第22話 これから
目が覚めたら病院のベッドで寝かされていて、隣には青白い顔の男が立っていた。
「アレン・・・・・・部屋で寝てなくていいのか・・・・・・」
掠れた声を出したら喉に鈍痛が走った。
「ジョゼフ、目が覚めたか!」
アレンを病室まで届けてから、トイレに駆け込んだことまでははっきり覚えているが、それからの記憶が少し朧げだった。多分、アレンが助けてくれた気がする。
「あれから、何時間経った?」
「3時間ぐらいだ。もうすぐマリーがここへ帰ってくるか、研究所の部屋に戻っているのかもしれない・・・・・・」
「医者は何か言ってたか?」
「・・・・・・お前、肺の6分の一の部分に原因不明の傷ができているらしい。それから、他の臓器も働きが悪くなってるって・・・・・・」
原因不明の傷。それは疾患被験体によく起こる細胞の自己破壊作用のことだ。それが医者に見つけられるということは、俺の細胞の修復機能が追いついていないということだ。
「・・・・・・つっ!」
起きあがろうとしたら、胸に激痛が走った。
「おい、無理に動くな。休んでおけよ」
「この病院は、疾患被験体を診たことがあるのか?」
「いや、見たことがない・・・・・・」
「なら、俺がここにいても無駄だ」
疾患被験体が治った例はない。そもそも俺達のような存在は突然変異によって生まれた個体なのだから、体組織の詳しいメカニズムはよくわかっていないからだ。それなら被曝症の方が治癒の望みがあるぐらいだ。
俺は胸の痛みを堪えてベッドから起き上がった。
「・・・・・・帰るよ。俺がここにいてもしょうがないし、研究所にいた方がいい」
「そうだな・・・・・・研究所の方が詳しいかもしれないな」
アレンはなんだか複雑そうに応えた。
「あのさ、アレン」
「なんだ?」
「もし、俺がお前を治したら嬉しいか?」
「そりゃあ・・・・・・いや、出来んの?」
「さぁ?でも、俺、こう見えて博士より知能指数高いらしいから・・・・・・頑張ってみたらもしかしたら何か閃くかもしれない」
「自慢かよ、うぜーよ」
アレンの悪態を無視して続けた。
「それで、ナディエージダへの襲撃を止めるシステムもつくろうかな」
「所長の座でも狙ってんのか、お前。イヴァンの馬鹿が泣くぞ」
「博士は、俺に優しいから・・・・・・勝手なことをやりたいって言っても、きっと許してくれると思う」
「すげー自信だな。さすが金持ちの坊ちゃんだ」
「・・・・・・許してくれなきゃ、困る。多分、これは最期までにやらないといけないことだから」
「・・・・・・」
疾患被験体の余命は長くて3年だ。
ということは、機能のバランスが崩れ始めた俺にはあと3年の猶予期間しかない。あるいはそれ以下か。
俺は、ナディエージダを守るために造られた存在だ。
最期までに役目を全うするなら、この身体が使い物にならないのなら、与えられた頭脳を使えばいい。
ゴーストランドでの戦いでは、グレンの存在が俺にヒントを与えた。あれを応用して、なんとか世界のコミュニティ同士での争いを止めるシステムが作れないか・・・・・・。
俺がそんな考え事をしているとアレンはなんだか怒りながら訊いてきた。
「お前はオレに諦めるなみてーな事を言っておきながら、自分は諦めんのかよ」
「被曝症と疾患被験体では、話が違うだろう」
「お自慢の頭脳とやらでなんとかしろよ」
「最優先は、友達を治すこととナディエージダの安全を保証することだ」
それでも、絶対にそれができるかどうかもわからないが・・・・・・。
「・・・・・・マリーを悲しませるなよ」
「え、マリー?」
「あいつ、お前が好きだと思うから」
「何を根拠に・・・・・・いや、急に何故そんな話を?」
アレンは俺の質問を無視してこう言った。
「ジョゼフ、これから帰るんだろ?途中まで送るよ。あんな酷い喀血のあとだ、道中倒れられたら困る」
「アレンはそこまで歩けるか?」
「今日は大丈夫だ」
そうは言ってもアレンの顔色は悪かった。もし、俺がまた発作でも起こしてしまっても今のアレンでは何ができるのか・・・・・・多分、人を呼ぶぐらいしかできないだろう。それは困る。ナディエージダ最強の生物兵器が故障したなんて騒ぎになったら、コミュニティが混乱してしまう。
「じゃあ、病院の出口まで送ってくれ。あとは自分で帰れるから大丈夫だ。何かあれば携帯で博士かマリーを呼ぶから」
「そう・・・・・・じゃあ、その時は絶対呼べよ」
それからアレンが病院の出口まで送ってくれたあと、俺はそのまま研究所の部屋まで帰った。
※
ジョゼフが帰ったあと、オレはまた自分の病室でぼおっとしていた。
扉の方からノック音が聞こえた。
「アレン指揮官、入ってもよろしいでしょうか」
ミチコフを守ったあの平兵士のミカンという女の声だった。
「・・・・・・どうぞ」
病室には女が2人と1人の幼い子どもが入ってきた。
「はじめまして。私は、ルイスの妻・・・・・・アナです」
「・・・・・・っ?!」
「アレンさん、そのままで大丈夫ですから」
ベッドから起きあがろうとすると、アナはそれをやめるように言ったが、オレはそれでも起き上がって彼女に深く頭を下げた。
「すまない・・・・・・っ!オレのせいで、ルイスが!」
アナに抱かれているその幼い子どもは、きっとルイスとの娘なのだろう。
「アレンさん、頭を上げてください」
この人に、頭を上げるなど・・・・・・できない。いっそ、仇として殴ってくれ、殺されても構わない。オレはきっとこの人には永遠に許されない存在になったのだから。
「あの、私はアレンさんに謝ってもらうために来たのではないのですから・・・・・・お願いですからベッドで横になってください」
アナはそう言っていたが、オレはそれでもどうしても頭を上げることができなかった。彼女の前で無礼に寝るなんてもってのほかだ。
「指揮官、大丈夫ですから」
オレはそこでミカンに押されて無理矢理ベッドに寝かされた。
「おい、何すん・・・・・・」
今日は色々あって疲れたからだろうか。ミカンに身体を押されたら目眩がして、そのままベッドから起き上がれなくなってしまった。
「指揮官、アナさんはあなたに怒ってませんから安心してください。彼女はただ、あなたに言いたいことがあって来ただけですから」
「・・・・・・っ」
「アレンさん、私はルイスからあなたのことを聞いています。お身体のことも、わかってました」
「・・・・・・」
アナは続けて言った。
「あの人は、あなたをすごく慕っていましたから・・・・・・きっと、共に戦えて嬉しかったと思います。あなたを守れて、きっと満足だったと思います」
「・・・・・・」
「ですが・・・・・・」
アナは今度はオレを見て涙を溢しながら言い始めた。
オレはなんでも受け入れるつもりだった。もし、アナにこの場で仇として死んでほしいというのなら何の抵抗もなく従うつもりだった。
「私からのお願いです」
「・・・・・・ああ」
「あの人の分まで、生きてください」
「・・・・・・?!」
予想外の言葉に驚いた。
「アレンさんは、ルイスに繋いでもらった命を・・・・・・無駄にしたら絶対に許しません。必ず生きて、あの人の分まで」
「・・・・・・」
「それでは、私はこれで失礼します」
アナはそれだけ言って病室を出ていった。
それを見ていたミカンが、今度はオレにこう話しかけた。
「指揮官、時に・・・・・・死ぬより生きる方が大変なのだと思います」
「・・・・・・」
「ですから、償うのでしたら、死んで逃げるより・・・・・・生きてください」
きっと、それがオレに課せられた宿命なのだろう。
※
研究所の部屋に帰ってきてから、俺はベッドに座って過ごしていた。
「ジョゼフ、帰ってきてる?部屋に入っていい?」
扉の向こうからマリーの声が聞こえた。
「・・・・・・ああ、入ってくれ」
マリーはゆっくり部屋に入ってきた。
「鍛錬場の掃除、お疲れ様。体調はどう?」
「ああ、問題ない」
喀血したことは、まだ言わないことにした。
「それにしても顔色悪いし、なんか汗ばんでない?」
マリーが近くまで歩いてきて、それから額に手を触れられた。
「うーん、微熱かなぁ?」
そうやって考え込む仕草に俺は微笑んだ。
それから、マリーの腕を引いてその身体を抱きしめた。
「ちょっと、ジョゼフ?!」
「・・・・・・温かいな」
生きている人間の温もりを感じた。
マリーは戦う時、あんなに強いのに華奢な体格をしている。もし、俺がこのまま握り潰すように力を込めたら壊れるんじゃないか。
「えっと、寒いの?ベッドで寝たら?」
マリーはなんだか慌てているようだった。その顔を見つめてみたら、暗い部屋でもわかるぐらい頬が赤らめていた。急に男に抱きしめられて驚かせたかもしれない。
「・・・・・・俺に抱かれるの、嫌か?」
「・・・・・・べ、別に。ちょっとびっくりしただけよ」
何で急にマリーを抱きしめたか自分でもわからなかった。なんとなく、彼女を近くに感じたかった気がする。
俺はマリーを離した。それから手を握って、マリーを見つめていた。
「・・・・・・何?ジョゼフ」
「いや・・・・・・」
・・・・・・愛おしいと思って。
途中で言葉が詰まった。
俺は君のおかげで、世界に対する新しい見方ができるようになった。
いつだって君は俺の隣で支えてくれた。
とても感謝しているよ。
俺はマリーのおかげで生きる喜びを見出せたんだ。
ありがとう。
もし、俺に時間が残されていないとしたら・・・・・・
精一杯、後悔のない時間を生きよう。
マリーと一緒に生きて、君の願いを叶えるよ。
幸せな世界をつくってみせるよ。
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