魔王に状態異常は効かない

ドク

魔王に状態異常は効かない

 魔王城の照明に、何度目かの青い炎が灯された。

 それは新しい魔王が、魔王城の主になったことを表していた。

 城の玉座の間には、新たな魔王と、新たな執事がいた。

「魔王様、この度は魔王の座に就かれまして、大変おめでたく存じ上げます」

「ふむ、苦しゅうない」

 新たな魔王とは、前魔王の息子であった。

 武闘派であり、全界布武を掲げ、魔物界、人間界、ひいては天界までも、

 武をもって治めんとする者であった。

「して、お前は何者だ?」

「私はこの度、新しく魔王城を管理する、執事でございます」

 新たな執事とは、女であった。

 以前まで務めていた執事の公認であり、ゆえに後任を仕る者であった。

「あぁ、爺が遣わしたものか。女だから、てっきり誰ぞやの従者か思ったわ」

 ククク、と魔王は嘲笑った。

「まぁ良い。早速だが、魔王として、まずは魔物界の統一を行う」

「統一、ですか?」

「四方のうち三方は既に統治しているが、東方のみ未だ出来ておらん。

 魔境のままだ。魔王となった証として、俺様の力を示してやろうじゃないか」

「それは素晴らしいことです」

 執事は深々と頭を下げた。

「ところで、魔王様?」

「何だ?」

 執事はゆっくりと頭を上げた。

「魔王様に、『状態異常』は効きますか?」

「…ほう」


『状態異常』。

 それは、魔法や呪いによって、自身の身体能力に悪影響が起きた時に

 発生するものの、総称である。

 内部の損傷を引き起こすものや、その状態になって行動制限が発生するものは、

 十把一絡げにされ、『状態異常』の『何か』と呼ばれる。

『状態異常』には幾つかの名称がついており、その認識は魔物、

 人間問わず合致している。

 例えば、治癒魔法をかけても、体表の変色や吐血などの体調不良が

 改善されない場合は『毒』、特に身体が痺れる場合は『麻痺』、

 不自然な眠りにつく場合は『昏倒』、幻で我を失う場合は『混乱』などと

 呼ばれている。

『状態異常』を故意に発生させる魔法や呪いは存在し、

 それを治療するのに特化した魔法も存在している。

 一方で、特別な状態異常もいくつか存在し、それを回復するには

 特別な手段を用いなければならない、なんてものもある。

『状態異常』そのものが効かないものもいれば、

 当然、どれかが弱点となっているものもいる。

 つまり、相手に「『状態異常』は効きますか」と聞く行為は、

「弱点は何ですか」と聞く行為と同義なのである。


「貴様、そのを理解しているか?」

 空気が凍り付いた。

 執事の、次の言葉が誤れば、途端にこの玉座の間には、孤独のみが残っただろう。

「当然ですとも。があって、申し上げております」

 執事は、管を巻くような言い回しをした。

 魔王がよく知っている者と、似た話し方をしていた。

「…やはり、爺が寄こした者で間違えないようだ、全く」

 魔王から、ため息を漏れた。

 空気が緩和されていった。

「話せ」

「はい」

 執事は一言返事をすると、待っていたかのように語り始めた。

「そもそも、前魔王様が東方を統治できなかった理由はご存じでしょうか?」

「東方に潜む、ラミア種やサソリ種に手こずらされたからであろう。

 奴らの扱う『状態異常』の種類が、余りにも多岐に渡るのだ。

 送り込んだ兵が、皆、返り討ちに遭っておったわ。

 東方一帯を丸ごと焼き払ってしまえば、こうはならんかったろうに」

「お言葉ですが、それを為されなかったのは、

 それを為すには、と判断されたものだと考えられます。

 魔物達にとっても、当然、前魔王様本人としても」

「分かっておる。結局、父は東方の種族らを欲していたのだ。

 人間は基本的に、『状態異常』に耐性がない。

 魔法で治すことしかままならん。

 ゆえに、奴らの力を人間どもにぶつければ、必ず戦果を挙げる。

 だから父は、自身で直接叩かず、魔王城直属の兵たちのみで攻略を試みた」

 魔王は、深くため息を吐いた。

 父の過去の過ちに、落胆していた。

「それが失敗だった。

 結局は悪戯に兵を失い、下等種族を付け上がらせる材料にしかならなかった」

 魔王は、ギリギリと口を鳴らした。

「もう、奴らに余地はない。奴らが思い上がり、

 人間と手を組み始めたりするならば、それこそ厄介だ。

 今すぐにでも、焼き払って更地にしてやる」

「しかし、それは結局、魔物としても人間に対して戦力を失う結果となります」

「そんな戦力など、初めから存在しなかった。それで良いだろう?」

「それは如何んとも勿体ないではありませんか。魔物も大事な資源です」

 執事は中々食い下がらなかった。

 つまりは、そこに執事の話したい意味があることを示していた。

「だから、お前は何が話したいのだ?」

「はい。実は、『転移物』の、とある本の解読に成功したのです」


『転移物』とは、時折、世界の各所で発見される謎の物体である。

 今から未来のものとも、過去のものとも、別の世界のものとも呼ばれている。

 魔王城でも、金属製の兵器の様な物体や本など、いくつか保有している。

『転移物』が持つ能力も、ものにより、結局は信用ならないものも少なくない。


 だが、報告として挙がってくるものというのは、それなりに

 効果が確認されたものだった。

 魔王は、執事の言葉に思案を巡らせ、口を開いた。

「…『状態異常』に関するものか?」

「その通りでございます。その本には、我々が認識する『状態異常』を

 より細分化し、それぞれの対処方法が記載されてあったのです」

「素晴らしいではないか!確かに信用できるものなのか?」

「数人の兵で実験し、東方攻略に運用してみたところ、効果が確認されました。

 是非とも、魔王様にもこの技術を受けて頂きたいのですが、如何でしょうか?」

 効果が確認されているなら、願ったり叶ったりであった。

「もちろん受けよう。準備に取り掛かれ」

「かしこまりました」

 執事は一礼すると、すぐに準備に取り掛かった。


 それから数刻も待たずして、玉座の間には幾つかの道具が運び込まれた。

 それは、透明な液体、針の付いた筒のようなもの、硝子製の様々な物体だった。

「魔王様には、今から『状態異常』の耐性を付けて頂きます」

「耐性?それは魔法で対処できるものではないのか?」

「はい。

 耐性魔法で対処できるのは、あくまで『状態異常』が表面化してからになります。

 今から行っていくのは、魔王様の身体を、そもそも『状態異常』が効かない

 身体に変えてしまう技術でございます」

「なるほど。それで、それらは一体何だ?」

「今から魔王様の身体に、ラミア種やサソリ種が扱う『状態異常』の肝、

 〈ヘビ毒〉と〈サソリ毒〉を投与させて頂きます」

「自然毒?」

 それは、魔王にとってあまり聞き馴染みのないものであった。

「毒、というからには『状態異常』の『毒』と違うのか」

「我々が『状態異常』と呼んでいるものの原因。

 その全てではありませんが、本によれば、それらは大方、毒と呼ばれるそうです。

 そのうち、生き物から発生する毒を〈自然毒〉と呼ばれ、それも細分化され、

 蛇の毒は〈ヘビ毒〉、サソリの毒は〈サソリ毒〉である、と」

「細かいことまでは良い。それで、どうしてそれを、俺様に投与するのだ?」

「これらの毒は、一度体内に入れると、〈抗体〉と呼ばれる、

 謂わば、それぞれの毒専用の耐性ができるのです」

 一度受けたら耐性ができる、とはニワカに信じ難い話であった。

「もちろん、全ての毒に耐性ができるという訳ではありません。ですが、

 今回の東方攻略に関していえば、確実な有効打となるでしょう」

「そこまで言うのなら、信用してやろう。始めろ」

「はい。右腕を失礼します」

 執事は魔王の右腕に、針の付いた筒を乗せ、針先を右腕の中心に合わせた。

「それは何という物だ?」

「注射器、と呼びます。まぁ、ハチ種に刺されるようなものだと思ってください」

 そして執事は、魔王の右腕に針を差し込んだ。

 その後、注射器を押し込み、魔王の身体に毒を流されていった。

「暫く毒の苦しみに襲われるでしょうが、頑張って耐えて下さい」

「全く。俺様が死なないことを良いことに無茶させおる」


 魔王はその座を降りるまで、勇者の剣によってしか死ぬことが出来ない。

 一方で、苦痛を感じない身体でもない。

 魔王に『状態異常』は効く。されど、死にはしないのである。


「父も、戦場で無様な姿を見せたくなかったのであろう。

 先陣を切って毒で倒れたとなれば、情けなくて仕方がない」

 投与された毒の毒性は、すぐに表れた。

 先ほど、執事が刺した注射の痕から溢れる血が止まらないのだ。

「執事よ、これが毒か?」

「はい。ヘビ毒の毒性の一つ、出血毒でございます。他にも、痺れや筋肉の異常が

 発生することが予想されます。サソリ毒も同時に投与しておりますので、

 痺れや筋肉の異常はかなり強いものかと」

「なるほど。ちなみに執事よ、これらの毒に魔法をかけても、抗体は出来るのか?」

「えぇ。それは問題ありませんが」

「分かった」

 魔王は、ただ毒を受けているだけでは、つまらないと判断した。

 現れた毒の効果を観察し、幾つかの魔法を編み出した。

 血が止まらない、ということは、血、そのものに問題が発生しているのだろう

 と考えた魔王は、身体ではなく、血液そのものに治癒魔法をかける、

 血癒魔法を作成した。

 痺れに関しては、何度か雷を受けたことがあり、知っている感覚だった。

 そのため、耐雷魔法を応用し、痺れを受け流す、流痺魔法を作成した。

 段々と筋肉が、意識せずに緩む感覚を受けると、今度は、

 硬化魔法を全身に細かく付与する連続魔法を作成した。

 作成した魔法はどれも効果を発揮し、魔王の身体は徐々に快方へと向かった。

「流石です、魔王様」

「この程度、造作もない」

 魔王は立ち上がり、全身に問題がないか確認した。

 五体満足であった。

「だが、先んじて毒を受けておくというのは、面白い体験だ。

 毒性に対処する魔法も、いくつか編むことが出来た」

 魔法の法式を書き出し、執事へと手渡した。

「これを兵たちに覚えさせろ。少しは役立つはずだ」

「はは」

 執事はそれを受け取り、胸元にしまい込んだ。

「さて、すぐに東方攻略に向かうとするか」

「魔王様、一つだけ、耳に挟んでおいて欲しいのですが」

「何だ?」

「東方には、ラミア種やサソリ種の他に、マタンゴ種やドリアード種もおります」

「分かっておる。マタンゴ種とドリアード種は日和見しておるゆえ、

 邪魔にならんのであれば、手は出さん」

「それは良かったです。実は本によると、どうやらマタンゴ種やドリアード種と

 いった、植物に近い者らの毒というのは、ラミア種らと比べ物にならんほど

 強力だそうです」

「ほう?」

「もしかしたら、情けない姿を、晒すやも知れません」

 執事は、口元に小さく笑みを浮かべると、すぐに、失礼、と手で口元を隠した。

 わざとらしいやつである、俺様を試しているのだろうか。

「分かった。出来る限り、善処しよう」

 魔王も、不敵に笑みを返していた。

 魔王は、先代の執事のことを思い出していた。


 魔物界の東方は、三日もかからず魔王によって統一された。

 魔王の圧勝であった。

「魔物界全土の統一、おめでとうございます」

「ふむ、苦しゅうない」

 魔王は満足げであった。

「ラミア種やサソリ種の猛攻が、まるで嘘のようであったわ。

 おかげで一種一種、丁寧に潰すことが出来た。日和見連中も、

 結局は手を出してこなかったゆえ、東方の管轄を任せることにした。

 執事よ、お前のおかげだ」

「ははぁ、有難き幸せ」

 執事はわざとらしく、深々と頭を下げた。

「戦いとは、楽しいなぁ」

「それは、良いことです」

「さて、次は人間どもだ。

「して、奴らにもあるのだろう?毒というものが」

「御明察の通りでございます」

 執事は顎に手を当て、悩んでいる様子を見せる。

「しかしながら、人間の生み出す毒というのは厄介なものが多いのです。

 果たして、魔王様が耐えられるかどうか」

「ふん、わざとらしい。俺様は死なぬのだ。

 それに、毒性に対抗する魔法を編み出せば問題ないだろう?」

 執事は不敵な笑みをこちらに向けた。

 全くもって、食えぬやつである。

「…まぁいい。準備しろ」

「かしこまりました」

 執事は、その場から離れていった。


 それから数刻も待たずして、玉座の間には幾つかの道具が運び込まれた。

 前と変わらぬ道具ばかりであったが、液体の種類が増えていた。

 光沢を放っているものから、珍妙な色彩を持つものまで、様々であった。

「『転移物』の本は年代記の様なものが概略的に記載されておりました」

「ほう」

「そして、年代記と現在の人間界の文化レベルを比較し、

 脅威となり得るだろうと想定される毒、というものを準備いたしました」

「御託はよい、それは何だ?」

「はい、〈鉱毒〉でございます」

「鉱毒?」

 それは前回同様、聞き覚えのない毒であった。

「どういったものなのだ?」

「これは鉱山から流れた、金属が混じった液体でございます」

「金属といえば、鎧や武器となっている、あれらであろう。

 それが、よもや水に溶けているとでもいうのか?」

「流石、魔王様。大方の見地は合っております。

 これそのものを人間が魔物に使用してくることは稀かと思われます。

 ですが、鉱毒が発生している地域に魔王様が足を踏み入れることを考えると、

 対策は、あってしかるべきかと」

「ふむ…。まぁ良い。試してやろう、準備しろ」

「では、右腕を失礼しますね」

 魔王の右腕に注射器を突き立て、光沢を放つ液体が身体に投与された。

 途端に、魔王の身体が悲鳴を上げた。

 注射された右腕は、挿入部付近が変色し、異物が全身を駆け巡る感覚が

 巻き付いた。

「こ…これは!ガハッ!」

 魔王が吐瀉物を吐き出した。

 一方、執事は静かに、その状況を観察していた。

「先ずは、とある銅山の鉱毒水を投与させて頂きました。

 この吐き気は、急性銅中毒によるものかと思われます」

「ウ…グゥゥ!」

 魔王は、何度も対処用の魔法を練らんと画策していた。

 しかし、一向に思考がまとまらず、何度も吐いては、

 魔法の方式が霧散していった。

 魔王は、呻き声を上げることしかできなかった。

「魔王様にご協力頂けて光栄です。

 直属の兵たちにも、何人か手伝ってもらったのですが、すぐに死んでしまって

 毒性を測ることは叶いませんでした」

 執事は、もだえ苦しむ魔王を目の前にしても、戸惑う様子はなかった。

「魔王様、どうか、頑張って耐えて下さい」

 その眼には、魔王の向こう側を見つめていた。


 それから執事は、多くの毒を魔王に投与し続けた。

 鉱毒だけではなく、キノコなどの植物性の毒も数多く投与した。

 投与された魔王の身体を経過観察し、魔王の自力で回復すれば、

 次の毒を投与し、回復不能であると判断すると、身体を解体し、

 患部を取り除き、治癒魔法で再生を行った。

 不幸中の幸いか、人間界の侵攻は、未だ苛烈を極めてはいなかった。

 ゆえに、執事は魔王への毒の投与に専念した。

 気付けば、本に記されている、毒と呼ばれるものを大方、投与し終えた。

 魔王が意識を取り戻したのは、二月が過ぎていた。


 魔王がベッドの上で、虚空を見つめていた。

 執事は、その横で静かに立っていた。

「おはようございます」

「…随分と、やってくれたではないか」

「すみません、おかげで多くのデータが得られました」

「…ククク」

 魔王は、弱弱しく笑った。

 暫くして、魔王は口を開いた。

「幼い頃、教育と称し、前魔王である父から猛毒魔法を受けたことがある。

 あれは、確かに苦しかった。

 間違いなく、毒が回るような、灼けるような痛みが全身を駆け回った」

 過去の思い出に触れ、魔王はゆっくりと語った。

「だが、ここまでではなかった」

「想像の毒は、実際の毒に遠く及ばなかったと?」

「想像を絶するとは、正にこのことだな」

 魔王は、小さく笑った。

「魔王様」

「なんだ?」

「実は、最後に見て頂きたいものがあります」

「…あぁ、持ってこい」

 執事は一礼すると、その場を離れた。

 執事はすぐに戻ってきた。

 執事は、青光りする箱を抱えていた。

「眩しいな」

「はい、〈放射能物質〉です」

「それは、いったい何なのだ?」

 執事は、少し思案した後、口を開いた。

「何か、と問われれば、私にも判断しかねます。

 本には『人類史上最悪の有毒物質』と。

 現在は、影響が漏れ出ないよう特殊な箱に格納しておりますが、

 この箱から取り出し、直接光に触れると、身体に毒が回ります」

「光に触れる、ただそれだけで?」

「それだけです。それだけで、身体の基幹部分が崩壊し、

 身体は再生能力をほぼ失います。

 そのまま、時間をかけてじっくりと、身体はボロボロになっていくそうです」

「…そうか」

 魔王は、小さく笑った。

 それは、己を皮肉り、己を嘲笑うようにも聞こえた。

 魔王は、もう一度、青い光を見つめる。

「以前の俺なら、その青い光を見て、まさに魂を滅する輝きだと歓喜しただろう」

 魔王は、語りながら、震えていた。

「だが今は、ただ怖い。ここまで苦しんでなお、その光で受ける苦しみが、

 想像できぬのが、ただただ、怖い」

 魔王の目じりには、ゆっくりと水が溜まる。

 そして、一閃、零れていった。

 魔王は青い光から、視線を逸らした。

「隠してくれ」

「…はい」

 執事は箱に布を被せた。

「執事よ」

「はい」

「人間は、何故そんなものを生み出した?」

「…本には、書いてありませんでした。

 しかし、おおよそ見当は付きます」

 執事は、言葉を選び、発した。

「戦うため、守るため、でしょうか」

「戦うため、守るため、か」

 暫く、会話はなかった。

 執事は、魔王が横たわる寝具の隣で、静かに待っていた。

 やがて、魔王は意を決し、口を開いた。

「戦いを、変えよう」

 その声は、一切の虚勢もなく、本心から発せられた。


 人間と魔族の戦いは大きく形を変えた。

 現大戦で優勢だった魔族は、人間側に和平を持ち出した。

 状況が状況ゆえに、人間側は呑まざるを得なかったが、和平協定の内容は

 不平等的な条件ではなく、むしろ平等で、平和的なものだった。

 一方で、再戦時における規定については厳格に示された。

 規定には、現大戦以降の戦いはすべて「現大戦のおける再戦」と位置づけし、

 再戦そのものをけん制し、大戦化を防ぐ狙いがあった。

 一方で、激戦地における禍根は深く、

 どうしても再戦が起きないとは言い切れなかった。

 そのため、が、別のかたちへと変化しようとしていた。


「『ヒットポイントシステム』ですか?」

「あぁ。互いの攻撃、魔法によって相手に与えるダメージを、数値化するものだ。

 戦闘が始まるにあたり、両陣営の戦闘要員に、己の能力に合った能力値を与える。

 謂わば、戦闘専用の『ステータス』を付与するのだ」

「攻撃側が防衛側に攻撃を行った際、攻撃側は主に本人のステータス値、武器に

 よる加算値を『攻撃力』とし、

 防衛側は同じくステータス値、防具による加算値を『防御力』にし、

 更に複合的な要素を組み合わせ演算し、影響値として『ヒットポイント』を

 算出する、と」

「ヒットポイントがステータスに設定された上限値を超過した場合、

 攻撃手は『戦闘不能』の状態とするのだ」

「『戦闘不能』?新たな状態異常ですか?」

「全身を自由に動かせず、魔法を使うことも出来なくなる。

 もちろん、戦闘中の安全は保障されるよう、戦闘規定には、

 『戦闘不能』中の戦闘要員は、非戦闘要員と見なし、

 攻撃を行ったものが厳正に処罰されるよう明記してある」

「なるほど、『戦闘不能』という状態が、戦いでの死を表すのですね」

「そうだ。まぁ、戦闘時における呪いのようなものだな。

 その分、戦闘時に発生する、実態の被害はその呪いによって守られるようにする。

 もちろん、『毒』や『麻痺』などの状態異常はすべて、

 防衛側に影響が出ないようにするためだ」

「『ヒットポイントシステム』の戦闘時、『状態異常』はどう作用するのですか?」

「今のところ、『毒』はヒットポイントへの時間経過による影響、

 『麻痺』は行動阻害、といったあたりだ。

 今、人間と魔族共同で魔法式の開発に取り組んでいる。

 半年後には試作型を運用することができるだろう」

「忙しくなりますね」

「全く、武闘派の俺にはサッパリわからん話ばかりだ」

 ハハハと笑いあう。

「戦争そのものを、無くすことは叶わんだろう。

 魔族とて、人間とて、産まれた禍根というものは、

 文字通り根深く禍を残すのだ。恨みは決して無くならん」

「そのための、このシステムでしょう。恨みを晴らしつつ、互いの優劣を示しつつ、

 次の禍根を出来るだけ無くす。その第一歩として、恨みを放ち続ける『苦痛』を

 産まないシステムを構築したわけじゃないですか」

「あぁ。だが、未だに悩ましい。

 このシステムそのものが、結局は戦争を肯定しつつ、

 前戦争以前で失われ続けた命を、否定するんじゃないか、なんて思う」

 魔王は執事に目を向けた。

「なぁ」

「はい、何でしょう?」

「俺が葬った者たちは、俺を非難しているだろうか」

「…えぇ。都合がよいことだと、言っているでしょうね」

「まぁ、そうだろうな。こんなもの、所詮は戦争の代用だと、

 むしろ競技化による戦争の肯定だと。幾らでも、非難の声が聞こえてきそうだ」

 魔王は黙した。

 しかし、すぐに口を開いた。

「だが、やらなきゃいけないことだ」

「はい、必ずとも」

 魔王は繰り返し、魔法式の概要や、規定の各条項に目を通した。

「やはり、やがては競技や、娯楽の側面も持つのだろうか」

「『戦闘不能』という状態になったとしても、それが実際の死ではない以上、

 『戦闘不能』を前提とした戦い方、なんてものも出てくるでしょう」

「そういえば、地の四天王が嘆いてたな。

 戦場の死体が自由に使えんではないかって」

「実際に死なないがゆえの、デメリットもあるんですね」

「まぁ、まずは運用してみないと、な」

 ふむ、と執事が顎をさすった。

「どうした?」

「いえ、少し、悪だくみを考えていました」

「ほう、言ってみよ」

「今後、娯楽としての側面が強くなるのでしたら、演出なんてものも必要に

 なるのではないでしょうか?例えば、『勇者は戦場では何度でも蘇る』とか」

「なるほど、教会で何度も蘇る勇者を、システムでも同様にしてみせるという訳か。

 面白いではないか」

 魔王は、満足そうに笑った。

「しかし、まぁ」

 執事は、口をニヤけさせていた。

「そうなると、もちろん魔王様も、特別にしなければなりませんよね?」

 執事の言葉を受け、魔王はクククと笑った。

「ふむ。で、あれば、丁度良いのがあるではないか」


 それから、幾何の時が流れていった。

 魔王は数代が変わり、勇者は何代も変わっている。

 戦闘が魔法によってシステム化されているものだと、それを知っている者は、

 戦闘システムを維持している、ごく僅かのみである。


『魔王に状態異常は効かない』。

 この世界では、それが当たり前になっている。

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