第11話 疾患被験体

 それから一年が過ぎて、マリーは20歳になった。俺とアレンは24歳だ。


 イヴァン博士はこの一年も生物兵器の研究を続けたが、どれも失敗に終わってしまった。俺達は、生物兵器のなりそこないを疾患被験体と呼んでいる。


 アレンも、被爆症の治療がきっかけとはいえ、彼が服用しているX-o28は俺の血清から作られた人体改造薬だ。アレンも生物兵器の体質を手に入れていたが、その薬の持続時間は長くなかった上に、外傷の修復も遅いという欠陥もできていた。

 だからアレンは生物兵器のなりそこない、疾患被験体の一人なのだ。




 今日は珍しく寝坊してしまった。窓から見える景色は晴れやかで、野鳥のさえずりがやけに頭に響いた。どうしたのだろうと思って頭を抱えていると寒気がした。

 今日の天気は寒いのだろうか。と、思ってタンスから上着を取り出してそれを羽織った。それからいつものように鍛錬場に向かおうと部屋を出たら、廊下でマリーに会った。俺が起きるまで待っていてくれたらしい。


 「ジョゼフ、今日は遅いじゃない。珍しいね」


 確かに、寝坊なんて人生で初めてかもしれない。


 「・・・・・・ああ」


 俺はこの一年で声が出せるようになっていた。

 マリーに生きることを諭されてから、強くなろうと誓ったからだ。

 それからアレンとも仲良くなって、俺には守るべき友ができた。


 マリーと出会う前までは、機械仕掛け人形のような生き方をしていた。

 命令されたからナディエージダを守る。

 責任はあったけど、本当に自分の意思だったかどうかは定かではなかった。


 だけど、弱いままでは友達を守ることはできない。


 マリーは生物兵器としての機能が俺よりも優れているし、アレンは戦い方そのものが優れている。


 そんな2人を超えなければ、俺は守られる存在になってしまう。



 廊下を歩いている途中、マリーに話しかけられた。


 「今日もアレンとやるの?」


 「・・・・・・ああ」


 アレンに戦い方を教えてもらおうと、最近はずっと2人で打ち合いをしている。


 「そのあと、あたしともやってよ。ジョゼフはどうせ疲れないんだしー!」


 「いや、マリーとはやりたくない」


 マリーは本気で向かってくるから、毎回半殺しにされる。もう少し強くなってからやろうと思う。俺はまだ死にたくない。


 「ちぇっ、誰もあたしとやってくれないじゃない。つまんない」


 「・・・・・・自業自得だろう」


 せめて、強いマリーが他の兵士の指導のつもりで打ち合うなら良いとして、マリーはそんなことをしないで単に殺しにかかってくるから、そりゃあ誰もやりたがらないはずだ。そこら辺はアレンを見習ったらどうだ。




 鍛錬場に着いたら何やら騒がしい様子だった。そこにいた兵士たちが鍛錬をやめて、呆然と突っ立っている者が多かった。何が起こった?わからない。と、ひそひそ話し合う様子で皆が何故か戸惑っている。


 入り口に立っていると、ルイス副指揮官が血相を変えて走ってきた。


 「休憩所で、アレン指揮官がっ・・・・・・!」


 俺とマリーは休憩所まで走っていた。ルイスも付いてきていた。怪我でもして出血が止まらないのだろうか。そう思っていたが、そこに着いたら怪我をしている様子はなかった。アレンはベンチに座りながら背中を丸めて、苦しそうに呻いていた。


 「アレン、どうした?!」


 「だ、いじょ・・・・・・ぶ」


 顔色が真っ青だった。額から流れ落ちている汗も酷い。これはどう見ても大丈夫ではない。


 「医者を呼ぶかって言っても、指揮官、大丈夫だって、聞いてくれないんっすよ・・・・・・」


 あとから追ってきたルイスが言った。


 「あたし、イヴァン博士を呼んでくる!!」


 マリーはそう言って鍛錬場を出て、イヴァン博士の所長室まで走っていった。

 俺はアレンの背中をさすってみたが、何の反応もなかった。普段なら「触んな!」とか言われて手を退けられるところを、今はそれすらない。


 「アレン、昨日は元気だったじゃないか・・・・・・」


 いや、よく思い出せ。アレンは昨日の夕飯を半分残していなかったか。さすがに食べれないと素っ気ない態度をとりつつも、確かに口数が少なかった気がする。そういえば、昨日の午前の打ち合いも無言だったことを思い出した。


 まさか、薬の効果が薄れている・・・・・・?


 色々考えていると、アレンはまた苦しみだして口をおさえながら嗚咽を漏らしていた。


 「・・・・・・うっ、ぐっ・・・・・・っ」


 吐き気がするのかと思って、近くにあった倉庫からバケツでも持ってこようとした、俺がそこから立ち上がった時だった。


 アレンが、吐血した。


 床に落ちた大量のそれを見ていたら、その場にいた全員も恐怖したと思う。

 

 ナディエージダ軍の指揮官が病に倒れた。





 認めたくなかった。

 また、死に損ないになりたくなったから。


 目が覚めたら、オレはなんだか懐かしい匂いを感じた。

 白い天井。規則正しい機械音。腕に刺された点滴針。

 ここは病院か。と、絶望していた。


 「アレン、気分はどうかな」


 よく見えなかったが、知ってる声がした。そこにイヴァン博士が立っていた。


 「・・・・・・最悪だ」


 「君は2日間寝ていたが、ジョゼフ達が毎日面会に来ていたぞ」


 「・・・・・・そうか」


 あの2人に迷惑をかけてしまった思いで気分が沈んでしまった。

 いつも気にかけてもらっていた。わざわざアパートにまで来て夕飯なんて作ってもらわなくてもよかったのに、あの2人は毎日来てくれていた。

 だからオレも、今度こそ強くなろうと頑張っていたのに。友達として見てくれたあの2人に迷惑をかけないぐらい、強くなろうと努力していたのに・・・・・・それなのに、何故オレはまた病院にいる?


 そんな思いを堪えられなかった。オレは気がつけば涙を流していた・・・・・・悔しかったのだ。


 最初は、親を殺したこの世界に対する憎しみが原動で強くなろうとしていた。だけど、あの2人がさらにその思いを強くしてくれたのだ。


 次第に、世界に対する憎しみよりも・・・・・・友達が生きている世界を守りたい、そんな思いが芽生えたからだ。





 アレンの意識が戻ったらしい。

 イヴァン博士からその連絡を受けて、俺は早速マリーを連れて病院へと向かっていた。


 アレンは屋上の庭園にいた。見知った車椅子に点滴が付けられていた。俺達はその後ろ姿から追って歩いていき、話しかけた。


 「アレン、探したぞ。病室にいないから・・・・・・」


 「・・・・・・」


 アレンは静かに向こうの景色を眺めていた。それから車椅子をこちらまで回して視線を合わせた。前髪は下ろしていて、眼鏡をかけていた。顔色もまだ悪かった。


 「・・・・・・悪かった、迷惑かけて」


 アレンは自分の胸をさすりながら言った。まだ気分は悪いのだろうか。


 「あたし達はいいのよ、それより今はどう?医者になんて言われたの?」


 「・・・・・・」


 マリーの問いにアレンは顔をしかめてしばらく黙っていた。それから静かな口調で言った。


 「前に、3人で帽子を買いに行って、海を眺めた日は楽しかったな・・・・・・」


 俺とマリーはそれを聞いていた。3人で幸せを見つけようと話をしたあの日の事を思い出しながら。


 「オレさ、こんな性格だから・・・・・・友達なんて初めてだったんだ。ガキの頃から喧嘩しかやってこなかったから」


 「・・・・・・」


 ふと、アレンは屋上の隅まで車椅子を動かした。俺達も歩いて追いかけた。フェンスを握りながらこう呟いた。


 「・・・・・・楽しかった」


 「アレン・・・・・・?」


 フェンスを握りながら、その景色の向こうを眺めたあと、俺達の方に向き直ってこう言った。


 「オレ、しばらくここで入院するらしいから・・・・・・お前達に迷惑かけなくなるな。良かったな」


 アレンはもう一度フェンスの向こうを眺めた。


 「・・・・・・いなくなったら、夕飯も作りに来なくていいな」


 風がなびいて肌寒い感じがした。それは単に気温が低かったからではないかもしれない。

 きっと俺はアレンの言葉が気に入らなかったのだ。


 するとマリーが突然アレンの頬を叩いた。


 「・・・・・・おい、何すんだテメェ!」


 急に頬を叩かれたアレンも怒っていたが、マリーはそんな事はお構いなしに叫んだ。


 「あなたって本当に馬鹿よねっ!?人の気も知らないで、よく勝手にものが言えたものだわ!自分一人で勝手に被害妄想してるだけで、全然現実も見えてないくせに!」


 「はぁあ?!」


 すると、マリーは両手でアレンの肩を掴んでまた叫んだ。


 「アレン、あなたは今ちゃんと生きているのに!」


 アレンはそれを聞いて目を見開いていた。


 「・・・・・・」


 「もしかしたら、これから先・・・・・・博士がまた新しい薬とか開発するかもしれないし、どうなるかなんてわからないでしょ?医者の言うことなんて信じなくていいんだから。アレンはそのまま、生きていればいいの」


 それから、マリーは落ち着いた口調でそう言い続けた。アレンは言葉を失って、マリーを見つめたまま泣き出した。


 「・・・・・・オレだって、生きたい」


 俯いてそう言うアレンに俺は言った。


 「生きよう、一緒に」


 「・・・・・・っ」


 「3人で、決意しただろう。幸せな世界を探すって」


 「そうよ、未来のことなんて誰にもわからないんだから」


 マリーも続けて言った。

 それからアレンは何かが吹っ切れたように泣き続けた。俺たちもしばらく、まるで少年のように涙をこぼし続けるアレンのそばにいた。





 病院からの帰り道で俺はマリーに訊かれた。


 「ジョゼフは大丈夫なの?」


 「・・・・・・何が?」


 「ここ最近、ずっと厚着してるじゃん。そんなに寒くないはずなんだけど」


 確かに言われてみれば、マリーの方は薄着だった。俺はパーカーの上にジャンバを着て、マフラーにニット帽もかぶっていた。周りを見渡したらちょっと異様だったかもしれない。


 「・・・・・・寒いの?」


 「別に」


 なんだか嫌な予感がして、俺はマリーから視線を逸らして誤魔化してしまった。


 「もしかして風邪かな?ちょっと見せて」


 マリーの手のひらが額に触れる前に俺は後退りした。


 「大丈夫だから、構わないでくれ」


 「そう・・・・・・」


 マリーはそのまま手を引いた。俺は少し早足になって歩き出した。


 早く研究所の自室へ帰ろう。寝て明日を迎えればまた笑えるから。アレンのこともあって、きっと俺も疲れているのだ。この胸騒ぎもきっとそのせいで、すぐおさまるだろう。

 俺は自分にそう言い聞かせてそそくさと帰っていった。

 マリーはその後ろから追いかけて、一緒に帰った。


 そうだ、明日も頑張ろう。

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