BONPU〜新しい大仏の見方〜

塩塩塩

BONPU〜新しい大仏の見方〜

「新しい大仏様の拝観はこちらです。現在、一時間待ちです」

 小坊主に促され、私は一人長い列の後ろに付いた。

 なるほど、新聞でも取り上げられただけあって、なかなかの盛況ぶりである。

 しかし、有り難みのある古い大仏ではなく、新しい大仏がここまで人気になるのは、きっと何か秘密があるのだろう。

 大仏好きの私は、とにかく楽しみで仕方なかったし、明日は職場で女性社員に自慢してやろうとも考えていた。


 30人を一グループとして順番に仏殿に案内されていく。私達のグループも小坊主に言われた通り、きっちり一時間待ったところで順番が来た。

 胸の高鳴りを抑えながら、私は仏殿にそっと足を踏み入れた。

 そして顔を上げた私は愕然とした。


 荘厳な仏殿の中央に安置されている新しい大仏は、自宅のソファーで寝そべり、テレビを観ながら広げたポテトチップスを食べる、ほうけた私の巨像だったのだ。

 伸びかけた髭に頬の大きな吹き出物、それは先週の日曜日の私に違いなかった。

 他の29人も、こちらをチラチラ見てざわめき始めた。


 そこに住職が現れた。

 他人の見た目をとやかく言うのは趣味ではないが、齢八十で皺だらけの、そしてお世辞にも端麗とは言い難い容姿の男だった。

 住職は一つ咳払いをして、しゃがれた声で像の見方の説明を始めた。

「ご覧の通り、この新しい大仏様はくだらない凡夫の像です。だらしなさはあれど、有り難みも、仏性の欠片もございません」

 私は恥ずかしさと怒りで顔が真っ赤になった。『くだらない凡夫だと…。私だって、人前に出る時にはそれなりの身なりをしているし、第一誰だって家で一人の時にはこの様な姿になるのではないのか』と、そう言いたかったが、そんな事をすれば恥を上塗りするだけである。

 私は後で住職を捕まえ、しっかり抗議してやろうと心に誓い、今はグッと我慢を決め込んだ。


 住職の説明は続いた。

「しかし、仏性の不在こそが逆に仏様の存在を呼び起こすのです。それは丁度、酷く空腹の時に美味しそうな食べ物が頭に浮かんで離れないのと同じと言えるでしょう。つまり、食べ物の不在が食べ物の存在を呼び起こしているという事です。…ですから、このくだらない凡夫の像こそが、我々に仏様を見せてくださる心の門となるのです。さぁ、もう一度ご覧ください」

 間もなくして、私を除いた29人は歓声を上げ、涙を流し始めた。

 29人の前に仏が現れたのは明白だった。

 しかし、私には仏など見えなかった。先週の日曜日の私を、皆と同じ気持ちで見れるはずがないのである。


 そうこうしている内に拝観時間も終わりを迎え、私達は出口に案内された。

 ここがチャンスとばかりに私は住職の袈裟を掴み、詰め寄った。

 『なぜ私の像なのか』『無許可とは酷いではないか』『どうやって私を覗いたのか』『くだらない凡夫とは聞き捨てならない』等々、言いたい事は山ほどあった。

 ところが、住職を見ていると不思議な感覚に襲われた。


 住職は剃髪をしているので、頭髪の不在が逆に長い髪の存在を呼び起こしたのだ。

 また、住職の女性性の不在が女性性を呼び起こし、若さの不在が若さを呼び起こし、美しさの不在が…。

 住職は私の目の前で、見る見る内に絶世の美女へと変化を遂げた。

 抗議しなければと、私は何度も自らを奮い立たせたが、一度絶世の美女に見えてしまったら、住職はもうとしか見えなくなっていた。

 私の胸の中の鐘つき堂で祝福の梵鐘が鳴り響き、体中をビリビリと痺れさせた。

 そして私は腹いっぱいになる程の生唾を飲み込み『くだらない凡夫だろうと何だろうと構わない。あなたは私だけの絶世の美女だ』と鼻息を荒くした。

 …要するに、私は住職に恋をしたのだ。


 しかし、住職はその後のテレビ取材で新しい大仏の見方を解説した為、それは瞬く間に世間に知れ渡った。

 それとはつまり、住職は絶世の美女であるという新しい見方である。

 悲しいかな、私だけの絶世の美女を世間が放っておくはずはなかった。

 間もなくして、住職はグラビア雑誌の表紙を飾り、それを足掛かりに歌を出し、女優となり、今や世界の絶世の美女としてハリウッドを席巻している。

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