第12話 不穏の響き

 次の日もアレンの面会に来ていた。病室で、アレンは俺にナディエージダ軍の指揮官をやってほしいと言っていた。


 「ジョゼフ、お前は喋れるようになったし、戦い方も以前とは違う。オレが今までやってきた通りにやってくれればいい、頼めるか?」


 「アレンが復帰してくるまでの間ならやってもいい」


 「・・・・・・そうだな、その間だけ任せたい」


 「わかった」



 ・・・・・・とは言ったものの、具体的に何をすればいいのかがよくわからなかった。

 そもそも軍の指揮官ってどんな仕事なんだ?残念なことに俺はまずそこからが疑問だった。


 病院を出て研究所まで帰ってきて、マリーの部屋を訪れた。


 「どうすればいいと思う?」


 「軍の指揮官?とりあえず平兵士のみんなをボコボコにすればいいんじゃない?」


 「・・・・・・」


 この人に聞いた俺が馬鹿だった。


 「もういい、一人で考える」


 俺がマリーの発言に怒って部屋を出ようとしたら、袖を引っ張られて止められた。


 「待って!嘘よ、ちゃんと言うから考えさせて!一緒に考えよう!」


 「嫌だ、腕を離せ。俺は部屋に戻って一人で考えたい」


 「嘘だってば!ねぇ、あたしに冷たくしないでよ!」


 マリーは俺の服の袖を掴んで泣きながら言っていた。多分、嘘泣きだ。俺が承諾したらすぐに泣き止むだろう。


 「・・・・・・暴力はなしだ」


 承諾してしまった。


 「やったぁあ!」


 マリーは泣き止んだ。

 俺は頭を抱えて溜め息を吐くと、マリーはルンルンしていた。何がそんなに楽しいんだか。


 「それで、ボコボコにする以外の案はあるのか?」


 「うーん、ないかも」


 「・・・・・・」


 俺は拳を強く握って見せた。


 「ちょ、ごめんなさい!あるよっ!?えっと・・・・・・イヴァン博士に聞いてみよう!」


 「結局思いつかないのか?!」


 仕方ないので、イヴァン博士を訪ねることにした。



 その後、俺達2人でイヴァン博士の所長室に来ていた。


 「ジョゼフは軍の指揮官を頼まれたのか」


 「はい」


 「それは嬉しいことだ。元々はジョゼフにやってもらいたかったからね・・・・・・まあ、アレンも強くなったから今はどっちでもいいけど」


 「あの、ジョゼフがやり方がわからないって困ってるみたいですけど・・・・・・何かアドバイスとかないですか?」


 マリーに訊かれてイヴァン博士は俺に答えた。


 「ジョゼフの好きなようにすればいい。平兵士の鍛錬を見守ったり、助言をしたり、稽古をつけるのもいい。みんな、ナディエージダを守りたいっていう気持ちは同じだから」


 「・・・・・・確かに」


 ナディエージダの軍隊は、皆が独自に強くなる方法を考えながら鍛錬していく組織だった。確かに、みんな自分で方法を考えて鍛錬をしたり、たまにアレンの気まぐれで指導を受けたりもしていた。

 思えば、俺がそんなに神経質になって指揮官の仕事を考える必要もなかったのかもしれない。


 「大丈夫だよ。アレンから聞いたのだけど、ジョゼフはちゃんと自分を守る戦い方もできるようになったからね」


 イヴァン博士は微笑みながら俺にそう言った。


 「・・・・・・わかりました。考えながら、少しずつやってみます」


 俺もそう返事をしてから所長室を出ると、マリーもイヴァン博士に辞儀をしてから退出した。



 次の日、俺は鍛錬場に向かい、まずは朝礼を開いて全員に自分がしばらく指揮官を務める旨を伝えた。

 朝礼が終わったあと、皆それぞれ鍛錬を始めていた。どうやら本当に鍛錬場での指揮官の仕事はそんなに難しくないらしい。


 アレンはいなくなってしまったので、俺には打ち合いの相手がいなかった。


 「あたしとやる?」


 「絶対に嫌だ」


 今日もマリーの誘いには5回以上断っている。命の保証がない打ち合いなんてごめんだ。


 一人で木刀を振っていると、ルイス副指揮官が近づいてきた。


 「ジョゼフ様、アレン指揮官はいつ戻ってくるとかわかりますか?」


 俺は木刀を置いてルイスに応えた。


 「・・・・・・わからないが、きっと戻ってくる」


 「そうっすか・・・・・・」


 それからルイスは深く息を吐いてから遠ざかっていった。その時、俺は喉に詰まりを感じて少し咳き込んだ。それを見ていたマリーが話しかけてきた。


 「ジョゼフ、やっぱり風邪なんじゃないの?」


 「・・・・・・そうかもしれない」


 「あたし達みたいな存在でも、風邪を引くことってあるんだね」


 「・・・・・・」


 風邪なんて、今までに引いたことはなかったのだが。でも、そんなものか。軽くそう思っていた。



 鍛錬の時間が終わると、暇だったので今日もアレンの面会へ行こうと思っていた。

 俺が鍛錬場の出口から病院に向かおうとしていたら、マリーもついてきた。


 「今日も行くんだ」


 「あいつ、一人だと寂しがるから」


 それからアレンの病室に入った。本人はつまらなそうに窓の景色を眺めていたが、俺達が来ると嬉しそうに笑顔になった。


 「暇かよ、お前ら」


 「ああ、暇だ」


 アレンの悪態に俺はそう応えた。相変わらず顔色は良くなかったが、この間みたいに気分は落ち込んでいなかったようだ。


 「あたし、ちょっとトイレ行ってくるねー!」


 マリーは俺達に手を振ってから病室を出ていった。

 それからマリーが出ていくのを確認すると、俺はアレンに手招きされて「ちょっとこっちに来いよ」と言われた。


 「何だ、気分でも悪いのか」


 そう言って近づくとアレンは眉間に皺を寄せて俺に言った。


 「それはお前だ。何だよ、その重装備は。厚着のしすぎだろう。ちょっと熱測れよ」


 アレンは問答無用で俺に非接触型の体温計を近づけた。


 「37.8・・・・・・微熱か?」


 「風邪を引いた」


 「え、お前みたいな体力バカでも風邪引くことってあんのかよ」


 「ただいまー!どうしたの?」


 マリーが帰ってきた。


 「おい、マリー。こいつ熱あるからもう帰れよ」


 「えっ、そうなの?じゃあ、アレンにもうつるといけないし、帰るかー」


 そう言うと、俺とマリーはアレンに軽く挨拶をしてから病室を出ていった。


 研究所への帰り道で俺はマリーに訊かれた。


 「ねぇ、ジョゼフ。この一週間ずっとそんな感じじゃない?そろそろ病院行った方がいいよ」


 「そうだな・・・・・・」


 「風邪でも、薬もらっちゃえばすぐ治るんだから、明日行きなよ」


 「わかった、明日行こう」



 研究所の自室に帰ると、その日の夜はなんだか寝苦しくて目が覚めてしまった。寝汗でもかいてしまったのか、シャツが濡れていた気がする。

 マリーにメールを送ろうと携帯を手に取ったが、何故か視界がぼんやりしていた・・・・・・が、それはすぐに治った。だけど、メールを送るのはやめておいた。


 シャツを替えようとベッドから起き上がったらなんだかふらふらしていた。替える前に熱を測ろうと体温計を使ったら38.2度だった。


 「・・・・・・上がってる」


 風邪ってこんな感じなのか。と、思いながらも何故か少し不安があった。


 大丈夫だ。明日、風邪薬をもらったらすぐに治るだろう。



 翌日の朝は少し早く起きて一人で病院に行くことにした。マリーはまだ部屋で寝ていたから、あまり音を立てないようにして研究所を出た。

 病院に着くと、俺はまず総合受付で診察の予約をした。今日は混んでいなかったようで早く終わりそうだ。



 名前を呼ばれてから診察室に入った。医者は難しい顔をして俺にこう言った。


 「やっぱり、とくに異常は見つからないんですけどねぇ」


 「・・・・・・」


 精密検査もやり終えた後だった。最初に呼ばれた時は風邪だろうという予想で言われたが、念のために行った感染症検査では抗体反応は示されなかった。

 風邪じゃないなら何なのだと思って精密検査を行ったのに、医者はそれでも異常を見つけることができなかったらしい。


 「・・・・・・そうですか」



 ふと・・・・・・疾患被験体、という言葉が頭をよぎった。


 いや、そんなはずはないとそれを振り払おうとした。だけど、不安は消えなかった。

 今まで生きてきて、不調なんてなかったのに。もしそうだとしたら、何故今更になって?


 「ジョゼフさん、顔色悪いけど大丈夫ですか?」


 「すみません、失礼します」


 俺は医者の問いに答えずに診察室を出た。扉を閉めたところでなんだか頭がずっしりと重たくなった。俺は頭を抱えながらなんとか会計受付まで歩いていった。


 「おい、ジョゼフ」


 歩いている途中、アレンの声がした。振り向いたら確かにそこにアレンが車椅子に乗って俺を呼んでいた。


 「・・・・・・」


 久しぶりに、言葉が出なかった。


 「マリーから連絡が来たんだ。お前が一人で病院に来てるかもしれねぇから、オレに様子を見ろって」


 そうか、マリーが・・・・・・。もう、昼も過ぎているし、もう起きて鍛錬場に向かってから帰ってきているだろうな。俺も早く帰らないとここまで来てしまうかな。なんとなく顔を会わせたくないと思っていた。


 「・・・・・・」


 「どうした、風邪なんだろ?」


 「医者に、異常がないって言われた」


 「ハァ?そりゃおかしいだろ。実際に熱もあったのに。ヤブ医者にあたったんじゃね」


 「そうだな・・・・・・ヤブ医者だ。薬局で風邪薬を買ってくるよ」


 「ああ、そうした方がいい」


 それから俺は会計を済ませて、薬局で風邪薬を買って帰った。





 「それで、どうなったの?」


 「医者に異常がないって言われたらしい」


 朝起きたらジョゼフはもういなかったので、きっと一人で病院に行ったのだろうと思って、あたしはアレンに見ておくように連絡しておいた。そして、昼過ぎの今、またアレンに電話していた。


 「そうなの、おかしいね」


 「イヴァン博士に相談した方いいんじゃね」


 「うん、相談してみる。アレンも大変なのにありがとう」


 「いいよ。てか、お前がオレにありがとうとか気持ちわりーわ、切る!」


 ガシャン、突然電話を切られて苛々したので、今度会った時にでも殴っておこうと思った。


 隣の部屋からドアが開閉する音が聞こえた。ジョゼフが帰ってきたらしい。ジョゼフに話しかけようと思ったけど、やっぱりイヴァン博士のところへ行こう。あたしは所長室へ向かっていた。


 所長室に着くと、あたしはまずそのドアを叩いて入っていいか許可をもらった。それから入室するイヴァン博士は「どうしたかな?」と穏やかな口調で言った。


 「ジョゼフが病院に行ったんですけど・・・・・・」


 そこで事情を話すと、イヴァン博士は「やっぱりか・・・・・・」と難しい顔で呟いた。

 それからあたしにこう言った。


 「私の技術では完璧な生物兵器は難しかったか」


 「え、それってジョゼフにも欠陥がある・・・・・・ってことですか?」


 「まあ、それでもジョゼフの修復能力は高いからね。欠陥が出てもその都度治ってるかもしれないから、医者には見極められなかったのかもね」


 「大丈夫なんでしょうか?」


 「大丈夫だと思う。他の疾患被験体はそもそも生まれない個体が多いから、ジョゼフはちゃんと生きているからね」


 それでもあたしの不安は拭いきれなかった。どうして友達だけが苦しまなければいけないのだろう?そう嘆きながら、3人で幸せな未来を探そうと話したあの日を思い出していた。


 これからだって思ってたのに、最初にアレンが倒れた。生きる意味を見出したばかりのジョゼフに影が現れた。


 幸せになりたい。みんなが笑顔で生きれる世界をつくりたい、きっと3人で。


 だけど、この世界はやっぱり残酷だった。



 この一年間、ナディエージダが残党に襲われることはなかった。

 どうか、これからも襲われないようにと祈っていた。

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