第26話 家族

 俺はマリーと一緒にイヴァン博士の自宅まで来ていた。

 イヴァン博士の自宅は普通の2階造りの戸建てで、玄関は新装されたのか綺麗だった。そんな玄関を見ていると、靴箱の上に1つの写真が置かれていた。

 その写真には、若い頃のイヴァン博士らしき人物と隣りには金髪の女性、その中央には産まれたばかりの新生児が写っていた。

 イヴァン博士には、妻がいたのだろうか?この新生児は誰なのだろう。なんだか気になってしまった。


 「あ、ああ・・・・・・いらっしゃい、2人とも・・・・・・」


 イヴァン博士は珍しくちょっと緊張した様子で俺たちを家の中へ招き入れた。

 家の中へ入ると、イヴァン博士の妻らしい人物は見当たらなかった。


 リビングに着くと、まず最初にマリーがイヴァン博士に言った。


 「あの、ジョゼフがグレンの改良をしたいって話なんですけど・・・・・・所長室を使ってもいいですか?」


 流石はマリーだ。

 こうも何の遠慮もなくこんなことを尋ねられるのはこの女しかいないと思う。


 「ああ、世界を繋げるシステムをつくるという話ね。それは、ジョゼフが所長になりたいということなのかな?」


 「あっ、違います。イヴァン博士が帰った後の5時以降に所長室を使いたいだけなので・・・・・・」


 俺はイヴァン博士の言葉に反対した。自分がナディエージダの所長になるなんて流石に務まらないと思う。


 「なるほど・・・・・・だがそうなると、ジョゼフは勤務後もさらに働くということになるのだろう?体調不良もあるのに、大丈夫なのかな?」


 「博士、あたしやアレンも手伝いに来て、それから研究所で興味のある人がいたらその人も連れてきます!ジョゼフが一人になることはないし、あたしがしっかり見ておくので、体調悪そうだったら休ませます」


 マリーはイヴァン博士の心配に応えた。


 「アレン、あの子も入院してるだろう」


 「大丈夫です、あの人は意外に元気なのよね」


 意外に元気というマリーの見立てがあてになるかどうかはさておき、あいつが調子良い時なら退屈しのぎにはなるかもしれない。アレンも鍛錬場にいたが、意外に賢いのだ。手助けになってくれるかもしれない。


 「私は2人の体調が心配なのだ、無理をしないで欲しいのだが・・・・・・。ジョゼフがこんな風に主張をするのも初めてだからな・・・・・・許可はするが、私も時々様子を見に行こう」


 イヴァン博士はあっさり許可してくれた。


 「ありがとうございます。それでは、あたし達はこれで失礼します」


 マリーは出ようとしていたが、俺は辺りを見回しながらイヴァン博士に訊いた。


 「あの、博士・・・・・・妻はいないのですか?」


 「・・・・・・えっ?!」


 イヴァン博士は俺の質問を聞いて顔を青ざめるぐらい驚いた。

 本当ならこんなことを訊くなんて失礼だと分かっていたのだが、あの写真を見てどうしても気になってしまった。


 「私の妻は・・・・・・息子が産まれた数日後に亡くなったのだ・・・・・・」


 イヴァン博士は眉間を皺を寄せながら、俺から視線を逸らして応えた。


 「息子は・・・・・・?」


 なんだか気になってしょうがなかったのだ。そんな俺にイヴァン博士はもう一度真剣な目つきで訊いた。


 「ジョゼフ、この話を聞くには覚悟が必要なのだが・・・・・・君は本当に知りたいか?」


 心なしかイヴァン博士は焦っているようにも見えた。


 「・・・・・・知りたい、です」


 イヴァン博士がそこまで言うのなら、俺が知る必要のないことだろう。だけど、なんだかこれは俺が知らなければならないことだという気もした。


 「そうだな、ジョゼフにはもう私は必要ないしな・・・・・・君はもう十分自立している。たとえ私達の関係が崩れてしまっても、今のジョゼフなら生きていてくれるだろう」


 イヴァン博士はそんな意味深なことを言ってから、もう一度俺をリビングのソファに座らせた。マリーも一緒に聞いていた。



 それから、俺は・・・・・・驚愕の真実を知ってしまったのだ。





 「だから、ジョゼフ・・・・・・君は私の実の子なのだよ」



 私はジョゼフの生い立ちに至るまでの真実を全て話した。

 不思議なことに、ジョゼフは顔色一つ変えずに聞いていた。


 「今まで、明かさなくてすまない」


 私は目の前の息子に深く頭を下げた。

 たとえ彼の精神を守るためとはいえ、隠し事をしてしまったことに変わりはないのだから。

 発育不全の胎児だったジョゼフは、生きるために生物兵器になる実験が行われたから今もこうして生きている。

 研究所の生物兵器として、何も不安なく生きてもらうために自分が父親であることを隠してきた。だが、真実を問われ、知ってしまった今では・・・・・・果たしてそんな隠し事をする必要は本当にあったのかどうか疑わしくなってきたのだ。


 それなのに、ジョゼフに動揺する素振りが見られなかった。



 「あの、大丈夫です」


 私の長い昔話のあと、ジョゼフが発したのはそんな言葉だった。



 「博士・・・・・・いや、お父さんと呼んでもいいですか?」


 ジョゼフの質問を聞いて、私の涙腺が緩んだ。


 「・・・・・・ああ、もちろんだ」



 「俺は、いつもあなたに優しく見守られてきました。その事実は変わらないから、たとえイヴァン博士が俺の父親だったとしても・・・・・・どっちでもいいことです」



 「・・・・・・っ」



 ああ、ナターシャ。

 見ているか?私たちの子は立派に育ったぞ。


 ジョゼフの前で涙を流すのは初めてだったが、ジョゼフはそんな私に寄り添っていた。


 マリーとジョゼフが私の自宅から出ていったのは、数時間経ってからだった。





 俺はイヴァン博士から衝撃の事実を知ってしまった。

 玄関先の靴箱の上に置かれていた写真の新生児はなんと自分だったという話だ。


 「ジョゼフは急にあんな話を聞いてなんともないの?」


 帰り道でマリーにそんなことを訊かれた。

 確かに今まで自分には親がいないと思っていたのが、急に違うとわかったら普通の人なら激しく動揺するだろう。だけど、俺はそこまで動揺はしなかった。少し驚いたが、だからと言って生活が変わるわけではなかったから。


 「なんともない。事実はどうであれ、今の俺が存在しているのはイヴァン博士のおかげだから」


 そう、俺はわかっている。

 どんな背景があったにせよ、俺がこうして生きていられるのは他でもなくイヴァン博士の苦策の判断と尽力のおかげなのだから。


 俺にはあんなに優しい人を責めることはできない。今までだって何度気を遣わせたことか・・・・・・緘黙の頃だってイヴァン博士は俺のために治す努力をしてくれたのだ。

 実の父親でなくても、心では父親のように慕っていたのだから。



 「そうなの・・・・・・でも、ちょっと羨ましいかも。あたしには親なんていないから。いたとしてももう故郷は滅んだし」


 マリーの悲しそうな言葉に俺はつい言ってしまった。


 「家族ならこれからつくればいい」


 「えっ・・・・・・ジョゼフ、それって?」


 「なんでもない・・・・・・ほら、もう自室が近いから今日はこれでお別れだ。おやすみ」


 俺はマリーから離れて急ぎ足で自室に入った。

 マリーにかけた言葉の意図が伝わらなければいいのに、なんて、思いながらもこの想いが届いたら・・・・・・なんだか動悸がした。





 今日は病室にミカンとかいう平兵士の女が面会に来ていた。

 なんだってこんな朝早くから来てんだ。まだ7時だぞ。面会は9時からだろうが!


 「アレン指揮官、調子はどうですか?」


 「睡眠時間を妨害されて最悪だが」


 「すみません、鍛錬場に行く前にと思って・・・・・・」


 「鍛錬が終わってからじゃダメなのかよ」


 「いえ、鍛錬場の皆さんもアレン指揮官のことを心配しているんですよ。鍛錬に行く前に様子を見て、他の兵士にも伝えないといけないので」


 ジョゼフが転職してから、マリーとミカンが鍛錬場の指揮官役を務めているらしい。

 あの暴力女のマリーのことだから、きっと正義感の強いミカンが色々止めに入っている内に指揮官役が2人体制になったのだろう。


 「そーかよ。なら、オレは睡眠不足でもうすぐ死ぬって伝えてくれ」


 「そうなのですか?」


 「・・・・・・」


 ミカンには冗談が伝わらない。 

 いや、きっと嘘だというのがバレバレだと分かった上で聞いてくるのかもしれない。これだから真面目な奴は嫌いなんだ。


 「ああ、でも。数年単位で睡眠を取らなければ本当に死ぬかもしれませんね。アレン指揮官はそんなに寝ていないのですか?」


 「・・・・・・」


 そんなわけねーだろ。テメェは馬鹿か!それともオレを馬鹿にしてんのか!?


 「そういえばミチコフ看護師に言われました。アレン指揮官は口と態度が悪いけど、本当は悪い子ではないからね・・・・・・と。そんなの知ってますし、だいたいそういう言われ様の人って本当に悪い人だったりしますもんね。良い人は他人に不快な思いをさせませんからね」


 「おい、それって遠回しにオレが性格悪いって言いてーのか?!」


「遠回しではありません、直球です。これを機に改めてもらえませんか」


 「・・・・・・」


 この女・・・・・・言いやがる。

 体調が万全なら殴り飛ばしていたところだ。


 「私はあなたが鍛錬場にいる姿を知っていますから、多分、今頃『殴り飛ばす』とかお考えでしょうけど、それこそ最低ですからね。男が味方の女に本当のことを言われただけで殴るなんて、人としてやってはいけないことです」


 「なんだよお前、母ちゃんみてーなこと言いやがって」


 「私はミチコフ看護師にあなたの世話みたいなことを頼まれましたからね」


 「うるせー!帰れ!」


 そう叫んでからミカンに枕を投げた。


 「このっ暴力男!あなた、そんな性格じゃ友達もいなくなりますよ?!ジョゼフさんとマリーさんに見放されてもいいんですか?!」


 「・・・・・・うぐっ」


 それは寂しいので嫌です。


 「嫌なら改めてください!まずは私に謝って!」


 「うっ、ごっ・・・・・・ごめ・・・・・・帰れ!」


 ごめんって言うだけってこんなに難しかったっけ?


 「もう時間なので私は帰りますが、また明日も来ますからね!その腐った根性を捻じ曲げるまで諦めませんから!枕を投げられたことも、あなたのご友人の2人にも言いますから」


 「えっ、それはやめっ」


 それから病室の扉が勢いよく閉ざされた。


 何故かオレはこの女にネチネチ言われる未来が待っていた。

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