第24話 研究所で
俺は今日からゴルバチョフ研究所の核兵器研究課に所属して働くことになった。
医療介護課とも関わりながら被曝症の研究をするために意気込んでいたが、幸いにもこの2つの課は同じ部屋で活動しているらしく、普段から研究も合同で行うことが多かった。生物兵器の研究が始まってから、遮っていた壁が無くされたらしい。俺もこうして研究されて生まれたのだろうか。
研究室のドアを開けて、俺は皆に挨拶をした。
「初めまして・・・・・・今日からここで勤めることになった、ジョゼフ・シュヴァルツヴァルトです。よろしくお願いします」
「・・・・・・ああ、初めまして。そんなに堅苦しくしなくていいよ。敬語はなしね?おれは医療介護課のミハイルだ。よろしくね」
イヴァン博士から聞いていた医療介護課の課長のミハイルだ。話に聞いた通り、確かに肩までかかる黒髪を後ろに縛っている髪型だった。
奥の方には見向きのしないでパソコンに向かって座ったままのフードを被った研究員がいたが、あの人が核兵器研究課のノエル課長だろうか。
俺は彼の方を見ていると、ミハイルは俺にこう言った。
「あそこに座ってるのが、核兵器研究課の課長のノエルだけど・・・・・・見ての通り人が嫌いなコミュ症野郎だから気をつけてね・・・・・・」
ミハイルの言葉を反応してなのか、ノエルは振り向いて怒鳴るような声を上げた。
「おい、貴様ッ僕を愚弄するな!」
・・・・・・白い。
振り向いたノエルという男・・・・・・声は低い男性の声だったが、中性的な顔立ちだった。フードから僅かに見えた前髪は白くて、赤い瞳の上にはゴーグルをかけている。肌も紙のような白さだった。
自分がナディエージダで数少ない白人だと思っていたが、俺以上に白い人間もいるのかと驚いてしまった。
さらに驚いたのが、この核兵器研究課の隅の席にも金髪の女性研究員の姿が見えたことだった。
俺は人生で初めて自分以外にも白い人間を2人も見つけたのだ。
すると、その金髪の女性が俺に近づいてきた。
「あなたがあのジョゼフくんなのね?私はヴィクトリアよ。ここで長く働いてるからわからないことがあったら私に聞いてね・・・・・・うちの課長はあれだから・・・・・・」
ヴィクトリアは途中から小声になって言った。
「はい・・・・・・ありがとうございます」
「あら、敬語はなしよ?うちの2つの課はみんな分け隔てなく仲良くするのがモットーなんだから、肩の力を落としな?」
「えっと・・・・・・」
そんなことを言われても、見た感じだとヴィクトリアは俺よりもかなり年上の年配な女性だった。イヴァン博士と近い年齢かもしれない。
「年齢なんて気にしないで。うちのノエル課長なんてまだ22歳なのに、ところ構わず毒を吐く口が治らないのよ」
「それは・・・・・・問題だな」
鍛錬場だったら、真っ先にアレンが粛清しに来ているだろうな・・・・・・。
「聞こえてるぞ、腐敗熟女の戯言が!」
ノエルがまた怒鳴った。
「ほらね、口が悪くて困っちゃうわ・・・・・・」
ヴィクトリアは手を額に添えて、困ったようにため息をついた。
「一応聞いてやるが、貴様は何故この課を選んだ?」
「・・・・・・被曝症を完治する方法を研究するために」
俺はノエルの質問に答えたが、ノエルは鼻で笑っていた。
「ならば帰れ、遺伝子疾患は治らん」
ノエルはそう吐き捨てるように言って、自分の席へと向き直った。
「ノエルよ・・・・・・そんなことを言ったら、おれ達が何のために研究を続けているのかがわからんじゃないか」
ミハイルがノエルの言葉に反抗した。
確かにそんなことを言ってしまえば、ゴルバチョフ研究所の存在を否定することにもなる。この研究所はもともと被曝症を治す方法を見つけるために建てられたのだから。
ノエルは舌打ちをして、また毒を吐いた。
「とにかく軍から来たような戦馬鹿はいらんから帰れ!解雇だ、さっさと消えろ!」
「・・・・・・」
何だろう、この既視感。
まるで初めて鍛錬場に来たマリーを追い返すあの時のアレンを見ているようだ。
この人、急に俺に切りつけられて「オレがテメーの失敗作だ」とか言いそう。いや、流石にそれはないか。それにここは鍛錬場じゃないんだから、いきなりそれをやったら余計に戦馬鹿って言われそうだからやめておこう。
正直ちょっとぶん殴りたいけど。
「ノエル、新人イジメは良くないぞ!」
今度はミハイルがノエルを怒鳴った。
「黙れ!貴様に意見される筋合いはない!」
だけど、ノエルは引かなかった。
「ジョゼフくん、こっちへいらっしゃい。あなたの仕事机はここだからね」
俺がミハイルとノエルの言い合いを見てあたふたしていると、ヴィクトリアに自分の席を案内してもらった。ノエルと向かい側だった。
「ありがとうございます・・・・・・」
「もう、堅苦しくしなくていいって言ってるのに。ジョゼフくんは律儀な子ね」
「えっと、すみません・・・・・・」
仕事机の上にはノートパソコンと自分のネームプレートが置かれていた。
研究室の中央には、実験道具のようなものがたくさん置かれていた。ガラス瓶、試験管、出火機・・・・・・その他にもガラス棚の中には色とりどりの薬品が大量にあった。
学生だった頃を思い出した。
そういえば、俺は中央学園で生物科学も専攻していたっけ。卒業してすぐに鍛錬場に行ったから、すっかり忘れていた。
「ところで、ジョゼフくんはどれくらいの知識があるかな?」
ヴィクトリアに訊かれた。
「中央学園で勉強した程度だが・・・・・・人体の構造と医療を少し」
ここで関係のある知識なら、俺にはそれぐらいしかなかった。もともと戦場で生きるために生活していたから、科学についてはあんまり詳しくなかった。
今思えば、なんだかここに就職してしまったことが無謀だったのかもしれない。
それでも後悔はしていない。俺にはやるべきことができたから。自分に出来ることを最大限にして、これからでも知識を深めていこうと思った。
「その程度の知識で研究員になろうとは、愚人の極みだな。我々と同じ仕事をやろうなど甚だ図々しい、己の立場を弁えろ戦馬鹿め!」
ノエルが割り込んできた。
「・・・・・・」
俺はこいつが無理だと思った。無理、生理的に。昔のアレンとはまた違う嫌味な奴だ。鍛錬場なら一発殴ってすっきりできるというのに、ここではそんなことをしたら余計に馬鹿にされる。
苛つきを抑えていると俺は無意識に拳を握っていた。ノエルはそれを逃さず更にこう言った。
「今度は暴力か?やっぱり戦馬鹿はダメだな。研究員になど向いてないどころか空気の毒になるからさっさと帰れ!」
「毒はお前の口だ!少しは静かにしたらどうだ?!」
俺は思わず席から立ち上がってノエルに向かって叫んでいた。自分でもびっくりするぐらい激しい反応だったと思う。
一年前の俺なら何を言われても虚無に感じて何も反応できなかったのに。昔はアレンに銃で撃たれても痛みすらどうでも良かったのに、随分と感情的になったものだ。
「ノエル・・・・・・お前は天才だと思う。気の長そうな奴を一瞬でキレさせることもできるもんな」
ミハイルが言った。
気の長そう、というのは俺のことだろうか。自分ではそう思わないが。
「ジョゼフくん、落ち着いて。ノエルは誰にでもあんな感じだから・・・・・・気にしたらキリがないわよ」
ヴィクトリアは宥めるように言ってきたが、俺は今までにあまり感じたことのない苛々した感情の抑え方が分からなかった。
「何を泣いている?気味が悪いからどこかへ消えろ!」
泣いているって俺が?
あっ、触ってみたら頬に涙が流れていた。
「うわっ、ノエル・・・・・・新人を泣かすとか流石に引くぜ・・・・・・」
ミハイルは言いながら俺の肩に手を置いた。
「まったく、うちの課長ときたら・・・・・・ほら、ジョゼフくん。パソコンの開き方を教えてあげるから座って」
ヴィクトリアは俺を席に座らせて仕事の指導を始めていた。向かい側の目の前の席にはノエルがこちらへと睨みを効かせていたが、ヴィクトリアは「あの人のことは無視しなさい」と言って続けた。
俺はヴィクトリアに教えられがままにパソコンを開き、仕事を習得し始めていた。
ミハイルは何やらノエルを叱るような素振りをしてから、口喧嘩になり、それで負けたのか自分の仕事机の方へと戻っていった。
出勤初日はノエルにずっと睨まれながらなんとか終わった。
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