番外編1 ハァ?トモダチ・・・・・・?!

 アレンの秘密を知ったあの日から翌日、俺達はいつものように鍛錬場に来ていた。


 「開始時間までまだ時間あるのに、もう始まってるんだ」


 マリーが俺に言った。

 そう、訓練開始までにまだ15分ある。が、アレンはスパルタ訓練・・・というか、パワハラ訓練を横行させているのだ。

 開始時間から30分以上前から訓練は始まるのだ。


 「おい、立てゴラァ!そんなんでナディエージダを護衛できるって思ってんならここから出て行けクズ野郎!」


 と、アレンは新人との練習試合で叫んでいた。負けて座り込んでいる新人に対して罵倒を浴びせるアレンは昨日の病人とは別人だった。いつものオールバッグヘアーに眼鏡も掛けていなかった。


 「ちょっと、その人もう限界なんだからこれ以上いじめたら鍛錬に来なくなるよ?」


 マリーはアレンに近づいてそう言った。そこでアレンは俺達2人が来た事に気がついて、昨日のことを思い出したのか気まずそうに一歩下がった。


 「・・・・・・なっ!?テメーら遅刻だぞ!」


 「いや、15分前に来てるし。全然遅刻じゃないんだけど」


 「さ、30分前に来いや!ナメてんだろ!」


 アレンは俺達にそう言い残して、ズカズカ歩きながらどこかへ遠ざかっていった。





 やべぇ、昨日のことがあってあいつらに合わせる顔がねぇ・・・・・・と思ってたら、あいつら普通に接してくるし。


 休憩所のベンチに座りながら考え事をしていた。


 だいたいあいつらは何でオレの住処がわかったんだ?結構頑張って元気そうに振る舞ってるのに。絶対に悟られないように、昔、タバコでも吸ってみようとしたけど、肺炎になって死にかけたっけ。


 「あの、アレン指揮官。飲水っす、どうぞ飲んでください」


 休憩所に副指揮官のルイスという男がコップに水を持ってきてオレに差し出してきた。何サボってやがんだテメェとか言いたかったが、何も言えなかったのでそのコップを受け取って水を一気に飲み干した。オレもサボっていたからだ。


 「あの、さっきの指揮官、見ちゃいました」


 ルイスは頬を赤らめながらオレに向かって何かを言っている。


 「何を見たってんだ」


 「その、指揮官は・・・・・・ジョゼフ様のこと好きっすよね?」


 「・・・・・・はぁあん?!?!」


 コップが破れた。

 ルイスが頭おかしいことを抜かすもんだから、オレは思わず持っていたコップを握り潰したからだ。

 どうやらルイスは今日限り地球人を辞める気らしい。親切で律儀なオレがあの世へ転職させてやろう。


 コップを破って血だらけになった手でルイスの頭を鷲掴みにした。


 「良い度胸だ、脳天から潰してやろう」


 「あーっいたたたた!!ヤメテ!明日が妻の誕生日なんすよ!」


 「知るか!テメーも何しれっとオレに自慢してんだ、ムカつくわ!」


 誰が彼女いない歴つまり年齢だ。ぶっ殺すぞ、年下のくせに生意気だ。


 「だって!指揮官さっきジョゼフ様を見て照れてたじゃないっすか!」


 オレは反対の手でルイスの顎も掴んだ。そして奴の目を睨みながら言った。


 「圧死か打撲死か選べ」


 「へいうが、ひぎがんがおいほわういっふよ?(っていうか、指揮官顔色悪いっすよ?)」


 「・・・・・・えっ?!」


 顔色が悪いだと?

 何言ってやがんだ。オレは今もいつでも絶好調だ。体調なんか人生で一度も崩したことないわ!


 頭がぐわんと揺れた気がした。あ、やべ。これは貧血だ。そういえば今朝は薬を飲んでいなかったかもしれない。

 昨日のことがあって、今日はどんな顔であいつらと会おうか考えていたら薬を飲むのを忘れてしまったかもしれない。


 あいつらのことを考えていた?オレが?

 なんだか本当に気分が悪くなってきた。これは体調が悪いわけではない。あれだ、昨日、ジョゼフに不味いパンスープを餌付けされたことを思い出したら虫唾が走っただけだ。


 「あのぉー、大丈夫っすか?二日酔いっすか?」


 「・・・・・・帰る」


 オレはルイスから離れて帰宅の道へと歩き出した。





 「アレン、急にいなくない?」


 マリーは俺にそう言ってきた。確かにアレンは途中からいなくなっていた。まだ鍛錬の時間なのに。

 とは言っても、アレンが途中からいなくなったり、3日に一度休んだりすることなんてざらにあった。アレンの秘密を知る前まではサボりだろうと思っていたが、もしかして体調が悪いのだろうか。


 「ジョゼフ様ぁあ!」


 ルイス副指揮官が走ってきた。


 「あのぉ!僕、ジョゼフ様に伝えないといけないことがあってぇ」


 何でこいつはだみ声で話しかけてくるんだ?気持ち悪。とか思いながら眉間に皺を寄せているとルイスはマリーに殴られた。


 「いた!何するっすか!?」


 「あ、ごめん。なんか反射的に」


 マリーは意外と短気だ。見た目は穏やかそうに見えるのに、かなり小さなことでも怒る。例えば、アレンと鉢合わせしてしまうと2人とも喧嘩が始まるみたいな。あ、2人とも短気だな。


 「いや、聞いてくださいよ!ジョゼフ様に関わることっすよ!」


 なんだか嫌な予感がしてあまり聞きたくなったが、話があるという人を無視するのは失礼なことなので、聞くことにした。


 「アレン指揮官は・・・・・・ジョゼフ様のことが好きみたいっすよ」


 「・・・・・・」


 ・・・・・・。



 ・・・・・・え、なんだって?



 「僕は別に同性愛に偏見はないんで、応援するっす」


 ・・・・・・。


 「何を根拠に言ってるの?頭、大丈夫?」


 マリーは虫けらを見る目でルイスに訊いた。その視線は酷く冷たかった。俺が今のルイスじゃなくて良かった。あれは心が傷つきそう。


 「実は・・・・・・僕は知ってるんすよ。アレン指揮官がずっとジョゼフ様を見てたこと・・・・・・」


 「・・・・・・鳥肌が!いやぁあああ!!」


 マリーはルイスの言葉を聞いて絶叫してた。俺も絶叫したい。血の気がサーッと消えていくのがわかる。


 見られていた?いつ、どこで?

 ああ、殴るために見ていたのか。アレンは俺を殴って楽しそうだったし。そういえば今日は殴ってこなかったな。今朝は新人いびりしてたけど。


 「あとねぇ、今朝、アレン指揮官がジョゼフ様を見て赤くなってたっすよ!」


 ルイスを蹴ってしまった。体が反射的に動いてしまった。

 イヴァン博士の命令と戦場以外で暴力を振るうのは初めてだった。





 鍛錬の時間が終わった。アレンは結局いないままだった。

 ルイスはマリーに殴られ、俺にも蹴られた。あいつは生身の人間なのに、よく耐えたなぁと思う。もしかしたらドMなのかもしれない。


 「ねぇ、癪だけど・・・・・・アレンのアパートに行ってみない?」


 鍛錬場を出たあと、マリーは俺にそう聞いてきた。厳重保護棟はここから研究所に向かう道とは逆だ。まだ出口にいたので、行くならまだそんなに遠くなかった。


 何故?と首を傾げてマリーに主張した。


 「本当に癪だけど、昨日のこともあるし。アレン、今日も途中で居なくなったからアパートで死んでないか気になって」


 え、心配なのか?マリーが、アレンを?そんな不思議なことも起こるのかと驚きもしたが、実は俺も少し心配だった。

 食事をとっただろうか?とか、そんなことも気にしていた。


 アパートへ行く前に、途中の道にある商店街で買い物をした。昨日、アレンの冷蔵庫には乾いたパンと牛乳しかなかったからだ。俺達は3人分の昼食となるものを買った。大麦パンとコーンポタージュ、野菜ジュースだ。


 それを持ってアレンのアパートに着いた。ドアのインターホンを何度も鳴らしたが奴は出てこない。取手を握ってそれを回すと、ドアが開いていた。鍵がかかっていないじゃないか。


 玄関を通り過ぎるとリビングであいつが右手から血を出して倒れていた。床に「ルイスのばかやろう」という血文字があった。


 「うわ!やっぱり死んでる!?」


 マリーは嬉しそうに?叫んだ。人の死を喜ぶなよ、サイコパス女め。というか、まだ死んでいない。俺はアレンのもとへ駆け寄って首筋に指を当てた。鼓動がある、まだ生きている。

 しかし、こんなところで倒れていたら良くないのでとりあえずベッドに寝かせる事にした。

 そして、俺は確信した。


 こいつ、俺達が介護しないと本当に死んでしまう。





 混濁する意識の中でルイスのアホ面が浮かんできた。


 「アレン指揮官は〜ジョゼフ様のこと好きっすよねぇ!」


 気持ち悪いわ!

 何でオレがあんな化け物なんかが好きとか言われなきゃならんのだ!


 いや、待てよ?

 確かにオレは8歳の頃からジョゼフを見てはいるし、15歳の時も病院で倒れて助けてもらったこともある。本人は覚えてないようだけど。

 そう言われてみれば、確かに何かの絆に結ばれてもおかしくないかもしれない。


 ・・・・・・。


 いや、ないない・・・・・・。何で野朗同士で絆なんかあるんだよ、吐き気がするわ!


 そうだな・・・・・・。

 確かにジョゼフのことは気に入らない。なんかムカつく。戦場でも無傷で帰ってくるし、鍛錬場ではスパルタメニューをやっても汗一つかかない。


 オレは気を抜くとすぐ怠くなるのに、羨ましいこった。

 なんか気に入らなくて、一昨日まで気が済むまで日常的に殴りに行ってたのに、それでもジョゼフの野郎はオレに一度も反撃したことがなかった。

 絶対オレの方が負けるのに、何で反撃しない?とか思ってると、余計に腹が立って殴った。ムカつく。


 それなのに、昨日はそのジョゼフの野郎に失態を見られて、オレの劣等感が余計に際立ってしまった。



 「・・・・・・別に羨ましくなんかないもんね!?」


 「はぁ?何言ってんの」


 目が覚めたらベッドで寝ていて、額に何か乗せられていた。濡れたタオルだ。ぼやけた視界にいたのは、黒髪のブスと金髪のアホだった。


 アホにメモを渡されたが、眼鏡を掛けていなかったので見えなかった。


 「・・・・・・見えん、オレの眼鏡はどこだ」


 「『昼食を持ってきたから一緒に食べよう』って書いてあるよ。あと、アレンの眼鏡は壊れてた」


 マリーはそのメモを読んでオレに伝えた。眼鏡が壊れてた?お前が壊したのか!


 「ねぇ、人を犯人みたいな目で見ないでくれる?多分あなたがリビングで倒れた時に眼鏡が床にぶつかって壊れたんじゃないの?」


 そういえば、鍛錬場を出てから家に着いた瞬間、目眩がして意識を失った気がする。本当に倒れた時に眼鏡が壊れたのかもしれない、どうしよう。あ、薬を飲めばいいか。午前までしか視力が戻らないことが多いけど。


 「黒縁眼鏡・・・・・・気に入ってたのに」


 残念と思って肩を落としてると、またジョゼフにメモを渡された。


 「見えんっつってんだろ!マリー、読め!」


 「命令しないでよ!・・・・・・えっと、『一緒に新しい眼鏡を作りに行こう』?!何言ってんのジョゼフ?!何でこんな奴なんかのために?!」


 ジョゼフはもう一度メモを書いた。マリーももう一度それを読んだ。


 「『友達になったから、一緒に新しい眼鏡を作りに行こう』・・・・・・友達ぃ?!いつから?!あたしは認めないからね?!こんな奴と!」


 『昨日から』


 「いや、嫌だからね?そもそも昨日はこいつを殴りに来たんだからね?」


 最初はジョゼフなんかに友達とか言われて苛々したが、次にそこまで否定するマリーに苛々した。そんなに否定するのかよ。傷つくじゃねぇか。


 しかし、友達か・・・・・・。

 あの最強の生物兵器様と友達か・・・・・・。


 いやいや、何を考えている。

 別に、憧れてた人と仲良くなりたかったとかじゃねぇから!どうすればいいかわからなくてつい殴っちゃったとかじゃねぇから!

 好きな子に意地悪しちゃう小学生男子とかじゃねぇから!いや、好きじゃねぇから!


 ジョゼフはその間、リビングで昼食の準備をしていたらしく、戻ってきたら『一緒に食べよう』と主張してきた。


 右手が丁寧に包帯されていたことに気がついた。世間知らずのサイコパス女がやったとは思えないので、きっとお節介なジョゼフの野郎がやったのだろう。


 仕方なくリビングに向かって、オレはあいつらと美味しくもない大麦パンとコーンポタージュを食べて、それからクソ不味い野菜ジュースを飲んだ。


 ジョゼフは珍しく楽しそうに微笑んでいた。オレにその生温かい視線を送るのをやめてくれ、吐きそう。



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