第7話 隠れていた真実

 オレが8歳の時、両親は戦って死んだ。


 ナディエージダはその頃も数年に一度はどこかの残党に攻められて、コミュニティの兵士が防衛のために命を投げ打っていた。

 オレの両親は2人ともナディエージダを守る兵士だった。


 父親は即死だったらしい。だが、母親は銃撃による軽症を負って帰ってきた。母親は、帰ってきた日はまだ立っていた。


 「アレン、お母さんは放射能の銃撃を受けたから・・・・・・もしかしたら、いなくなるかもしれない」


 意味がわからなかった。

 今は放射能に対する薬があるんじゃないのか?


 「お母さんも薬を買えばいいんじゃないの?」


 「そうね・・・・・・お金があったら買えたのかもね」


 オレ達家族はナディエージダのヴァストーク地方よりさらに離れたところの、ほぼ郊外にある土地で家を建てていた。


 たまたまここが汚染されていないから住む場所を得られたのだが、放射線による健康被害を防ぐため、ナディエージダは土を使っての農業を禁じていた。


 だから、食べ物も生活をするのもナディエージダのお偉いさん達が頼りだった。両親が兵士になったのも、生活のためだった。兵士であれば、食べ物や生活必需品は支給でもらえるからだ。

 それほど、オレ達は貧しかったのだ。



 母親は少しずつ弱っていった。

 最初は身体中に紫色の痣がいくつも現れて、立っていられなくなっていき、それから血を吐くようになった。

 身体は痩せ細り、軽症だったはずの傷口から膿が出て、腐っていった。蛆がわき、皮膚のいたるところから腐敗臭がした。


 薬は、結局買えなかった。

 そして、母親はわずか1ヶ月ほどで息を止めたのだ。


 許せなかった。

 あの時襲ってきた残党も、ナディエージダも。


 母親が死んでからオレは独り身になった。

 最初はなんとか生きるために路上で過ごしながらも、盗みを働いたり、大人を騙したりもした。

 兵士だった親の遺伝なのか、喧嘩も強かったので、なんとか生きることができた。



 ナディエージダの最高責任者は誰だ?

 オレの親を殺したやつは誰だ?


 最初は復讐心に燃えてナディエージダの中心部へと向かっていた。

 独り身になってから数日歩いて、そこに着いた。白くて、大きな建物が密集していた。鉄柵の門の中央にはゴルバチョフ研究所と書かれてあった。間違いない、ここにナディエージダの最高責任者がいる。


 ぶっ殺してやる。

 最初はそんな思いで研究所を目指した。


 門を越えようとそれに触れると、意外なことにそれは簡単に開くことができた。鍵がかかっていなかったらしい。


 オレはまた歩いた。今度は研究所の敷地内を歩いていると、視界の奥に珍しい姿が通り過ぎていった。

 真っ白い少年だった。いや、髪は金色で、汚れ一つない純白の服装。

 流石は中心部の金持ちは違うなぁ、なんて悪態を吐きながらイヴァン博士の所長室へと向かっていた。



 オレはあの時、ただ衝動で動いていた。

 だから気がつかなかったのだ、自分の身体の不調に・・・・・・。

 もうすぐイヴァンの野郎に会えるというところで、オレは身体のバランスを失って倒れた。そこで意識は途絶えた。



 目を開けたら白い天井が見えた。ベッドで寝ていた。横には点滴があった。

 どういうことだ?何があった?訳がわからず、ベッドから立ち上がろうとしたら、オレはまたバランスを崩して倒れてしまった。だけど、今度は意識があった。痛みに悶えていると、オレは絶望的なことに気がついてしまった。


 「・・・・・・脚の感覚がない!」


 信じたくなった。いや、まさかオレは研究所の奴らに囚われて実験でもされているのか?だとしたら早くここから出ないと何をされるかわかったもんじゃない。

 早く、出なければ!そんな焦りに身体は余計に動きを失ってゆく。恐怖で自ら身体を抱きしめた。助けて、母さん・・・・・・!


 扉を叩く音が聞こえた。


 「失礼する」


 そこから男性の声がして、白衣を着た男が入ってきた。それからオレに向かって自己紹介なんてはじめていた。


 「はじめまして、私はイヴァンだ。ここの責任者だ」


 その名前を聞いて、オレは怒りに任せて飛びかかろうとした。だけど、動かない脚ではイヴァンには一歩も近づけなかった。


 「テメーのせいで親が死んだんだ!!」


 それでも、オレは叫んでいた。叫ばずにはいられなかったのだ。誰かに、何かにこの怒りをぶつけなければ、きっと狂ってしまう。


 「そうか・・・・・・それはすまなかった」


 イヴァンは、その場に膝をついた。


 「・・・・・・は?」


 イヴァンは、それから頭を下げてオレにこう言った。


 「私にぶつけて構わない。私のせいにして構わない。本当にすまなかった」


 イヴァンの肩が小さく見えた。オレはこの光景を見て、呆気に取られていた。

 それから急に冷静になれたのも、イヴァンのこの行動のせいでもあった。


 果たして両親の死は本当にイヴァンのせいだろうか。本当に、ナディエージダのせいだろうか。


 いや、違う。

 違うんだ、本当はわかっていたかもしれない。本当に悪いのはイヴァン博士なんかじゃない。ナディエージダでもない。オレだって悪くないはずだ。


 この世界が残酷だったんだ。

 両親はオレ達の生活を支えるために兵士となった。兵士がナディエージダを守らなければ、住民が死ぬのだ。

 そして住民が死ねば、当然オレ達も死ぬ。貧しい家だったオレの両親がせめて兵士として働かなくては、食べるものさえなくなってしまう。


 つまり、わかっていた。

 本当は理性ではわかっていたんだ。仕方ないのだと。

 だけど、だけど・・・・・・。


 気がつけば目から溢れんばかりの涙が流れていた。歯止めが効かなかった。抑えることができなかった。

 オレは何かが吹っ切れたように泣き喚いていた。喉が切れてしまうのではないかと思うほど、声に出して泣き続けた。


 そんなオレを、イヴァン博士は力なく抱きしめた。幼い子どもをあやすように。





 「落ち着いたか?」


 どれくらい泣いていたかわからない。しばらくして、イヴァン博士はオレにそう聞いてきた。

 身体はまだ震えていた。少しだが、まだ涙も流れていた。


 「これが落ち着いたに見えんなら、お前の目は節穴だ」


 思わず悪態をついた。まだ完全にイヴァン博士を信用しているわけではなかったから。


 「しかし、先程よりは落ち着いたようだ」


 それでもイヴァン博士はそう返してきた。オレは聞こえるようにわざと大きく舌打ちした。


 「君は、この研究所の敷地内で倒れているところを保護されたそうだが、一体何故だ?君はどうやってここまで来た?」


 イヴァン博士の質問にオレは答えた。


 「歩いてきた」

 

 「どこから?」


 「ヴァストーク地方から」


 すると、イヴァン博士は難しい顔をしてから「あそこか・・・・・・」と呟いた。


 「それがどうしたよ?」


 オレはイヴァン博士の呟きに苛々した。


 「あそこはまだ、私の管理がうまく行き届いていないところだな。それに、ここから遠い。よく歩いてきたな、すごい脚力だ」


 オレはベッドの枕をイヴァン博士に投げつけた。


 「うるせぇな!脚のことなんてどうでもいいんだよ!」


 今となっては、脚なんて機能しなくなったから。原因はわからないけど。


 「ああ、そうか。君が意識を失っている間に、色々な検査をさせてもらったのだが・・・・・・どうやら、君の下半身の神経が何かしらの原因で壊死してしまっているらしい」


 「・・・・・・治るのか?」


 だって、オレは歩いてここまで来たのに。ついさっきまで脚が動いていたはずなのに。


 「君の検査に携わった医師達は、原因がわからないと言っていたが、私の予想では多分・・・・・・放射能による影響ではないかと」


 「はぁ?そんなわけあるか!オレは戦争に行ってねぇぞ!」


 「ヴァストーク地方は、昔・・・・・・と言っても100年くらい前の話だが、核爆弾が落とされた場所だという噂があるのだ」


 「核爆弾?そんなもん、100年も経てば薄れるだろうが」


 「そう、言われているのだがね。実際ははっきりしたことはわかっていないのだよ」


 「そんな・・・・・・じゃあ、どっちみち、オレ達にはもう死ぬって決まってたのかよ!」


 「いや、そうとも限らない。確かに100年も経てば放射能は薄れるということは証明されている。だが、完全に消えるかどうかわからないだけだ」


 「そうかよ・・・・・・つまり、オレがたまたまうっすい放射能にやられるような弱っちいバカだったってことかよ」


 「元々その影響を受けた身体で、遠い距離を歩いて脚を酷使したからという理由もあるかもしれない。はっきりした理由が言えなくてすまない」


 もう、イヴァン博士に反抗する気力もなくなっていた。オレは大きなため息をもらした。


 「もう、いいよ。それで、脚は治るのかよ」


 イヴァン博士はオレの質問を聞いて決意したようにこう答えた。


 「ああ、治してみせるよ。私が頑張って研究しよう。だから、君も協力してくれないか?」


 「はぁ?協力って何すればいいんだよ」


 「君の話を聞く限り、もう、住む家がないのだろう。だから、しばらくはこの病院に入院しながらここで生活してほしい。その間、私が君の脚を治す努力をしよう」


 「わかった、治してくれるならなんだってしてやる」


 その日からオレは、ナディエージダの中心部にあるイヴァン博士の研究所で、そこの大きな病院でしばらく入院しながら生活することになった。

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