転がれないサイコロ人間

ちびまるフォイ

転がれない体

マッドなサイエンティストは研究所に集めた6人を合体させて人間サイコロを作り上げた。

正方形の各面には人間の顔が出ている。


「完成したぞ! これこそ我が最高傑作だ!!」


不眠不休で頑張ったマッドサイエンティストはそのまま死んでしまった。

残ったサイコロ人間たちは転がりながら外を目指した。


「太陽だ! 外に出たぞ!」


ひとつの面がそう叫んだ。

けれど外は人里離れた山の中。

どんなに叫んでも返ってくるのは山鳥の鳴き声くらい。


「ねぇ、このまま山を転がっていきましょうよ」


ひとつの面が提案した。


「転がってどうするんだ?」


「町に行けば私達を治してくれるかもしれないじゃない」


「バカ言うな。すでに俺たちの体はサイコロの内側でドロドロでぐちゃぐちゃだ。治せっこない」


「そんなのやってみなくちゃわからないじゃない!」


「むしろ、こんな状態で生きていることを不思議がられて

 治す目的で好きかっていじくり倒されるだろうな」


「う……」


6面のうちひとりは言葉を飲み込んだ。

もしもこの状態を見られて他の人はどう思うだろうか。

不気味な生命体として人間扱いされる保証もない。


「僕らはここで生きていくしかないんだ……」


ひとりがつぶやいた言葉に、サイコロ人間たちは返事こそしないが納得していた。


そうして山の中で過ごすこと数日。

山の中では口論がひびいていた。


「もういい加減にしてくれよ!

 どうして僕がいつも地面に顔をこすらなきゃならないんだ!」


「いいじゃないか。お前ひとりが地面につっぷしていれば

 ほかの5人はいつも外を見てられるんだから」


「それがいつも同じ人間なのがおかしいって言ってるんだ!」


「じゃあどうしろっていうんだよ」


「サイコロなんだから転がればいいだろ!?」


サイコロ人間たちは話し合って、毎日下の面を担当する人間を変えた。

普段は外を眺めていられるが下の面になったときは、葉っぱと土を顔にこすりつける。


6日のうち1日だけやってくる地面担当日は、

どのサイコロであっても苦痛で辛い日だった。


毎日地面だったらなれることもあるかもしれない。

交代にしたせいで外向きの面になれた頃に地面にこすられてしまう。


(ずっと外を見ていられたら……)


言葉にこそ出さないが6面全員が同じことを考えていた。


ある深夜、サイコロ人間はコロコロと崖の方へと転がり始めた。

その振動にひとりが目をさます。


「ちょっと、どこへいくつもり!?」


「しーーっ。黙ってろよ、みんな起きちゃうだろ」


「この先には崖しかないのよ!? 前にみんなで確認したじゃない」


「だからだよ。お前だってもう地面の担当したくないだろ」


「それはそうだけど……何の関係があるのよ」


「ひとつの面をつぶせば、みんなずっと外を見てられるだろ」


「ま、まさか……」


「崖から落ちてしまえば、一番下の面の人間が死ぬ。

 そうすればもう不満を言われなくなるだろ?」


その悪魔のような提案をはねつけることはできなかった。

もう地面に顔をこすりつけなくていい、という思いが反論を封じた。


「崖だ。よし、いくぞ……!」


ひと転がりして、サイコロ人間は崖から落っこちた。

びゅうびゅうと風を切る音と、サイコロ内側の体内が持ち上がる感覚に他の面たちも目が覚めた。


「な、なにやってるんだ!?」

「落ちてる!?」

「うわああ! 助けてーー!」


誰もが着地面になるまいと空中で面をコロコロと変える。

空中でもがき続けたが最後は突然に訪れた。


ぐしゃっ。


運悪く、最後のタイミングで顔を地面に向けていた顔が潰れた。

6つの命のうち、ひとつが失われたと内部でつながるサイコロ人間は誰もが感じた。

けれど誰も可哀想だとか命の尊さを訴えることはなかった。


これでずっと自分たちが地面にこすられることはない。

その事実が罪悪感を押しつぶした。


「みんなが死ななくてよかった、な……」


「そ、そうね……」

「それじゃ戻ろう」


サイコロ人間たちは転がろうと重心を傾けた。

けれどぴくりとも動かない。


「ぐっ……ふんっ……あ、あれっ……!?」


落下と着地の衝撃で、サイコロの内側の部分が下に寄ってしまった。

重心が偏ったことでうまく転がることができない。


最初に落下を扇動した人間は常に空を仰いでいた。


「もうこの風景しか見れないのか……」


頭上には野鳥が飛んで、太陽の逆光でシルエットが見える。

ぽたりとなにか顔についた。


「うあっ……と、鳥のフンだ!!」


空を見上げていた面の顔には白いフンが直撃していた。

必死に体をよじって転がろうとするが、偏った重心が動かしてくれない。


「ああ、お願いだ!! 顔を、顔をこすらせてくれ!!」


空を仰ぐ面は悲痛な叫びを響かせた。


全部の人間が協力すれば転がることもできただろう。

それでもほか4面は知らんぷりと貫いた。


誰もが真上と真下、そのどちらを担当したくなかった。

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