第21話 復興
あれから数週間後、ナディエージダは復興作業で皆忙しく動いていた。
元からいる被曝症患者を含めて、ナディエージダの3分の一の住民が治療を受けていた。敵のドローンに仕組まれていた銃は放射線のないものだったのが幸いだろうが・・・・・・それでも被害はあまりにも大きかった。
ナディエージダの中央総悟病院を含めて、各地の病院が満床になり、それを聞いたアレンも「アパートに移動しようか?」と言うぐらいだった。が、状態が芳しくなかったアレンにはそんなことは許されなかったのでそのまま入院していた。
「オレは別に大丈夫なんだけど」
俺はマリーと一緒にアレンの面会に来ていた。
「青白い顔で何言ってんのよ」
「それを言ったらジョゼフだって白いじゃねーかよ!」
「俺は白人だから白くて普通だ」
俺は今日、最近にしては珍しく体調が良かった。熱もなくて、身体もなんだか軽かった。
「今日は体調が良い。面会の後、鍛錬場を掃除しに行こうと思う」
襲撃のあと、多くの兵士が負傷していた。だからしばらく鍛錬は休みとなり、人の出入りがなくなっていた。鍛錬場はきっと埃をかぶっているだろうと思った。
「あっ、オレも鍛錬場に行きたい」
アレンはベッドから上半身を起こして言った。
「何言ってんのよ、歩けもしない病人が掃除なんてできるわけないじゃない。死にたいの?」
「表出ろやゴラァア!・・・・・・げほっ、ゴホッ」
マリーの挑発に乗って喧嘩しようと大きい声を出して、逆に情けなく咳き込むアレンを見て・・・・・・やれやれ、いつも通りだな。と、ため息をついた。
「うるさい、大きい声を出すな」
「えっ、悪ぃ・・・・・・ジョゼフ、頭痛でもしてんのか?」
俺が熱を出すようになってから、アレンに保護欲でも生まれたらしく、やたら俺の体調を気遣うようになった。今回は自分が大きい声を出したことによって頭に響いたのか?と心配しているかもしれないが、そういう問題ではない。
「いや、普通にうるさい」
っていうか病人に心配されてもそれが逆に負担になっていないか俺の方が心配になるし、アレンが昔俺に暴力的だったことを思い出すと余計に寒気がするからやめてほしい。
アレンには自分の心配だけしてほしい。俺のことは放っておいてくれ。そうだ、俺なんてどうでもいい存在なんだから。
あれ?どうでもいい存在なら俺はここで何をしているのだろう。どうして勝手に許可もなくこの世界で呼吸しているのだろう。
無許可で生きていてごめんなさい。
「でっ、でも死にたくない・・・・・・」
独り言を言っていたらマリーに殴られそうになった。
「おい、マリー。やめとけよ、そいつ一応病み上がりなんだから・・・・・・」
アレンがマリーの拳を止めた。
「いや、ジョゼフになんか変なスイッチが入ったから存在ごと消し去ろうと思って」
「それって殺人未遂じゃないのか・・・・・・?」
「・・・・・・未遂?」
未遂じゃないだろうな、絶対。
俺は確実に殺されかけた。
「マリー、大丈夫だ。俺はもう病んでいない」
「じゃあ、そのポケットに入ってるカッターナイフは何?」
「・・・・・・?!」
なっ、いつの間に?!
「で、何?なんでポケットにそんな物騒な物が入ってるの?」
物騒な女に訊かれた。
「いや、その・・・・・・刃物を持ってると落ち着くから・・・・・・」
「完全に頭が病気だぜ、こいつ・・・・・・」
アレンに貶された。
「もうやだ、掃除行かない。帰る」
「いや、行けよ。そしてオレも連れてけよ」
「じゃあ、行く・・・・・・」
「切り替え早っ!」
そんなこんなでよくわからない流れを経て、俺達は鍛錬場に向かうことになった。アレンは俺の体調を心配して、マリーに車椅子を押してもらっていた。
「着いたな」
「アレンはここに来るのちょっと久しぶりだよね」
「ああ、休憩所でとんだ恥をかいてから入院することになったからな・・・・・・」
「いや、あれは驚いたぞ。入院が間に合って良かったと思う」
俺はそれから早速ほうきを持って掃除を始めようとしたが、マリーは着信がかかったらしく携帯を持って誰かと電話をしていた。
「ねぇ、ジョゼフ。悪いんだけど、あたし・・・・・・博士に呼ばれてて今すぐ行かないとだめみたいなの」
「ああ、行ってこい。ジョゼフはオレがばっちり面倒見るからな!」
アレンはマリーに向かってグッドポーズをとりながら言った。
いや、違うだろう。面倒を見るのは俺だろう。どっちかというとアレンの方が大変なんじゃないか?
マリーが鍛錬場を出ていくと、俺はそのまま掃き掃除を続けた。アレンは邪魔にならないところで、車椅子に座ったままぼおっとしていた。
※
あたしはイヴァン博士の所長室に来ていた。
「マリー、悪いね。急に呼び出したりして。じっくり話せる時間が今しかなくてね」
「いえ、大丈夫です」
「それで、君たちの検査結果なんだけど・・・・・・」
先日、研究所であたしは細胞が変化できなくなった理由を調べてもらって、ジョゼフは発熱の原因を調べてもらう検査を受けていた。
その結果が今わかったというので、あたしはイヴァン博士から説明を聞いているところだった。
「まず、マリーからなのだが・・・・・・残念ながら詳しいことはよくわからない。君は他のコミュニティから来た生物兵器だからね、人体の構造は君を作った者にしか詳しくわからないと思う。ただ、細胞を調べたところ・・・・・・どうやら時間とともに変化機能がゆっくりになっているみたいだ」
「そう・・・・・・それって、あたしが普通の人間に近づいているってことですか?」
「うーん、どちらかというと・・・・・・ジョゼフの体質に近いかな。君たちは普通の人間にはなれない」
「でも、あたしはジョゼフみたいに頭良くないし、そうなるとあたしの生物兵器としての機能がジョゼフより弱くなったってことですよね?」
「まあ、そうなるかもしれないね」
そうなると、あたしはジョゼフを守れない・・・・・・いや、ゴーストランドでの戦いでは守られてばかりだった。あの人は今、大変なのに。
「あの、ジョゼフの検査結果はどうですか?」
「ああ、ジョゼフは少し難しい状態だな・・・・・・」
博士は少し間を置いて、あたしは息をのんで聞いた。
「ジョゼフは、細胞の自己破壊と修復を繰り返している」
「それってどういうことなんですか?」
「そうだな・・・・・・わかりやすく言うと、体内組織に傷ができては元々あるジョゼフの生物兵器としての修復機能も働いてるということかな。傷ついては治る、という繰り返しによって発熱しているのかもしれない」
「それって、大丈夫なんですか?」
あたしが心配して質問をすると、博士も難しい顔で答えた。
「今のところ、破壊と修復のバランスが取れている状態だから・・・・・・死ぬことはないが、しばらく体調不良は続くと思う」
あたしはもう一度息をのんでからまた質問した。
「バランスが・・・・・・取れなくなったら、どうなりますか?」
「細胞の修復の方が勝てば、治るかもしれないが・・・・・・破壊が強ければ・・・・・・」
・・・・・・ジョゼフは死ぬ。
博士はそう言いかけて言葉を途中で止めた。
「マリーは?体調が悪いことはないか」
「あたしは大丈夫です。前は細胞が勝手に変化することもあってそれで違和感も少しあったけど、今はむしろすっきりしてて身体が軽いぐらいです・・・・・・」
「そうか、それは良かったな。マリーは逆に安定してきているのかもしれないな」
博士はあたしに「ジョゼフの様子を見て、何か変わりがあれば報告してほしい」と言って、それからあたしは重い足取りで所長室を出ていった。
※
鍛錬場の掃除がある程度終わると、俺はアレンの車椅子を引いて病院へ連れていこうとした。
「ジョゼフ、もう帰るのか?オレが休憩所と手洗い場をやろうか?」
アレンに訊かれたが、俺は首を横に振った。
なんだか寒気がしてまた熱でも上がったのかと思ったら帰ることにした。
「いい、アレンも無理して動いたらまた病院の人に叱られるだろう?」
「もしかして、体調悪いのか?」
「・・・・・・うん、少し」
「ヤベーじゃん、待ってろ。マリーに電話する・・・・・・」
俺はそこで、マリーに電話しようと携帯を握ったアレンの手を制した。
「いい、大丈夫だ。そこまでではないからとりあえず病院へ帰るぞ」
「・・・・・・そうか」
それから俺はアレンを病室まで連れていった。
だけど、道を歩いている途中でやっぱり体調はだんだん悪くなっていった気がする。吐き気のような、何かが込み上がってくる感覚がして、アレンを病室に届けてすぐにそこを出てトイレへと駆け込んだ。遠くからアレンが「おい、どうした?!」と叫ぶ声が聞こえたが、俺はそれに構わず病室を出た。
「・・・・・・っ?!」
手洗い場には赤がうつっている。
激しい咳き込みと同時に、それが現れた。
「・・・・・・うっ、ごほっ!!」
咳が止まない。
内臓が痛い。身体の内側から殴られている感覚して、苦しい。呼吸を司る器官が焼かれるような・・・・・・
俺は死ぬのか?
溢れていく赤を見て思わずそんな恐怖に支配された。
今まで、こんなことはなかった。苦痛のあまり、手放したかった意識もはっきりしている。
誰か・・・・・・助けて。
※
病院の部屋に着くと、ジョゼフは何か切羽詰まったような走り方をして出ていった。
オレはまだ車椅子に乗ったままで、誰もいなくなった扉の方を眺めていた。
今朝は調子が良いと言っていたが、鍛錬場を掃除している途中から急に動きがゆっくりになって、終わってもいないのに帰ろうと言われ・・・・・・。
オレはジョゼフを追いかけることにした。
車椅子から立ってみたら、今日はうまく歩ける気がした。とりあえず近くのトイレまで歩くと・・・・・・
「ゲホッ、がはっ・・・・・・うっ!!」
トイレの手洗い場から崩れ落ちた体勢のジョゼフが苦しそうに咳き込んでいた。
「ジョゼフ?!」
オレは急いでジョゼフの近くまで走った。手洗い場には血を吐いた跡があった。
「ぐっ、ごほっげほっ・・・・・・っ!!」
個室にあるナースコールボタンを押すと、オレはジョゼフにこう声をかけた。
「落ち着けっ、無理に吐き出そうとするな!もうすぐ看護師が来るから・・・・・・!!」
オレはジョゼフの背中をさすりながらなんとか声をかけていたが、多分届いていない。ジョゼフは苦しみのあまり胸を掻きむしりながら咳き込んでいる。手洗い場と床には淡い色の赤が散らばっている。肺からの出血だ。呼吸も苦しそうだった。
あの体力バカだった奴がこんな風にもがき苦しんでいるのを見て、オレは少し混乱していた。確かにここ最近熱を出していたことは知っていたが、まさかこんなになるとは思わなかったのだ。
疾患被験体。
オレが知っている限りでは3年以上生きた個体はいない。
「アレンくん、大丈夫?!あれ、その人・・・・・・どうしました?!」
ミチコフ看護師が入ってきた。
「オレはなんともない、面会に来てた友達を助けてくれ!」
ジョゼフはそのまま緊急搬送されて相部屋で入院することになった。
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