第25話 新しい環境で

 あのジョゼフという唯一の成功した生物兵器が核兵器研究課に勤めはじめると聞いて正直に嬉しかった。

 ジョゼフというのは、イヴァン博士がつけた呼称である。我々研究員はジョゼフを被験体001号と呼んでいて、彼が20歳を過ぎるまで管理していた。


 中央学園を主席で卒業した18歳の時、被験体001号は20歳だった。

 僕はたったの1年しか彼の生物兵器的機能を見ていないが、なんと素晴らしいものかととても感激したのを覚えている。

 今まで、データでしか知らなかった彼をこの目で直接見て、実際に会話もできるかもしれないと思ったら・・・・・・なんだか胸が高鳴った。



 「うわっ、ノエル・・・・・・新人を泣かせるとか流石に引くぜ・・・・・・」



 それなのに、僕は彼と会話どころか泣かせしまったのである。内心、ミハイルにあんなに嫌な顔をされてもしょうがないと思う。


 ヴィクトリアはそんなジョゼフを宥めながら仕事の指導をはじめていた。今まで鍛錬場でしか生活したことがないのだから、パソコンなんて触ったこともないだろう。それなのに、ジョゼフはすらすらと操作ができるようになっていって、僕はそれを見て流石は高い知能指数をもって造られた被験体の能力だと思った。


 勤務時間が終わりを迎えると、僕は帰宅前に休憩室に入り、コーヒーを飲んでいた。そこにミハイルが入ってきた。


 「あのさ、ノエル。ちょっと話していい?」


 うん、怒られるだろうな。だって、出勤初日の新人を泣かせるとか流石におかしいって僕も思うもん。

 いいよ、叱ってくれよ。


 「話しかけるな、貴様と言葉を交わったら馬鹿がうつる!」


 「・・・・・・」


 ちがーう!!僕はそんなことが言いたいんじゃないのに!どうしてこの口は持ち主の言うことを聞かないんだ?!

 昔からそう、僕は口下手なんだ。いや、口下手っていうレベルじゃない。ところ構わず毒を吐く精神的な病が治らない。だからいつも本心が言えず、友達もできたことがなくてずっと孤立していた。なんて寂しい人生なのだろう。


 僕には先天性白皮症という遺伝子疾患を持っている。俗に言う、アルビノだ。

 そのため、特異な見た目から昔から周りの人間には色々言われたり、特別扱いされたりして・・・・・・それで精神を患ったのかもしれない。

 最初は弱者扱いをされることが嫌で強がって嫌味を言い出したのが、それが性格として定着してしまったのかもしれない。

 もう、取り返しがつかなくなった。


 だからと言って人様に向かってあんな態度を取っていいなんて、僕にもちゃんと常識はあるんだからダメだとわかっている。



 「ノエル、出勤初日の新人に向かってあんな態度は流石にダメだぞ?」


 「ふん、どうでもいい」


 うわあああ!

 僕のお口黙れぇええ!!

 オクチダマレェエエエ!!!


 「どうでもよくないよ!あの人はあの被験体001号だからね、わかってる?!」


 「だから何だ!ただのモルモットだろうが!」


 わかってるよ!!

 だから僕は直接会うのをこんなに楽しみにしてたのに!それなのにっ、こんな・・・・・・!

 もう、泣きたい!



 「・・・・・・ちょっと、ノエル。どうしたの?」


 「・・・・・・」


 泣いてた。

 もう、なんかね。自分が嫌いなんだよ。いつもいつも、本心が言えず人を傷つけてばかりで・・・・・・僕なんて生きていても空気の毒だよね。死んでいいかな。


 「うわああああっ!!!」


 僕はその場で地面に膝をついて泣き崩れた。本当にね、もう嫌だわ。


 「どうした?!また癇癪か!!」


 研究所では、僕は口が悪くてよく癇癪を起こす奴だと認識されている。


 騒がしかったからか、休憩室にジョゼフが入ってきた。


 「・・・・・・ど、どうした?」


 ジョゼフは気不味そうに聞いてきた。


 「ノエルがまた癇癪を起こしてな・・・・・・」


 ミハイルが代わりに応えた。


 「癇癪?なるほど・・・・・・」


 ジョゼフはそれを聞いてしばらく考え込んで、それから何かを閃いたような素振りをしてから僕に小さいノートとペンを渡してきた。それでどうしろというのだろう。


 「ノエル課長、お前はもしかして口下手なのか?」


 「・・・・・・?!」


 な、何でわかったの?!天才か!!いや、被験体001号は天才だけれども!


 「ノエル課長と似た性格の友達がいるのだが、そいつも口下手なんだ。俺も1年前までは喋ることができなくて、筆談で会話してたから・・・・・・筆談でなら本心が言えるのではないか?」


 「ふん、馬鹿にするのも大概にしろ!僕にはそんなものは必要ない!」


 めっちゃ欲しい。

 筆談で本心が言える可能性があるなら本当にください。

 

 「え、そう言いながら手を差し出してるな?!」


 ミハイルが僕を見て言った。

 それからそのノートを受け取ると僕は早速書いてみた。


 『ジョゼフさん。

 今日は何度も失礼な態度をとってしまい、誠に申し訳ございませんでした。本当は、我々が唯一成功した被験体001号であるあなたに会えることがとても楽しみでした。

 それなのに、僕は昔から口下手で悪態ばかりつく癖があって素直にあなたと会話ができませんでした。

 あなたを酷く傷つけたと思うので、僕はどんな処罰でも受けます。

 殴るなり、焼くなり、煮るなり好きにしてください。

 むしろ跡形もなくなるぐらい僕の存在を消してくれれば地球の平和は守られると思うので、是非そうしてもらえると嬉しいです。

 もう本当に死にたいです。』



 「・・・・・・え、ノエルってこんな奴だったの?」


 ミハイルは僕のノートを読んで驚愕してた。

 ジョゼフは「やっぱり」と呟いてから、また言った。


 「おかしいと思ったのだ。お前の言葉はあまりにも捻くれているから、きっと本心ではないのだろうと」


 すごい洞察力だ。長い付き合いをしているミハイルやヴィクトリアでさえ分からなかったのに。気づいてくれて超嬉しい。


 「言っておくけど、紙に書いたものは全部虚言だ!」


 「だが、死にたいと思うのはよくない。少しずつでいいから、なんとか本心が言えるように俺も手助けになるつもりだから頑張ろう」


 ジョゼフは僕の言葉を無視した。

 え?本心が言えるようになる手伝いをしてくれるの?ジョゼフはなんて良い奴なんだ。


 そして、ジョゼフは僕の肩に手を置いて耳元で囁いた。


 「だが、俺はお前の言う通り・・・・・・戦馬鹿だから、そういう対応しかできない」


 そして、ドスの効いた声でさらに続けた。


 「俺がお前の発言によって苛立ったら一発殴る・・・・・・痛みできっと少しずつでも、お前の悪癖は治るはずだ」



 ゾクッ・・・・・・


・・・・・・えっ、ゾクッって何だ?

 僕は興奮してるの?


 掴まれた肩に力を込められた。


 「あの、すいません。ノエル・・・・・・何で赤面してんの?」


 ミハイルに訊かれた。

 

 それからジョゼフはニコッと笑ってみせて休憩室を出ていった。

 僕はなんだか胸の高鳴りを感じて彼の後ろ姿を見つめていた。





 初出勤の日を終えて、俺は自室へ戻る最中だった。

 自室に着くと、俺は少し考え事をしながらベッドに横たえた。


 パソコンをいじるなんて、学生の頃以来だった。それからずっと鍛錬場で戦に備えるだけの生活をしていたから、なんだか少し不思議な感覚がした。

 これからだ。

 俺はこれからあの新しい場所で被曝症の完治方法を解明して、それからナディエージダの安全を保障するシステムをつくるのだ。


 だけど、今日は少し疲れたな・・・・・・。

 自室の機材を揃えるのは明日にしよう。

 なんだかこのまま目を瞑れば眠ってしまいそうだ・・・・・・と思ってたら、ノック音が聞こえた。


 「ジョゼフ、帰ってきたの?入っていい?」


 マリーはドアを少し開けて覗き込みながら訊いてきた。


 「どうぞ」


 ベッドから上体を起こして髪を触っていると、マリーは心配そうに近づいてきた。


 「研究所での仕事はどうだった?」


 「あそこは機材が揃ってるから、あとは知識を増やして頑張っていけば被曝症の完治方法を見つけられるよ、きっと。あとは部屋でシステムをつくる機材を揃えば完璧だな」


 「その、システムのことなんだけど。あたしも博士から聞いたんだけど、あのグレンの改良のことなんだよね?何も一人でつくろうとしなくても、みんなでつくらない?研究所で新しい課をつくればいいんじゃない?」


 「確かに・・・・・・」


 確かにそうだが、俺はイヴァン博士の手を煩わせたくなくて自室でつくるつもりでもあった。


 「むしろ、所長室でやったら?そんな大規模なシステムだったら、もし成功したらこのコミュニティのリーダーが操るんだろうし」


 「そうだな・・・・・・」


 だけど、急に所長室を使いたいなんてイヴァン博士に失礼だし、ちょっと避けていた。


 「寝るまでにまだ時間あるし、一緒に所長室に行ってイヴァン博士に相談してみない?」


 今は午後6時。この時間は研究所の勤務時間を過ぎているので、イヴァン博士はきっと所長室ではなく、帰宅しているのかもしれない。

 そういえば、俺はイヴァン博士の家がどこにあるのかを知らなかった。


 「イヴァン博士はもう帰宅していると思うから、所長室にはいない・・・・・・」


 「そうなの?じゃあ、電話して自宅まで行く?」


 「うーん、明日でよくないか?」


 「そうしたら、ジョゼフの勤務時間とも重なって行けないじゃない」


 「確かにそうだな・・・・・・」


 鍛錬場は午前だけに対して、研究所の勤務時間は午後5時までだったから、イヴァン博士が所長室から出ていく時間と重なっていた。


 「あたし、この前に博士の電話番号もらったからアポ取るね!」


 マリーはそう言って携帯を取り出した。それから電話が繋がったようで、そのまま「今からご自宅まで伺っていいですか?・・・・・・はい、ありがとうございます」と言って携帯をしまった。どうやらイヴァン博士は俺たちの訪問を受け入れてくれたらしい。


 「博士がメールで現在地のポイントを送ってくれたから、携帯の簡易ナビを使って行こう」


 俺はマリーに手招きをされて自室を出た。





 やばぴよなんですケド。

 今から良い歳したお嬢さんが私の自宅にやってくるとか、一体何を考えてるの?しかもマリーだよ。

 多分、ジョゼフがあまり密かでも無さそうなぐらい片想いしてるあの怪力女のマリーちゃんだよ。自分が片想いしてる女の子がこんなオジサンの自宅にやってきたことをジョゼフに知られたら、私の命の保証はないかもしれない。

 ジョゼフが思春期の頃にナイフを向けられた記憶が蘇る・・・・・・やばみ。



 ピンポーン

 扉の方からインターホンの音が聞こえちゃった。


 「・・・・・・?!」


 おおお落ち着け!?

 仮にマリーが本当に来てしまったとしてもいつもの態度をとればいいのだ。

 わわわ、私はマトモ。やぱぴよとか言わない!


 よし、心の準備ができた。

 早速扉を開けた。



 「・・・・・・!!」


 そこにはマリーとジョゼフもいた。

 葬式には誰か来てくれるかな。死んだらナターシャと同じところに行きたい。

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