過去編2 イヴァンの黒歴史(シリアス編)

 あの愛の告白から数年後、私は本当にパリピと結婚していた。そしてある日、コウノトリさんが幸せを運んでくれたのだ。


 「男の子なんだって」


 「・・・・・・え?」


 ナターシャと結婚して、なんだかんだであげぽよだったりぴえんだったりする新婚生活を送っていた。でも、まさか自分達に子どもができるとは思わなかった。


 この時、私は21歳でナターシャは25歳だった。出会ってから6年の月日が流れていた。


 「え、ジョゼピョーネ・・・・・・マジで言ってんの?」


 「本当、何で私はこんな人と結婚したんだろう・・・・・・」


 「ウケる」


 すると、ナターシャは血相を変えて私にこう言った。


 「イヴァン、今回は本当に真面目に聞いて!あんたはこれからお父さんになるんだから、しっかりしないとダメよ。ぴえんとか言っちゃダメだからねっ?!」


 「わかってるって、約束するよ。私は子どもからスマホを没収するような親にはならない・・・・・・」


 「ダメだわ、いっそのことシングルマザーになった方がいいかもしれない」


 ナターシャは頭を抱えていた。



 でも、私はこの時ほど幸せを感じたのは一生で一番だったのかもしれない。本当に嬉しかった。家族が増えるんだ、子どもができるなんてそんな幸せのかたちだった。


 世界にはまだ争いが続いている。ナディエージダにだって数年に一度の頻度で残党に襲われ、軍にも被害が出ていたりしている。

 それなのに私は幸せを噛み締めていた。


 きっと、だからかもしれない。

 勝手に幸せになろうとしていた、きっと、そんな自分に罰が当たったのだ。

 




 「発育不全です」


 私はナターシャと一緒に中央総合病院に来ていた。なんだか診察室にどす黒い雲がかかっているような感覚がした。


 「・・・・・・」


 何も、言葉が出なかった。


 その日はどうやって帰れたのかも覚えていない。ただ、医者が言うには、このまま放っておいたら成長できない胎児の心臓はいつか止まる。そして、医学的には治療法はないと・・・・・・。


 「イヴァン、食べないの?シチューが冷めちゃうよ」


 夕食の時間。私達は家のリビングで食事を共にしていた。


 「・・・・・・」


 何も喉を通らない。吐き気がした。


 「確かに、私もおかしいと思ったの。5ヶ月目に入るのに、お腹もほとんど大きくならなかったし」


 「・・・・・・」


 「ねぇ、イヴァン。そういえばあんたの職場で新しい研究がされてたよね?ほら、あれ・・・・・・」


 「・・・・・・っ」


 やめて、言わないで。


 「新しい戦力の、あれ。生物兵器の人造人間の研究」


 ナターシャはスプーンを置いて言い始めた。


 「私、この子が生まれてくるためなら自分がどうなってもいい。医学では助からないんでしょ?あんたのところの研究に懸けたら、生まれることができるなら・・・・・・」


 「だめだ!あれは母体に負担がかかり過ぎるから実証できないものなんだ!」


 下手したらナターシャが実験の副作用に耐えきれず、途中で死ぬかもしれない。子どもだって確実に生まれてくるとは限らない。たとえ生まれてきたとしても、健全に生きられるかもわからない。あれはまだ、未知な仮想研究に過ぎないのだ。


 「私はイヴァン博士を信じているよ」


 「何を言って・・・・・・」


 「あんた、やる気を出せば出来るって知ってるんだから。それでも、あの中央学園を15歳で首席で卒業できちゃうくらいの天才なんでしょ?」


 「でも、あまりにもリスクが」


 「イヴァン博士になら、仮想研究の一つや二つぐらい、実現できるって・・・・・・信じてるから」


 私だって、子どもに生まれてきてほしい。だけど、それと同じぐらいナターシャにも生きていてほしいのだ。


 「あんたの泣き顔、初めて見たわ・・・・・・」


 「・・・・・・っ」


 「イヴァンはお父さんとしてこの子の命を造って?私はお母さんとして頑張るから」


 そんな決意から、それから5ヶ月にも及ぶ辛くて苦しい実験が続くことになる・・・・・・。





 子どもの産声を聞いた瞬間、全身から力が抜け落ちた。


 生まれたのだ。

 私達の子どもが・・・・・・生きている。


 「イヴァンに全然似ていないね」


 生まれたばかりの息子を抱きながら、ナターシャはか細い声で言った。


 「本当だ・・・・・・金髪は劣勢遺伝なのに」


 「でも、見て。瞳の色はお父さん似じゃない?」


 「ああ、グレーだ」


 「目つきもイヴァン似になりそうだわ」


 「そうだな・・・・・・」


 ナターシャは笑っていた。息子を抱きながら本当に幸せそうで、人は親になるとこんな表情をするのかと思った。


 「イヴァン。あんたって本当に変な性格してるけど、私にこの幸せをくれたのはイヴァンだけよ」


 「私も・・・・・・ナターシャだけだ」


 「ねぇ、イヴァンは今、どんな気持ち?」


 「うーん・・・・・・」


 正直色々混ざって上手く説明できなかった。実験に苦しんでいたナターシャをもう見なくて済む安心なのか、息子の出生を見て嬉しいのか、これから先の不安とか・・・・・・よくわからなかった。


 「じゃあ、どういうテンションなの?あげぽよな感じ?それともぴえんな感じ?」


 ナターシャは悪戯っぽく笑いながら聞いてきた。


 「こんな時に何を言っているんだ」


 「何急に冷めてんのよ、恥ずかしいじゃない」



 ナターシャ、幸せな時間をありがとう。

 よく頑張ってくれた。私はこの日をずっと忘れない。


 それから数日後、ナターシャは実験の副作用に耐えきれず、容態が急変した。


 君を・・・・・・助けられなくて、ごめん。

 できることなら息子と3人で一緒に生きたかったよ。


 私は君を生かさなかった十字架をずっと背負っていよう。

 だけど、息子は世界一強い人間に育ててみせるよ。あの子はきっとこの先の未来にも続く残酷な世界を生きていかなければならないと思うから。


 私達のことは、息子は何も知らなくていい。

 ナターシャを知ったらあの子はきっと自分を責めるかもしれないから。お母さんに似て、優しい子に育ったから。



 ナターシャ、見てるか?

 あの日から24年もの月日が経ったけど、あの子は強く生きているよ。酷な運命にも流されながらも、ちゃんと生きている。コミュニティへの襲撃は、全部あの子のおかげで阻止されてナディエージダは今も存続しているんだ。すごいだろう?

 つい最近、友達もできたみたいで楽しそうに笑えるようにもなったんだよ。


 私は誇らしいよ。でも、きっと君との子だからこんなに優秀に育ったんだろうね。


 「ナターシャ、ありがとう」


 ・・・・・・今、あげぽよだよ。


 私は今年も君の墓参りに来ていた。


 「博士、ナターシャって誰ですか?」


 今年も息子は立派になっただろう?

 もう、随分前に私の背丈を超えて大きくなって・・・・・・すごいイケメンだぞ。隣で立ってるとこっちが哀れになるぐらいだよ。


 「ああ、ナターシャはね・・・・・・大切な人なんだよ、ジョゼフ」


 ジョゼフは首を傾けて不思議そうな表情をして、私とナターシャの墓を交互に見ていた。


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る