勇者になれなかった三馬鹿トリオは、今日も男飯を拵える。

くろぬか

1章

第1話 ハズレガチャ


 「成功だ!」


 急に聞こえた大声に、思わずビクッ! と肩を震わせた。

 驚いて周囲を見回してみれば、大勢の人々がこちらに向かって興味深そうな視線を送っている。

 見たことも無い豪華な大部屋、そして周囲に集まっている人たちはローブや鎧と言った、随分と時代錯誤な格好をしていた。

 これってもしかしてアレだろうか。

 目の前には王様っぽい人も居るし、周りには騎士風や魔法使いっぽい方々。

 まさかとは思うが、夢だったりするかもしれないが……それでも!

 やはり異世界召喚ってヤツなんじゃ――!


 「こうちゃん?」


 一人ガッツポーズで立ち上がった瞬間、後ろから声を掛けられた。

 そこには、何故か見知った顔が二人。


 「へ? なんでお前らまで居るの?」


 背後に居たのは、さっきまで一緒にネトゲをやっていた筈の友人が二人。

 西田 純にしだ じゅん東 裕也あずま ゆうや

 小学校からの幼馴染で、社会人になってからも一緒に遊んだりしている仲の友人達だった。

 ちなみに俺が北山 公太きたやま こうた

 東西北と揃っているので、後は南が居れば完璧だな! なんて事を長年言い続けて来た三馬鹿トリオ。

 そんな俺達は、揃いも揃って異世界へと強制連行されてしまったらしい。

 まだ異世界かどうかわからないけど、雰囲気的にそういう事にしておこう。


 「ご説明させて頂いてもよろしいですか?」


 王様っぽい人の隣にいた、ちょっと偉そうなおじさんがこちらに話しかけて来た。

 多分偉い人だ、あと顔が怖い。


 「我々が行ったのは勇者召喚という技法でありまして――」


 ……色々と長々説明を頂きました。

 おじさんの話を簡略化すると、やはりココは異世界で合っているらしい。

 そして定番中の定番、魔王とやらが居て、ソレに抗う為に異世界から勇者の“称号持ち”を呼んだらしい。

 この称号って奴が、一番重要なんだとか。

 なんでも“勇者”の称号を持っていれば、戦闘力が仲間も含めて大幅アップ。

 しかもレベル概念があるらしく、レベルアップも物凄く早くなるらしい。

 つまりチートや、チート野郎や。

 そして誠に残念ながら、元の世界に戻る方法はないとの事。

 とは言っても俺ら全員未婚な上、恋人のコの字もない。

 両親は残してきてしまったが、文字通り三馬鹿だった俺達は親からの期待を受けてはいない。

 だから良いという訳では無いが、あんまり向こうの世界に心残りが無いのは確かだ。

 そして仕事は……見事に全員安月給な上にブラックに片足突っ込んだ様な所で働いていたので、むしろハッピー。

 何より俺ら全員がゲーム好きで“こういうお話”も大好物って事もあって、すんなりと話を聞き入れていた。


 「という事ですので、まずは鑑定をさせて頂きます」


 そう言って取り出したのは野球ボールくらいの水晶玉。

 来たよ来たよ、来ましたよ。

 俺達はチート組か? それともゆっくり修行タイプか?

 そわそわしながら待っていると。


 「やべぇな、マジで異世界だよ。 思いっ切りゲームの世界だよ」


 俺と同じように落ち着かない様子で、西田が声を上げる。

 こいつは完全に“こっち側”。

 異世界アニメとか大好物で、一緒にネトゲしている時だって様々な妄想を膨らませているくらいだ。

 容姿としては俺らの中で一番細く、背もそこまで高くない。

髪の毛はちょっと長めなのだが、不衛生という雰囲気はなく、男にしては髪質が良い方と言えるだろう。

 コイツはアレだ、魔法使いとか絶対に合うタイプだ。


 「緊張するね……こういうのって誰か一人だけ不遇だったりするよね? もし僕がそうだったとしても見捨てないでよ?」


 弱気な発言をかましているのが東。

 もっと状況を楽しもうぜ! とか言ってやりたくなるが、コイツは元々こういう性格なので無理だろう。

 体格は三人の中では一番筋肉質、そして背の高い坊主頭。

 だというのにいつもちょっと気後れしてしまう小心者。

 とはいえ柔道やら格闘技なんかも習った経験を持ち、変なのに絡まれた時とかは真っ先に先頭に立ってくれるのだ。

 絶対タンクだよな、これは間違いない。

 そんな様々な妄想を膨らませながらニヤニヤしていると、独り一個ずつ水晶玉を渡された。


 「それを手に持ったまま、こちらのカードをもう片手に。 そうすれば、貴方方のステータスがカードに表示されます」


 よし来た、待望の瞬間だ。

 俺らのステータスはどんなモノなのか、穴が開くほどカードを凝視していると。

 ゆっくりと文字が浮かび上がってくる。

 日本語ではない、ないが……読める! 読めるぞぉ!


 ・北山 公太

 ・人族

 ・レベル1

 ・称号 なし

 ・職業 なし


 うん?

 うん、うん?

 これだけ? ステータスとか言うから、色々数字が並ぶと思っていたんだけど。

 物凄くシンプル。

 しかも称号無しじゃん。

 俺巻き込まれ系? 商売とかして生きていくしかない?

 そんな事を思いながら二人の顔色を伺えば、友人達も同じような顔をしていた。


 「えっと、さ。 どうだった? “勇者”……あった?」


 声を掛けると、二人共スッと視線を逸らしてから俺に向かってカードを見せて来た。


 ・西田 純

 ・人族

 ・レベル1

 ・称号 なし

 ・職業 無職


 ・東 裕也

 ・人族

 ・レベル1

 ・称号 隠れオタク

 ・職業 なし


 アッ……と思わず声に出してしまった。

 自分が不遇系とか思ってごめんなさい、二人のステータスの方が色々と悪意があった。

 一人だけ称号持ちが居るけど、絶対に役に立たないと思われる。

 え、と言うかコレ……不味くね?

 全員不遇? というかハズレ?


 「では、カードを確認させていただきます」


 「え、いやちょっと個人情報なので」とか言いたくなったが、残念な事にあっさりカードを奪われてしまった。

 そして見事に凍り付く怖い顔のおじさん。

 ですよね、ソレみたらそうなりますよね。

 しかもソレが三枚もあるのだ。


 「……」


 沈黙が怖い、非常に怖い。

 勇者呼ぼうと思ったら、スライム三匹呼んじゃったみたいな状況なのだろう。

 そりゃ絶望もするさ、ガチャでハズレしか来なかったようなモノだもんね。


 「……でていけ」


 「は?」


 「出ていけと言っている! この雑魚共が!」


 怖い顔のおっさんが急にキレ始めた。

 とはいえ、流石にそりゃないだろうと言いたい。

 勝手に呼び出され、無一文で放り出されるのか?

 そればっかりはちょっとご勘弁願いたい。


 「ちょ、ちょっと待ってください! そちらが私達を勝手に呼びつけて、望む物でなかったからと言って放り出すのですか!? あまりにも身勝手じゃないですか! コレは誘拐といっても過言ではないのですよ!?」


 西田が必死に声を上げるが、怖い顔のおっさんは無視して俺達のカードを王様っぽい人に見せる。

 そして、王様が大きなため息を吐いた。


 「確かに、その者の言う通りだが……私達は多すぎると言っていい代償を支払って、お主達を呼んだのだ。 金、魔力、そして人の命までも。 その全てを消費して呼び出されたのが……コレか」


 コレ、呼ばわりである。

 既に人扱いされていない。

 マジでヤバいな、物語始まる前に終わっちゃうかもしれない。

 出来ればそんな心配は杞憂で終わって欲しかったのだが……。


 「摘まみ出せ」


 異世界は、優しくなかった。


 ――――


 俺達三人は厳つい顔の兵士さん達に連れられ、城の中をドナドナ中。

 出荷される訳でなく、お城の外へ捨てられるだけなんだけども。


 「これから……どうなるんだよ俺ら」


 「家も金も職もない……せっかく異世界に来たのに……」


 完全諦めムードの二人が、ボソボソと呟いている。

 とはいえ、俺だって似たような状況な訳だが。

 ホント、どうすりゃいいんだよコレ。

 なんて、死んだ魚の様な目をしながら歩いていくと。


 「見送りは私が変わります、貴方達は下がりなさい」


 そんな声が、廊下の先から聞こえて来た。


 「なっ!? しかし!」


 「聞こえませんでした? 下がりなさい。 私が変わります」


 「危険です! いくらレベルが低いとはいえ、この者達は――」


 「黙りなさい、下がるのです」


 やけに棘のある言葉を放っているが、その声は随分と幼かった。

 そしてなにより、視線の先には随分と綺麗なお嬢さんが立っている。

 長い金髪を揺らしながら、凛としている雰囲気は完全に王女様。

 というか、兵士たちがめちゃくちゃ慌てている事からして、マジで王女様かもしれない。

 それから渋々と言った様子で、兵士たちは来た道を戻って行った。

 良いのだろうか、俺達とこんな女子だけを残して。

 などと考えている内に、目の前の少女は深々と頭を下げて来た。


 「本当に申し訳ありません、こちらの都合に巻き込んでしまって」


 「あ、えっと、はぁ」


 ろくな返事が出来ないまま、挙動不審になっていると。


「お城の外まで案内いたします、その間に要点だけ話しておきますので」


 そう言って歩き始める彼女の後に続くおっさん三人。

 一応20代後半なのでおっさんと言うには早いかもしれないが、俺らの感覚ではおっさんなのだ。


 「ココを出たら、まず最初にウォーカーギルドへ向かって下さい。 城を出て真っすぐ行けば着きますが、分からなければ街の人間に尋ねて下さい。 まずはそこで登録を、そうすればお仕事がもらえる筈です」


 ウォーカーって言うモノが良く分からないが、冒険者みたいなものだろうか?

 口を挟んでしまうと余計な時間を取ってしまいそうで、口を噤んだまま彼女の説明を聞いていく。


 「申し訳ありません、本来なら私達が保護するべきなのに……しかし父はソレを良しとしない。 なので、貴方達には自分で生きてもらう必要があります。 勝手に呼び出しておいて何を、と思うでしょうが……私に出来る事は少なくて……すみません」


 「あ、いえ。 その、大変ですね?」


 良く分からない返事を返してしまうが、彼女は振り返って悲しそうに笑うだけだった。

 ちなみに後ろの二人は一切喋ろうとしない。

 俺と同じく社交的ではない上に女の子と何を喋ったら良いのか分からないご様子。

 頼む、俺も同じなんだ。

 お前達も何か喋ってくれ。


 「それで、当面の資金と武具を用意しました。 私のお小遣いと、兵士たちのお古なのであまり多くない金額と、状態の悪いモノですが……無いよりマシです」


 そう言って、彼女は歩きながら革のポーチを差し出してきた。

 ……はて、これは?

 腰とかにぶら下げられそうな、小ぶりな黒い皮のポーチ。

 受け取ってみるが、何かが中に入っている様子はない。


 「あ、すみません。 説明いたします。 ソレはマジックバッグと言って、見た目よりずっと多くの物を入れられる物です。 その中に皆さんの装備と、金貨が30枚程入っています」


 おぉ、まさかのアイテム袋と来たか。

 異世界モノの定番とも言える収納技術。

 どれくらい入るのか非常に気になる、気になるが……でも、お高いんでしょう?


 「これ、借りちゃっていいんですか? こういうのって貴重だったりするんじゃ?」


 「構いませんよ、ソレは私の私物ですから。 それに、皆様には絶対に必要になるでしょうし」


 「あ、ありがとうございます」


 少女に超高価そうな物を頂いてしまった。

 大人として最低ランクまで下がった気がする。


 「皆さまは“ニホン”という国から来た……という認識でよろしいですか? 黒髪黒目ですし」


 「あ、はい。 そうです」


 やはり何度か召喚が行われているのか、日本の事も知られている様だ。

 なんて普通に納得しちゃうのは、最近の流行に染まっている証拠なのだろうか。

 普通ならもっと色々と疑問持ちそうだよね。

 そんな事を考えている間にも、彼女の説明は続いて行く。


 「であれば、お金の説明を。 今用意してあるのは金貨、それを三十枚。 白金貨にまとめる事も考えましたが、細かい方が何かと都合が良いかと思って。 硬貨は白金貨、金貨、銀貨、半銀貨、銅貨、半銅貨、鉄貨、半鉄貨となっております。 それ以上の物も存在しますが、生きていく上で眼にするのはコレらが全てだと思ってください。 最初から“ニホンエン”に換算すると百万、十万、一万、五千、千、五百、百、五十くらいの価値だと覚えておいて下さい。 正確には多少違う部分もあるでしょうが、価値観としてはこの数字が一番分かりやすいと聞きました。 それ以下はほとんどの場合物々交換となります。 ここまではよろしいですか?」


 よろしいけどよろしくないです。

 なんて事を言いそうになったが、兎に角時間がないのだろう。

 なるべくゆっくり歩いている様だが、チラリとでも兵士の姿が見えればすぐさま早足になる。

 まず間違いなく、彼女の独断によって救済措置を施しているのであろう。

 であれば、口を挟む余裕はない。

 とは言え少女から高すぎるお小遣いを貰う大人……もう色々と目が当てられない。


 「次にウォーカーについてです、こちらは……」


 「王女様、勝手な振る舞いは困ります」


 そう言いながら現れたのは最初に見た強面の男性。

 しかも後ろにゾロゾロと兵士達を連れて。


 「チッ……説明はココまでの様です。 そのバッグだけは、何があっても無くさないで下さいませ」


 悔しそうに顔を歪める王女様を尻目に、俺達は城の外へと放り出されるのであった。



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