座敷童 2
時折なつきが出かけては、ひどく消耗して帰ってくる。そういう日は「死にたい病」全開で、もう手首を切るわ飯も食わないわ大変である。
「そんなにイヤなら行かなきゃいいじゃん」
僕はなつきの手首に包帯を巻きながら言う。「どんな大事な仕事なの?」
「仕事じゃないねん」なつきが言う。「でも仕事みたいなモノなんかもしれん」
「おまえ、どこ行ってたのさ?」
「……実家、法事」
僕はなつきの手首の血のにじんだ包帯を、ぎゅっと握りしめた。
「そんなにイヤなら行かなくていい」
なつきは僕にすがりついて、わんわん泣いた。
「わたしは人形になりたくない、座敷童のほうがいい・・・」
泣きやんだなつきがぼそりと言った。
家に近寄らない限り、なつきは概ね健康で機嫌良く過ごしていた。
仕事もみつけたし、休みがちながらも続いているらしい。
どこか俗世間離れした雰囲気はそのままに、うちの座敷童は人間社会にとけ込むことも覚え始めたらしい。
「つきあってる人がいないなら、よければ私と……」
ある日、元同僚に告白された。同期と言っても二つ下。僕と同じ会社で働いていたが、転職して同業だが下請けの会社に行った子だった。
「つきあってる人はいないけど。」
二馬力ではたらくのが僕の理想だった。少なくとも僕がこんなに仕事に打ち込んでいるということを判ってくれる人が良かった。
そういう条件においては、この元同僚は僕ががむしゃらに働いているのも知っていて、それでも結婚を前提におつきあいをしたいという奇特な人で、これ以上の条件の人にはなかなか巡り会えないと思う。
前向きな状態であえて保留して、僕は家路についた。
「おにいちゃん、おかえり」
いつもと変わらないなつきの笑顔に笑顔を返して
「俺、結婚するかもしれない」と言った。「元同僚に告白された」
なつきは「そっか」とだけ言った。
翌日目が覚めると、なつきは居なくなっていた。服も何もかもそのままで、そっくり居なくなっている。
なんとなく、もう帰ってこないんだろうと思った。
いつもなつきがへたくそながらに片づけていた部屋で、明日の朝はゴミの日だと思い出して、玄関先になつきがまとめたゴミを出しにいく途中で、同じマンションに住んでる元同窓に会った
「あれ?大野、お前ゴミ捨てにでるの久々じゃね?いつも妹ちゃんが出してるっしょ。妹ちゃんさっき、走って出て行ったけど大丈夫?」
「座敷童ってさ、出て行くときだけ見えるらしいのな」
「なんだよいきなり。まあ、この家にいます!ってゆーのは見たことないな。昔いました、ってかんじだろ」
「幸せっつーのは無くしてから気付くんだろうな」
「マジでお前どうしたの?」
これから先、元同僚と歩く人生で、僕は幸せを見つけられるだろうか。あの胸の中の黒いヘドロが浄化されるようなひとときを感じられるだろうか。
冷たい風が吹く。僕はもう、あんな幸せにはたどり着けないのかもしれない。
座敷童が逃げてしまったから。
たぶん手の届かない遠くで、人形に戻ってしまったから。
了。
現代妖怪譚 おがわはるか @halka69
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