第2話 初仕事


 城から放り出されてから、俺達は言われた通り大通りを歩いた。

 そして道行く人にウォーカーギルドとやらを訪ね、たどり着いた先には。


 「マジでファンタジー……」


 「本当に冒険が始まるって感じだな……」


 「入った瞬間睨まれたりするのかな……」


 それぞれ感想を溢しながら、目の前の建物を見上げていた。

 中世っていっても、詳しい訳でも無いし中世の何処かと聞かれれば答えられないが。

レンガ造りの立派な建物がそびえ立っていた。

 街並みも同じような雰囲気で、不謹慎ながらも海外旅行をしているみたいで楽しかったのは内緒だ。

 定番イベントの「なっ!? その服は一体!?」みたいなのが発生して、最初からいっぱいお金が手に入る事も期待したけど、残念なことに俺達は皆寝間着姿。

 俺はヨレヨレのスウェット、西田は学生の頃のジャージ。

 そして唯一少しだけまともだったのは、東の甚平。

 こっちに呼ばれる前は皆で寝る前にネトゲをしていたのだ、コレばかりは仕方ないだろう。


 「と、とにかく入るぞ……」


 今一度意気込んでから両開きの扉を押し開ければ……まさにファンタジー(二度目)。

 革や鉄の鎧に身を包んだ男達が酒を飲みかわし、建物の奥には広いカウンター。

 やべぇ、やべぇよ。

 モンスターハ〇ターの世界だよ。

 なんて事を考えながら入り口で呆けていると。


 「おい、兄ちゃんたち」


 厳ついスキンヘッドのお兄さんが睨みをきかせながら、俺達の前に現れた。

 ここに来てついに定番イベントが! なんて思いつつも委縮している俺の前に、すぐさま東が割って入った。

 ビビりの癖に、やっぱりこういう時は頼りになる男!


 「な、なんですか? 僕達はこれからウォーカーに登録する所なんですけど……」


 声は震えているが、東の身長は190cm近く。

 そしてガタイもいい。

 負けてない、負けてないぞ東! 頑張れ東!

 声には出さずエールを送っていると、スキンヘッドムキムキマッチョメンは呆れた様にため息を溢した。


 「雑用系の仕事なら、隣の建物だって教えてやろうと思ったんだが……いらん世話だったか。 止めはしないが、一応防具だけは揃えておけよ? ウォーカーってのは命あってなんぼの仕事だ」


 そう言って、マッチョメンはテーブルに戻って行った。

 あれ? もしかしていい人?

 とか何とか思っていたりもする訳だが、如何せん顔が怖すぎて誰も言葉を返せなかった。

まぁ、いいか。

 マッチョメンの言う通り鎧も武器も装備していない俺達は、非常に場違い感が凄い。

 こんな事なら、先に貰った鎧とか着ておくんだった……。

 今更そんな後悔をしながらも、そそくさと奥のカウンターへと歩いていく。


 「いらっしゃいませ、お仕事のご依頼ですか?」


 受付に座っていたお姉さんは、元気な声を上げながら満面の笑みで答えてくれた。

 これだけでも異世界に来た価値はあっただろう。

 モテないズの俺達は、居酒屋に行った時くらいしかおなごの満面の笑みというモノを見られないのだから。

 後この人おっぱいが大きい、異世界凄い。


 「あ、えっと。 登録をお願いしようかなぁって……思いまして」


 さっきまで勇敢に前に出てくれた東がすぐさま後ろに引っ込んでしまったので、仕方なく俺が会話を繋ぐ。

 そして西田。

 貴様も少しはイベントに参加してくれ、忘れられるぞ。


 「ウォーカーの登録ですね? 畏まりました、三人で銀貨六枚になります。 あ、でもお仕事に行く前に防具は揃えた方が良いですよ? その恰好だと、そのぉ……すぐ死んじゃいますから」


 「うっす……」


 慣れた様子で対応してくれるものの、言葉はとても直球であった。

 栗色の髪の毛を頭の横で一つに結び、可愛くもおっぱいのおっきい受付嬢。

そんな彼女に「死んじゃいますから」とか笑顔で言われるのは結構効いたが、俺達は全員何とかウォーカーに登録する事が出来た。

さっきと同じように水晶玉&カードによる数秒登録。

マイナンバーカードもコレくらい楽に作れたら良かったのに、なんて今更必要ない感想が漏れるが。

 さて、この後はどうしよう。


 「ウォーカーの基本セットを販売しております。 野営の際に必要な物とか、携帯食料とか。 一人銀貨一枚ですけど、どうされます?」


 「三人分お願いします!」


 「まいどぉ」


 完全に乗せられた気はするが、多分必要なモノだ。

 そんな調子で、俺達の財布はどんどんと軽くなっていくのであった。


 ――――


 「無理無理無理! ねぇ無理だって!」


 「人って猪に勝てるモノなの!? しかもデカいし!」


 俺と西田が叫びながら、ひたすらに走っていた。

 森の中を。


 「いやぁぁぁ! こないでぇぇ!」


 「おっ〇とぬしさまぁぁぁ!」


 現在俺達は最初のお仕事中。

 依頼内容は魔獣討伐。

 いつでも掲載されている仕事だから、気軽に受けてね? ってヤツだ。

 “シャドウウルフ”三匹の討伐。

 なんでも初心者向けだと聞いたので馳せ参じた訳だが。

 結果はご覧の通り。

 狼どころか、山で出会った猪に追われている。


 「こ、このまま逃げてても多分追い付かれる! どうにかしよう!」


 「東ぁぁぁ! どうにかするってどうするんだよぉぉ! もの〇け姫でも連れてくるのかぁぁ!?」


 現状、先程の寝間着姿の上に姫様から貰った鎧を装備中。

 非常に情けない恰好な気がするが、フルプレートなので一応寝間着はほとんど見えない。

 そして重い、金属鎧ってすげぇ重い。

 俺と東は“向こうの世界”で力仕事メインだったので何とか着られたが、西田は無理だった。

 なので軽装っぽいモノを選び、胸当てや手足のみ鎧であとはジャージという凄い恰好。


 という訳でそんなクソ重いモノを着ながらもこれだけ走れているのは、完全に火事場の何とやら。

 腰には一応剣がさしてあるが、抜剣する暇なんてある訳がない。

 そんな事してたら轢かれる。

 異世界トラックは経験してないのに、異世界で猪と交通事故を経験してしまう。


 「やってみる!」


 「「東ぁぁ!」」


 何をトチ狂ったのか、東は急に反転して猪に向かい合った。

 間違いなく轢かれる。

 アレは例え当たり屋さんだったとしても、絶対に当たっちゃいけない相手だろうに。

 慰謝料を請求する前に棺桶に入ってしまうレベルだ。

 皆さまは御存じだろうか?

 田舎では猪や鹿とぶつかる交通事故が珍しくない事を。

 そして事故った後、彼らは普通に逃走するのだ。

 当然の様に車は大破するが。

 つまり車より強いのだ、野生は固いのだ。

 なんて事を考えている内に、フルプレートの東と巨大猪は激突する。

 ズドンッ! という大きな音が響き渡り、そして。


 「――ガッッハ! ……は、はやく! 今の内に!」


 う、受け止めやがった。

 巨大猪の頭を包み込むようにして、マッチョ東は猪の突進を止めていた。

 東も凄いが鎧の防御力というモノを舐めていた。

 衝撃によってひん曲がってはいるものの、しっかりと装備者の体を守っている。


 「こ、こうちゃん!」


 「お、おう! こうなったらやるしかねぇ!」


 俺と西田は、慌てふためきながらも長剣を抜き放ち、猪に向かって突進したのであった。


 ――――


 誰しも初めてのお仕事とは緊張するモノである。

 誰かに仕事を教えてもらおうにも、誰に聞いたらいいのか分からない。

 初めての事だから上手くもできない。

 そんなのは当たり前。

 だから失敗を恐れるな、なんて。


 こっちの世界では、マジで通用しないんですね。


 「た、倒したぁ……」


 「い、猪って……こんなに固ぇの?」


 「さ、流石に疲れたね……鎧も曲がっちゃった……」


 時間にして十数分程度だろうか?

 俺達にとっては物凄く長く感じたが。

 東が抑えた猪に対して、俺と西田はひたすらに剣を振った。

 振ったのだが、上手く切れない。

 切れ味が悪いのか、それとも腕が悪いのか。

 多分両方だが、圧倒的に後者の割合が高いだろう。

 分厚い毛皮の表面は薄く裂けても、肉まで届かない。

 なので、ひたすら突いた。

 全力で突き立てても、数センチくらいしか刺さらなかった時はマジで焦ったが。

 東はともかく、俺と西田は圧倒的に腕力が足りなかったのだ。


 なので何度も何度もチクチクと抜き差ししていた訳だが、当然猪も暴れる。

 一度東が振り回され、勢いよく猪がこちらに顔を向けた時、ミラクルが起きた。

 数センチだけ首元に刺さっていた西田の剣も一緒に振り回され、剣の柄の部分が俺の鎧に激突。

 滅茶苦茶痛かったが、それでも猪パワーによって剣は深々と首に突き刺さり、後に命を落とした……という訳である。

 つまり、事故である。

俺ら殆どなにもしてない。


 「ど、どうする? この猪」


 西田が顔を引きつらせながら、ぶっ刺さった剣を抜こうと頑張っている。

 うわぁ、ドバドバ血が出てる。

 まあ生き物なんだから当たり前か。

 慣れろ、慣れるんだ俺。


 「ちょっともう体力が……今日は何処か野営出来る所でも探す? それとも街に戻る?」


 そう言ってから、二人はこちらを振り返って来た。

 なんだろう、俺が決めちゃっても良いのかな。

 幸いな事に誰も怪我してる雰囲気はない、が装備はボロボロ。

 とは言えお姫様から貰ったバッグにまだいくつか予備が入っていたから、ダメになった物から交換していけば良いか。

 となると……問題は食い物と寝る場所か。


 「う~~ん、このまま帰っても猪が金になるかも分からないしなぁ……せっかく野営キットもあるから、慣れる為にもう少し外に居ないか? そんで、慣れると言えばもう一つ」


 「「と、いうと?」」


 ビシッと横たわった猪を指差して、俺は叫んだ。


 「グロイのにも慣れておく! つまり、解体と調理だ!」


 ――――


 三人で猪を引っ張り、何とか川辺までやって来た俺達。

 到着してから、マジックバッグ使えば良かったんじゃね? と思いつて全員で空を仰いだ訳だが。

 そんなこんなあったが、とあえず何から始めたモノか。

 こういう手順とか知らないので、誰も何から手を付けたら良いのか分からないのだ。


 「あっアレじゃね? 血抜きってヤツ」


 「あぁ確かに、血抜きがしっかりしてないと肉が臭くなるんだっけ?」


 どこかのゲームみたいに、ザシュッザシュッてナイフをさしたら生肉が手に入ったらいいのに。

 まあそんな事を言っていても始まらない。

 兎に角やってみよう。


 「でも……どうすればいいんだろう。 首を落して吊るしたりするイメージはあるけど……コレ、切れる?」


 確かに。

 さっきから剣が弾かれまくっていたのに、その首を切断なんて出来るのか?

 毛皮を剥がしちゃえば案外いけたりするのだろうか?


 「ま、やってみようぜ。 あんまり時間置くと良くないんだろ? こういうの」


 そう言って刺さったままになっていた西田の剣を引っこ抜こうと力を入れた、その時。

 ボキンッ! と派手な音を立てて、見事に真ん中から折れた。


 「「……」」


 「さ、幸先悪いね……」


 仕方ないので先程購入したウォーカー初心者パックを引っ張り出してみる、何かしら使える物か指南書の類でもないかと祈って口を開けてみれば。

そこには意外にも様々な道具の数々が。

カモられたとか思ってごめんなさい、コレで一万円……というか銀貨一枚はお安い部類です。

 てっきり焚火する為の物とかテントとかだけだと思っていたのだが、刃物の類なども数種類入っているし、乾パンみたいな保存食量に水筒、そして何より多めの塩が一袋。

 ありがてぇ、ありがてぇよ。


 「あ、もしかしてコレ解体用のナイフとかかな? 何か分厚いノコギリも入ってるけど……これなら首もいけるか?」


 「お、初心者マニュアルってのが入ってる! って、魔獣の種類とか薬草の類が書いてあるだけか」


 「何故解体に関して書いてないの……討伐の証拠部位は良く洗う様にって、それだけ。 ていうか、この猪って魔獣?」


 三人してわちゃわちゃしながらも、何とか手探りで進んでいく解体。

 やはり覚悟を決めたとしても、グロイモノはグロイので途中で何度か吐いた。

 しかしこれから生きていく以上は絶対に必要だ! なんて皆で皆を叱咤しながら作業は進んでいく。

 正直、とてもお粗末な仕事だった。

 毛皮は至る所がボロボロになってしまったし、血抜きだって十分出来たかも判断出来ない。

 腹を裂いた際に内蔵が飛び出してきた時は、驚きすぎて川に落っこちた。

 精神的な苦痛と肉体的な疲労も合わさり、何とか肉が切り分けられた頃には全員息が上がっている程だった。

 しかも、既に日が陰って来て居る。

 いくら何でも時間掛かり過ぎだろう、肉が傷んでいないかとても心配だ。


 「よ、よし! 早く焼いちまおう! 腹も減ってるし、テントとかも張らないと! もうひと頑張りだ!」


 「グロくて食欲吹っ飛んだと思ったけど……やり終えてみると、なんか達成感あるなコレ。 俺も腹減った」


 「僕もお腹ペコペコだよ。 ちゃんと食べておかないとね、明日に響いちゃう」


 よし、では料理開始!

 と意気込んだまでは良かったのだが。


 「火がねぇ! 忘れてた! マッチはあるけど、こんなもんじゃ焼けねぇ!」


 「あぁぁぁ! マジか! 俺薪になりそうな木拾ってくる!」


 「あ、西君待って! ちょっと大き目な石も拾って簡易かまども作らないと、火がすぐ消えちゃうってどこかで聞いた気がする!」


 慣れていない事の連続で、一つの事に夢中になり過ぎてしまった。

 コイツはまずい、みんなどうしたものかと慌てふためいているし。


 「よ、よし! 初心者パックに塩入ってたよな、俺は今から肉に塩で味付け&殺菌! 後は焼くだけの状態まで持って行く。 西田はかまど作り、薪もそうだけどまずはデカめの石だ! 東は寝床の準備、確か入ってたテントってかなり簡単に張れるヤツだろ? 悪いが皆、それぞれで行動開始だ!」


 「「おう!」」


 こうして、一難去ってまた一難状態が続く。

 野営って、やっぱ難しいわ。


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