第30話 起動

 被曝症を完治する薬ができて、俺は急いでアレンのもとへ行こうとした。


 とは言っても、俺も疾患被験体として体調の悪化が始まってからもう一年が経っていた。

 発熱をしていない日がなくなり、肺の病巣も広がったので俺もアレンと同じように立っていられない時間が多くなっていたのだ。


 被曝症を完治する薬を実際にアレンの元へ持っていったのは、マリーとミハイルで・・・・・・俺はあの時は数週間前から入院していたのだ。





 夢の中で、友達が自分のために頑張っている姿が見えた。

 マリーは鍛錬場でミカンと一緒にオレの代わりに指揮官の仕事をこなしながら、たまに研究所でジョゼフと協力をして被曝症の新薬を作っていた。

 きっと、それは夢ではなく現実なのだろうと思っていた。


 だけど、オレの意識は夢と現実世界の狭間にあった。最近、起きてられる時間が少なかったからだ。

 病状が重たかった10代の頃よりも、悪化していた気がする。


 友達が、色々と力になろうと頑張っていたが・・・・・・もしかしたらこれで最期かもしれないと密かに思っていた。

 夢から覚めても視界はもうほとんどなくて、耳もよく聞こえなくなっていた。ベッドから立ち上がる力ももうなかった。



 「・・・・・・アレン!」


 耳元で吐息とともにマリーの呼びかけが聴こえた。

 瞼を開くと、人影が2つ見えた。


 「アレン、薬が完成したよ」


 マリーはオレに何かを見せる仕草をしたが、はっきりとは見えなかった。

 もう1人の人影がそれを取り、さらにオレの目の近くまで持ってきた。


 「アレン、君の友達が頑張ったんだよ。ジョゼフが被曝症を完治する薬を作った・・・・・・それがこの注射器に入ってるから!」


 ミハイルの声だった。そこにジョゼフがいないことが不思議で、オレは気力を振り絞って声を出した。


 「ジョゼフ、は・・・・・・?」


 あいつも体調を崩していたから。もしかして、また倒れていたりしていないか。それで来れないんじゃないのか。念願にしていた薬がやっと完成したのなら、本人が来るだろうと思っていたから。



 「ジョゼフは・・・・・・数週間前からアレンの隣の部屋で入院してるよ。それでも、早くこの薬を届けてほしいって言ってあたし達が来たの」


 ・・・・・・ジョゼフが入院している?


 「そういうわけだから、今から注射器をさすぞ。腕、ちょっとごめんな」


 腕の皮膚の上から針をさされる感覚がしたが、痛みはなかった。感覚も鈍くなっているのだろう。


 「この薬はしばらく継続して投与するんだけど、まあ一週間も経てば効果が出てくるからね」


 ミハイルはそう言っていた。

 だが、オレは今までに色々な薬をもらって少し体調が良くなっても完治はしないと言われ続けていた。

 正直、これで完治できるなんて信じていなかったが、ジョゼフ達がオレのために努力してくれたことは嬉しかった。

 

 もし、この薬でまた体調が少しでも良くなるなら・・・・・・オレは死ぬ前に友達に感謝の言葉を伝えたい。

 友達だけじゃなくて、イヴァン博士にも。ミチコフ看護師にも。ナディエージダのみんなにも。


 皆のおかげでここまで生きながらえてきた。

 もう、十分だ・・・・・・ありがとう。





 アレンと相部屋なのは、病状が似ているとか同じ科だとかという理由ではない。そもそも疾患被験体には病気の区分がないからだ。


 「ジョゼフくん、薬飲んだ?」


 病室にやってきたのは担当となった筋肉質の大女、ミチコフ看護師だ。聞けばこの女はずっとアレンの担当看護師もやっているらしい。アレンの粗悪な性格を考えれば、こんな大女が選ばれる理由は容易に想像できてしまった。


 「飲んだ・・・・・・から、少し楽になった。これを少し外してアレンの面会へ行ってもいいだろうか」


 この頃になると肺の多くの部分が故障していたらしく、俺は日常的に酸素カニューレに繋がれていた。こんな姿をアレンに見せたらかっこ悪いし、心配されたくなかった。

 アレンに新薬を投与しはじめてから数日が過ぎていた。そろそろ効果が出てきている頃だろう。


 「面会に行ってもいいけど、呼吸困難になるからカニューレは外せないわよ。移動式のものを持ってくるね」


 そう言ってミチコフ看護師は病室を出ていった。戻ってきたところで、それをリュックに入れて渡された。俺はそれを背負って口元を隠すようにマスクもつけた。

 それからすぐにアレンの面会へ行った。





 ジョゼフ達がつくったという被曝症の新薬には確かに効果があったらしく、オレは久々にはっきりと現実の世界へと連れ戻された。


 ベッドから起きて、久しぶりに眼鏡を掛けると鮮明な景色が視界にうつった。

 それから病室の扉をノックする音も聴こえた。聴力も戻ったらしい。


 「アレン、様子を見に来た」


 声の持ち主はジョゼフだったが、その姿は前と少し変わっていた。

 肩にかかっていて縛られていた髪が短くなって、眼鏡もかけていて、珍しくマスクもつけていて・・・・・・心なしか前より痩せているようにも見えた。


 「どうやら、薬の効果が出たらしいな」


 ジョゼフはオレを見ながら呟いた。


 「ジョゼフ、お前も入院してんのか?」


 ジョゼフは隅にあった椅子をオレのベッド近くまで動かしてそこに座った。それから深く息を吐いた。マスクの下の首元にはチューブのような線が背負っていたリュックに繋がれていた。


 「一応、念のため」


 ジョゼフは胸に手を置きながらオレの質問に答えた。それから続けてこう言った。


 「アレン、前言ってたネットワークシステム。あれ、実はもう完成してあるんだ」

 

 「そうなのか」


 「地球管理システムAI国家OSという名前にした・・・・・・あとは起動するだけだから、アレンも一緒に所長室に行こう」


 「・・・・・・今から?」


 「いや、体調の良い時で構わない。退院する時でもいいので、行けると思ったら隣の部屋に来てくれ。俺はそこにいるから」


 「ジョゼフ、お前は退院しないのか?」


 「そうだな・・・・・・仕事はもう終わったので、しばらくは闘病でもしようと思ってる」


 それはつまり、ジョゼフがオレより後の退院になるということだろうか。

 いや、そもそも自分がまた退院できるとは思ってなかったが、この薬は本当に完治できるものだったのか。



 「アレン、お前に投与した新薬は本当に完治できるものだと思う。実験用のマウスに試したら全て治ったから。予定通りにいけば、あと一週間で退院できるはずだ」


 「・・・・・・そう」


 うろ覚えながらX-o28の時も最初は同じことを言われた気がした。

 


 「それじゃ、俺はそろそろ戻るよ」


 そう言ってジョゼフは気怠げに椅子から立ち上がった。





 アレンは持ち前の回復力もあって、新薬は予定通りの効果を見せてあれから約一週間後に退院できた。


 俺、アレン、マリー。それから新しいネットワークシステムの開発に関わった数人が研究所の所長室に来ていた。


 俺たちは、いよいよ・・・・・・地球管理システムAI国家OSを起動する瞬間に立ち会うのだ。



 「顔色が良くなったな、アレン」


 俺は一度パソコンから目を離してアレンに声をかけた。


 「ジョゼフ、お前はこれが終わったらすぐに帰るぞ」


 アレンは車椅子のハンドルを握りながらそう言った。俺は病院からアレンに車椅子を動かしてもらってここまで来ていたからだ。


 俺はもう一度パソコンの方へ向き直った。

 あとは腕を上げて、キーボード上の1つのボタンを押すだけで新しい世界の誕生だ。


 地球管理システムAI国家OSによって、世界に存在する全ての機械にコンピュータウィルスのようなものが感染するだろう。

 だが、これは俺たちが開発したこのスーパーコンピュータによって操作できる。この感染によって世界に散らばった全てのコミュニティと繋がり、助け合う可能性を生み出していく。


 上手くいけば、世界にまた永い平和が訪れる。


 前世紀の世界はこれに似た大規模な貿易、コミュニケーションによって安泰は保たれたというのだから、きっと不可能な話ではないと信じている。



 俺は、ボタンを押した。



 「こちら、ナディエージダというコミュニティです。このメッセージを受信できた者は応信お願いします」



 応信できるとしたら、ゴーストランドだ。

 もともとグレンというほぼ同じ形のコンピュータウィルスが存在していたコミュニティであり、そこにもスーパーコンピュータがあったからだ。




 『はい、こちらゴーストランドです。受信できました。私達はナディエージダコミュニティに感謝しています』



 数分後、応信のメッセージを受け取ると・・・・・・所長室には大きな歓声が飛び交った。


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