいると判断したのか、お肉様を食らいに来るのだ。

 なので近づいて来た所を取り押さえ、隠れていた残る二人がブスリ。


 相手が獣の為、やはり全員血やら泥やらいろいろ被って連日ドロドロ。

 狩りの後は徹底的に河原で洗ってはみたが、やはり汚れは完全に落ちることは無かった。

 匂いは緑ハーブでマシになっているのでセーフ、それでもやはり1週間も山暮らしをすれば色々とばっちくなるし消耗する。

 自給自足の暮らしが楽しくなって来てしまっていたが、塩が切れた事と持っている武器のほとんどが駄目になってしまったので、一時帰る事にしたのだ。

 鎧なんてコレが最後のワンセットだし、それすらもガタが来ているが。


 そして今回の一番の成果、魔石。

 魔獣の心臓内に、何かの宝石みたいなのが埋まっていたのを発見した時は本当に驚いた。

 思わず死んでいる獣に対して「お前大丈夫か!? 心臓に石あんぞ!?」と訳の訳らない事を叫んでしまったほど。

 その魔石の数々が、今回の買い取りでも一番良い金額になってくれた訳だが。


 なにはともあれ、俺達はウォーカーとして一週間を生き残った。

 最初は仕事も達成せずに帰れるか! みたいな感じだったが、途中からは完全にキャンプというか、サバイバルを楽しむ雰囲気になっていたのも確か。

 異世界に来たというテンションと、ゲームの様な自給自足の生活に色々と感覚が麻痺していたのかもしれない。

 何だかんだ皆適応力が高かったのか、最後の方は誰しも果敢に攻め込めるほどに成長していた。

 勿論筋肉も付いたが、もしかしたらレベルって奴が上がったのかもしれない。

 フルプレートの鎧の重さもほぼ気にならないくらいに走り回れるようになっていたし、西田でさえ全身鎧が着られるようになったのだ。

 もしかしたら魔獣のお肉は、非常に栄養満点なのかもしれない。

 すぐさま確かめられれば嬉しかったのだが、何でも鑑定は有料らしい。

 何とも世知辛い世の中だ。


 「結構スムーズに解体出来る様になってきたけどさ、やっぱ上手い奴に教えてもらいたいよな。 毛皮とかも買い取り料金上がるみたいだし」


 酒が入って気持ちよくなって来たのか、西田がニヘラッと笑いながらそんな事を呟く。

 確かに、アレは非常に勿体ない。

 猪や鹿など、かなりの大物を捕まえても俺達じゃ満足に処理が出来ないのだ。

 どうしたってボロボロになってしまう。

 証拠品としては十分だが、高く売れるのであれば売りたい所。


 「あとは調理器具と調味料。 油とか食器とか色々欲しいよねぇ。 でもまずは武器と防具買わなくちゃかぁ……」


 東もやはり思う所は多いのか、ビールを片手に視界をギルド内の面々に向ける。

 そこに居るのはやはりムキマッチョな男達。

 誰しも様々な鎧に身を包み、カッチョイイ武器を持っている。

 でも、全員分揃えるとして足りるのかなぁ?

 まだ姫様から貰った金貨は随分と残っているが……武器とかって高そうだし。

 でも買わないと始まらないしなぁ……。


 「うーん……とりあえずなんだが、ギルドの解体所を見学させてくださいって言ってみないか? もしかしたら金取られるかもしれないけど、絶対勉強になると思うんだ」


 「あ、なるほど。 いいかも」


 「確かに、もしも有料だったら金額を聞いてから考えればいいしね。 あ、それなら街にあるっていう出店も見に行こうよ。 どんな調味料があるのか分かるかも」


 全員の意見が同じ方向を向いてきたところで、目先の目的は決まった。

 ならばとばかりに残っていたビールを飲み干して、俺達は立ち上がった。


 「そんじゃ、いつもの受付のお姉さんに聞いてみますか!」


 「「おう!」」


 ――――


 私の名前はアイリ、ウォーカーギルドで受付の仕事をしている。

 現在は昼下がり、勤勉なウォーカーならとっくに仕事へと向かっている時間帯。

 そんな中ギルドの食堂で酒を呷っている連中は、大体がやる気の無い連中だったりする。

 たまに仕事をして、普段は酒場に入り浸るような荒くれもの。

 これでは山賊と何が違うのか聞きたくなるが、彼らもれっきとしたウォーカーであり、私にとっての同業者なのだ。

 もちろん休日だったり、帰って来たばかりのウォーカー達も混じっているだろうが……眼の前の彼らは絶対に違うだろう。


 「なぁアイリちゃん、いいだろう? 今日の夜とかさ、な? いい店紹介するぜ?」


 「申し訳ありません。 業務中ですから、その様なお話はお受けできません」


 「相変わらず固いなぁ、もっとフランクに行こうよ? というか、仕事終わった後なら良いって事? そうだよね?」


 ニヤニヤと酒臭い息を吐きながら、彼はカウンターから身を乗り出す様にして体を寄せてくる。

 その背後には、彼のパーティメンバーと思われる男が三人。

 いずれもだらしない笑みを浮かべながら、こちらを覗いている。

 コレもよくある事、仕事の一環。

 そんな風に割り切って入るモノの、どうしてもフラストレーションがたまっていく。


 「申し訳ありません、こちらはクエスト受注、または申請のカウンターですので。 他のウォーカーの方にご迷惑が掛からない内に、お引き取り下さい」


 満面の作り笑いで返答するも、どうやら逆効果だったらしい。

 今日の彼らは、随分と酔っている様だ。

 まだ昼だというのに。


 「こんな時間に他のウォーカーなんて来やしないだろうに。 しっかし相変わらず可愛いよねぇ、そんな笑顔を向けられると、俺ら勘違いしちゃうよぉ?」


 後ろの連中までゲラゲラと笑いだし、そろそろ支部長へと報告しようかと思い始めたその時。


 「あのぉ、すみません。 ナンパされているだけの様でしたら、お先に良いですか? お仕事関係で相談があって、そちらの受付さんとお話がしたいのですが」


 呑気な声が、彼らの後ろから聞こえてきた。

 あれ、この声。

 ついさっき聞いた気がするんだけど。


 「なんだお前ら? 順番ってもんを知らないのかよ。 俺らが誰か分かってんのか? あぁ?」


 酔っ払いの仲間の一人が、振り返りながら言い放てば。


 「いやぁ、すみませんね先輩方。 俺ら一週間前に登録したばかりの新人なもんで、全く知らない上にただの酔っ払いにしか見えないんですわ」


 「あぁ!?」


 これは、ちょっと不味い雰囲気だ。

 ウォーカー同士の争いごとは結構頻繁に起きるが、ギルド内で起こったとなれば中々穏便にはすまない。

 拳で語り合う程度ならまだしも、絶対眼の前の酔っ払い達は剣を抜くだろう。

 そんな悪い予想が、すぐさま現実のモノとなってしまった。


 「おい、良い雰囲気の所邪魔すんなよルーキー。 死にてぇのか?」


 私に声を掛けていた男が剣を抜けば、ソレが合図だったかのように周りの連中も腰の剣に手を掛ける。

 そして。


 「いででででで! 何だコイツ! 馬鹿力にも程があんだろ!」


 そんな悲鳴が響き渡った。

 あぁ、やってしまったか……なんてため息を吐きながら奥へと視線を向ければ、そこには。


 「北君、こいつ等猪より全然力弱いよ。 どうする?」


 「あんまり問題行動は起こしたくないんだけど、とはいえ酔っ払いに絡まれる女の子を見過ごすのはなぁ……後俺らの用事も進まないし」


 「こうちゃんって、何だかんだ言ってこういうのに喧嘩売るよね。 大概勝てないくせに」


 「うっせ、男は度胸! っていうだろ。 これでも元肉体労働者じゃい」


 「確かに、その精神でサバイバルしてたわけだしな」


 そんな気の抜けた会話が聞こえてきたと同時に、酔っ払いパーティの一人が彼等の背後へと放り投げられた。

 盛大に、ポーンと擬音が付きそうな勢いで。

 えっと、何?


 「さてさて皆の衆、武器を向けて良いのは、武器を向けられる覚悟があるヤツだけだって聞いた事あるか? 俺にはそんな覚悟はねぇ! だから拳で相手になってやらぁ! 西田! 東! フォーメーション兎狩りだ!」


 「「おう!」」


 そこからはまさに圧巻だった。

 ギルドに居る全員が視線を送る中、新人ウォーカーである彼らは果敢に戦っていた。

 いや、これは戦いなのだろうか?

 相手に殴られる事もあれば、剣を向けられる事もある。

 だというのに彼らは、一定の距離を保ちながら着実に一人ずつ潰していった。

 “兎狩り”と言っただろうか?

 たしかにその通りだ。

 一番大きな男が前に出て、相手を威嚇する。

 その際小柄なもう一人が背後ないし側面へと回り込み、可能であればそこで撃退。

 しかし回避、または逃亡した場合には、もう一人のリーダー格の男が待ち受けている。

 まるでどこに逃げるのか分かっていたかのように。

 まさに“狩り”。

 一週間魔獣が大量に湧く森の中で生き伸びて来たという彼らの言葉は、多分嘘ではないのだろう。

 それくらいに、連携の取れた“狩り”の現場だった。


 「てめぇら……この俺を誰だと――」


 「武器を持ってるぞ! フォーメーション鹿!」


 「「おうよ!」」


 元気な返事返すとともに、大男が相手に向かって走り始めた。

 ドシンドシンと汚れたフルプレートが走ってくる様は、それだけで恐怖を覚える。

 しかも「うおおぉぉぉぉ!」とか、ビリビリと響く大声まで上げているのだから相当なモノ。

 しかし対するのは腐ってもウォーカー。

 彼の事を鋭い眼差しで見つめ、静かに腰を落としながら剣を構えた。


 「ダメッ! 危ないっ!」


 思わず声を張り上げた瞬間、剣を構えたウォーカーの左右から毛皮が飛んできた。

 ……はい?

 誰しもが疑問の声を上げる中、毛皮に包まれた男は慌てふためき、大男は急停止。

 そして。


 「おらおらやっちまえ!」


 「鹿の方がまだ利口だな! 酔っ払いは視野が狭くなっていけねぇ!」


 残る二人が、酔っ払いウォーカーを殴るわ蹴るわ。

 地面に蹲っても、まだゲシゲシと踏み続けている。

 二枚の大きな毛皮に包まれた酔っ払いは、なすすべもなく踏まれ続ける。

 モゾモゾと動いているが……毛皮に剣が通らないのか、一向に出てくる様子はない。

 更にあの毛皮、見間違いじゃなければ王猪の物に見えるのだが……。

 少なくとも、ルーキーが持っている物じゃない。

 しかも戦略の一部として、消耗品の様に使ってるし。


 「よし、そろそろ良いだろう! 東も手伝え! 河原に運んで解体準備だ!」


 「あのね北君。 忘れてるかもしれないけど、コレ人間。 食べられないよ?」


 「あ……そっか、食えないのか。 こうちゃん、もう止めようぜ。 体力の無駄だ、野営に響く。 こんな事してたら晩飯が獲れなくなっちまうよ」


 「西君も、今日は野営じゃなくて宿屋だからね? ご飯は注文すれば出てくるよ?」


 ちょっと色々と聞き捨てならない言葉が飛び交っているが、それよりも蹴っていた二人の落胆具合が酷い。

 どうしてそこまでガッカリしてるの? 君たちこの一週間何食べて来たの?

 そそくさと毛皮を回収しながら、相手に唾吐いてるけど、君たち蛮族なの?


 「なんの騒ぎだ」


 「あ、支部長」


 私の背後から、野太い声と厳つい顔の山賊……ではなく支部長がやって来た。

 余りにも騒がしくした為、報告前にやって来てくれたようだ。


 「報告しろ」


 「えっと……ですね。 彼等は……」


 どう説明したものかとばかりに視線を送れば、すっかり暗くなってしまった彼らがトボトボとカウンターまでやって来た。

 そして、何を言い出すのかと思えば。


 「あの、騒がしくしてすみません。 それで本題なんですけど、解体所の見学って出来ますか?」


 この人達、本当に何なんだろう。

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