過去編3 子育てにぴえん

 ジョゼフとアレンが12歳になった。

 そろそろ2人に思春期がのしかかる頃だろうと覚悟していたが、事件は突然やってきた。


 とくに接点のない2人なのだが、私はアレンも自分の息子のように育てていた。


 とは言っても、面倒は直接せず、2人とも私の作った子育て計画書のもとで、ジョゼフは研究所の使用人に任せて、アレンは病院の看護師に任せていた。私は時々顔を見に行ったり、一緒に食事したりしかしなかったのだが・・・・・・。

 もしかしたらもっと関わっておくべきだったのかもしれない。親からの愛情不足が原因だったかもしれない。そしたら、2人があんな風になることはなかったのに・・・・・・。





 ある日、私は病院から苦情の電話を受けていた。


 「え、車椅子アタック??どういうことですか・・・・・・?」


 どうやらアレンが他の患者や気に食わない看護師に当たったらしい。何があったかは知らないが、暴力は良くない。私はすぐにアレンのもとへ駆けつけた。


 「アレン、車椅子アタックって何だ。一体何事だ」


 アレンは病室で夕食を残していた。


 「オレが考えたバカを蹴散らす用の必殺奥義だ」


 アレンに夕食を残さないように促しながら聞いていた。いや、そういうことじゃない。人様に向かってバカを蹴散らすとは何事だ。失礼にも程がある。


 「アレン・・・・・・何があっても人に向かって暴力を振るってはいけない。何かあったら私に言うように伝えたはずだが」


 「い、いやだよ!オレはもう子どもじゃねーから自分でできるんだ!」


 「・・・・・・」


 いや、子どもだからそうやって変な真似をするのだろう。大人は暴力で物事を解決しない。

 そもそもアレンにはそんな体力もないはずだから、あまり無理をしないでほしい。


 「アレン、ちゃんと反省をしないとスマホ没収だぞ」


 「えっ、やだ!推し活できなくなる!」


 「・・・・・・」


 うーん、なんだろうこの既視感。

 アレンとは血の繋がりはないし、昔の私の性格も知られていないのに、なんで彼は昔の私と同じことを言っているのだろう。4年間一緒にいるだけでこんなに影響を受けるものなのだろうか。


 「アレン、みんなにごめんなさいをしに行ってきなさい」


「あっ、なんか今気持ち悪い気がしてきた。吐きそー、動けないー」


 スマホはしばらく没収した。





 病院から研究所まで帰ってきた。

 ついでにジョゼフの様子を見ようと部屋を訪れていた。


 「ジョゼフ、いるか?部屋に入るぞ」


 「・・・・・・」


 返事はなかった。

 ジョゼフは2年前から緘黙になっていた。もともと口数の少ない子どもだったが、今は全く喋ることがなくなっていた。

 脳波を調べても異常はなかったし、体調が悪い様子もなかったので、きっと命に関わることではないだろうと思って何もしていないが・・・・・・ちょっと不便だった。


 部屋に入るとジョゼフと目が合った。じっと見つめられているとなんだかナターシャの面影があって、ちょっと不思議な気がする。ナターシャのように活発な子ではないが、やっぱり金色の髪は彼女を思い出させる。


 「え・・・・・・何だ、これ・・・・・・」


 部屋の洗面台に血痕のついたナイフが置かれていた。殺人事件?


 「ジョゼフ・・・・・・敵襲でもあったのか?」


 私はそのナイフを見せながらジョゼフに訊いた。ジョゼフは頭を横に振って否定した。それはそうだろう。敵襲があれば襲撃のアラートが鳴るはずだから。だとしたらこれは何の血痕なんだ?


 もう、いい。

 今日はもう余計なことは考えないようにしよう。とりあえず明日は密かにジョゼフの様子を見て、アレンが反省できたらスマホを返してやろう。



 私はその日の夜、商店街へ行き、研究所のオッ友と飲み交わしていた。


 「イヴァンは多分頭の中で私のことをオッ友とか言っているだろうが、お前も十分オッサンになったからな?」


 オッ友に慰められるどころかなんか喧嘩を売られていた。この野郎、目の前で吐いてやろうか?私は所長だぞ。


 「それで、今度はどうした?またアレンくんが暴れたのか?」


 「それもだが、今度はジョゼフにも怪しいことがあって少し困っていてね」


 「ジョゼフくんか、まあ、お前の息子なんだから怪しい遺伝でも受け継いでんじゃないか?」


 私は指を口に突っ込もうとした。


 「わかったって!話をちゃんと聞いてやるからそれはやめろ!」


 「わかればいい」


 「何でお前はそれで偉そうなんだよ・・・・・・親になってから少しは大人になったと思ったら微妙に変わってないな」


 「それで、困っているというのはな」


 「あ、うん。イヴァンは人の話を聞かないところも変わってないな・・・・・・何だ?」


 「ジョゼフの部屋から血みどろのナイフが見つかったのだ」


 「えっ、それって・・・・・・」


 「そう、マジでヤバみざわ・・・・・・じゃなくて困っているのだ」


 おっと、いけない。オッ友は私の昔の性格を知っているから、うっかりしちゃったぜ。


 「お前もうその口調でいいよ、マトモにしてる方が違和感あるわ正直」


 「いいや、ジョゼフが元気に生まれたら私はマトモになると誓ったのだ」


 「もっとマトモな誓いはなかったのか・・・・・・?お前の奥さんが天国で泣いてるぞ?しかも、ジョゼフくんは父親に似て頭があまり元気じゃないぞ」


 私はもう一度指を口に突っ込んでその場で吐いた。


 「やめろォオオオ」


 オッ友なんて何の役にも立たん。

 私は会計を済ませて早々に帰った。





 次の日。

 ジョゼフは午前の訓練を終えて、昼食をとってから中央学園に行こうとしていた。あの子が部屋で支度をしていると、私はその部屋へ行き「いってらっしゃい」と声をかけたが、相変わらず無表情で頷かれた。あの子の表情筋どうなってんだ、まったく動かん。


 ジョゼフが学園に行っている間、私はアレンを訪れることにした。

 

 「アレン、反省したか」


 「チッ、ミチコフにも怒られた」


 アレンは病室を抜け出して食堂でプリンを食べていた。好物を目の前にしても機嫌が悪そうだった。どうやら担当のミチコフ看護師に本当に怒られたらしい。


 「それで、ちゃんとごめんなさいは?できたか?」


 「でっ、できたし!窓から全体に聞こえるように叫んだから届いてるはずだ!」


 できなかったらしい。


 「叫んだって、そんなことして大丈夫なのか?君にそんな肺活量はあるのか?」


 「あの後気絶して目が覚めたら、ミチコフに捕まって鼻に管を入れられてた」


 「・・・・・・」


 ある意味、この子がちょっと病弱で良かったかもしれない。人の迷惑になることしかやらないじゃないか。一体どんな育て方をしたらこうなる?親の顔が見てみたいわ。


 「アレン、スマホはもう一週間没収だ」


 「ええっ!?明日はマニぽよ劇場の最終回が配信されるのに!!」


 「マニぽよ・・・・・・は?何それ」


 「なんかね、マニっていう名前の猫と暮らす学生の男の話で、ほのぼのしてるよ!博士も明日一緒に見ようぜ!」


 「そうだな・・・・・・」


 そういえばアレンは意外にそういう可愛いものが好きだったりするんだよな。プリンは食べるし。仕方ない、明日はそれを一緒に見よう。





 そして、病院から研究所に帰ると、私はそおっとジョゼフの部屋を覗いてみた。

 半開きだった扉から、ベッドに座っているジョゼフが見えた。灯りがついていない。手元に昨日と同じナイフが握られていた。あの子は喋らないから、そのナイフは何に使ってるの?とか聞いてもわからないから、私はその様子をじっと眺めることにした。

 ジョゼフはそのナイフと自分の手首をじっと見つめていた。

 えっ、ちょっとまさか・・・・・・。

 ジョゼフはナイフを手首に引くと、そこから出血してしまった。すぐに駆けつけたかったが、下手に刺激したらいけないと思って少し待っていたら、


 「アハハッ・・・・・・」


 ジョゼフはその赤を見て不気味に笑っていた。


 「・・・・・・」


 マジでヤバいんですけど。  

 え、私が若い頃に病み垢とか作ってたからツケが回ってきたのか?ちょ、自分の息子がメンヘラとかぴえん過ぎるんですけど。


 あ、いけない。混乱して一瞬頭の中がアホになってた。

 アホになってる場合じゃない!こんな時父親として何をすればいい?いや、そもそもジョゼフに自分が父親だってことを明かしていないから何もできないのでは?!

 私はアレンのスマホで「メンヘラ」「対処」で検索してみた。

 

 「・・・・・・なるべく関わらないようにする??」


 いや、それは無理だろう。一緒に住んでるし、息子だし。

 とりあえず下手に刺激を与えないようにしよう・・・・・・


 ガタッ


 部屋から離れようと歩み出したところで、背後に気配を感じた。


 「ヒッ・・・・・・!?」


 後ろにはジョゼフが血みどろのナイフを私に向けながら立っていた。顔が「見てたな?」と書いてあった。心なしかただならぬオーラを感じる。これはきっとあれだ、人間が生命の危機に瀕した時の生命本能が発するアラートだ。


 「い、いや・・・・・・見てないよ、ジョゼフ。私はたまたまここを通りかかっただけだ」


 「・・・・・・」


 ヤベーよ、瞳孔開いてるよ。自分の息子が人を殺す目してるよ。っていうかすごい身体能力だな。部屋の隅にあったベッドの位置から瞬時にここまで来るなんて、さすが私。研究の成果が出ている。いや、そうじゃない。その成果によって私は殺されそうになっている!


 「ジョゼフ、君はそのナイフを私に向けてどうするつもりだい?」


 表面的には冷静を装う努力をしたが、ぶっちゃけ超怖い。


 「・・・・・・っ?!」


 ジョゼフはハッとしたような反応で、握っていたナイフを見て驚く素振りを見せた。それからそれをササッと背中の方へ隠して、私に頭を下げて謝る仕草をした。


 無意識だったのか!?

 ダメだ、このメンヘラは重症だ。もっと早く気づいてあげればよかった・・・・・・もうほとんど手遅れじゃないか!


 とりあえず様子を見ながら、下手に刺激を与えないようにしよう・・・・・・。

 自分の命を守りながら、ジョゼフの面倒を見る決意をした。





 次の日、病院に来てアレンと一緒にマニぽよ劇場の最終回を見ていた。


 マニという名前の猫の寿命が尽きて、亡くなるというところから最終回は始まった。主人公の青年が「ありがとうマニ、僕はずっと君を愛しているよ・・・・・・」と泣きながら、庭に埋めていた。

 次の日、青年は夢を見ていた。


 「あっ、マニ!夢で会えるなんて嬉しいよ!これからもずっと一緒だね!」


 と言うと、マニも


 「うん、やっとあなたに伝えられるわ。私もあなたが好き、愛してる。ずっとありがとう・・・・・・待っててね、きっとまた会えるから」


 「え、また会えるって・・・・・・?」


 そこで夢は覚めて、青年はベッドから起き上がった。まだ深夜だったけど、なんだか喉が渇いていたのでキッチンへ向かおうと寝室を出ると・・・・・・


 ギシィ・・・・・・


 何か、軋むような音が聞こえた。


 どこから聞こえるのだろう?

 青年はその音を辿って歩み出した。


 「あれ?庭の方から・・・・・・」


 青年は庭に繋がる扉を開けた・・・・・・


 「うわぁあああ!!!」


 マニを埋めたはずの土の中から何かがぼこっと浮かび上がり、そこからトンデモナイ化け物が飛び出てきた!


 「カイヌシィ・・・・・・これからもずっと一緒だよォオオオ」


 「化け猫だああああ!!!」


 青年は喰われた。





 バキッ


 「ちょ、博士!オレのスマホが・・・・・・!!」


 アレンは私にへし折られたスマホを見て泣き出した。


 「何だこのアニメ!?とても教育によろしくない!!」


 マニぽよ劇場とか言うからほのぼのアニメかと思ったら全然違うじゃないか!ほのぼのしねーよ!子どもが恐怖で泣き喚くよ!?

 だいたいぽよってなんだ!?テンションさげぽよのぽよか?!ゆるい感じで主張してんじゃねーよ!化け猫登場のシーンにモザイクかかってただろうが!


 「博士っ、なんでオレのスマホ壊すんだよ?!」


 「アレン、今度のスマホからキッズモデルにしろ」


 「いやだよ!!!」


 アレンのスマホには厳しいセキュリティをかけることにした。

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