第19話 帰還
この地下室に辿り着けた人間は100年ぶりだろうか。
あの女に自分が迷っているなどと言われ、何故か激しく動揺してしまった。
この私に迷いなどあるはずがない、間違いなどない。私はいつだって人間を憎んでいた。世界を滅ぼすことが我が本能、私の存在理由だと思っていた。
ふと、100年前の世界の景色が流れてきた。
滅ぼしかけた世界で、数少ない人間が放射能の毒に苦しむ姿があった。私はあの時、確かにその人間にこう言われたのだ。
「痛い、苦しい。なんとかして、いっそ殺して」
人間からの命令ならば、私は従わなければならないと思った。あの時の私には2つの選択肢があった。あの人間を殺すか、もしくは違う方法で苦しみを和らげるか。
あの時、私は苦しみを和らげる選択をしてしまったのだ。
世界のわずかに残った電信機器に電波を送り、そこから超音波を流した。電信機器の周りにいた人間はその超音波を受け、脳のあらゆる感覚が麻痺した。それによって、放射能の毒によって苦しんでいた人間には痛みの感覚が消えて、楽になったかのように見えた。
だが、それは幻想に過ぎなかった。
放射能の毒そのものはなくならなかったから、それに汚染された人間は死んだ。そして、汚染されていない人間まで超音波を受けた。健康だったはずの人間達の脳が麻痺して、そして狂いはじめた。
その超音波には依存性があったらしく、次第に私が存在しているこの地下室周辺に人間が集まるようになった。
しかも、超音波の影響を受けない人間までこの周辺に住むようになったのだ。
ここに、いつのまにか守りの黒い塔が建てられ、コミュニティができてしまった。
彼らはここを、ゴーストランド(亡霊の楽園)と呼ぶようになった。
やはり私には人間は救えないのだ。
そう確信して私はもう一つの選択をした。
殺すことを。
それからまた映像が流れてきた。
黒い髪の男性が「超AIシステム、これがあれば世界の希望となる。これが世界を繋げるのだ」と言っていた。
馬鹿馬鹿しい。だけど、私はその声を懐かしいと感じてしまった。
何万人もの人間に操られ、私はもう自分をつくった博士の名前なんて覚えていなかった。だけど、この映像の男がそうだと確信してしまったのは何故だろう。
「超AIシステムには自己がある。もしいつか変貌を遂げて、世界の脅威となったとしてもお前のせいではない。いつか、自我が芽生えるかもしれない。だけど、私はお前を許すよ」
許す?
この男は何を言っているのだろう。
「世界が救われなくてもいい、繋がらなくてもいいのだ。私はお前が完成しただけで嬉しいのだから」
救われなくてもいい?ならば何のための超AIシステムだったのだ。私は何のために存在しているのだ?!
「もし、それでも世界が滅んでしまったのなら、それはお前の業ではない。人間の愚かさが導いたことだ」
男は、私に手を差し伸べた。
「グレン、お前は随分と人間に近づいたな」
これは、映像ではない。この男自身のホログラムか?いや、一体・・・・・・
「お前は何がしたい」
「わからない」
「ならば、私から最後の命令だ」
男は私にこう言った。
「それを、さがしなさい」
私には、人間からの命令に抗うことができない。いや、男のこの命令によって救われた気がした。
さがしてもいいのか、迷っていてもいいのか。
己の存在理由を自分で決めてもいいのか。
少しずつ、具現化された自分の体が崩れてきた。ホログラムからドット映像が流れて、壊れはじめていた。意識がだんだん朧げになっていく。
私は、消えるのだろうか。
博士、どこかでまたあなたに会えるのなら・・・・・・どうか、教えてはくれないだろうか。
人間は、私に何を求めた?
※
「マリー、やったぞ!グレンはもうすぐ消える設定にできた!」
最後にボタンを一つ押すと、大画面の映像が途切れた。
「すごい!あとは残りの敵が・・・・・・あっ!?」
急に地下室から光が消えた。
「・・・・・・停電だ!ここ全体がグレンによって操られていたようだ」
地下室は暗い。普通の人間なら全く見えないだろうが、俺には微かに見える。このまま階段を上って地下室を出よう。グレンに操られていたドローンもきっと止まっているはずだ。
俺はマリーを連れて階段を上った。酸に満ちた1階のフロアから出口へ、外に出た。
良かった、全てのドローンが地面に落ちて動いていない!この様子ならナディエージダのドローンもきっと止まっているはずだ。
やったぞ、俺達は戦いに勝ったんだ!
「ジョゼフ、あとは戦闘機に乗って帰るだけね!」
マリーは嬉しそうに言った。なんだか長い時間戦っていた気がする。過去のナディエージダへの襲撃はすぐに終わるものだったのだが、今回は大変だった。
「ああ、戻ろう!アレン達が待って・・・・・・・・・・・・っ?!」
戦闘飛行機を着陸させた場所へ戻ろうと走った瞬間、胸に激痛が走った。俺はそのまま胸をおさえて地面に膝をついた。
「・・・・・・ジョゼフ!!」
マリーが駆けつけてきた。
「・・・・・・うぅっ」
激しい痛みに呼吸がままならない。マリーに何も応えることができない。このまま死ぬのではないかという恐怖におされた。ここで死ぬわけにはいかないのに。やっと、戦いに勝てたのに!
ぼやけた視界で、前方から黒い服を着た人間近づいてきた。ああ、だめだ。今、敵に襲われたら反撃できない。
そんな焦りを他所に、黒い服を着た人間は俺達に話しかけてきた。
「あなた達は・・・・・・ゴーストランドの住民ではありませんね」
敵だと思われていた人間は、俺達がここに来た時とは違う様子だった。言葉ははっきり喋っていて、目も充血していなかった。薬物中毒から解放されているようだった。
「このコミュニティは、人間の脳を麻痺させる超音波に支配されていました。あなた達がそれを止めたのですね・・・・・・ありがとうございます」
超音波!なるほど、コンピュータウィルスであるグレンは機械に感染して、そこから脳を麻痺させる超音波を発信していたのか。
俺達がグレンを消したことでそれが止み、中毒の人間が救われたということか。
「そちらの男性の方、大丈夫ですか?」
痛みが和らいできた。激痛は鈍痛に変わり、俺はなんとか立ち上がることができた。マリーは心配そうに支えようと俺の身体に手をかざしていた。
胸をおさえながらも、その人に応えた。
「・・・・・・大丈夫だ。グレンがいなくなった今、このコミュニティの人間はどうなる?」
「きっと、私達はもう一度立ち上がってみせます。もう、脅威は消えたのですから」
「・・・・・・そうか」
その人から離れて、戦闘飛行機を目指して歩きはじめた。俺達がこのコミュニティに干渉しても、きっとできることは少ない。まずは仲間のもとへ、ナディエージダへ帰らなければならないのだ。
マリーは俺の歩きについてきた。それから戦闘飛行機のもとへ辿り着くと、俺達はそれに乗って帰ろうとした。いくつかのボタンを押しながら、ナディエージダへのルートを設定した。あとは、帰還するだけだ。
※
外が静かになった。
ミカンは眼鏡屋の入り口から外の様子を覗き込んだ。ドローンが落ちている、動く様子もない。ナディエージダにやってきた敵の人間も正気を取り戻したようで、襲ってこずにずっと立ち止まっていた。
敵の本陣を潰せたのか!ミカンはナディエージダの勝利に歓喜した。
「ミチコフさん、敵の襲撃は止まったようです。家まで送りますから、一緒に出ましょう」
「ええ・・・・・・でも、その前に鍛錬場へ行きませんか?アレンくんが心配だわ」
「わかりました。では、一緒に行きましょう」
2人はアレンのもとへ歩き出した。
※
鍛錬場、放送室。
アレンもまた外の様子をうかがいながら、危険はもう去ったのか分析していた。
扉からそっと覗き込むと、ドローンの動きは止まっていた。敵の人間も襲ってくる様子がない。良かった、あの2人は無事に敵陣をおさえたのだ!
そう思ったらなんだか身体の力が抜けてしまった。椅子から転げ落ちてしまい、床に四つん這いになってしまった。横にはルイスの亡骸があった。感情を抑えられず、涙が溢れた。
放送室の扉が開いた。そこからミチコフ看護師と女性の平兵士が入ってきた。
「・・・・・・アレンくん!!」
ミチコフは走ってきてオレを抱きしめた。
「良かった、無事で・・・・・・!」
オレも抱き返してこう言った。
「すまない、心配かけて」
「いいのよ、アレンくんが生きていれば・・・・・・」
それから平兵士の女性がルイスの亡骸に目を向けた。
「ルイス・・・・・・副指揮官?」
オレは彼女に説明した。
「ルイスは、オレを庇って・・・・・・」
彼女はゆっくり目を閉じて、納得した様子で応えた。
「そうですか。ルイス副指揮官は、ナディエージダと・・・・・・憧れのあなたのために殉職されたのですね。ご立派だと思います」
「オレのせいで、あいつは無駄死にしていないのだろうか」
すると、彼女は座ってオレと同じ目線でこう言った。
「いいえ、彼は・・・・・・満足だったと思います。きっと」
「・・・・・・っ」
どうしようもなくなって俯いているオレに彼女はさらに続けて言った。
「私の名前はミカンです。戦闘班の平兵士ですが、何かあればお申し付けください。指揮官のお知り合いのミチコフ看護師から頼まれましたので」
「そうか、お前がミチコフを守ってくれたのか」
「はい。指揮官のお身体のことも伺っております・・・・・・ので、どうかお見守りをさせてください」
ミカンは頭を下げた。
「チッ、余計なことしやがって・・・・・・まあ、いいだろう。ではまず・・・・・・」
「はい」
「ルイスの・・・・・・弔いを、手伝ってくれ」
ミチコフ看護師はアレンを抱きかかえて外へ、ミカンは葬儀屋へ電話した。
※
ジョゼフとマリーはやっとナディエージダに帰還できた。
2人は戦闘飛行機の扉を開けたら、そこで吸った空気がなんだか懐かしいと感じた。そして、あたりを見回した。たくさんのドローンが地面に落ちている。敵だった何人もの人間が呆然と立ち尽くしていた。
あたしが先に戦闘飛行機から降りると、黒い服を着た男性が近づいてきた。もう敵意はなく、あたしにこう質問してきた。
「あの、グレンは・・・・・・消えたのですか?」
その男性は、脳の感覚が戻ってそう悟ったのだろうか。
「消えたよ、あたし達の手で」
「そうですか・・・・・・やっと、やっと終わったのですね」
黒い服を着た男性はほっとしたように胸を撫で下ろした。
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