座敷童


 女の子を拾った。見ず知らずの他人ではなく、友達の友達というレベルの顔見知りの女の子。

 なんだかひどくくたびれて、汚れていたから。それこそ猫でも拾うような気軽さで、拾った。

 彼氏にぶん殴られて逃げ出してきたから住むところもない。というので、僕の家に住ませることにした。仕事なんかはあるようで、時たま出かけて何かしら稼いでるようだった。

「大野、最近なつきと仲良くない?どーいう関係なの?」

と友達に聞かれた。

 女の子――なつきがじっと僕を見つめるので、「コイツ、うちの座敷童だから」と言ったら、座敷童は少しはにかんで「らしいよ」といったので、そういうことになった。

 座敷童はいつも、僕の部屋の隅にちょんと座って、たいていは笑っているのだけれど時々ものすごく死にたがって手首を切ったりするので、そこそこ大変だった。



大学時代の同期で飲み会をした。一人、文学だか民族学専攻のやつがいた。

「大野、そりゃやべーぜ、俺からすると監禁予告にしか聞こえねぇわー」

「なんじゃそりゃ」

「だって、座敷童って出て行ったらその家ヤバくなるじゃん」

「そーなの?」

 生ビールがどんどん運ばれてくる。矢鱈と飲みながら僕と友達は語り明かした。

「座敷童は出て行くことで、お話が完結するんだからなあ。それを信じた昔の人は、座敷童と遊ばせるために子供を一緒に監禁したり、やりたい放題よ。ってか監禁してる?」

「してねーーー!」

「てか、そんな謎の女養う意味なくない?彼女じゃねーんだろ?」

「うーん……彼女って感じじゃないけど、ほっとけないしなぁ。」


チェーン店の居酒屋で、馬鹿笑いをした。

 僕はなつきにとってなんなのか、なつきは僕をどう思っているのかが気になった。



 そんなに広い部屋でもないので、なつきとは一緒に寝る。端から見たら恋人みたいに見えるかもしれないけど、やっぱり僕にとって、なつきは座敷童で妹のようなモノだった。


 なつきは、異様に一人でいることを怖がった。一人でお風呂にはいるのも駄目だった。


「お風呂の何が怖いのかねえ」


 なつきは目を伏せて語り出す。もう死のうと思ったこと。お風呂場で手首を切ったこと。起きたときに死ねなかったことにがっかりしたこと。

 それらを一通り聞いて、僕ふーっとため息をついた。ため息は、なつきがいやがるけどそれがどういう意味か判らなかった。


「じゃあ、今度かわいいお風呂グッズとか見に行く?」


 僕の言葉に、なつきは不機嫌の仮面を脱いで、はにかむ笑顔で「うん」と答えた。


 外では冷たい雪女みたいななつきが、僕の前ではただの座敷童で、僕はそんななつきの笑顔をずっと見ていたいと思った。



 この前の約束を守ろうと、僕となつきは吉祥寺に買い物に出かけた。

「こんな離れた町のことまで詳しいなんて、お兄ちゃんはすごいね。」

 なつきは最近僕をお兄ちゃんと呼ぶ。僕は何も考えずなつきと呼んでいた。人前で座敷童と呼ぶのは少し気が引ける。


「大学浪人してるときの塾がこの辺にあったんだよ」

「へー、予備校ってヤツ。お兄ちゃん、やっぱ偉いよ。私なら学校行かなかったら勉強なんか死んでもしないもん。普通の人よりお兄ちゃんは努力家だね」


 僕はどういう返事をすればいいかわからなかった。そして昔を思い出していた。


 第一志望に落ちたとき、僕は目の前が真っ暗になった。滑り止めの大学は受かっていたけど、僕は第一志望の大学じゃなきゃイヤだった。

 浪人までして入った学校でも、僕はすこし浮いた。同じ年度で入った学生はみんな年下で現役合格で、僕は心の底に真っ黒なモノをため込んでいった。

 就職した後もそうだ。誰にも負けたくない、見下されたくないという気持ちがどんどん肥大化して、だれよりデキるヤツで居ようとした。


「そんなん現役ではいるヤツの方が偉いだろ」


 やっとのことで、吐き捨てるように返した言葉すら、黒いへどろにまみれているのに、なつきは何でもないみたいに笑った。


「馬鹿やから、学校いかないで良くなったら死んでも勉強したくないもん。それでもちゃんと目標もって勉強できるのは、やっぱすごい。それは努力の才能よ」


 僕はなつきの手をぎゅっとにぎる。座敷童は幸せをつれてくるのだとしたら、僕はいまこの瞬間、幸せに抱きしめられているのだろう。

 なつきに救われたような気がしながら、僕はまた仕事に打ち込むことができた。


 

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