vs結界天使クサハエル

エピローグ

 異世界『控室』。


「は――――――――て、?」


 声のトーンが一段下がる。他のメンツも即臨戦態勢に移行していた。一人暢気なほくほく顔のクサハエルが口を開く。


「んんwww物騒ですなwww我はもう勝利報酬の『お願い』を果たしましたぞ」

「んだとぅ……?」「キャハ! ぶっ殺? ぶっ殺?」「コイツ、舐めてやがるわね」『…………』「…………」「…………っ」


 それぞれの反応を浮かべる少女たち。おっさん天使はその内の一人に視線を投げた。


「んんwww」

「え、私……? 適当なこと言ってるなら容赦しな――――ぁ」

「おい。『ぁ』ってなんだ。『ぁ』って!?」


 高月が突っ込む。指名されたメルロレロは真っ青な顔で視線を逸らした。その口元はひくついていて、西洋人形のような可憐な顔立ちには冷や汗が浮かんでいた。


『僕は聞いていたけど』

「……実は、私も」


 メフィストフェレスとハート。

 高月がクサハエルに視線を戻す。


「んんwww我は貴殿にこの『とんすい』を取ってあげましたぞwwwごっそさん!www」


 顔色を真っ赤にして、真っ青に震えるメルロレロ。反応がどう見ても黒だ。力が抜けた高月はだらりと椅子にもたれる。


「マージーかーー!」

「あの、その…………ごめんなさい」

「いーよいーよ! だったらさ、もう――――」


 怪物少女が右腕を上げた。

 情念の怪物らが一斉に立ち上がる。机も椅子も大鍋も。邪魔な物体はまとめて端に飛ばされていた。瞬きの間もなかった。ハートの『時空』の魔法。


「力尽く、しかねーだろ……?」

「んんwwwwwwwww」


 クサハエルの背に純白の十翼が広がった。


「創成――――ロード」


 その懐、メルロレロの短躯が潜り込んでいた。水色の日本刀。一刀両断に振り抜く。


「んんwww我www」


 刃は届かなかった。父性を蓄えたどっぷり腹の目前で凶刃は静止する。


「結界技法をwww得意としておりまするぞwww」


 軽く払う所作。たったそれだけで、『創造』の魔法を持つメルロレロが一蹴される。銃声。ハートのショッキングショットと同時に、クサハエルは指を弾いていた。

 高月の頭が大きく後ろに反れる。ショッキングショットの弾丸が脳天を貫いていた。


「リロード、リペア」

「んんwwwこれくらいじゃwww平気へっちゃらへへへのカッパですかなwww」


 再生した高月が拳を握る。その横を爆走する凱旋門。


「キャハハふぅぅっぅぅ?」

「んんwww」


 結界天使の壁を破れるはずもなく、勢いを逸らされてどっかに飛んでいく。ハートが高月の背後に飛んだ。彼女の背中に手を当てて一言。


「時間停止」


 止まった。

 ただし、『時空』の魔法を使ったハートだけ。手と背中の間にはクサハエルの結界が挟まっていた。ハートは天使の結界の中で時間が停止してしまったようだ。


「んんwww我の結界技法はwww小規模な世界創造に匹敵しますぞwwwに閉じ込めたんですなwww」


 圧倒的な重圧。エンドフェイズの肉体が浮かび上がる。クサハエルの両腕がエンドフェイズに向かう。その右肩。



 メフィストフェレスの囁きの魔力。だが、その声は天使の耳には届かなかった。運命の砂時計が顕現するも、『崩壊』の魔法は結界内で荒れ狂うだけ。


「んんwwwそこの雑魚二人に比べてwww貴殿らに勝手されるのはヤバそうでしたのでなwww対策するしか有り得ないwww」


 結果天使クサハエルの結界内は、一つの異世界だった。

 エンドフェイズの『崩壊』は問答無用で世界を崩壊させるが、あくまでもその世界を滅ぼすのみである。故に、世界創造に匹敵するクサハエルの結界は越えられない。

 そして、メフィストフェレスの囁きの魔力は、世界を隔てればその肉声は届かない。同時偏在も同じ世界の中でしか成り立たない。囁きの悪魔は完全に封じ込まれてしまった。


「こんッのぉ――――ッッ!!」


 体勢を立て直したメルロレロが突撃する。『創造』の魔法で生成した無数の刀剣類を大蛇のように束ねて。


「んんwww貴殿は問題外ですなwww」


 だが、それだけの大質量でも、世界を隔てる結界を通せない。次撃を放つ前に結界に閉じ込められる。


「関係ない! 創成!」


 頭上にタライが浮かんだ。直撃してメルロレロがうずくまる。


「んんwww法則を追加した世界ですからなwww構造を模倣するタイプの物質創造が同じ感覚で使えるはずありませんぞwww」

「リロード」


 最後の一人は既に結界で閉じ込めている。


「リロード」


 だが、その闘志満ちる声は、世界を隔ててもクサハエルに届いていた。


「んんwwwやはりですなwww」

「インパクト――――マキシマムッッ!!」


 会心全力の拳撃が『増幅』の魔法で無限に膨張する。結界天使の結界をも砕く一撃。高月は走り出していた。


「おっさん――――やっぱ強ええんだな!!」

「んんwwwこれでも神の御遣いですからなwww」


 肉迫。

 少女の徒手空拳を身のこなしで捌く。そして空いた一瞬の隙に結界を挟み込む。


「ぐ……ッ!?」

「んんwww数多世界の壁を打ち破ることは、単なるスタートラインに過ぎませんぞwww」


 掌底。クサハエルが、初めて攻撃らしい攻撃を仕掛けた。掌サイズの世界創造。その生成エネルギーを叩き込む。

 即ち。


「ビックバン・ジャブ」


 少女の半身が消し飛んだ。全身が塵と化さなかっただけ、大したものだった。クサハエルは小馬鹿にするように口笛を吹く。


「んんwww我がどれほど神への造反者の対応をしていたとお思いですかな? 尊きお方らに、未熟者の手垢など付けられるはずもなかろう」

「リロード……リロード、リロード! リペアッ!!」


 『増幅』の魔法が自然治癒力を神の領域まで引き上げる。完全復元した怪物少女が叫んだ。


「ボアッ!!」


 屹立する漆黒の巨人。精神を犯す漆黒の汚泥。巨人の周囲に蔓延る巨大な六つの眼球。迷いの六道の支配者、一つ世界では足りないはずだ。

 クサハエルが大きく手を叩いた。

 無数の結界が輪廻のネガを喰い潰す。彼の結界の最大サイズはちょうどこのロッジと同じくらい。というか、このロッジ自体が彼の結界そのものだった。視認できる範囲であれば無数に結界を創れるほどの技量を、結界天使は膨大な経験値から会得している。


「我、今年で大体十四億歳」

「……俺様、まだ十四歳だよ」

「んんwww神に挑むのであればwwwもっとたくさん積み重ねるのですなwww経験だけは嘘をつきませんぞwww」


 クサハエルが指を鳴らすと、ロッジごと少女たちは姿を消した。結界ごと久遠の果ての異次元世界に飛ばしたのだ。ここは世界の外側。無限に広がる虚無空間に十翼天使は浮かぶ。


「んんwwwしっかしまあwwwこんな茶番に付き合わされる我wwwお歴々のお考えも我如きには思いも及びませんなwww」


 ひとしきり笑う。笑わないとやっていけない。

 若干目尻に涙が浮かんできた、その時。



――――ビシリ



 虚無空間にヒビが入った。クサハエルの表情が固まる。しばらく、指先一つ動かせなかった。それほどの緊迫感。たっぷり十分。何も起きない。ようやくクサハエルが額を拭う。


「……消しておくべきでしたかな」


 この数十億年、神々に挑もうとする愚かな被造物が後を絶たない。そんな思い上がりを挫くことこそが天使の使命だった。

 結界天使クサハエル。

 階級は智天使ケルビム

 その主な役割は――――神々の露払い。







 久遠世界の果て。


「んなあああ負けたああああ!?」


 高月さんがぶっ倒れながら叫ぶ。その周囲、五人の黒い少女が立ち上がった。ぞろりと蠢く果て。

 プロローグ。

 メルロレロ。

 メフィストフェレス。

 ハート。

 エンドフェズ。

 彼女らがその存在を取り戻す。


「しゃあなし! じゃあ鍛え直しだぜッ!!」


 敗北は、終わりではない。

 不敵に笑う怪物少女は欲の続く道へと歩み始めた。




了。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【ダイスロール・ウォー】ネガ・セクステット ビト @bito

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ