第28話 一瞬の絶望
試験薬の開発、マウスでの実験を行った初日の今日。結果、マウスは即死した。
初めての化学実験だし、失敗はあるだろうと思っていたが・・・・・・マウスの即死は流石にちょっとこたえたのかもしれない。ある意味、このマウスは俺の軽い実験のせいで死なせてしまったのだから。
落ち込んでいると俺はミハイルに慰めの言葉をかけられた。
「まあ、このマウスの体調の変化もあるからさ。明日もう一回やってみるかい?」
「・・・・・・」
マウスの体調不良なんてありえない。ここの実験用のマウスは完全に管理されているから。
そうなると、俺が開発した試験薬に問題があったとしか考えられない。
「いや、明日は別の化学式を考えてみる」
だから俺はミハイルにそう応えた。
「わかった。明日はおれも一緒にその化学式を考えてみるよ。でも、化学薬品以外の手もあるからね?例えば、生物実験も」
「生物実験・・・・・・というと、俺やマリーのような存在の血清から人体改造薬をつくるとかのことだろうか?」
「それもあるけど、被曝症に効く薬草とかの発見もありだよね。イヴァン博士から聞いたんだけど、ジョゼフは世界に繋がるシステムも開発するんだってね?それを先にやってから世界に存在するコミュニティと協力して色々な考えを取り入れるのもいいかもね」
「なるほど・・・・・・」
その方法もあるかもしれないが、無駄な時間を過ごしたくないからやっぱり同時進行でやろう。
世界の繋がりをつくるシステムも成功するとは限らないし、こちらでも研究を続けなければならないからだ。
「ミハイル、提案をありがとう。だけど、やっぱり明日は一緒に新しい化学式を考えてくれないか?」
「ああ、いいよ。明日は一緒にやろうか」
「・・・・・・ありがとう」
「あと、少し早いけど、ノエルと話したらもう帰りなよ。顔色が悪いから」
「・・・・・・」
俺はミハイルの言葉に頷いてノエルのもとへ歩いた。ノエルは自分の席でパソコンにあるデータベースを開いていた。よく見てみたらそこには被験体001号と記されていた。
「これは、俺のデータ?」
「そう、お前が20歳になるまでのデータしか残ってないけど」
ノエルはパソコンの画面を見ながら答えた。
「それ以降はないのか」
「ないから僕もお前の不調を知らなかったんだよ、馬鹿な質問をするな!」
不調のデータがないなら、原因がわからない。もともと疾患被験体の故障原因がわからないにしても、そもそもデータすらないのならX-o28の改善薬なんて無理なんじゃないのか。
新しい試験薬はマウスが即死するほどの失敗に終わった。X-o28の改善薬の見込みがない。状況は絶望的だった。
※
研究所の自室への帰り道で、なんだか空が歪んでいた気がした。いや、施設内なのに何で空なんて見えるのだろう。不思議に思いながらも何故か気に留めることはなかった。
辺りを見回していると、強い地鳴りと大きな衝撃音を感じた。それに持ち上げられた自分の体が後ろへ倒れ込んだ。
空が眩しい。火傷を負うような激痛。反射的に閉じた瞼を開けると、今度は周りに人間の幽霊のようなモノが呻きながらゆっくり歩いていた。地面には黒焦げの人間の形が・・・・・・。
この景色、情報としては知ってるいるものだ。
「・・・・・・爆弾か?!」
これは、原子爆弾か水素爆弾による被害だ。ナディエージダに巨大な爆弾が墜とされたのだ!
生身の人間にはこれに対する耐性がない。被害者は前世紀にも落とされた数々の爆弾被害のような形だった。爛れた皮膚、赤黒く変色し出血が止まらない。飲水をせがむ彼らの呻き声が地獄の狂想曲を奏でていた。
そうだ、マリーは?アレンとイヴァン博士は無事なのか?
俺はすぐに彼らの安否を確認するために携帯を取った。まずはマリーの無事を確認するために彼女に電話したが、繋がらなかった。次にイヴァン博士とアレンにも電話したが、やっぱり繋がらなかった。
感情に任せて走っていた。
みんなが一体どこにいるのか見当もつかなったが、とにかく走っていた。
偶然にも道端でうつ伏せにして倒れているアレンを見つけることができた。あいつの赤のかかった茶髪が目印だった。
「アレン!!!」
走って側に寄ったが、意識がなかった。その体を動かして向きを変えたら、顔の原形が残らないぐらいの火傷が・・・・・・
「うわあああっ!!」
その悍ましさに乱された心のまま、俺は悲鳴をあげて後ろへ倒れ込んだ。そこに友人の死骸があったという事実以上に、見たモノの恐怖の方が大きかった。
周りにも重症の火傷を負った黒い人間が何人も歩いてきた。彼らはしきりに「水ー・・・」とか弱い声を発しながら近づいてきた。
その中にイヴァン博士の声が混ざっていた。
「イヴァン博士?!いや、お父さん・・・・・・どこ?!」
赤黒い人間の間を通ってイヴァン博士を探していた。だけど、見つからない。皆、酷い火傷で顔の判別がつかないのだ。服も焼けてしまってみんな裸同然だった。
「ジョゼフ」
どこからかマリーの冷静な声がした。
不思議とその声は頭に響いてくるほどよく聴こえるものだった。
「マリー、どこだ?!無事なら姿を見せてくれ・・・・・・!!」
こんなに近くにいる気がするのに、マリーの姿は何処にも見当たらなかった。
「ジョゼフ」
それなのに、マリーの声だけがはっきりと聴こえる。
どこを振り返ってもマリーがいない。声だけが、耳に、頭に響いてくるのだ。
「・・・・・・うっ!?」
突然、胸に鋭い痛みを感じた。俺はその場で膝をついて倒れた。
そうだ、そういえば俺も疾患被験体だった。巨大爆弾の放射能が自分に効かなくても、俺の体は内側からもうボロボロなんだ。
ナディエージダの街に炎が広がっていく。人々が次々と死んでいく。灰色の空から黒い液体が落ちはじめた。古い書物で読んだことがある。この黒い液体は、毒の雨だ。
胸の痛みがだんだん増していく。激しい咳き込みと同時に赤が吐き出されていく。
俺は死ぬのだろうか。
ナディエージダも、消えるのだろうか。
「ジョゼフ・・・・・・、・・・・・・!」
俺の名前を呼ぶマリーの声があんなにはっきりしていたのに、なんだかだんだん聞こえにくくなってきた。
嫌だ、死にたくない。
ナディエージダの未来をつくる仕事がまだ始まったばかりだったのに。
アレン、俺はお前を助けたかったのに。
マリー、まだ君と一緒に生きたいのに!
「ジョゼフ、・・・・・・て!」
どこだ?一体どこにいるんだ、マリー!
「ジョゼフ!起きて!!」
目を開けたらそこに天井がうつった。自分の部屋の天井だった。
「ジョゼフ、すごいうなされてだけど大丈夫?」
横にマリーが俺の視線に合わせてしゃがんだ姿勢でそこにいた。その後ろには車椅子に乗ったアレンもいた。
俺は勢いよく上体を起こしてマリーの存在を確かめた。彼女の両肩を掴んだところで、胸に鈍痛を感じて手を離してしまった。
「ちょっと、寝てなさいよ。あなた、研究所で倒れたの覚えてない?」
マリーにそう訊かれてなんだか訳がわからなかった。
「オレ、マリーに言われた通りに所長室に行ったんだけど、誰も来ねぇからおかしいと思ったらお前んとこの課長つっーノエルっていう白い奴が来て『ジョゼフが急に気を失った』って言うもんだから、オレが怪力女を呼んだんだよ」
「・・・・・・急に、気を失った?」
「そうよ、研究所の休憩室で気を失ったまま起き上がってこないからってノエルとミハイルっていう2人がイヴァン博士を呼びに行ったんだけど、いなかったからアレンが代わりにあたしを呼んだの」
「・・・・・・」
「そこで、オレとマリーでジョゼフの自室まで運んできたんだよ。いや、オレは付いてきただけで運んでねーけど・・・・・・」
「じゃあ、もしかして・・・・・・夢だったのか?」
アレンが生きている。目の前にマリーもいるし、窓の向こうを眺めた景色には炎がない。
「寝ぼけてんのか?」
「うなされてたよね、多分悪い夢でも見たんじゃない?」
アレンに次いでマリーの言葉を聞いたら、なんだか安心して涙が流れてしまった。
「ナディエージダに・・・・・・巨大爆弾が墜とされる夢を見た」
まだ痛む胸をさすりながら呟いた。
「それはありえねぇよ、もうこんな時代に巨大爆弾を造る技術なんて残ってねーだろ」
孤立を極めた世界の各コミュニティに高い技術を有することは難しい。だから、夢に出たような凄まじい威力を持つ爆弾の開発なんてできるはずがない。
・・・・・・本当にそうだろうか?
あの夢は予知夢に近いものだったりしないのだろうか?
高い技術が存在しないと謳われているのに、ゴーストランドにはグレンが存在していたし、ナディエージダには俺という生物兵器もいる。
「早く、システムをつくらないと・・・・・・」
呟きながらベッドから立ち上がっていた。所長室に向かって、早く世界を繋げるシステムをつくらないと・・・・・・もしかしたら近いうちにナディエージダが本当に滅ぼされてしまうかもしれない。
「待って、どこいくのよ?!明日にしなよ!」
マリーに腕を掴まれて歩みを止められると、俺は眩暈がしてそのまま床に倒れた。
「お前、そんな体調じゃなんも出来ねーから今日は寝てろ!」
いつの間にアレンに体を支えられていたから、倒れる衝撃を免れた。
「どんな悪夢にうなされてたか知らねーけど、焦ってても良いもんなんて出来やしねぇんだよ。病気の先輩の言うことを聞いて今日は寝ろ、明日はオレも朝から研究所行けるように退院の願いをしてくっから・・・・・・明日また話そう」
俺はマリーにも支えられてベッドに戻された。確かに自分で動けもしない体調では所長室に辿り着く前にまた倒れるかもしれない。
「明日、アレンも研究所に来るのか?」
「博士から許可もらってるから問題ねぇ」
「いや、そういう心配じゃなくて・・・・・・アレンは研究所で何をするんだ?」
「オレは頭が軽いから研究とかなんも出来ねぇけど・・・・・・」
アレンは俺のベッドに座って少し照れ臭そうに呟いた。
「そ、そんなに思い詰めた友人を・・・・・・職場で倒れるような奴をほっとけねーじゃん」
「アレンもお友達が心配なんだってー」
マリーはからかう調子でアレンを指差しながら俺に言った。
それから恒例の2人の仲良し口喧嘩が始まったところで、俺の意識は現実に戻された。その光景に安心してしまったのか、意識はまただんだんとおぼろになっていった。
この時は、気を失ったのか眠ったのかわからないまま翌日を迎えたのを覚えている。
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