第29話 目的を果たすまで

 翌日、目が覚めたら少し気怠い体を起こして出勤の準備をした。

 自室を出たところで、廊下にマリーとアレンがいた。


 「アレン、病院は?」


 「退院願いをしてきたから大丈夫だ」


 俺の問いにアレンが答えた。マリーはその隣で腕を組んで待っていた。


 「急に退院して大丈夫なのか?」


 「大丈夫だっつってんだろ、しつけぇな。1日ぐらい死にやしねーよ」


 「まあ、死んだらその辺に捨てておけばいいのよ!」


 マリーは笑いながらそう言った。


 「人間のポイ捨ては良くない」


 「おいっ、ポイ捨てとか言うな!そんな簡単にくたばるわけねーだろうが!」


 アレンはそう言うけど、病状は良くないと思う。俺が転職してからこの数週間、アレンの顔はさらに痩せこけていた。以前よりも立ってられない時間も増えたようで、最近は立ち話もしていない。

 「まだ大丈夫だ」と強がるためか車椅子を置いてから病室を出て、面会に来た俺達を食堂に連れて立ち話をしていたのだが、最近は病室のベッドで寝たまま話す方が多くなっていた。


 そんなに体調も悪化しているのに、急に俺についてきていいのか心配だった。


 「でも、アレン・・・・・・本当は体調が悪いのだろう?」


 「良くはねーけど、別に平気だし」


 背けられた青い顔を見て、余計に心配になった。頭を抱えていると、マリーにこう言われた。


 「ジョゼフ、あなたも体調悪そうな顔してるわ。男2人の介護を強いられるあたしって可哀想・・・・・・もう、うるさいから早く行きましょ」


 「マリー、それ・・・・・・何の言い助けにもなってない」


 だけど、マリーは俺の言葉を無視してアレンの車椅子を押しはじめた。職場の方向へと歩み出した2人を追いかけるように、俺も後について歩いた。





 「まだ顔色悪いじゃない、出勤して大丈夫なの?」


 研究室に着くとヴィクトリアにそう訊かれてしまった。


 「大丈夫だ・・・・・・昨日は迷惑をかけてすみませんでした」


 「それはいいのよ。あんた、昨日ノエルくんと話してる途中に急に失神するもんだからみんな心配したのよ。それで、熱を測ってみたらかなり高かったし。とりあえず私とミハイルで休憩室に運んだんだけど、なかなか起きないからノエルくんがイヴァン博士を呼びに行って・・・・・・まあ、そのあとはそこの2人から聞いてるわよね」


 「・・・・・・はい、すみません。今日は大丈夫なので」


 「まあ、いいのよ。もし大丈夫じゃなかったら私達がまた助けてあげるから。そんなに謝らないで?」


 「すみません・・・・・・あっ」


 「ほら、謝らないでって言ってるのに。そういう時は『ありがとう』って言うのよ?」


 ヴィクトリアは俺の口元に人差し指を向けて言いながら微笑んだ。優しく諭されるような感覚だった。


 だけど、隣でマリーが何故か苛々しているようだった。


 「ねぇ、もういいから。ジョゼフはここでどんな仕事してるの?」


 マリーに腕を引っ張られて、俺はヴィクトリアから距離を取られた。


 「えっと、被曝症の治療薬の研究・・・・・・」


 「そう。じゃあ、ここで無駄話してないで早く仕事始めなよ!」


 マリーはヴィクトリアから離すように俺の背中を押した。押された方向にミハイルがいた。自分の席は逆方向だ。


 「おいおい、お嬢さん。嫉妬は醜いぞ?」


 ミハイルはマリーを見てからかう調子で言った。


 「あなた誰よ、死にたいの?」


 ミハイルを見ながら拳を鳴らしはじめたマリーをアレンが抑えた。


 「おい、やめろよ。ここは鍛錬場じゃねぇんだぞ!」


 「じゃあ、アレンが代わりに死んどく?」


 「何でだよ!オレが何したってんだよ?!」



 「うるさいぞ、貴様ら!野外でカラスの糞でも頬張ってろ!」


 アレンとマリーの仲良し喧嘩が癪に触ったのか、向こうからノエルが怒鳴ってきた。


 「なんだあのフード野郎、クソ口悪ぃな?!」


 同じくノエルの悪態が癪に触ったアレンも怒鳴った。クソ口悪いとか、お前が言うな。口の悪さならお前たち2人は良い勝負だ。似た者同士ぜひ仲良くしてくれ、俺から遠いところで。


 「黙れと言っているのが理解できんのか、戦馬鹿野郎共が!」


 ノエルはまた怒鳴った。


 「なんだと、やんのかゴラァ!」


 アレンも怒鳴りながら拳を握っていた。お前はさっきマリーの暴力を止めようとしていなかったか?

 

 「・・・・・・ゴフッ!!」


 車椅子から立ち上がってノエルに向かって大きい声を出してしまったからか、アレンは地面に膝をついて倒れた。

 

 「大丈夫か」


 そんなアレンに近づいて手を差し伸べていると、今度はノエルが間に入ってきた。そしてアレンに差し伸べられた手をノエルに握られた。


 「フフ・・・・・・なんて、色白で美しい」


 ドガッ

 俺は変態に腹パンした。変態は笑いながら吹っ飛んだ。口角から涎を垂らしていた青白い顔の病人もあの吹っ飛びに驚いているようだった。


 「ジョゼフ・・・・・・お前、そんなバイオレンスな奴だったの?」


 「いや、つい・・・・・・」


 「・・・・・・」


 「ねぇ、あの白い人。なんかお腹を押さえながらビクビク動いてて気持ち悪いんだけど」


 マリーがノエルを指差しながら言った。


 「・・・・・・死ね!!」


 奴にトドメを刺しに行こうとしたところで、俺は背後から病人に抑えつけられた。


 「おい、落ち着けって!あいつは兵士でもない普通の人間なんだからジョゼフがこれ以上やったら本当に死んじまうって!」


 「あははっ面白ーい」


 マリーは楽しそうだった。





 数時間後、俺達3人は休憩室に集められてミハイルに叱られていた。


 「君達、問題を起こしに来るのをやめてくれないかな?」


 「ちっ、すみませんでした」


 流されるように謝った。が、別に俺だけが悪いわけではないだろう。俺の立場になって考えてみてほしい。もし、自分と同性の変態に熱い視線を送られながら触られたら誰だって嫌がるはずだ。俺はそんな奴に対して正当防衛をしただけだ。

 つまり、ノエルが悪いのであって、俺は悪くない。


 「ジョゼフ、お前が舌打ちすんの初めて聞いたぜ・・・・・・」


 アレンは俺を見て驚いていた。


 「うん、まぁ・・・・・・わかるけどね?ノエルは昔から変だもんな」

 

 ミハイルは俺の舌打ちを聞いても怒ったりせずに、ため息吐きながら同情してくれた。


 「ジョゼフも腹が立つのは仕方ないとしても、暴力はダメだぞ。これからは何かあったらおれに言ってくれ」


 「わかった、なら今すぐにノエルを解剖してくれ」


 「・・・・・・っ?!?!」


 俺はミハイルの趣味を知っているぞ。ヴィクトリアから聞いた、お前が解剖好きのサイコパスだとな!ヴィクトリアは、ミハイルが人間の臓腑を見たくて外科医を目指したと言っていたからな。それで俺にも気をつけろと。


 「ミハイル、お前は数年前に輸血用の血液を飲んで病院をクビになっただろう?」


 「な、なんで知ってんの?!」


 「ヴィクトリアから聞いた」


 「うわぁあああ!!」


 「うっそ、血を飲むなんてキモッ」


 それを聞いたマリーがミハイルに言った。マリーには常識的な発言は少ないが、流石に今回はマリーの意見には賛同だ。


 「ミハイル、お前は中央学園を卒業してすぐに研究員になったが、外科医の資格を持っていたから病院にも勤めていた。だが、己の性癖に負けて不祥事を起こし・・・・・・」


 「ジョゼフ、もうやめて!言わないで!わかったよ、全部ノエルが悪かったから、もう君を咎めないから!」


 俺の言葉に耐えきれなくなったミハイルはノエルの非を認めた。

 そう、だから俺がノエルを殴ってもそれは悪い行いではないのだ。


 「・・・・・・」


 隣でアレンに不思議なものを見る目を向けられていた。





 そうして俺たちの時間は過ぎていった。


 研究は失敗を繰り返しながらも、皆の努力によって少しずつ成功をも重ねていった。

 目的が果たされたのは、あれから約1年後のことだった。


 この1年で、ミハイルとノエルと一緒に被曝症を完治する方法を研究したが、X-o28の改良はできなかった。

 代わりに、新しい完治方法を見つけることができた。それは、被曝症患者の健康なクローン細胞をつくり、それを移植させるというものだった。

 マリーの体質をヒントに、まずは彼女の細胞変化機能を促す物質をつくった。それを、被曝症患者のクローン細胞に結合させ、患者自身に注入したら驚きの回復結果が出たのだ。病巣となっていた壊れた臓器などが、まるで赤子の成長のように回復できた。


 これならアレンを救うことができる。俺は研究の成果をとても喜んで、すぐに注射器を持ってアレンのもとへと急いだのだった。



 被曝症の完治方法が見つかったのは、マリーの協力のおかげでもあった。

 もともとは俺が仕事中に倒れたりしないかという心配で研究所に来たりしていたが、マリーは来るついでに自分の体質を研究の対象にもしてくれていた。ああ見えてマリーも友達を救いたかったのだと思う。

 アレンは時間とともにだんだん容態が悪化していったからだ。1年が過ぎた今、アレンにはもうほとんど意識がなかった。寝たきりの状態で、一週間に一度目が覚めるか覚めないかというぐらいだった。



 ミハイルは残念ながら外科医として病院に復職することはなく、研究員のままだった。さらに残念なのが、ノエルも研究員のままで俺と向かい側の席に座ったままだったことだ。俺は1年間も変態の顔を見ながら働いていたのだ。労災届けを出したいぐらい精神衛生上良くなかった。

 そういえばマリーに「変態のせいでメンタルに異常をきたしたらどうするんだ」と愚痴を言ったところ、マリーは「ジョゼフはもともとメンヘラじゃん、あんまり変わらないでしょ」と相手にしてくれなかった。一瞬、死にたくなった。



 それから、地球管理システムAI国家OSというネットワークシステムも完成しつつある。

 グレンの機能を応用して世界に存在している全ての機械に感染できるコンピュータウィルスのようなものだ。これによって全世界のコミュニティを繋げることができるのだ。


 この新しいシステムを発動させたら、世界に点在している全てのコミュニティを把握することができる。

 成功したら、もしかしたらナディエージダが世界の中心となるかもしれない。


 ナディエージダにはこんな地球環境でも人間が生存できるための技術があり、今は被曝症の完治方法もある。ゴーストランドには機械とネットワークを操る技術があった。


 世界のコミュニティには独自に進化した新しい技術があるのかもしれない。


 もし、俺がグレンに改良を加えて発明したこの新しいネットワークシステムによって世界を繋げることができるなら、各コミュニティでお互いの技術を分け合うこともできる。

 お互いの技術を穏便に分け合うことで、コミュニティ同士の助け合いも可能になるのだ。



 きっとそう遠くない未来に、世界はもう一度生まれ変わるだろう。


 

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