第13話 憧れの人

 ジョゼフが病院から帰ってきたその日の夜、久しぶりにメールが届いた。


 『ごめん、水を持ってきてほしい』


 あたしはコップに水を持って隣の部屋へ入った。そこにはジョゼフがベッドに座りながら身震いをする姿があった。コップを持たせたあと、あたしは体温計を持って測った。38.6度だった。


 「・・・・・・ありがとう、マリー」


 ジョゼフは震える手でそう言って水を飲んだ。それからこう続けた。


 「こんな時間に呼んでごめん」


 「いいよ、まだ8時だし」


 「その、本当はマリーに話しておきたいことがあって呼んだのだが・・・・・・」


 「うん」


 ジョゼフは水を飲み干してからあたしの目を見て言った。


 「もし、俺に何かあったらマリーがナディエージダを守ってくれないか?」


 あたしはその言葉を聞いてしばらく何も言えなかった。だけど、意を決してこう言い返した。


 「嫌だよ」


 「・・・・・・」


 ジョゼフは困った顔で目を細めていた。


 「あたしは3人でナディエージダを守りたい。前にそう話したでしょ?」


 「・・・・・・」


 「ジョゼフが何を諦めてるのかは知りたくもないんだけど、あたしは3人でナディエージダの未来を探すつもりだから。この想いは絶対に変わらないんだから」


 それを聞いたジョゼフの表情が柔らかくなった。そう、これ以上何も言わなくていい。きっとわかってくれたのだと思う。自分にはまだたくさんできることがあるのだと。


 それからジョゼフはあたしに訊いた。


 「ナディエージダの未来が見つかったあと、マリーはどうしたい?」


 「世界征服」


 それに対してジョゼフは「それは手伝わないぞ」とか言いながら、それからあたし達は悩みを忘れて笑い合っていた。





 今日の面会にルイス副指揮官が来ていた。


 「おい、鍛錬はどうした」


 「今日、休日っすよ」


 「・・・・・・」


 そうだった・・・・・・。なんだか時間の感覚が狂って忘れていたようだ。


 「暇なんでルイスちゃんが会いに来ましたよ、嬉しいっすか?」


 「・・・・・・」


 オレが今こんな状態じゃなかったら、ルイスはこの手で木っ端微塵にしてやっていただろう。うざい。


 「お前には家族がいんだから、休日は家で過ごせばいいだろ。わざわざ来んな」


 「いやぁ、今日はアナの機嫌が悪くってぇ」


 「夫婦喧嘩かよ」


 ちなみにアナというのはルイスの妻の名前である。


 ルイスは微笑みながら突然静かな口調で言った。


 「指揮官はあの2人と随分仲良くなりましたね・・・・・・」


 あの2人というのはジョゼフとマリーのことだろう。


 「なんだ、お前も仲間に入れてほしーのか?」


 オレがニヤリと言うとルイスはまた微笑んだ。


 「いいえ、僕は指揮官が幸せならそれでいいっす」


 「何急に気持ち悪ぃこと言ってんだ」


 それからルイスは急に改まった感じになって言い始めた。


 「覚えてますか?指揮官が軍に配属される前、タバコ吸ってた頃の話っすよ。僕が悪いことばっかして止められた時のこと」


 「・・・・・・」


 覚えてねぇなぁ・・・・・・。

 タバコ吸ってた頃ってオレが18歳の時じゃねぇか。ルイスなんかと面識あったっけ。


 「僕はチンピラとの喧嘩で怪我して入院してたんっすけど、指揮官は肺炎で入院してましたよね」


 「・・・・・・!」


 うわ、それオレじゃん。

 体弱いのにタバコなんか吸ってたから肺炎になったんだったわ。今は吸ってないけど。


 「あの時、食堂で暴れる僕を一瞬で止めたのアレン指揮官だったんすよね。僕、結構喧嘩には自信あったんすけど、あの時の指揮官には圧倒されましたね」


 「食堂で・・・・・・暴れる??」


 ちょっと待て。そういえばあの頃にそんなアホなチンピラがいた気がしてきた。確か、モヒカンで・・・・・・身長低くて、オレの担当看護師に喧嘩売ってた気がする。そいつは確かその看護師に「オメェ、強そうだなぁ!」とか言ってたっけ。

 オレはあの時、珍しく出されたデザートのプリンをゆっくり味わって食べようとしていたのに、急に騒がしくなったので苛々していた。だから、オレはあの時のアホなモヒカンを一撃で倒して「おい、弱ぇーくせに吠えてんじゃねぇ・・・・・・ぶっ殺すぞ」とか言って去ったんだっけ。ちなみ点滴棒を持っていたので、片腕で倒したのを覚えている。


 「ミチコフ看護師っていう人に喧嘩売ったら、アレン指揮官にあっさり止められて倒されたんすよね」


 「・・・・・・えっ?!?!」


 オレの担当看護師の名前じゃねーか!

 えっ、もしかしてお前はあの時のモヒカンだったのか?!今はキノコなのに!


 「僕はアレン指揮官にやられるまで、喧嘩に負けたことがなくてめっちゃ感動したんすよ。しかも、一撃で、片腕で。それから改心して指揮官を追いかけたんすよ」


 「え、こわ・・・・・・追いかけたって何」


 「それから2年後、指揮官が軍に配属されたのを聞いて僕もひとっ飛びで軍に入りましたよ」


 「そうだったな・・・・・・オレが指揮官になった頃にお前が入ってきたんだったな。それから1年後ぐらいにお前も階級を上げて副指揮官になったな」


 「早く、アレン指揮官に追いつきたくて頑張ったんすよ」


 「あっそ」


 それからルイスはまた微笑みながら言った。


 「僕の目標はアレン指揮官です」


 「・・・・・・は?」


 「指揮官はいつも、誰よりもナディエージダの平和のために尽くしてるのを見てきました。確かに厳しいところもありますけど、それも全て軍を強くするためだと分かってます」


 「そりゃ、そうだろう。オレは指揮官なんだから」


 「そうです。当たり前のように自分に課せられた責任を果たそうとする・・・・・・僕もそんな人間になりたかった」


 ルイスは視線を逸らしてから息を吐いた。それから病室の窓の方は歩いて、そこの景色を少し見てからこちらを見ながら言った。


 「僕には指揮官やあの2人みたいな戦力はありません。だけど、何があっても守ってみせます。この命に代えても」


 「何を急に・・・・・・」


 ルイスは窓を開けて、冷たい風が吹いた。この間まで暖かったのに、なんだか季節の変わり目を感じてしまった。


 「急じゃありませんよ」


 ルイスは目を細めて言った。珍しく真顔だった。そしてこう続けて言った。


 「ここ一年、ナディエージダは残党に襲われていませんが、いつ襲われるかもわかりません」


 「・・・・・・」


 「今のうちに伝えこうと思います。僕はアレン指揮官・・・・・・あなたをとても尊敬しています。僕にとって、指揮官はあなただけですから」


 「待てよ、お前には家族が」


 「その前に僕はナディエージダの兵士です」


 オレが何かを言う前にルイスは強い口調で言い返してきた。


 「今はまだそこで寝ててくださいよ、指揮官なら来るべき時に立ち上がれますから」


 ルイスがそう言ったあと、病室の扉が開いた。そこからジョゼフとマリーが入ってきた。ルイスはそんな2人に向けて頭を深く下げてから、病室を出ていった。





 「あの人、どうしたの?」


 アレンの病室から出ていくルイスを見てマリーが訊いた。


 「ああ、あいつも面会に来てた」


 アレンはマリーにそう応えた。


 「そうなのか」


 俺も言った。


 「アレン、なんか難しい顔してるけどなんかあった?」


 「何もねーよ、それよりジョゼフは来て大丈夫なのかよ」


 マリーの問いにアレンはそう応えた。


 「ああ、なんともない。大丈夫だ」


 俺はアレンにそう言った。マリーは横目で俺を見つめていた。


 「なぁ、もしナディエージダが襲われたらオレは復帰するから」


 「・・・・・・戦えるのか?」


 「オレは軍の指揮官だ。指示は任せろ」


 「あたしが敵を全滅させるよ」


 「俺も戦う」



 そのために訓練を続けているのだ。

 ナディエージダを守るために、幸せな時間を無くさないために。


 生きるために。

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