第15話 避難命令

 ゴーストランド。

 そこには暴君グレン総統が支配する危険薬物に汚染されたコミュニティがあった。



 ナディエージダとかいう低俗なコミュニティを襲撃してからそんなに時間は経っていなかった。


 パソコンの映像を見ていると、嬉しくてつい笑いが込み上げてしまう。そこには人々の悲鳴、銃撃による負傷で苦しむ人間の姿があった。


 私がナディエージダに送った戦闘機ドローンには核銃とカメラが内臓されている。大量に作った甲斐があった・・・・・・愚民どもがもがき苦しむ姿こそ至高の悦と言えよう!



 グレンは夢見ていた。

 この世の全ての人間が苦しみの末に滅び去ることを。

 この世界が憎い。馬鹿らしく笑う人間を許さない。終末へと向かうはずの世界にコミュニティが存在することが許せない、全て滅びてしまえ。死ぬべき存在である人間が醜く生きていることが許せない、苦しみの末に死んでしまえ。


 破滅だけが我が喜びだ。


 全て・・・・・・消えて、跡形もなく滅んでしまえばいい。


 そう、それこそが世界のあるべき姿なのだ。





 マリーとジョゼフは敵の本陣へと向かう。オレとルイスは鍛錬場にある放送室へと向かい、全軍に避難の指示を出すのだ。


 だけど、オレには欠陥がある。

 もし、敵に傷をつけられたら出血多量で死ぬかもしれない。オレには外傷の修復機能がほぼ備わっていないからだ。

 それに、今は立っていられるものの、またいつこのなまくらが言うことを聞かなくなるかもわからない。


 だけど、それでも行かなければならない。

 オレがナディエージダ軍の指揮官だから。


 大切な人達が生きる世界を守りたいから。



 「アレンくん、行くのね」


 ミチコフ看護師に言われた。


 「ああ、ミチコフはここで避難していてくれ。オレ達がすぐにこの襲撃を止めてきてやるから」


 「・・・・・・覚悟ができたのね。だけど、絶対に死なないで」


 ミチコフの潤んだ瞳を見て、オレも力強く返事をした。


 「ああ、絶対に死なない。オレがしぶといの、ミチコフが一番知ってんだろ?」


 「そうね、アレンくんが8歳の頃から知ってるわ」


 切なく微笑を浮かべるミチコフに、今度こそ別れを告げた。永遠の別れなんかではない、きっとまた会えるから。 


 オレはそれからルイスを連れて眼鏡屋を出ていった。



 外にはドローンが大量に漂い、住民に向けて発射していた。だけど、オレは発射される前に持っていた拳銃でそれらを破壊していた。

 ジョゼフのように視神経を凝らす機能はオレにもある。外傷の修復機能がほぼないという欠陥を除けば、オレも生物兵器として戦えるのだ。


 「やっぱり、アレン指揮官もジョゼフ様と同じ戦い方なんすね」


 「・・・・・・やっぱり?やっぱりって何だ」


 ルイスは意味深に言っていた。


 「僕はアレン指揮官のことを何でも知ってますよ。被曝症のためにジョゼフ様の血清から作られた人体改造薬を飲んでること、それから今はその薬の効き目も薄くなっていて、欠陥もあることを知ってます」


 ルイスもドローンを撃って破壊しながら喋っていた。意外な発言にオレも驚いたが、今はそれどころではなかった。オレもドローンを壊し続けなければならない。その数が全く減らないからだ。


 「指揮官には傷一つつけさせません。僕が守りますから。思う存分に戦って、突き進んでいってください」


 確かに、ルイスはオレに近づく全てのドローンを破壊していた。マリーとは苦戦していたと聞いていたが。


 「指揮官は、僕の・・・・・・憧れですから」 


 ルイスは「絶対に守ってみせます」と誓うように言ってから、オレ達は鍛錬場への長い道のりを走った。





 俺はアレンとルイスを残して、マリーと一緒に敵の戦闘飛行機を探している。

 どこかに着陸してあるはずだ。と、思いながら周りのドローンを破壊してコミュニティを回っていた。


 だけど、体力が尽き始めていた。

 身体が熱を帯びているだけなのに、何故こんなにも苦しい?


 「ジョゼフ、大丈夫なの・・・・・・?」


 きっと、俺はものすごく体調が悪いように見えるだろう。実際に呼吸ですらまともにできていない気がするから。マリーはそんな俺に訊いてきた。


 「大丈夫だ・・・・・・早く見つけよう」


 でも、だからと言ってここで倒れるわけにはいかない。

 戦闘飛行機をいち早く見つけて、グレンとやらの居場所へ向かわなければナディエージダに未来はないのだから。


 決めたのだから。

 友達と笑い合える未来を見つけると。

 幸せに生きれる世界を。


 だからナディエージダを滅ぼされるわけにはいかないのだ。


 早く、早く見つけなければ。敵の戦闘飛行機はどこだ。アレン達が待っている。みんなが待っているのだ。



 「ジョゼフ!戦闘機ってあれじゃない?!」


 マリーは奥の方を指さした。そこには確かに黒い戦闘飛行機が着陸してあった。


 「間違いない、あれがそうだ!」


 俺はマリーを連れてその戦闘飛行機に乗った。4人座れる席があったが、運転席に操縦桿がなかった。そのかわり、そこには数十個のボタンとナビゲーションマップの画面があった。


 「やっぱり、思った通りだ・・・・・・これは自動運転になってる!」


 戦闘飛行機から降りてきた敵の人間は意識が朦朧としているようだった。あんな状態では操縦できるわけがない。だとしたら、この戦闘飛行機はあらかじめルートが設定されており、敵人はそのままやってきたのだ。


 これだけの技術を持っていながら、一体何を目的にしてナディエージダを襲撃してきた?一瞬、そんな怒りが込み上げてきた。


 「・・・・・・自動運転?ジョゼフ、どうするの?」


 マリーは操縦席のボタンを見て混乱しているようだった。俺はそんなマリーをよそに、ボタンを押し始めた。触っている内に設定の方法を理解できるようになった。

 俺はまず、この戦闘飛行機が辿ってきたルートを逆走する設定を作った。


 「よし、これでグレンの元へ辿り着けるはずだ」


 「何をしたの?」


 「履歴マップからここまでの道のりを逆走するルートを作った・・・・・・これで、敵陣に乗り込んでドローンの襲撃を止めよう」


 最後にもう一つのボタンを押すと、戦闘飛行機は浮かび上がった。あとは敵陣に到着するまで待つだけだ。


 「すごい、ジョゼフって何でもできるんだ」


 マリーは感心しているようだった。悪くない気もして笑ってみせようとしたら、なんだか喉に詰まりを感じて咳き込んでしまった。


 「・・・・・・げほっ!」


 口に手をあてて耐えていると、今度はその咳が止まらなくなった。呼吸が苦しかった。発熱以外にも違う故障が出るのは勘弁してくれ・・・・・・とか思っていたが、不調は増すばかりだった。

 マリーに額を触れられたことにも気がつかなかった。


 「酷い熱じゃない・・・・・・!!」


 マリーの声が頭に響いた。咳はおさまってきた。だけど、まだ悪寒がして視界もぼやけていた。この戦闘飛行機が自動運転で良かった。


 「・・・・・・っ」


 「ジョゼフ、もう・・・・・・」


 きっとマリーは「戻ろう」と言いたかったのだろう。だけど、もうここまで来ているのだ。今更戻るわけにはいかない。俺はこんなところでへばるわけにはいかない!


 「大丈夫だ・・・・・・きっと、俺が襲撃を止めてみせる」


 俺は辛うじてマリーと視線を合わせて言った。マリーはそんな俺を苦しい顔で見ていた。





 「・・・・・・鍛錬場に、着いた!」


 ルイスの護衛のおかげでオレはなんとか無傷でここまで辿り着くことができた。

 よし、あとは放送室へ向かえばいい。そこで全軍に避難の指示を出すのだ。放送室のある小屋がもうすぐ目の前にあった。


 だけど、その扉を開けようと腕を伸ばした瞬間・・・・・・急に脚の力が抜けてしまった。


 「・・・・・・あッ!?」


 そこで、身体はバランスを崩してオレは膝を床についてしまった。それなのに自分の斜め横の位置からドローンが現れた。それを撃って破壊しようと拳銃を握ろうとしたが、手にも力が入らない。

 ついに・・・・・・なまくらが、言うことを聞かなくなってしまったのだ。


 ドローンの正面から赤い点滅が見えた。撃たれる!こんなところでくたばるわけにはいかないのに、放送室はもうすぐ目の前にあるのに!


 「・・・・・・アレン指揮官!!」


 ルイスがオレの斜め横に飛び出てきた。ドローンがルイスの腹部に弾を撃った。


 「ルイス・・・・・・っ?!」


 「くっ・・・・・・!このッ・・・・・・!」


 ルイスは腹部に銃撃を受けながらもドローンを掴んで床に落とし込んで破壊した。それからオレの腕を掴みながら放送室の扉を開けた。思うように動かなくなってしまったオレの身体を、ルイスは抱えて、2人でその小屋に入った。


 「ルイス!何で銃を使わなかった・・・・・・?!」


 「・・・・・・弾切れなんで」


 ルイスの顔色が悪かった。腹部からの出血が酷い。このまま放っておいたら出血多量で・・・・・・。

 だけど、今のオレにはルイスを抱えて病院へ連れていくことができない。そもそもこんな時に病院からまともな治療を受けることができるかどうかもわからない。


 オレは、どうすれば・・・・・・?


 気持ちが混乱しはじめていた。

 もし、こんな体じゃなかったらルイスがオレを庇って怪我なんてしなかったのに!


 「・・・・・・し、指揮官、しっかりしてください!みんなに指示を出すんでしょ!!」


 ルイスはオレの両肩を掴んで叫んだ。


 「だけど、ルイスが・・・・・・オレのせいで!」


 パァン!

 頬を叩かれた。


 「いいかげんにしてください!!」


 「・・・・・・っ」


 「何のためにここまで来たのか、忘れたんすか!?」


 「くっ・・・・・・!」


 感情を食いしばる思いだったが、ルイスは間違っていない。オレは愚かだ。確かに仲間は負傷しているけど、オレにはやるべきことがあって死ぬ気でここまで来たじゃないか。

 だけど、それでも自分の愚かさのせいで仲間が傷ついたことに苛立っていた。


 「這ってでも、みんなに指示を出してください!」


 「・・・・・・わかった」


 オレは放送室のマイクを手に取った。


 『ナディエージダ全住民、全軍。避難命令!』


 全軍の携帯電信機にオレの言葉が届いたはずだ。そして、ナディエージダの至るところにある放送台からも。

 全軍と住民には、ドローンの動きについて伝えた。それらが建物内には入ってこないから、皆には建物の中へと避難するように。

 それから、敵の人間の意識が朦朧としていて、黒い服を着ていて、目が充血しているという特徴も伝えて、住民にはそれらしい者には近づかないようにして、兵士には倒すように。


 「ジョゼフ様とマリーさんが敵本陣を潰せば、襲撃はおさまるんで・・・・・・僕達はそれまでに身の安全を・・・・・・ごほっ!」


 「ルイス?!」


 放送が終わると、ルイスは撃たれた腹部を押さえながら血を吐いて倒れた。撃たれた場所が悪い。内部出血までしている!このままじゃ・・・・・・!


 「誰か!医者を呼んで・・・・・・」


 外へ出て助けを求めようとしたら、ルイスに止められた。


 「ダメっす、今・・・・・・指揮官が一人で外なんか出たら死にます」


 「でも、そしたらお前が・・・・・・!」


 オレが焦っていると、ルイスは急に穏やかな笑みを浮かべた。


 「いいんです、僕・・・・・・指揮官を守って、ナディエージダのために死ねるなら・・・・・・本望なんすから」


 ルイスに掴まれた足元が動かない。すごい力だった。そこまでしてオレが外に出ないようにしている。そこまでして、オレはまた守られていたのだ。


 「ルイス・・・・・・」


 「・・・・・・アレン指揮官は、とても優秀なんすから・・・・・・自信をもってくださいね」


 ルイスの声がだんだん小さくなってきた。目もなんだか虚ろになってきた気がする。


 「お前も、副指揮官としてよく働いた・・・・・・ありがとう」


 「・・・・・・あ、たり・・・・・・まえじゃ・・・・・・ないっすか・・・・・・」


 それからルイスは何も喋らなくなった。


 

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