第23話 主張
俺はイヴァン博士の所長室に来ていた。
「鍛錬をやめて研究員になりたい?」
「・・・・・・はい」
「今はマリーもいるし、鍛錬場もしばらく使えないから別に構わないが・・・・・・突然だな」
「俺がやらないといけない仕事を見つけたから」
それは、ナディエージダの安全を保証するシステムを作ることだ。
ゴーストランドでの戦いでは、俺はグレンの機能にヒントを得た。
コンピュータウィルスの性質を利用して、世界の全てのコミュニティを繋ぎ、お互いに意思疎通をはかることで争いは免れないか。
かつて、昔に存在した国家同士が行っていた貿易等を行うことでお互いの困難は解決できるのではないかと考えていた。
その困難を解決すれば、争いはなくなるかもしれない。
「やらないといけない仕事とは何だ?」
イヴァン博士に訊かれた。
「手動可能なコンピュータウィルスをつくって、それで世界の全てのコミュニティを繋ぐことです」
「まさか、あのグレンの改良のことか?」
「はい、あれを改良してコミュニティ同士で貿易を始めてみようと・・・・・・」
「なるほど、コミュニティ同士で貿易をはかってお互いに助け合いたいということだな。だが・・・・・・」
だけど、イヴァン博士は複雑そうな反応だった。
「だが、それにはいくつか問題がある。まず、我がナディエージダには他を助けられる余力もない上に、コミュニティ同士での繋がりが争いを生む原因にもなりかねない・・・・・・かもしれない」
「確かに・・・・・・」
確かにそうかもしれない。
ナディエージダには余分な食糧もなく、被曝症への完全な治療も確立されていない。
イヴァン博士は続けて言った。
「だが、そこは我々が持っている技術で支えればいいかもしれないな・・・・・・あるいは、これを機にさらに技術を発展させるきっかけにするのもありだ。コミュニティ同士でお互いに支え合うのもいいかもしれない・・・・・・上手くいく保証はないが」
イヴァン博士は考えながら俺に喋っていた。
「イヴァン博士、まずはゴーストランドで試してみるのはどうでしょう」
最初から全コミュニティで繋がりを作るのではなく、試しにゴーストランドと同盟を組んでみる。お互いに助け合ってみて、それでこの挑戦が上手くいくかどうか見てみて、それからシステムをつくるのはどうかと考えた。
「そうだな、まずはゴーストランドで試してみるのがいいかもしれないな」
「はい、俺・・・・・・研究員になってもいいですか?」
「構わないが、ここにはネットワークシステムをつくる課はないのだが・・・・・・」
「医療介護課に関わりながら、核兵器研究課に所属したいです」
「・・・・・・ん?そこは、ネットワークシステムとは関係ないが?」
「・・・・・・ネットワークシステムは、自分で機材を揃えて、部屋でつくってみます。日中の勤務時間は被曝症の完治方法を研究したいのです」
「なるほど・・・・・・アレンか。だが、そんなに仕事を詰め込んで大丈夫なのか?」
「大丈夫です」
「体調だってまだ万全ではないだろう。あまり無理をしない方がいいのではないか?」
イヴァン博士は俺が疾患被験体になったことを知っているのだろうか、俺にはあと3年以下の猶予期間しかないことを。
いや、知っているはずだ。ついこの前にマリーと一緒に身体機能の検査を行ったから。イヴァン博士はきっと俺に気を遣っているのだろう。
「大丈夫です・・・・・・俺、どうしても叶えたい夢ができたから」
大切な人達が幸せに生きれる世界をつくりたい。
「わかった。ジョゼフがそこまで言うのなら、連絡を入れておこう。核兵器研究課でいいな?」
イヴァン博士はパソコンを開きながら言った。
「はい、あと、医療介護課にも関わりたいと連絡を入れてもらえませんか」
「ああ、入れておくよ。核兵器研究課では、ノエルに色々教えてもらえるように言っておくよ。彼はそこの課長だから。ノエルはいつもフードをかぶっていて、ゴーグルをかけているからわかりやすい見た目をしている。医療介護課では、ミハイルという男を探すといい。ミハイルはそこの課長だ」
「ミハイルは、どんな見た目ですか?」
「そうだな・・・・・・確か、肩までかかる黒髪を後ろに縛っていたような気がするな」
「わかりました。早速明日から勤務を始めてもいいですか?」
「ああ、白衣も余ってるしな。今日の午後にジョゼフの部屋まで届けておくから、明日はそれを着て出勤するといい。連絡は私の方からしておくよ」
「ありがとうございます」
俺はそれから辞儀をして所長室を出た。
※
ゴルバチョフ研究所の医療介護課と核兵器研究課は、生物兵器の研究が始まってから同じ部屋で活動するようになった。
もともと隣り合わせの部屋ではあったが、途中から仕切られていた壁が打ち壊されて、2つの課が合同で研究を始めたそうだ。
「おい、ノエル!聞いたかっ、明日から元軍人の新人が来るらしいぞ?!」
医療介護課の若き課長、ミハイル。27歳。
ナディエージダの中央学園を18歳で主席で卒業してすぐにこの課の幹部から推薦を受け、務めることになった天才外科医でもある。
そんなミハイルは午後に突然イヴァン博士から送信された連絡メールを受けて、半ば混乱しながら隣の核兵器研究課のもう一人の若き課長、ノエルに話しかけていた。
「うるさいぞ、こちらにも連絡は来ている」
ノエルもまた、ナディエージダの中央学園を主席で卒業した天才だった。今や22歳にして核兵器研究課の課長を難なく務められる程だった。
ただ、ノエルには先天性白皮症という遺伝子疾患があるのだが、その疾患のせいで光を避けるために常にフードをかぶったり、弱視のために眼鏡をかけていること以外は・・・・・・彼の仕事ぶりには何の障害もなかった。
「どうするよ?!あのジョゼフが研究員になるとか、なんか企んでんじゃないのか?!あいつは生物兵器だろう!」
ミハイルは頭を抱えながら焦る素振りだった。
「貴様は相変わらず緩いお脳で大変だな。所詮は戦馬鹿のただの軍人だ、放っておけばその内辞めるだろう」
ノエルは嫌味っぽく息を吐いて、ミハイルと視線も合わせずに応えた。
「そうはいかないでしょ!?あのイヴァン博士から直々に面倒を見るように頼まれたんだよ?!」
「無視しろ。こちらとて無駄な命令に従ってやれるほど暇ではない」
「あのさ、それでいつも怒られてるのはおれなんだけど。っていうか、ノエルも呼び出しにはいつも来ないよね?」
「必要のない呼び出しになど行かん」
そんな2人の言い合いに1人の女性研究員が割り込んだ。
「ジョゼフって、あの生物兵器のジョゼフのこと?彼がここの研究員になるの?」
彼女は核兵器研究課の研究員を長く務めている40歳のヴィクトリアという女性だった。ジョゼフという生物兵器の誕生にも携わり、ジョゼフが20歳になるまでの成長記録も担当していた研究員でもある。
ジョゼフ自身はヴィクトリアと面識はないのだが。
「あ、そうみたいなんだよ。おれはもうこんなにパニクってるのに、おたくの課長は全然気にしてないじゃないか」
「まぁ、うちの課長は昔からそんな感じだから・・・・・・」
「おい、貴様ら。無駄話をしている暇があるなら仕事しろ。すごく鬱陶しいぞ!」
ノエルがやっと振り向いたと思ったらものすごく怒り心頭な雰囲気を醸し出して、2人を怒鳴った。実際に怒っているのだろう。ノエルは社交的な部分にとても欠けているのだから、人が嫌いな節もあるのだ。
ノエルはその場で「僕から離れろ!」と言わんばかりに2人を押し返し、研究所の日常は戻った。
ミハイルだけが明日来るであろう新人への対応に悩んでいた。
※
中央総合病院のアレンの病室にマリーが面会に来ていた。
「・・・・・・一人なのか、ジョゼフはどうした?」
「ジョゼフはイヴァン博士と話をしてからスーツを買いに商店街に行ったよ」
「スーツって、そんなもん買ってどうすんだよ?」
「あたしもよくわからなかったけど、明日から研究所で働くって言ってたよ」
「ハァ?!今まで戦しかやってこなかったような体力バカが研究員になるってのかよ!」
「あたしも信じられないんだけど、本人が研究員になるって張り切ってるから・・・・・・」
「マジかよ・・・・・・あいつ本当にやる気か」
アレンはそこでベッドから上体を起こしてからそう呟いた。
「アレン、何か知ってるの?ジョゼフが急に研究員になりたいとか言い出したから・・・・・・」
マリーは病室にあった椅子に座ってからアレンに訊いた。
「前に、オレの病気を治すとか、ナディエージダの安全を保証するシステムをつくるとか言ってたけど・・・・・・それのために研究員になりたいのかもな」
「そうなの・・・・・・?」
「でも、あいつ・・・・・・今は体調も良くねーから、見ておかねぇとダメだな」
「うん、知ってる。イヴァン博士から聞いたけど、今のところバランスは取れてるって」
「バランスが取れてる?あいつ、この前ここで喀血してオレが助けたんだけど」
「・・・・・・えっ?!」
マリーはアレンの発言に顔を青ざめた。
「そんなの聞いてない・・・・・・!」
「鍛錬場を掃除した帰りの時に喀血して、そのあと入院を拒んで帰ったな・・・・・・」
「あたし、ジョゼフと話してくる!」
マリーはその直後にアレンの病室を出て、研究所の部屋へ戻っていった。
※
商店街から帰ってきて、研究所の自室へ戻ってきていた。買ってきたスーツの三着を眺めながら、明日からの新しい職場について考えていた。
スーツは紺色を1セットと黒色の2セットを買ってきていたが、明日はどれを着ようか迷ってしまっていた。鍛錬場なら同じデザインの軍服しかなかったから、服を選ぶことが少し新鮮だった。
「ジョゼフっ開けて!話したいことがあるんだけど!!」
マリーの声と部屋のドアを激しく叩く音が聞こえた。
俺はドアの方へ歩いて開けると、両肩を強く掴まれてしまった。マリーの怪力は流石にちょっと痛かった。
「ねぇ、アレンから聞いたんだけど!ジョゼフは血を吐いたの?!」
「・・・・・・」
言うつもりはなかったけど、アレンがマリーに言ってしまったか。いずれは知られてしまうことだったから、別にアレンを咎めるつもりはなかった。だけど、嫌な気分だな・・・・・・。
「ごめん、マリー・・・・・・」
「謝るぐらいなら隠さないでよ!イヴァン博士は・・・・・・バランスが取れてるから大丈夫って言ってたのに」
マリーは言いながら急に泣き崩れた。俺はなんだか申し訳ない気持ちになって、マリーと視線を合わせるようにしゃがんだ。
バランスというのは、俺の体の中で起きている細胞破壊と修復の作用のことだろう。それが取れていればとりあえず死ぬことはない。だが、実際はバランスが取れているわけではなかった。あの時の喀血がその証拠だった。
「マリー、泣かないでくれ・・・・・・俺は死なないから」
自信のない言葉だった。俺は嘘をついた。
「・・・・・・本当に?」
「ああ、約束しよう。もし俺が死んだら呪いでもかけてくれ。地獄にでも行って反省するから」
天国も地獄も、あるかどうかわからないのに。俺は嘘に戯れを重ねていた。
「うん、本当に呪うからね。あたしより先に死んだら絶対に許さないんだから!」
「そのかわり、俺が生きている間に世界を征服するから見てろよ?」
戯れは更に続き、俺はマリーの笑顔を買った。
「何よ、またそんなこと言って。世界征服はあたしの夢でしょ!?」
「いいや、俺が先に世界征服するから」
俺はそれからマリーに手を差し出して、2人で一緒に立ち上がった。
俺の戯れに騙されたマリーはもうすっかり泣き止んでいた。
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