第20話 憧れた未来へ

 ナディエージダに無事帰還できた。

 マリーは先に戦闘飛行機を降りて、敵だった男性と話している。

 俺は、戦いに勝てたことを自覚したら急に疲れのようなものが身体にずしっとかかってきた。今まで、こんな風に疲れることなんてなかったのに。

 身体が重くて戦闘飛行機から降りられずにいた。激しい悪寒がして、目眩がして、気を失いそうだった。


 「あの、その人は大丈夫なんですか?」


 敵だった男性が俺を指差しながらマリーに聞いた。マリーは振り返って俺を見て、


 「ジョゼフ、大丈夫・・・・・・じゃないよね」


 と、聞いてきたので俺はマリーにこう頼んだ。


 「ごめん・・・・・・研究所の、俺の部屋まで連れていってくれ・・・・・・」


 本当に、大丈夫じゃない。俺がこんなに不調を抱えることなんて今までになかったのに、一体どうなっているんだ。やっぱり俺は、疾患被験体になったのだろうか。


 「わかった、一緒に行こう」


 マリーは俺の腕を自分の肩にまわして、俺はマリーに支えられながらなんとか歩いた。

 きっと、ナディエージダは散乱していて周りは大変なことになっているだろうに、俺はそんなことを気にしている余裕がなかった。とにかく、マリーの歩きに合わせて研究所を目指した。少しでも気を抜いたら気絶しそうだったから。


 なんだか長い距離を歩いた感覚のあと、俺はいつのまにか自室のベッドに寝かされていた。霞んだ視界の中心でマリーが喋っていた。


 「・・・・・・39.8、どうしよう。こんな時に病院なんてやってるのかな。ごめん、博士を呼んでくる」


 マリーが部屋を出ようとしたところで、俺はマリーの服の袖を掴んだ。


 「・・・・・・ここに、いて」


 一人にしないでくれ。と、ついマリーの存在に縋ってしまった。なんだか心細かった。

 それに、イヴァン博士なんて呼ばれてもきっと意味がないのだ。医者には異常を見つけることができなかったし、イヴァン博士だって疾患被験体を治せた例なんて存在しなかったのだから。


 「・・・・・・博士を呼んでほしくないの?」


 「・・・・・・うん」


 「そう・・・・・・じゃあ、ここにいるね」


 そう言ってマリーは俺の手を握りしめた。

 その日、俺はそのまま深い眠りについた。




 「また病院かよ、こりねぇな。しかもこの鼻に付いてる変な管はなんだよ、やめてくんね?」


 「アレンくん、あなたは自分が生きていることに感謝した方がいいわよ。今回は本当に無茶が過ぎたって担当医にも怒られたでしょ」


 襲撃から数日後、オレはまた病院に戻って入院していた。 


 ナディエージダには平和が戻り、敵の人間も使ってきた戦闘飛行機に乗って元のコミュニティに戻っていった。敵のコミュニティはゴーストランドと呼ばれていて、グレンという存在に怯え、住民の多くも電子ドラッグというものに支配されていたらしい。

 その電子ドラッグというのは、グレンによって作られた危険薬物で、機械から超音波を出して人間の脳を麻痺させるというものだった。しかし、中核となるグレンをあの2人が破壊したことで、電子ドラッグはその因子を失い、ゴーストランドの住民は正気に戻ったのだ。

 これによってゴーストランドの住民は自由となり、彼らも自分たちのコミュニティの未来を作るために戻っていったのだ。


 「ねぇ、取っていい?鼻の管。鬱陶しいんだけど」


 「ダメよ、付けてなさい。それは鼻腔カニューレといって、念のために酸素を送ってるものなんだから」


 「念のためじゃねーか、じゃあ必要ねぇってことだから取っていいだろ」


 「ダメ、あんまりしつこいと怒るわよ?」


 「チッ、ゴリラ看護師め」


 「はぁ、アレンくんって本当に昔からお口が達者で変わらないんだから・・・・・・」


 ミチコフがため息を吐いていると、病室の扉からノック音が聞こえた。それから扉を開けられると、入ってきたのはマリーだった。そこにはジョゼフがいないことにオレは戸惑った。まさか、敵陣で・・・・・・


 「マリー、ジョゼフは・・・・・・?」


 マリーは少し暗い表情をしながらもオレにこう応えた。


 「大丈夫、生きてるよ。でも、帰ってきてからずっと部屋で寝てるの」


 ジョゼフが生きていることに安心したが、部屋でずっと寝ているとはどういうことかと訊いた。


 「ずっと寝てるって何だ?」


 「昏睡状態とかじゃないみたいだけど、長い時間起きてられないみたいで・・・・・・ここ数日間食事もできてないよ」


 「食事もできてないだと?」


 「うん」


 それを聞いたら居ても立っていられず、オレはもう一度ミチコフに頼んだ。


 「ミチコフ、やっぱりこの鼻の管取っていい?もしくは移動式のやつないか?」


 「アレンくん、外出したいの?」


 「死に損ないを嘲笑いに」


 「こら、その言い方はだめよ?」


 「・・・・・・友達の見舞いに行きたい」


 「わかったわ。車椅子に取り付けるタイプのものを持ってくるから待っててね」


 ミチコフはそれから病室を出て、オレの車椅子にそれを取り付けた。そのあとはものすごく不本意だったが、オレはマリーに車椅子を押してもらいながらジョゼフのところへ向かっていった。





 あたしはものすごく不本意だったけど、アレンの車椅子を持って研究所の台所に来ていた。もちろんイヴァン博士から台所の使用許可はもらってからだけど。

 アレンが調理をするという珍しい光景にあたしはどう反応すればいいのかわからなかった。からかえばいいのか?それとも今にも死にそうな顔色の病人を助ければいいのかな?前者、あたしはからかうことにした。


 「ねぇ、病人が病人のための病人食を作るとか面白すぎるんだけど。あたしはどうしたらいいの?」


 「病人食じゃない。犬の餌だ」


 「・・・・・・」


 見たところ、アレンはパンをすり潰して温かい牛乳に混ぜて砂糖を加えるという、シンプルなスープを作っていた。どこかで見覚えのあるものだと思ってたら、それはジョゼフがアレンの秘密を知った日に作ったスープだったことを思い出した。アレンはそれを犬の餌だと思ってたんだ。さいってー、ジョゼフに言ってやろー。


 「っていうか、アレン。あなたは素直に手伝ってほしいのひとことも言えないの?顔色がすごいことになってるよ。立ってるのもやっとなんじゃないの?」


 「オレは色白なんだ。美人薄命っていうもんな」


 「・・・・・・」


 機嫌が良さそう。なんかニヤニヤしててゾワッとする。理由はよくわかんないけど、アレンは犬の餌を楽しそうに作ってた。





 ナディエージダに帰ってきてから数日間、なんだか動く気になれなくてずっと寝込む日々が続いていた。


 まあ、いいか。戦いは終わったんだし、しばらくは襲撃もないだろう。


 そう思って深いことは考えずに休むことにした。あれから体調も少しは良くなった気がしたが、万全には至っていなかった。


 スヤァ・・・・・・と、毛布をかぶって眠りにつこうとしたその瞬間、部屋の扉が勢いよく開いた。うるさい。


 「よォ、死に損ないに犬の餌を持ってきてやったぜ!さあ、喰え!」


 鼻にカニューレをつけた青白い本物の死に損ないと車椅子を持ってる殺人鬼が部屋に入ってきた。俺は安眠を妨げられて苛々した。そもそも犬の餌って何だ。


 本物の死に損ない、もといい、アレンはスープの皿を持ってきた。それからスプーンにそれを乗せて俺の口まで近づけた。


 「ほら、ジョゼフちゃん。あーん、餌付けしてやるからオレ様に感謝しやがれ」


 「・・・・・・」


 ムカつく。アレンのニヤついたこの阿呆面をぶん殴りたい。

 俺はベッドから上半身を上げて拳を鳴らした。

 それを見たアレンは殺人鬼、もといい、マリーに向かって叫んだ。


「おい、マリー!元気そうだぞ!」


 「ジョゼフは起き上がるぐらいならできるよ・・・・・・アレンじゃないんだから」


 「なんだとっ、喧嘩売ってんのか?!」


 「あたしは病人を殴る程非情なんかじゃないわ」


 「・・・・・・」


 いや、マリーはアレンの状態を知っててもよく殴ってただろう。今更何を言っているんだ。

 皿の中身をよく見てみれば、そこには見覚えのあるものがあった。これは、俺が一年前にアレンのことをはじめて知った日に作ったパンのスープだ。え、ってことはアレンは俺がはじめて頑張って作ってあげた夕食を犬の餌だと思ってたのか?なんだか悲しくなってきた。


 「おい、急に落ち込んだぞ。情緒不安定だなぁ」


 「本当だ、メンタル弱っ」


 2人に追い討ちをかけられた。アレンが犬の餌とか言うからだろうが!


 「オレには飯食えって言うくせに、お前が食べないのはずるいぞ・・・・・・」


 アレンは皿のスープをかき混ぜながら呟いた。


 「か、勘違いするなよ!オレは別に、体力バカだった友達が寝込んでるって聞いて心配とかしてねーから!しかも、なんか食べろとか思ってねーからな!・・・・・・早く喰え!」


 「・・・・・・やめっ」


 アレンは言ってることとやってることが矛盾している。スプーンを俺に押し付けている。まあ、でもあいつはそういう性格なんだから、きっと心配しているんだろうなと思った。和解する前までは他のチンピラ兵士と一緒になって俺を虐めていたのに、ずいぶんと丸くなったなぁ・・・・・・激しい照れ隠しにしてもあれは痛かった。やめてくれてありがとう。

 

 仕方ない。ここは諦めて大人しく食べよう。俺はアレンから皿を受け取って食べ始めた。


 「おおっ!マリー、ジョゼフが犬の餌を喰ったぞ!」


 アレンはそれを見て嬉しそうにマリーに言った。犬の餌って言うのやめろ。

 すると、マリーは俺を見て突然泣き出した。


 「良かった・・・・・・ジョゼフ、このまま死んじゃうって思ってた・・・・・・」


 「・・・・・・」


 え、もしかして俺がめんどくさがって数日間食べなかったから・・・・・・心配してた?

 マリーは俺の体質を知ってるだろう。少しぐらい食べなくても死にやしないぞ。もし、戦いが数日間にも及ぶものなら食べられないことだってあるじゃないか。俺は生物兵器として育てられたんだから。

 でも、心配をかけてしまったのなら謝ろう。


 「・・・・・・マリー、ごめん」


 そして俺が一気に皿のものを飲み干すとアレンは不服そうに言った。


 「おい、オレは空気か?何急に2人の世界に入ってんだよ。オレだって心ぱ・・・・・・してねーし!」


 正直何を言っているのかわからない。


 「ハッ、死に損ないの顔を見に来たら気分がいいぜ!」


 アレンは空になった皿を取って、俺に指を差しながら笑っていた。心なしか息苦しそうに見える。それから部屋を出て・・・・・・


 バタッ、バリーン


 廊下から人が倒れる音と皿が割れる音が聞こえた。


 「アレンが倒れたな・・・・・・」


 「うん・・・・・・間違いないね」


 それから俺はベッドから立ち上がって廊下に出て、マリーは車椅子を持って一緒に出た。アレンはやっぱりそこで倒れていた。



 なんだか日常に戻ってきた気がした。


 マリーが俺の心の支えとなって、2人でアレンの面倒を見るこの感じが懐かしく感じた。色々な事を抱えつつも、未来に希望を見出して3人で笑う日常が楽しい。


 そうだ、寝込んでいる場合ではないのだ。


 この日常を守らないといけない。


 「マリー、心配かけて・・・・・・ごめん」


 もう一度マリーに謝った。マリーは意識が朦朧としているアレンを抱えて車椅子に乗せた。俺は床に散乱してしまった皿の破片を片付けていた。


 「ううん、いいの。あなたが生きてるだけで・・・・・・」


 「いや・・・・・・」


 マリーが言おうとしている途中で俺は割り込んで続けて言った。


 「俺、友達との日常を守りたい。ナディエージダが二度と残党に襲われないようにして、アレンの病気も治して・・・・・・この世界の幸せを築きたい」

 

 「あたしもそう思うけど、難しいよね・・・・・・」


 「いいや、きっと成し遂げてみせよう」


 「何を?」


 俺はマリーの目をじっと見てから笑いながらこう言った。


 「世界征服」


 マリーは大きく目を見開き、開いた口が塞がらない。ふふ、良い反応だ。


 「えっ、ジョゼフ・・・・・・熱で脳みそ溶けちゃった?あたしのせい?」


 「そうだ。マリーのせいで俺はおかしくなったようだ」


 マリーはアレンの車椅子を押して中央総合病院まで歩き出した。俺もマリーについて歩いた。


 そうだよ。

 俺はマリーに出会ってからおかしくなったんだ。昔は、この世界で生きたいなんて思えなかったのに、君から生きる理由を見出してしまったから。君のおかげで友達もできて、誰かを守りたいという感情も芽生えた。

 友達と生きたいと思えるようになった。


 生きたい。

 そのために出来ることを最大限に成し遂げよう。


 「・・・・・・やっぱり、友達との時間は楽しいから」


 「そ、それで世界征服・・・・・・?」


 「あははっ」


 マリーは俺を見てかたい表情をしていた。


 俺は生まれてはじめて声に出して笑うことができた。

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