第14話 狂葬曲

 少しだけ肌寒い季節だったが、それは晴れた日だった。


 数年に一度、ナディエージダは食糧などを狙われてどこかにある廃れたコミュニティの残党に襲われる。その都度、ジョゼフや軍が倒して安泰を保っていたのだ。


 だけど、その日は違った。


 空を見上げたら低飛空する大きな物体があった。あれは、戦闘機か?そこから黒い服を着た人間が何人か降りてきた。その戦闘機も数台へと増えていった。


 いつもと違う。いつもの残党の襲撃なら敵の人間が大陸の向こうから歩いてやってくるから。

 だけど、彼らはナディエージダの住民ではない。敵意があり、武器も持っている。間違いない・・・・・・残党による襲撃だ!


 戦闘機から人間が降りてくると、今度は空中に小さな機械が飛び交うようになった。あれは何だ?ドローンか?


 そのドローンが変形すると、コミュニティの人間に向けて何かを発射した。ドローンには核銃が仕組まれている!


 撃たれたナディエージダの住民に致命傷はなかった。ドローンには正確な射撃術はないのだろうか。住民は痛みで苦しむだけだった。


 戦闘機から降りてきた敵の人間は不規則な動きをしている。辛うじて銃を持っているが、扱えないようで、住民に近づいては殴ったり蹴ったりしようとするばかりだった。まるで意識がはっきりしていないようで、彼らの目も充血していた。


 ナディエージダは謎のドローンと戦闘機から降りてきた人間に襲われていた。多くの住民は近くの家屋へと逃げた。


 コミュニティの至るところに黒髪の男のホログラムが現れた。全て同じ人物のようで、同時にこう喋った。


 『私のために奏でろ・・・・・・狂葬曲を』





 熱が上がって研究所の部屋で休んでいた平日の昼間だった。マリーは鍛錬場にいて、俺は一人だったのだ。


 襲撃のアラートが鳴っている。


 ナディエージダが残党に襲われている。


 行かなければ。

 そう思うのに体が重い。それでも俺は立ち上がって部屋に飾ってあった剣を持った。そして部屋を出ようとすると、インターホンからイヴァン博士の声がした。


 『ジョゼフ、起きてるか』


 「・・・・・・はい」


 かすれた声で返事をした。


 『商店街の方が襲われているらしい。残党の人間とドローンは人間しか襲わないみたいだから、建物への被害はないようだ』


 「ドローン?」


 『そう、今回の襲撃は高い技術を持った残党によるものみたいだ』


 「・・・・・・」


 それはおかしい。

 高い技術を持っているのなら、一体何を狙ってナディエージダを襲撃しているのだ?


 『コミュニティの至るところに黒髪の男のホログラムが現れたらしい。その男は『狂葬曲を奏でろ』みたいなことを言っていたようだ』


 「・・・・・・狂葬曲?」


 『ああ、今回の残党は殺戮が目的かもしれない。ドローンには核銃が仕組まれていて、調べたところによると内蔵カメラもあるらしい。しかも、ドローンは人間に致命傷を与えないで傷ついた人間をずっと撮影しているような動きをしている』


 「その、ホログラムは?黒髪の男の正体は?」


 『わからないが、もしかしたら今回の残党のリーダー格ではないかと予想している』


 「・・・・・・」


 『ジョゼフ、お前は今回出撃しなくても構わない』


 「・・・・・・え?」


 イヴァン博士が俺に出撃させないことは今までになかった。残党は必ず倒しに行っていたのだ。


 『体調が悪いのだろう?今回は軍とマリーに任せるといい』


 「・・・・・・」


 『・・・・・・だけど、それでも行きたいのなら行くといい。きっとあの2人も待っている』


 行こう。

 俺はナディエージダを守りたい。

 大切な人がいる世界を。





 その日は仮退院としてオレが商店街へ出掛けている時だった。


 なんだか空が騒がしかったので、見上げたらそこには数台の戦闘機が飛んでいたのだ。


 「アレンくん、あれは・・・・・・」


 車椅子を押していた担当看護師のミチコフも空を見上げながら呟いた。


 あれは、ナディエージダであんな戦闘機は見たことがない。そもそもナディエージダには飛行機はない。


 戦闘機から黒い服を着た人間が降りてきた。商店街に小さな機械が飛び交うようになった。あれはドローンだ!そのドローンの一つが住民に何かを発射すると、オレは今の状況を理解した。


 残党による襲撃だ!

 ナディエージダが敵に襲われている!


 「アレンくん、伏せてッ!」


 オレは車椅子から落ちるように降ろされて、ミチコフに覆い被されていた。その上をドローンが何かを発射した。


 「・・・・・・大丈夫かっ?!」


 オレはミチコフに訊いた。


 「大丈夫、私に当たっていない。それより、早く逃げるわよ」


 ミチコフはオレを抱えて建物の物陰へと走っていった。

 コミュニティにたくさんのドローンが飛んで、住民に発射している。人の悲鳴が聞こえる。ドローンによる銃撃でたくさんの住民が傷ついている。人々は痛みで泣き、恐怖で慄く。

  

 「・・・・・・クソッ!」


 こんな時、オレはいつも逃げている。

 もし、こんな体じゃなかったらみんなを守れたのに!悔しくて、悔しくて震えているとミチコフはオレに言った。


 「大丈夫だから、私がアレンくんを守るから」


 ミチコフに抱えられて走りきった先は、あの眼鏡屋だった。オレ達は建物の中に入って避難した。


 そうだ、マリーに連絡しないと。

 今日は平日だからきっとマリーは鍛錬場にいて、軍のみんなもそこで鍛錬をしているはずだ。

 襲撃のアラートはまだ鳴っていない。ということは、この襲撃はまだ中心部まで伝わっていないのだ。


 オレは震える手で携帯を取ってマリーに電話した。ミチコフはそんなオレと外の方を交互に見ていた。


 「・・・・・・マリー、軍を連れて急いで商店街まで来てくれ!残党に襲われている!」


 『えっ、わかった!すぐに行くわ!アレンはどこにいるの?』


 「あの時の眼鏡屋にいるが、オレのことは気にしないでくれ。まずは軍を連れて商店街に来てくれ。今回の残党は飛行する小さな機械を使って住民を射撃して、戦闘機から降りてくる人間の敵もいる。人間の方は黒い服を着ているようだ。そいつらから住民を守ってほしい」


 『わかった、軍を連れてすぐに行くわ!アレンもそこから動かないで!』


 電話はそこで切れて、オレは再びミチコフと2人っきりになった。





 アレンから電話をもらって、時間にして数分ぐらい。あたしは軍に指示を出して商店街へと向かっていた。


 軍のみんなにはドローンの破壊と攻撃してくる黒服の人間を倒すように指示した。

 あたしも道を阻む敵共を倒しながらあの眼鏡屋に向かってアレンを救出する。


 軍はそれぞれで動きながらドローンを破壊していた。そのドローンには正確な射撃術がないようで、発射の前に先端が赤く光る仕組みになっている。光った瞬間に破壊すれば、攻撃を避けることがほぼ可能だ。だけど、ドローンの数が多い。軍は疲弊し始めていた。


 「ドローンの数が減らないじゃない!これじゃあアレンのところまで辿り着けない!」


 あたしもドローンを破壊しながら叫んでいると、ルイスも破壊しながら叫んだ。


 「マリーさん、僕が道を開けながらドローンを壊すんで進むことに集中してください!」


 「そんなことしたらルイスが撃たれちゃうでしょ?!あたしだってあなたが撃たれないようにドローンを壊してるんだから!」


 言い争っていると目の前に淡い金色がなびいた。見知った後ろ姿があたし達を複数のドローンから守ってそれを破壊した。


 「ジョゼフ?!あなた、部屋で休んでたんじゃないの?!」


 「こんな時に休んでられない・・・・・・アレンは病院か?」


 「アレン指揮官は眼鏡屋で避難してるらしいっす!」


 ジョゼフはルイスの言葉を聞いて目を見開いた。そして焦ったような口調で、


 「助けに行くぞ!ここは軍に任せて、俺達はアレンに会いに行く!あいつは今歩ける状態ですらないから、救出に人数がいるかもしれない」


 ジョゼフは周りのドローンを全て破壊しながら喋っていた。すごい正確な手捌きで、俊敏さで。

 あたしには細胞の変化機能があって体を刃物のように変形させられるけど、もしかしたら戦い方そのものならジョゼフの方が優れているのかもしれない。あれはまるで、ドローンの動きを予測できているかのような戦い方だった。

 そうか、ジョゼフは神経を凝らす機能と知能指数はあたしより高いんだ!


 「ジョゼフ様、すごいっす・・・・・・」


 「俺が周りのドローンを破壊していくから、それと同時にアレンの元へ進んで行こう」


 それに加えて、アレンとの鍛錬で守る戦い方もできるようになったジョゼフは・・・・・・もはや完璧な生物兵器に見えた。



 ジョゼフのおかげであたし達は3人でアレンの元へ辿り着くことができた。

 アレンは眼鏡屋の入り口付近に座り込んで、ミチコフ看護師と2人で避難していた。


 「何しに来たんだよ!オレのことはいいって言っただろ!?」


 座り込んだままのアレンがあたし達に向かって血相を変えて叫んでいた。


 「コミュニティは軍に任せてあるわ!あたし達はアレンを救出しに来たの!」


 あたしも叫んでいた。


 「ドローンは建物の中へは入ってこねぇ!だから、オレのことは放っておいて戦いに行けよ!」


 「あんな未知な飛行物体が必ず入ってこない保証はどこにあるんすか?!アレン指揮官は僕達と来てください!」


 ルイスも叫んでいた。


 すると突然大きな音と共に誰かが入ってきた。黒い服を着た男だった。目が充血している。あたし達に敵意を向けている。あれは残党の人間だ!


 あっ・・・・・・と思ったその瞬間、ジョゼフが剣を振り下ろした。残党の男に致命傷を与えて、ジョゼフはその返り血を浴びていた。敵が倒れたあとも無表情だった。

 あんな戦い方するんだ。と、なんだか恐ろしく感じてしまった。


 だけど、倒したはずの敵がゆっくり立ち上がった。


 「グ、レン様の・・・・・・ためにッ」


 絞るような声でそう言いながら、敵はジョゼフを睨んでいた。


 「グレン・・・・・・それがお前達のリーダーの名前か」


 ジョゼフは納得したような表情をしてから、剣を敵の心臓に突き刺した。その男はもう起き上がってこなかった。


 「・・・・・・敵の本陣を潰さないとドローンは尽きないだろう。着陸している敵の戦闘機の履歴マップから本陣へのルートを見つけて、グレンを倒しに行こうと思う」


 返り血を浴びたまま、ジョゼフは淡々と襲撃を解析していた。そこでアレンが質問した。


 「敵の本陣へ、一人で行くのか?」


 「ああ、一人で行く。ナディエージダはマリーに任せ・・・・・・っ!」


 突然、ジョゼフは頭を抱えながら膝をついた。あたしはジョゼフが倒れないように急いでその体を支えた。

 ・・・・・・熱い!やっぱりまだ熱が出ているんだ。しかも、いつもより熱い気がする!

 ジョゼフは急に顔色を悪くして身震いをしはじめた。限界かもしれない、もしかしたら無理がたかったんだ。


 「ジョゼフ、あなたっこんな状態で敵陣になんて行けないよ!」


 「大丈夫だ・・・・・・少し、気を抜いただけだ・・・・・・」


 よく聞いてみればなんだか声も掠れている気がする。


 「わかった、オレがナディエージダを守るから2人で敵陣に行け」


 そこでアレンがいきなり言い出した。


 「何を言ってるの?!あなた、立つこともままならないでしょ!!」


 「大丈夫だ、人間って極限に達すると何でもできるようになるもんだ」


 さっきまで座り込んでいたアレンがいきなり立ち上がって、ルイスの腰にあった予備の拳銃を手に取った。


 「このドローンの数じゃ、軍も疲弊するだろう。オレが軍の指揮をとるから、お前達は本陣を潰しに行け」


 「無茶言わないでよ!今のアレンにそんなことができるの?!だいたい、バラバラになった軍にどうやって指示を出すのよ!」


 「鍛錬場に全軍が携帯している電信機につながる放送室がある。オレはそこへ向かってから指示を出すつもりだ」


 「じゃあ、僕がそこまで援護します!!」


 「わかった、そこまでへの援護はルイスに頼む」


 「ちょっと、勝手に決めないでよ!ルイスだってさっきまであたしと一緒でも苦戦してたじゃない!」


 「マリー、もたもたしている場合ではない。俺達は戦闘機を探そう」


 ジョゼフはあたしの肩を掴みながら言った。それから、それを支えにして立ち上がった。そんな、一人で立ち上がる体力もないのに敵陣になんて行ったら・・・・・・!


 「アレン、絶対に死ぬな。俺達が戻ってきたら生きて再会しよう」


 「ああ、お前らも絶対に死ぬな」


 ジョゼフはそう言い残してからあたしの手を引いてその場から離れていった。

 アレンは立ったまま拳銃を強く握りしめていた。

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