第10話 壊れる前に

 ナディエージダ、中央総合病院付属アパート。被爆者の厳重保護棟、バリアフリー16号室。

 

 玄関先で倒れたアレンと思わしき男を部屋の中へと運んだ。寝室まで連れていき、ベッドに寝かせると、とりあえず心配だったから俺もマリーもその横で見守っていた。


 「勘違いすんなよ、オレは元気過ぎて思わず吐き気がしただけだ」


 「・・・・・・」


 それは元気とは言わないだろう。


 「いや、ちげーわ。テメーらの汚ねぇ面ァ見たら気分悪くて吐き気がしたんだわ」


 「・・・・・・」


 失礼だろう。いい加減にしろ。


 「あの、あなたは誰?アレンじゃないよね?」


 マリーにそう訊かれて、アレンは苛々した様子でベッドに座った。それから前に垂れていた長い前髪を後ろへ持っていき、メガネを外して俺たちの方へ顔を向けた。


 「残念ながらオレはアレンだ。この顔に見覚えがなけりぁ、テメーは記憶喪失だ」


 「あたしはそんな青白い顔の人間なんて見たことないわ・・・・・・あなた誰?」


 「テンメェ・・・・・・ナメてんのか?」


 確かにこの目つきの悪さはアレンそのものだったが、それにしても普段と比べて顔色が悪い。

 アレンはため息と一緒にもう一度メガネをかけた。それから呟くようにこう言った。


 「顔色は・・・・・・その、目の隈とかは道具で塗って隠してるから、普段はわからねぇよ」


 後ろへ押さえていた前髪も垂れてきて、アレンはまた見知らぬ姿となった。まるで別人だ。


 「えっ、詐欺メイクの趣味でもあるの?アレンのくせに女々しいわ」


 マリーはわざと癪に触るようなことを言うので、アレンもブチ切れた。


 「よぉし、表出ろぉ!今度こそ八つ裂きにしてやる!」


 アレンはベッドから降りてマリーに飛びかかろうとしたが、そこで身体のバランスを失ったのか、そのまま床に倒れた。


 「クソォ!このなまくら!」


 アレンの自らの脚を殴る仕草を見て、俺は思った。ここはバリアフリー16号室だし、もしかして脚が弱いのか?だとしたら、やっぱりこいつはアレンとは別人な可能性はまだ捨てられない。だって、朝は普通に歩いていたから。


 「ここまで無様な姿を晒しちまえば、もう隠すのも意味ねぇな・・・・・・」


 アレンは意を決したようにもう一度俺達の方へ振り向いた。


 「・・・・・・車椅子を持ってきてくれ、玄関の物置きにあるから。リビングで全て話す」





 3人でリビングに移動していた。アレンはそこで自分の生い立ちや、実験的に服用している薬について話した。


 「オレは重度の被曝症患者だったけど、イヴァン博士が8年前に実験的に作ったX-o28っていう薬を飲んでから治ったんだ」


 「治ってるように見えないんだけど」


 「人の話を最後まで聞いてから文句言え・・・・・・」


 アレンは気怠そうに続けて言った。


 「X-o28っていう薬には確かに効果があって、オレの身体の中で放射能によって傷つけられた細胞はゆっくり修復していった。けど、そいつにはあんま持続性もねぇ上に副作用もあったんだよ。飲み続けなきゃならねぇんだ」


 「副作用って、それでアレンの頭がバカなんだ、なるほどね!」


 マリーはニタニタしながら言った。アレンは苛々した。


 「テメェ、明日はぜってーボコボコにしてやる・・・・・・」


 「今のアレンなんかに何ができるっていうのよ」


 2人の間にびりびり何かが流れたように見えた。気まずい。

 俺はメモをちぎってアレンに渡した。アレンは「お前、いい加減喋れよ」とか文句を言いながらもメガネを掛け直して、メモを読んでくれた。


 「ハァ?『何で今は脚が動かない?』だってぇ?お前はオレの話を聞いてねーのか?!」


 聞いてたけど、でも、ちょっと考えながらまたメモ帳に書こうとしたら、それをアレンに奪われた。


 「薬の効果が切れるとちょっと怠くなるだけだ!全く歩けねーわけじゃねぇ!」


 X-o28の持続時間の問題か。つまり、薬の効果が切れるとアレンは元の被爆症の患者に戻るのか、それとも副作用なのか。


 ふと、戸棚の上に置かれていた3つの薬の袋が目に入った。俺はそれとアレンを交互に見ながら、目で「これは何だ?」と訴えた。

 アレンは観念したような感じで深く息を吐いた。


 「あれは、さっき言ったX-o28と抗生物質と鉄剤だ・・・・・・」


 それを聞いてマリーが反応した。


 「そんなに薬飲んだら逆に死なない?副作用で」


 「・・・・・・抗生物質はテメーのせいで増えた。右肩の傷にばい菌が繁殖しやがったから、ぜってえ許さねえ」


 「軟弱・・・・・・あいたっ!」


 マリーはアレンに俺のメモ帳を投げられた。俺はそのメモ帳を取り返した。


 それはそうと、アレンは食事がとれたのだろうか?

 長い時間立っていられない程弱っていたら、食事の準備もままならないのかもしれない。

 急にそんなことが気になって、俺はまたアレンにメモを渡した。アレンはメガネの位置を直しながらメモを読んだ。


 『食事はとれたか?』


 「うるせぇ、関係ねーだろ」


 どうやら食べていないらしい。

 俺はキッチンに向かって、冷蔵庫の中を覗いた。パンと牛乳しかなかった。だけど何故か冷凍庫には大量の氷があった。

 それから、そこにあったフライパンにそれの適量を入れて、牛乳の中にパンを柔らかくしてスープ状に作り、そして食べやすいように砂糖を少し混ぜて温めた。


 何故ここにパンと牛乳しかないのかと少し腹が立ったような気がして、まさかアレンは食糧の支給を断っているのかと思った。


 スープができると、もう一度リビングに戻った。テーブルに座っていたアレンはそれを不思議そう且つ苛々したような顔で見ていた。


 「・・・・・・おい、それは何の真似だ?」


 俺はスープを持って、アレンが座っていた席の前に置いて、食べるように促した。だけど、アレンは不機嫌そうに顔を背けて「いらねぇ」と呟いたので、俺は


 「・・・・・・食べろ」


 と、ドスの効いた声を出した。アレンはそれを聞いて一瞬だけ目を見開いた。それから舌打ちをして「貸せ!」と言ってスープを取った。マリーも俺を見て驚いているようだった。


 それから、アレンは眉間に皺を寄せながらそのスープをゆっくり一口ずつ食べていった。相当食欲がなかったのか、食べ終えるまで30分以上かかって、どことなく目も潤んでいる気がした。


 その食器を片付けようと腕を伸ばした時、アレンは気まずそうにこう言った。


 「・・・・・・悪かったな、色々」


 それは俺に向けての謝罪だろうか?だったら何の謝罪なのか。食事を作ってもらったことか?それとも日常的なあの暴力のことか?

 暴力についての謝罪なら構わない。俺は治癒能力が高いから。


 「人が気力を振り絞って謝ってやってるっつーのに、なんて澄ました顔してやがんだ」


 アレンは何かが気に入らなかったようで拳を握りしめている。

 よくわからなかったので、首を傾げていると、アレンはもう一度言った。


 「その、殴ったりして・・・・・・ごめん」


 それから、今度は顔を隠すように俯きながら続けてこう言った。


 「・・・・・・それと、来てくれてありがとう」


 それを聞いたマリーが悍ましいものを見る目でアレンにこう言った。


 「・・・・・・え、何。気持ち悪いんだけど」


 アレンはマリーを目掛けながら空になった食器を投げた。が、マリーはそれを避けたので食器は壁にぶつかって粉々になってしまった。俺がそれを片付ける。


 「ちょっと?!危ないんだけど!」


 「うるせぇ!早く帰れ!」


 「それが食事とか作ってくれた人への態度なの?!あなたって本当に失礼よね!?」


 スープを作ったのは俺なんだけどな・・・とか思いながら粉々になった食器を片付けていた。

 陶器の破片が指に刺さって怪我をしたら、マリーはアレンに「ちょっと手袋とかないの?!あなたのせいで割れたんだから手伝いなさいよ!」と怒りながら言うと、アレンも怠そうに車椅子から立って物置きからほうきとちりとりを持ってきた。


 結局その日は3人でその陶器の破片を片付けて、数日後には棟の看護師に怒られる羽目になったのを覚えている。


 それから、アレンのことを知ってから俺達は3人で過ごすことが多くなった。


 マリーは単純にアレンと馬が合わず反射的に喧嘩してしまうからだったかもしれないが、俺はなんとなく放っておけなかった。

 事実を知ってしまった以上、いくら暴力を振ってくるあいつでも、放っておいたらなんだか見殺しにしそうで逆に怖かったからだ。


 あいつが鍛錬を休む日は必ず体調不良が原因だった。そのくせに食事を取らないから、なんだか落ち着かなく、俺はマリーを連れていつも食事を作りに行った。


 時々、マリーとアレンは鍛錬場や色々なところで鉢合わせしては喧嘩してしまうので、俺はいつもその間に入って止める努力をしていた。




 ・・・・・・そんな平和な日常が、いつまでも続いていけば良かったのに。



 どこかで、俺達は現実から目を背けていた。


 急に、この世界が終わるはずはないと。


 そんな保証はどこにもないのに。



 あいつが、現れるまでは・・・・・・







 こんな時代でも、殺戮と拷問が趣味の暴君はいるらしい。


 かつてはこの大陸に世界を束ねた超大国が存在したらしいが、今となってはまるでゾンビの巣窟のようなコミュニティがある。


 そこには、グレン総統と呼ばれる暴君がいる。私たちはここを、ゴーストランドと呼んでいる。

 ゴーストランドは、薬物依存者のコミュニティだ。

 

 「イグニス、見てみろ。あれが朽ちた人間の姿だ、美しいだろう」


 グレン総統は私に窓の外を眺めるように促した。そこには危険薬物によって狂った人間が、自らを掻きむしって身体中が血だらけになるものがあった。

 何が美しいのか私にはわからなかったが、グレン総統がそう言うのなら私は同意せねばならない。


 「はい、そうですね・・・・・・」


 次の瞬間、グレン総統は私を見てにやにや笑った。私はその笑みに対して背筋が凍った。とうとう私の番が来たのか。逃げたい、誰か・・・・・・


 「イグニス、貴様も私を楽しませてくれるな?」


 グレン総統の直属の配下に置かれた部下は、薬物による発狂を免れる代わりに約数週間後に拷問の末に殺される運命にあった。

 

 逃げようとした矢先に、私は護兵2人に腕を掴まれた。


 「ま、待ってください!!私にはッ養わなければならない妻と子どもが3人いるんだ!!殺さないでくれ!!」


 グレン総統はそんな叫びが、寧ろ快感のようだった。


 「いいねぇ、もっと鳴いてくれよ!お前もどんなふうに鳴きながら死ぬだろうなぁ?楽しみだなぁ、ふふふ」


 グレン総統の趣味は殺戮と拷問だ。

 直属の配下に置いた人間を次々と殺していく。だけど、ここから誰も逃げられない。グレンが作る薬物による依存とゴーストランドの外には放射線が満ちているからだ。


 ゴーストランドを出れば、被曝症になって死ぬ。

 グレン総統に逆らえば薬物依存の護兵に殺される。



 「ナディエージダか・・・・・・」


 グレン総統はパソコンの映像を見ながら、次に滅ぼすコミュニティについて考えていた。

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