闇夜

携帯の画面を見ると、丁度午前三時。

 俗に言うところの丑三時だ。

 中途半端な時間に目を覚ましてしまった俺の目を、ブルーライトは容赦無く攻め立てる。今更寝ることもできまい。

 ベッドから上半身を起こすと、カーテンを細く開けた。

 傾いた三日月が山の上に引っかかる様な格好でこの街を照らしている。家の側を流れる用水路に目を凝らすと、流れを断ち割り上流へと向かって行く黒光りする背中。

 少なくとも、日本の川に生息する魚のサイズを明らかに超えている。

「また何か紛れ込んだか?登校前に水門を確認しとかなきゃな……」

 何故か声に出ていた。

 起き抜けの声は、妙にがさついていた。

 作り物がかった月の金色はどこか病んだ雰囲気がある。その病的な光を見ながら、俺は俺の副業について考える。


「学生の仕事は、勉強である!」

数日前、朝の集会で校長が唾を飛ばして喚いていた。バイト禁止のウチの高校で、バイトが発覚してしまったのだ。

 健全な進学校として名を上げた学校側としては、かなりの問題である。

 しかし、説教を受けている生徒も、それを見守る教師も、そして当の校長も、どこか冷めた目をしている。

 どの学校でもそうだが、バイトは、暗黙の了解というか、公然の秘密の様なものである。

 今回は、仕事中の生徒がラーメン屋で教師と遭遇してしまったのだ。さすがに注意しなければならないということで、この様な集会を急遽開いたらしい。

 しかし、こんな集会がなんの役に立つのというのか。この集会の後も、バイトはなくならないだろう。教師も校長もそれが充分かっている故のこの表情であろう。

 その点、俺は心配ない。俺の仕事は、誰かに雇われるものではないからだ。増して客の中に教師が交じることもない。

 俺の仕事は、「サグリ屋」だ。

「サグリ屋」は俺にのみできる仕事。

 具体的な話をすると長くなり過ぎるので一言で述べるなら、「ゴーストバスターズの下請け」

 この表現が一番しっくりくる。

 この世界には、裏側がある。裏社会という意味ではない。

 知り合いの「ゴーストバスター」の言葉を借りるなら此岸。俺らの世界と対になっている表裏一体の世界。

 此岸との間に、異常が起こったとき、此岸からの存在が流れ込んでくる。

 それが、「あやかし

 その流れ込んできた存在と殴り合いをやらかすのが「ゴーストバスター」の仕事。

 そいつらに頼まれて、二つの世界の境界での異常を探すのが俺の仕事だ。この仕事が俺にしかできないのは、俺の特異体質が原因だ。

 この世界の裏側に常に此岸は存在する。それは、人の裏側にも存在している。

 その此岸の影響で、通常の人間が二つの世界の境界面の異常に近づくと、境界面の異常は、拡大してしまう。つまり、俺がさっき「ゴーストバスター」と呼んだ連中(霊媒、エクソシスト、山伏、祈祷師、巫女、霊能力者など様々)は、境界面の異常を探すとき、どうしても事態を悪化させてしまう恐れがあるのだ。

 そこで、俺の出番。

 俺は、境界面の異常に一切影響を与えることが無いのだ。

 理由は、簡単。

 此岸から、切り離されているから。

 どういう訳か、俺の裏側には、此岸が存在しないのだそうだ。

 普通は、人間の感情の乱れさえも境界での異常に影響を与えてしまうというのに、俺の場合は、逆に何をやっても境界面に影響はない。

 故に俺ならノーリスクで、境界面の異常探しを行えるわけだ。

 これは大きなアドバンテージだったようで、俺のこの特異体質が判明した次の日には、どんなツテを使ってか知らないが近隣の霊能力者達から依頼が殺到した。

 境界面や此岸、妖の存在について無知だった俺は、実地から多くを学び、稼げる金額も少しずつ上がった。

 結局、今では携帯に登録された番号の八割が霊能力者、という状態になったというわけだ。

 俺としては、最早これが自分の生活の大部分を占めているのだが、校長の言葉に合わせるなら、サグリ屋の仕事は副業ということになるのだろう。

 稼いだ金は、大学進学時の一人暮らし用の軍資金として使うつもりだ。

 もっとも、まともに進学させてもらえるかは微妙だが。霊能力者達にとって、俺はかなり便利な存在らしく、進学を辞めて、自分の弟子や部下に成れ、と言われたことも一度や二度ではない。

 高二の今でこんな調子だ。高三になってからの勧誘の凄さを想像すると、今から憂鬱だ。

 回想から覚め携帯の画面を見ると、六時前だった。学校へ行く準備をして、少々パトロールするには、最適な時間だ。

 蛞蝓なめくじの様に布団から出ると、俺はハンガーに掛けた制服へ手を伸ばした。





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サグリ屋 平鍋 鐶 @k8k2k8

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