2-9


昼過ぎの大通りを、未だに戻ってこないトオルを除いた4人で歩く。

「ってなわけであたしのホームグラウンド、ゲーセンで最終決戦ね!」

「……そうですか。終わったらわたくし帰りますわね」

どこか退屈そうに、小さく欠伸をするリンカ。

「……ねぇ、お昼ご飯どうするの?」

「さっき食ったばっかだろ」

そしてその後ろを歩きながらタイキの服の裾を引くクロエに、短く返した。

「っていうかお前らこそ飯半端だろ。大食い対決でもしてきたらどうだよ」

「駄目よ。ここは絶対に勝ち確の勝負に持ち込まないと……じゃなかった、そういうの金持ちはあんま好きじゃないでしょ」

一行は大通りを曲がり、目的地へと続く小道に入った。

「そこは否定しませんが、ゲームセンターも同じくらい好ましくありませんわね。……もう面倒なんでじゃんけん対決とかいかがでしょう」

心底どうでも良さげに吐き出すリンカを、マソラが睨みつけた。

「アンタねぇ、これはライバル同士の神聖な決闘だってのよ。それをじゃんけんで決めるだなんて」

「お手軽ですぐに終わりますから、わたくしは好きですわよ。それに時は金なり、でしてよ」

「運ゲーじゃあたしが勝てない可能性がある、じゃなかった、運に頼らないとあたしにコテンパンにされるからってそんな甘っちょろい考えだなんて、やっぱアンタって成金――」

その途端、リンカが立ち止まった。

今のマソラの発言が気に食わなかったのかと思ったが、違った。

彼女が無言で見上げた、昼下がりの空。

そこに一点の赤い染みのようなものが生まれたかと思うと、それが周囲の空間を侵食するように急速に広がっていく。

もう幾度目かになる、血のような赤い空。

「……なんで……? 気配なんて一切感じなかった……」

瞬間、どこか表情を硬くするクロエと。

「……まるで、今この瞬間生まれたような感じですわね」

落ち着き払ったまま周囲へと視線を向ける、リンカの2人。

「ねぇ、これって……」

「ええ。あなたも昨日遭遇した、幽魔が突然現れては消える、例の現象ですわね。……そこの2人、わたくしから離れないように」

「……なぁ、すぐに消えちまうんなら放っといてもいいんじゃねぇか?」

「いえ。今回もまたすぐに消える保証なんて、どこにもありませんもの」

頭上の赤い空はいつしかその範囲を広げ、まるでこちらを押し潰そうとするかのようだった。

「それに幽魔は、汚染となる何かしらの原因がないと現れない事はご存じでしょう? その原因を突き止めないと、引き下がれませんわね」

まるで彼女の言葉に呼応したかのように、タイキたちの眼前で異変が起きた。

地面から湧き出るようにして現れたのは、真っ黒で巨大な1本の手。

まるで地面から生えるようにして、手首から上だけが地上に突き出ていた。

「……。下がりなさいな」

獲物を探すかのように路上でうごめく手に、リンカが1歩前に進み出たその時。

「いたじゃない原因! アイツを倒せばいいんでしょっ!」

間髪入れず、マソラが風の球を投げつけた。

効果があったのか怯む相手に、彼女が次の風を放とうと大きく振りかぶる。

と。

『5』

ふと振り返ったタイキの視界に飛び込んできたのは、そんな数字と。

いつもの無表情をいくらか硬くし、前方の光景を見つめていたクロエ。

――そして彼女の足元に突如現れた、もう1本の手だった。

タイキが手を伸ばす間もなく、彼女は驚きの色を浮かべたままその手に握り潰された。

そして、一瞬して視界が現実に引き戻される。

「……危ねぇっ!」

叫びながらタイキがクロエを突き飛ばし自身ごとアスファルトの上を転がるのと、もう1本の手が大きく空を掴んだのはほぼ同時だった。

手が突き出た時の衝撃で小石でも跳ねたのか、それとも転がった時に何かかすったのか、起き上がったタイキの頬に一筋の赤い色が伝った。

「痛って……おい、大丈夫か」

服についた土埃を払いながら、何が起きたか分からずに呆然としているクロエに片手を差し出したその瞬間。

獲物を見つけたとばかりに、2つの手が一斉に彼女へと迫る!

次の瞬間、飛び出したリンカがクロエの首根っこを掴み、駆け出した。

何故かタイキとマソラには一切の興味を示さずにクロエだけを追いかけていく、巨大な黒い手。

駆ける彼女と手の間の距離は、段々と縮まっていった。

「……しつこいですわね」

このままでは逃げ切れないと判断したのか、彼女はクロエを抱えたままふとアスファルトを蹴り、近くのフェンスの上に着地した。

それから近くの建物の電光掲示板や屋根を次々と階段代わりに蹴って跳躍し、屋上まで跳んでいく。

「あなたはここにいなさいな。いいですわね」

「……う、うん」

クロエを降ろした彼女の視線が捉えていたのは、地中からその姿を現した巨大な霊体。

あの黒犬たちと同じく真っ黒な姿をした、一つ目の巨人のような存在。

先月の『原初の者プライマル』よりは一回り小さいものの、それでも立ち上がると優に建物の3階ほどまではありそうに見えた。

それがクロエを掴もうと立ち上がり、腕を宙に伸ばす。

と。

「さぁ、アンタの相手はこっちだってのよ!」

巨人が一瞬ふらつきかけたと思うと、視線を足元に向けた。

その右足に当たる部分に風を叩きつけて相手の体勢を崩したマソラが、片手に風の球を浮かべながらリンカを見上げていた。

「ちょうどいいじゃない。アンタとの最終決戦、こいつを先に倒せた方が勝ちってどうよ!」

「馬鹿な事を言っている暇があったら、今すぐ下がりなさい。前も言いましたが、訓練もしていないあなたの我流のギフトでは太刀打ちなんて夢のまた夢ですわよ。身の程を知りなさいな」

「そんな事言ってアンタがやらないなら、あたしが先にやっちゃうんだからっ!」

大きく振りかぶり、再度風を巨人の右足に投げつける。

クロエより足元の邪魔者を排除する方が先だと判断したのか、巨人がマソラへと振り向き、その手で捕まえようとして。

「……全く」

タン、とリンカが屋上の柵を蹴って宙に躍り出た。

そして。



彼女の足元には氷塊が生まれていた。

眼下の巨人が小さな人形か何かに思えてしまうほどの、直径十数メートルはある巨大な円錐えんすい状の氷塊。

そしてその頂上の平面部分にただ立ち尽くす人物は、真下を見下ろしながらもどこか冷めた表情を浮かべていた。

「その程度でわたくしと張り合おうだなんて、とんだお笑い種ですわね」

そして、先月のあの『原初の者プライマル』相手にすら不必要だと思えるほどの大きさの氷塊は。

次の瞬間、その頂上に立つリンカごと落下を始めた。

真下の、黒い巨人めがけて。

「もっと努力しなさいな。……ねぇ、わたくしのライバルさん?」



耳をつんざくような轟音と共に、辺りに氷の破片が降り注ぐ。

「……っ」

爆風にも似た風圧で、タイキはその場に尻もちをついた。

かわす間もなく氷塊に押し潰された巨人は、他の幽魔同様にさらさらと溶けるようにして消えていく。

「せっかくわたくしを追い抜かすチャンスでしたのに。残念でしたわね。出直してきなさいな」

地上に降り立ったリンカは、呆然と立ち尽くすマソラの肩を小突いてクスリと笑んだ。

「……んだよ、お前……全然弱体化してねぇじゃねぇか」

あからさまに以前よりも強まった彼女の力にタイキは立ち上がる事も忘れ、そう吐き出すのがやっとだった。

「これでもリハビリ明けなのですから、少しはいたわって欲しいですわね」

そして、改めて眼前の光景に視線を向ける。

能力で生成された氷の破片は一様に消滅していったが、その場には今しがたの衝撃を物語るかのように巨大なクレーターが残されていた。

「……なぁ、お前、マソラに怒ってるだろ……?」

「いいえ。全くちっとも」

先ほどまで、ライバルだとか何だかで何度も突っかかっていた幼なじみの姿。

今は声を上げる事さえも忘れ、その場に立ち尽くし眼前の光景を見つめるのみだった。

「怒ってなど、いませんわよ」

と、その時。

「クロエッ!」

あの小柄な少年が、二丁拳銃を手に駆けてくる姿が見えた。

「あらあなた。今日は立場が逆ですわね。もう終わりましたわよ」

それに一瞬だけ視線を向けると同時、例のごとく扇子を取り出し口元に当てる。

「これって……キミ、だよね。何もここまでしなくても……」

「屋上の彼女はあなたに任せますわ。……あと後始末、お願いできます?」

どうせこの惨状をなかった事にする便利なマジックアイテムでもあるのだろうとタイキは思ったが、それを口に出すことは出来なかった。

と。

「お拭きなさいな。みっともないですわよ」

その言葉と同時、高級そうな白いハンカチが尻もちをついたままだったタイキの頭にパサリと舞い落ちた。

そして頬の傷に触れた純白の絹の生地は、みるみるうちに赤く染まっていく。

「お、おい、これ……」

「差し上げますわ。どうせ今日だけで使い捨てるつもりでしたから」

それだけ言うなり、彼女はタイキとすれ違う形で背を向けた。

「お、おい!」

「わたくし、あなたたちに構っていられるほどヒマではありませんので」

呼び止める声も聞かず、彼女はどこか足早に小道の先へと去っていった。



「……」

トオルによって地上に降ろされたクロエが、浄化の作業を行っている光景。

タイキはそれを、少し離れた背後からただ眺めていた。

浄化の進行に伴って、空の色もようやくいつもの様子を取り戻していく。

「……今日は放っといても戻んねぇんだな」

そうつぶやいてからふと、隣に立ち尽くす幼なじみに視線を向ける。

先ほどからずっと、何かをぶつぶつ口にしているのみだった。

「何だってのよ、さっきの……。こんなのあたしの完敗じゃない……。ライバルどころか……」

そしてその時、辺りの確認を終えたトオルが戻ってきた。

何をしたのか知らないが、あの巨大なクレーターがいつの間にか跡形もなく消え去っていた。

「さてと。後は僕たちに任せて、キミたちは今日はこの辺で帰った方が……」

「……いや」

タイキの目には、自身の片手に握りしめられたままの、先ほど渡されたハンカチが映っていた。



「……ったく、どこ行ったんだ」

それから数分の後。

マソラたちをあの場に残したタイキは、赤く染まったハンカチ片手に、リンカが去っていった方向へと独り歩いていた。

もちろんこのまま返すわけにはいかない事は理解していたものの、先ほどの彼女の口ぶりが少しだけ気になっていた。

だから彼はハンカチの返却を口実に、姿を消した彼女の足取りを追う事にした。

「……で、あー、どっちだ」

足取りを完全に見失ったタイキは、頭を掻いた。

眼前のコンビニがある方向へと去っていったと思ったが、どこにも見当たらない。

「まさか買い物でもしようと、中に入ってったわけでもねぇだろうし……」

以前にジャンクフードが嫌いと言っていたのはもちろん、やたら金持ちアピールをしている彼女がコンビニで買いたいものなど、皆目見当もつかなかった。

「くっそ、どこ行きやがったんだ……」

軽く舌打ちしながら、今しがた背を向けたコンビニの建物脇の暗がりを覗き込む。

「んなところにいるわけねぇ、か」

引き返そうとしたその時、片足に何かを踏みつけた感触があった。

それはどこか見覚えのある、閉じたままの扇子。

「……!」

それを拾い上げ、暗がりを足早に進む。

そしてその数メートルほど先、建物の室外機などが乱雑に置かれている物陰を覗き込んだタイキの目に飛び込んできたものは。


顔に脂汗を浮かべて崩れ落ち、荒い息を吐いているリンカの姿。


「な……、お前っ!」

「……見ました、わね……?」

息も絶え絶えにそう口にしながら、タイキを睨みつける。

だがそれも長くは続かず、唐突に苦しそうに咳き込む。

「どうしたんだよ、なんで急にそんな……っ!」

「……それ、取ってくださるかしら……?」

彼女が震える手を伸ばした先には、彼女の持ち物と思わしきポーチが口を開けたまま転がっていた。

そしてそのそばに落ちているのは、栄養ドリンクのような小ビン。

慌ててそれを拾い上げ、キャップを外して彼女に手渡す。

ビンの中身を少しだけ口に流し込むと、リンカは落ち着いたように小さく息を吐いた。

「……念のため持ち歩いていて正解でしたわ」

「……?」

「『セントラル』謹製のエーテル。生命エネルギーを補充してくれますの。あの彼女風に言うならば、MPやエナジー回復のポーションとすれば理解は出来まして?」

「回復って、なんでそんな必要が……」

それからふと足元のポーチに視線を向けたタイキは、そこに先ほどクロエの部屋で見た黒い粒剤が入ったビンも混じっている事に気づいた。

「……なぁ、確かこれ、痛みを先送りする薬って聞いたんだけどよ」

「嫌ですわね、おしゃべりな誰かは」

面倒そうな色を浮かべた相手は、どこか観念したかのように息を吐いた。

「……先月分のリハビリ、終わったんじゃねぇのかよ」

「もちろん、終わりましたわよ。だから先ほどのようにまたギフトが使えるようになりましたの」

「だったら……」

「ただ、いくらリハビリを繰り返してもこれ以上は回復しないようでして、ね」

「……?」

「能力の持続性が失われましたの。要するに、出力のコントロールがほとんど利かないという事ですわね。強制的に最大出力以上の威力で使わされる、と言い換えてもいいかしら」

言いつつ、片手で汗を拭う。

「それで身体の限界を超えて無理やり能力を行使した反動が、このザマですわね」

それから中身がいくらか残った小ビンを足元に転がした。

「だからこのエーテルで、失った生命エネルギーを補いましたの。ただ、死ぬほど身体に悪いので一口だけしか飲めませんけどね」

「……」

「……私の身体の事、他の3人に話したらただじゃおきませんわよ」

ふとタイキの脳裏によぎったのは、喫茶店での光景だった。

あの時、マソラのココアに大きな氷柱を立てたリンカは顔をしかめていた。

あれはくだらない事に能力を使った事が不愉快だったのではなく……。

「全く。あの彼女の方が、今のわたくしよりはまだコントロール出来るかもしれませんわね」

「……あの時もさっきも、やせ我慢してたってわけかよ」

「明け透けな物言いは、要らぬトラブルを招きますわよ」

それから大きく息を吐き出した彼女は立ち上がり、ポーチとその中身を拾い上げた。

「ついでですわ。付いてきなさいな。もう少しだけあなたに話しておきたい事がありますの」



「報告書の提出?」

近くの児童公園のベンチに、2人並んで腰かける。

奇しくも敷地内には他に誰もおらず、周囲の目を気にする必要はなさそうだった。

「そう。先月の一件でギフトを手にしたあなたたち2人が、その力を悪用するような人間かどうかを見極めるための調査指示ですわね」

先ほどのエーテルではなく、ペットボトルのお茶を口に付けて息を吐く彼女。

近くの自販機の前で鈍色のカード片手に困っている彼女に、タイキが例の二百円で代わりに買ったものだった。

「それが、今回私が再びここにやってきた仕事ですわね。以前は始まるまでまだ時間があると言いましたが、実はもう始まっていましたの」

「俺のところにお前が来たって事は、マソラには……」

「ええ。お察しの通り、小うるさい彼女にはあの小動物が付いたようですわね。そして各々で対象の報告書をまとめ上げる手はずですわね。……最も、あなたの分の報告書は既に仕上げてありますわよ。『一切問題なしの善人である』と」

「……?」

「そんな調査など、性に合いませんもの。やる気など最初からさらさらありませんでしたわ。向こうがどうしているかまでは知った事ではありませんけどね」

それから、再度ペットボトルの中身に口を付ける。

「きっと、遊び呆けている彼女に律義に付き合って観察でもしていたのでしょうね。あれは馬鹿真面目ですから」

うっすら笑む彼女に、では昨日デパートでの買い物に付き合ってくれたりしたのは、と言いかけては思い直し、結局口を閉じた。

「さて。そんなわたくしの厚意をよそに、能力をもし悪用しようとすれば……代償は高くつきますわよ。あなたがあと1度しか払えないほどに」

言いつつ、扇子でタイキの心臓付近を突く。

「……!」

「なんて。例えそんな事があっても、対象の命を再び奪うような組織ではありませんの」

「……なら安心だ」

「万が一そういう事があっても、ギフトの没収、具体的には封印程度ですわ。記憶と共にね」

そして、カラになったボトルを手の上で転がした。

「何にせよ、わたくしの顔に泥を塗らないよう、お願いいたしますわね」

「……善処する」

少し前、クロエにくだらない事でギフトを使わされた事はどうなのか気になりもしたが、それを聞くよりも先に相手が続ける。

「本来はそんな平和な仕事でしたわ。力を使う必要は無さそうだと判断したので請けましたの。あなたも、見ず知らずのサポーターに身辺調査をされるよりはいいでしょう?」

言いつつポーチから取り出した、まだ中身が残ったエーテルの小ビンを見つめる。

「でも、少々状況が変わったかもしれませんわね」

その言葉は先ほどの一件を指していた。

「あれは……はぐれ幽魔っていうのか? そういう奴じゃねぇの?」

「あなた、変だとは思いませんでしたの? 昨月の事を思い出しなさいな」

「……?」

「幽魔は自身の糧とするために、力の強いものを優先的に狙いますの。邪魔されない限りは」

「……。まだ何もしていない状況で、力が無いクロエを真っ先に狙うのはおかしい……ってわけか?」

「その通り。正確には、術式を組む事が出来るネクロマンサー自身にも霊的な力は存在しますわね。ですが例の通り本人が無防備であるため、その力が外部に漏れないように特殊な衣装をまとっていますの」

あのゴスロリドレスはアイツの趣味じゃなかったのかとタイキが口にする前に、彼女は続ける。

「よって、あの状況でネクロマンサーが真っ先に狙われるのは、別の誰かの意志が介在しているとしか思えませんわね」

「要するに、操っている黒幕がいるってか」

「ええ。もしそうであれば、わたくしに出番はあるかどうかは分かりませんけどね。……全く、唯一太刀打ち出来そうな問題児は、一体どこで何をしていますの」

先ほどは急いで飛び出してきたため、結局その援軍とトオルが合流できたかどうかは聞いていなかった。

「わたくし、これでも引き際はわきまえているつもりですの。自信満々に登場した挙句、土壇場で倒れて誰かを守れないなんてごめんですから」

「お前……」

「……なんて。わたくしがそんな後ろ向きな事を本気で口にすると思いまして?」

クスリと笑い、閉じた扇子を見つめる。

「わたくし、こんなところで立ち止まる気はありませんの。わたくしは誰よりも強いのですから。わたくしに守れないものなんてありませんから。そして、そうであらねばなりませんから」

まるで自身に言い聞かせるようにつぶやき、ベンチから立ち上がる。

「例えこのような身体でも、小道具に頼れば出来なくはないのですから」

先月の一件で能力を失いかけ、それでも力を振るおうとしているリンカ。

ふと彼女を見つめたタイキの視線を遮るように、扇子を広げる。

「同情は要りませんわよ。他人からの憐れみほど、不快なものはありませんもの」

そして背を向けたまま、近くのゴミ箱にペットボトルを放った。

「わたくし、こんなところで終わる気はありませんのでご心配なく。いつまでも過去を引きずっているド貧乏人とは違いますの」

それだけ言うなり、彼女は去っていく。

タイキにはその背が、今までよりどこか小さく見えた。

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紅天の死体蘇生者(ネクロマンサー) 薄山月音 @kounokiya_ukyou

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